青い春の音

作者/ 歌



第8音  (6)



閉じていた瞼をふっ、と静かに開くと、
大和と玲央の柔らかい微笑み。

それに私も心からの笑みを向けた。


「めっちゃ楽しかった!もう最高!
 やっぱ音楽って本当に最高!大好き!」

「おいおい。分かったからちょっと落ち着け。
 ほら、紅茶」

「うぉ、ありがと」


ちょっと興奮しすぎたところを大和が
紅茶の入ったマグカップを突きつけた。

こく、と一口喉を鳴らすとちょっと
ほっとした。


大和って意外と面倒見がよくて、
周りをよく見ているし何かあったらすぐに
手を差し伸べてくれる。

何も言わずに、そっと。


それが大和のぶっきらぼうだけど、
精一杯の優しさ。

その優しさがたまらなく、好き。



「にやついてる」

「え」


玲央にじと、と視線を向けられて慌てて
顔の筋肉を引き締めた。



「はははっ!本当にお前はおもしれーなぁ。
 それ飲んだら本格的に合わせるぞ」

「……うんっ」



大和につられて私も玲央も笑顔になった。


2人は煌と築茂と違っていつも音楽を
やっているわけではない。

それでも知識や技術は確かなもので、表現力も
かなり高かった。

私たち、3人らしい演奏にどんどん
近付いていく。

どんどんこの曲が好きになる。


どんどんこの曲を、この2人と奏でられる
ことが、楽しくなる。


もっと弾きたい、もっと綺麗に奏でたい、
もっと心に響く音を出したい。

そんな想いが膨れ上がって、それが自分の
満足するものになったとき。


私は最高に、幸せ。




「よし、こんなものだろ。明日、楽しみだな」


すっかり日も落ちてずっとバイオリンを
弾いていたせいか、少し指もじんじんする。

これ以上は明日にも響くからやめておこう。


「絶対いい演奏を聞かせようね。
 もちろん、これからこの曲以外にも
 アンサンブルやりたい!」

「気が早いなー。とりあえず、今日はもう
 帰るか。俺も今から仕事だし。
 玲央もタクシーなんだから早くしないと、
 全部なくなるかもしんねーぞ?」

「ん。明日、16時に、ここ」

「そうだよ。絶対に遅刻しないでよ?
 気を付けて来てね」

「じゃ、明日な」


楽器を片付け終えて2人は玄関から
帰って行った。




まだ2人の音が耳に残っていて、明日が
待ち遠しくてたまらない。


荻原先輩に大和の音は心に響くだろうか?

築茂に音楽の楽しさは誰かと共有するものだと
いうことを伝えられるだろうか?

玲央に人間はこんなにも素晴らしいものを
持っているということを伝えられるだろうか?


その答えは分からないし、私が
期待しているものとはかけ離れているかもしれない。


それでも、少なくとも、私は音楽で
人の心は変わると信じているから。

演奏を楽しみにしてくれている空雅のためにも、
何より自分が楽しみながら、音楽の楽しさを伝えたい。




その日の夜、いつぶりだろうか。

自分の家で、自分のベッドで、
ぐっすり眠ることができた。


何か懐かしい夢を見ていたような気がしたけど、
今の私には必要ないと。

その夢は逃げて行った。






『音楽はね、心で感じるもの。
 心で奏でるもの。だから“音楽は心”
 なんだよ。さぁ、歌おう』




瞼を開けると、眩しい朝の光がおはよう、と
言ってくれた。


ベッドから降りて窓を開けると、朝にしか
味わえない清々しい空気と光。

それがすごく、気持ちよくて
今日というもう二度と来ることのない
1日を歓迎してるかのよう。


キッチンに立って、冷蔵庫からいつもの
冷たいミネラルウォーターで喉を潤す。

シャワーを浴びて、髪を乾かして、
着替えて、ナチュラルメイクをして、
オーディーをかけて。

歌う。


休日のいつもの日常だけど、今日はちょっと、
いや、全然違う日常。

かけがえのない、1日の始まり。



大学は平日通りあるのにも関わらず、
今日という日を承諾してくれた煌と築茂。

貴重な仕事のない休みを、私の我儘で
時間を作ってくれた大和。

学校が休みだから自分の好きなことや
やることがあったかもしれないのに、
私のお願いを快く受け入れてくれた
空雅と荻原先輩。

そして、何をやっているのか分からないけど
眠りたいはずなのに時間をくれた玲央。


みんな、私の我儘に振り回せちゃって
今さらちょっと反省。


それでも。


かけがえのないこの1日をこのメンバーで
過ごしたいと思ったから。

きっと素敵な1日になるだろう。



小さな、小さな、とても小さな、
アンサンブルコンサート。

本番です!




時計を見ると、もう午後の3時を回っていた。

午前中のうちに7人分の飲み物とコップ、
お菓子類を買ってきて今、準備の真っただ中。

こんなに大勢が家に来ることは
今までにないから、どのくらい用意すれば
いいのか分からなかったから。

足りないよりは多いほうがいいと思って、
結構豪華な感じになってしまった。


それでも早く2つのアンサンブルを
やりたくて仕方がない。


もちろん、その前に何も伝えていない
築茂、玲央、荻原先輩にはしっかり
説明をしなくてはいけない。

まぁ、ありのままを話せばいいから
別に考えてはいないけど。


ちょっとソファと机を移動させて、
アンサンブルができるくらいの
広いスペースも完成。


あとはスリッパを玄関前に用意。

今日くらいはしっかり玄関から
入ってもらおう。


荻原先輩とは昨日、約束をしたときに
連絡先を交換して駅に着いたら、
私じゃなくて大和が迎えに行くことになっている。

何とかうまくいくといいんだけど。


机の上にお菓子などを並べ始めたとき、
玄関のインターホンが鳴った。



「はーい!」


そう言って勢いよく扉を開けると、
楽器ケースを持った大和の姿が。


「おう。今日はしっかりこっちから
 入ろうと思って」

「おー、さすがだねぇ!実は今日はこっちから
 上がってもらおうと思ってスリッパも
 しっかり準備してました」

「以心伝心ってやつ?お邪魔しまーす」


2人で笑い合って、リビングへと来ると、
端のほうに楽器を置いていつものソファに座った。



「ちょー準備万端じゃん!すげぇなぁ」

「楽しみで仕方なかったからね」


そう言いながら紅茶を淹れてあげると、
ガラステーブルに置いてあった携帯が震えた。

新着メールを開くと、時間的にそろそろかなと
思っていた荻原先輩からだった。


「荻原先輩、駅に着いたって。どうする?
 本当に1人で大丈夫なの?」

「当たり前だろ?もしお前が行ってるときに
 俺の知らないやつが来たら、変に思われる。
 ま、何とかなるから大丈夫だ」

「そっか。じゃあお願いね」


そう言うと、大和は片手をあげて、
外に出て行った。




大和が出てからしばらくすると。

またインターホンが鳴ってすぐに
玄関の扉を開ければ、煌と空雅と………
不機嫌な築茂。


あ、そういえば大和がいるとは言ったけど
空雅が来ることは言ってなかったっけ。


「おーっす!ここが悠の家!?超広い!」


いつも以上にバカみたいなテンションで
勝手に部屋に上がりこんできた空雅は、
私の家がそんなに珍しいのか一人で叫んでる。

そんなバカは置いといて、煌に
視線を向けると。


苦笑いを隠せていない。



「あ、あははー。やぁ築茂。今日は
 たのし……」

「どういうことか、中でゆっくり
 聞かせてもらおうか」

「はい!」



うぅ、あんな目で睨まれたら背筋が嫌って
ほどにピンと伸びてしまったよ。

そんなに視線で殺気を出さなくても。


「車で築茂と来たんだけどさ。途中で空雅が
 駅の近くで迷っててさ。築茂に
 空雅の存在を知らせていなかったの
 忘れてたから、車に乗せたときに……」

「どうしてこいつもいつんだ、と
 いうことですね」

「そういうことです」


築茂が先にリビングへと行くのを見届けると、
煌がこれまでの経緯を小声で説明してくれた。

まぁ何はともあれ、無事についてくれてよかった。


「うっわ、お菓子あんじゃん!頂きっ」


リビングへと入ると築茂はすでに
大和のサックスの隣に楽器を置いていて、
空雅はお菓子を貪っていた。


「悠、本当にこんな家に1人で暮らしてるのか?」


煌に物凄い怪訝な表情で聞かれたから、
普通に頷くと、築茂も表情が強張った。




いつの間にか空雅もお菓子を食べる手を止めて、
私をじっと見ていた。

大和や玲央も最初来たとき、同じような
反応だったけど、何がそんなに
驚くことなのかいまいち分からない。


「まぁそんなことより、一応適当に座って」

「大和は?」

「今、もう一人の観客を迎えに行ってる」

「大和って誰だよ?もう一人の観客とか」

「早く説明しろ」


あーそうだったね、空雅は大和のことも
荻原先輩のことも知らないんだっけ。

築茂もイライラが募ってきているようだ。



「はいはーい!きちんと説明をするので、
 まずはみなさん、紅茶をどうぞ」


それぞれにレモンとミルクを渡して
落ち着かせてから、すべて説明をした。

築茂はもう怒りを通り越して呆れているけど、
空雅はだんだん表情が曇ってきた。

お菓子を与えたら何とか元に戻ったけど。


「黙っててごめんね。ただ悠がすごく
 楽しそうだったから」

「あ、煌!煌だってなんだかんだめっちゃ
 わくわくしてるとか言ってたじゃーん」

「あ、あれは……ちょっとした子供心?」

「煌が子供!?俺はどうなんだよ!」

「お前はガキだ、ガキ」

「築茂さーん、本当のことだけどそんなに
 はっきり言ったらかわいそうだよ?」

「悠、フォローになってないよ」

「……みんなして、バカにするなぁー!」



あぁ。

やっぱりこうやってバカみたいな会話を
するの、本当に楽しいな。

何とか話も分かってもらえたみたいだし、
あとは玲央と荻原先輩だね。


大和、大丈夫かな?


そんなことを考えていると、本日
三度目のチャイムが響いた。