青い春の音

作者/ 歌



第8音  (6)



いつもの駅を降りて、家までの道のりを
いつもより早く歩く。

心はすでにこれからのことでいっぱいで
頬が緩むのを隠すこともできそうにない。


気付いたら早歩きは走りに変わっていて。


後ろからバイクの音が聞こえて、
私を通り越したと思ったらちょっと
手前で止まった。


「おい!何で走ってんだよ。危ねーだろ」

「大和!」


早く大和のサックスが聞きたかったから
会えたことが嬉しくて、ガラでもなく
子供のように駆け寄った。


「今ね、煌たちと練習してきたよ!
 そしたら早く大和と玲央ともやりたくて
 気付いたら走ってたっ」


ニカッと笑ってみせると、ふっと
笑みをこぼした大和。

ぽん、と私の頭に手を置いて、


「あぁ、俺も楽しみだよ。でも危ないから
 走るな。楽器も持っているんだし、
 大切な楽器がかわいそうだろ?」

「あ、本当!ありがと、大和」

「おう。玲央はコントラバスだから
 タクシーでくるみたいだぞ」

「いくらなんでもバイクじゃ無理だもんね。
 じゃあ紅茶淹れて待ってよ!」


優しく頭を撫でてくれる大和の大きい手が、
すごく、くすぐったかった。



バイクを押しながら私の隣に並んで、
一緒に歩いてくれる大和に
煌たちとのアンサンブルの感想を
途切れることなく話した。

それにいろんな表情で答えてくれる
大和の、こんな表情もするんだなと新たな
一面を見れたことが嬉しくて。


ちょっと、ドキ、なんてらしくない
心臓の音が聞こえた。




大和と紅茶とお菓子の準備をしていると、
がちゃ、と裏口の扉が開いた。


驚いて目を向けると、玲央の姿が。



「玲央!お前、インターホンくらい
 鳴らせよ。しかもそこからじゃコントラバス
 入れないだろ」

「こっちのがいいと思った」


なんというか、玲央らしくて
私はその場で爆笑してしまった。

それに大和が眉を吊り上げているけど、
私の笑いは中々おさまらない。


今日の私は、ねじが3本くらい外れてるな。


大和がこの家の主かのように、玄関の
扉を開けて、そこからコントラバスを持った
玲央が入ってきた。

同じ弦楽器なのにこんなにも大きさが違うと
やっぱり圧倒される。


「玲央、紅茶できてるよ。ちょっと
 疲れたでしょ?少し休もう」

「ん」


私のバイオリンと大和のサックスの隣に、
コントラバスを静かに置いて、
この前のように3人でソファに座った。

紅茶をすすりながら、楽譜を2人に渡す。

玲央には煌たちとのことは話してないけど、
明日、私たちの演奏を見に来る人がいると
いうことだけは伝えた。

特別、反応を示すわけでもなく、ただ
楽譜を見つめている玲央は。


本当に人間に興味がないんだろう。



「そんじゃ、やりますか!」


大和がソファから立ち上がり、楽器ケースを
開けてサックスを取り出した。

金色でベルに薔薇の模様が刻まれていて、
すごく、かっこいい。

私もさっきまで弾いていたバイオリンを
出して、弓の準備をする。


ワンテンポ遅れて玲央もゆっくり、
ケースを開いた。





それぞれ音だしを始めたんだけども。

それを聞き逃せるほど簡単な音じゃ
なくて、私は驚いてしばらく2人を凝視。


「……お前も音だし、しろよ」

「いやぁー………だって、2人の音が。
 やばいというかどうしようというか、なんか
 食べちゃいたくなるんですもん」

「意味分からねーよ」


大和が怪訝な表情で私を見るけど、
本当のことだし、はっきり言ってびっくり。

本当に大和の音は見た目とのギャップが
やばいくらいに柔らかくて、綺麗で、透き通っていた。


音は心の鏡。



その言葉のとおり、玲央の音はゆったりと、
重く、美しく、どこか可愛い。

とてつもなく2人ともいい音をしている。



「悠の音、聞きたい」


玲央がコントラバスを弾く手を止めて、
私のバイオリンに視線を集中させる。


「あ、2人に夢中になりすぎて忘れてた。
 私も音だしするから2人も続けて?」


そう言っていつものように音だしで
やっているスケールやロングトーンをした。

それに半音階と和音のチューニング。

でもどうしてか、私のバイオリンの音しか
聞こえなくてふと手を止めると。


さっきまでの立場が逆転していた。



「え?なんですか」

「………お前、いつからバイオリン
 やってんの?」


さっき築茂にも聞かれたことと全く同じことを
大和が言うものだから、ちょっと
おかしくて笑ってしまった。


「何で笑ってんだよ」

「いや、ごめん、ちょっとね。バイオリンは
 高校生になってから始めたよ。独学だから
 かなり適当なんだけど」


そう答えると、2人とも目を見開いた。

わぁ、あの玲央までもがこんな表情を
見せるなんて何をそんなに驚くんだろう。



「嘘」

「嘘って、なんでよ」

「俺も嘘だと思うんだけど」

「はい?何で嘘なんてつかないといけないのさ」


信じられないという表情で2人とも
顔を見合わせている。

あ、デジャヴだ。


確かに1年ちょいと言うと一般的には
初心者に属するポジションだ。

でも私はずっと音楽をやってきたから
チューニングとか基礎的なことはすぐに
身に着いた。





………ずっと?




あれ、やばい、早く蓋をしないと
溢れちゃうね。


得意技を発動。



「まぁとにかく、曲やってみようよ!」

「あ、あぁ」


強引に押し切って、楽譜をそれぞれ
自分の好きなところに置いた。


譜読みはたぶんすぐにできるだろうから、
煌たちのときみたいに一度、通してみよう。


「一度、初見でやってみようよ。そのあとから
 修正したり練習してさ」

「そうだな。じゃあ玲央からよろしく」

「ん」


そう言うと玲央は低温のDから始まる音を
優雅に弾きこなす。


バイオリンのアンサンブルではないパートだから、
やっぱり雰囲気もちょっと違う。

その後に私のバイオリンを重ねて、弦同士の
ハーモニーを作ると。


メロディのサックスが乗ってきた。


弦をこする音、大和の息を吸い込む音、
このアンサンブルでしか感じられない音たちが
楽しそうに会話をしている。


こんなアンサンブルも、いい。


バイオリンアンサンブルは思いっきり
クラシックだけど、これはどっちかっていうと
ジャズに近い、柔らかいイメージ。

全く同じ曲でも、弾く楽器、音、
合わさるタイミングがちょっと違うだけで
オリジナルのようになる。


それが、音楽の魅力の一つ。