青い春の音

作者/ 歌



第8音  (10)



さっきまで寝ていた玲央は話を何一つ
知らないし、きっと興味もないだろう。

それでも5人の熱い視線を背中に感じてる今、
玲央に説明しなければ。


「玲央、なんか飲む?」

「……紅茶」


すっかり冷めていた紅茶ではなくて、
ポットからお湯を注いで新しく作り直す。

出来た紅茶を玲央の前に置いてあげると、
嬉しそうに飲み始めた。


「猫、だな」

「あぁ、猫だ」


築茂と大和がぼそっと呟いた言葉は
当の本人には届いていない。


「ちょっとは眠気がとれた?」

「ん、ありがと」

「よかった」

「…………」

「ん?どうしたの?」


どう話を切り出そうか、考えていると
玲央がじっと私の瞳の奥を見据えている。


「何を、企んでるの」


うっそー、玲央くんって寝ぼけてそうで
意外と鋭いんだよねー。

こりゃあ早く話を進めたほうがいい。


「玲央は抜け目がないねー。あのね、さっき
 玲央と出会ったときに『Amazing grace』を
 歌ったときの話をしてたの」


そう言うとちょっと目を見開いて、
首を傾げる玲央。

こんな仕草一つ一つも可愛いすぎる!


「そしたらさ、みんな聞きたいんだって。
 玲央と私のハーモニー」

「……悠は、歌いたい?」

「え、もちろん歌いたいよー!あの時の感情は
 きっとずっと忘れられないだろうし、
 何よりも玲央の歌声、すごく大好きだから」


素直にそう答えると、ふわり、と雲のように
柔らかく微笑みを返してきた。



「じゃ、歌おう」



あっけなく了承を得られてしまって、
気が抜けた。

淹れなおした紅茶もすぐに飲みほして、
無言で立ち上がった玲央。


え、もう歌う気満々?


そう目で訴えると、歌わないの?と
言った表情を返してきた。


「悠、玲央は歌ってくれるんだから、
 あとは悠次第だぞ」


空雅の声を背に受けながら、私も
立ち上がった。

さっきアンサンブルをしていた場所に
2人で並んで立つ。

まさか歌うことまでは予想していなかったけど、
みんなの前で、玲央ともう一度歌うことが
できるのは、素直に嬉しい。


玲央と視線を交えて、2人同時にゆっくり息を吸った。



『Amazing grace』を私がメロディ、
玲央がハモりを歌いあげていく。

声が響くこの部屋だと、あの時よりもさらに
玲央の声がよく聞こえてきて。

風のように心にすっと入っていく。


………どうして、だろうか。


今、玲央と、歌っている“この曲”は、
玲央と初めて出会った時と“同じ曲”の
はずなのに。


あの時とは“違う曲”に聞こえるんだ。



楽しいし、気持ちいいし、嬉しい、
そんな感情はあの時となんら変わりはない。

それなのに、何か、感じるものが違う。

玲央の声から感じる心が、あの時と
何かが違うんだ。


一体、何なんだろう?




そんな疑問の答えを導き出せないまま、
最後の歌詞を歌い終えていた。


目を開くと、5人の拍手と温かい表情。


ちょっと、玲央の声に違和感を感じていた分、
すごくほっとしている自分がいた。



「すごい!玲央は男なのに澄んでいて
 とても心地いい声をしてる。
 悠はもう、なんていうか、人を惹きこむ
 素敵な声だね」

「あ、ありがとう」


煌の賞賛に気恥ずかしさからなのか、
心臓の奥底でどく、と嫌な音がしたせいなのか、
視線を逸らして曖昧に笑った。



『お前は素敵な声をしている』



あー、ダメダメ。

いつものように得意技をやって、
現実の世界へ降り立つ。



空雅や大和が玲央に何やら楽しそうに
絡んでいる姿が視界に映った。


「おい、どうかしたか?」


すると築茂の怪訝そうな声に
はっとして、すぐに笑顔を作る。


「ううん、自分で歌って自分で感動
 しちゃったみたい」

「呑気なものだな。でも確かにいいものを
 聞かせてもらった」

「わぁ、築茂が褒めたー!みんなっ今から
 雨が降るかもしれないから気をつけてね!」

「おい、どういう意味だ」


うん、大丈夫。


普通に楽しい会話もできてるし、
きちんと笑えている。


みんなの笑顔を、壊してはいけない。



くだらない話で、たくさん笑えて、
笑顔と温かさに包まれているこの空間が。

私の家とは思えないくらいに、
この時間がとても幸せに感じるから。


壊したくないんだ。






それからも玲央もしっかり起きてくれたから、
7人で他愛もない話をした。

今度は7人全員で何か、やってみようと
いう話を盛り上げ委員長の空雅が提案すると。

なんだかんだ言いながらも全員、
楽しみそうな表情を浮かべていた。


玲央、以外。



「うわ、もうこんな時間じゃん!これ以上、
 女の子の家にお邪魔するのも悪いから、
 みんな帰るぞ」


左手にしていた腕時計を見ながら叫んだ煌は、
ソファから立ち上がる。

私も時計を確認すると、もう9時になろうとしていた。



「あ、本当だ。悠、遅くまでお邪魔しちゃって
 ごめんね?あと、ありがとう」


空いたお皿やコップを素早く
片づけをして、私と一緒にキッチンまで
運んでくれた日向。

うん、こーゆーところが本当に日向だよね。


「……大和と、しっかり話してみる」


カチャ、とシンクに食器を置いたと同時に、
日向が小さな声で呟いた。

その言葉に目を見開いて、思わず
日向の綺麗な横顔を凝視してしまう。


「まだ納得してない部分もあって。でもずっと
 このままは嫌だなって思っていたことも事実。
 ずっと逃げてきた。でも、今日大和の笑顔を
 久しぶりに見て、心が決まったよ」


迷いのない、真っ直ぐな瞳をしていた。


「僕たちのこと、心配してくれてたんだよね?
 本当にありがとう。悠のおかげだよ」

「ぜ、全然!余計なお世話かなとも思ってたから、
 そう言ってもらえるなんて本当に嬉しい。
 私こそ、今日は来てくれてありがとう」


そう微笑むと日向は鼻を指で軽く触って、
はにかみながら頷いた。