青い春の音
作者/ 歌

第1音 (5)
長い長い公民の授業が終わり、散々な
課題を残して担任は教室をあとにした。
…絶対後でやり返してやる。
課題の量を示す黒板に連なる白い文字を
睨みながら次の授業の準備をしよう……としたが、
次の科目を知ってしまった。
うん、次は大嫌いな科学だからサボろう!
1人で頷いて携帯とiPodを手に席を立とうとすると、
「ねぇ、あんた!」
全く聞き覚えのない声が通り過ぎたような気がしたが、
私は“あんた”じゃないので軽くスルーした。
「ちょっ!何シカトしてんだよ。あんただよ、あんた!」
力強く腕を捕まられてしまい、
嫌々振り返った。
そこには見慣れない金髪に
小麦色の肌をした知らない男。
こんなやつ、うちのクラスにいたっけ?
「……どちら様?」
当たり前のように言葉を口にした瞬間、
目の前にいる男の口が、おでんの卵がすっぽり
入りそうなくらいにまでオープン。
うわ、キモいよエグいよ。
気のせいでなければ、彼だけではなく
周りの生徒も同じような顔をしている。
一体何がどうしたというんだ、この馬鹿げたクラスは。
「いやいや、馬鹿げてるのはあんただから」
何故か指を向けられてバカ扱いされてる…ってか、
この私が心を読まれてるのか!?
「全部口に出てるって」
あー、よく漫画や小説で出てくるパターンですね。
しかし、
「うん、知ってる。わざと出してみた」
そんなありきたりなパターンは嫌いなんです私。
「んだよ。意味分かんねーやつだな」
「で、何の用?月次空雅」
「はぁ!?俺のこと分かってんじゃん!」
「当たり前でしょー。普通に分かるから。
ちょっとふざけてみただけだし。…って、
みんなまでまさか本気にしてたの!?」
ってきり私の演技に乗っかってくれたかと思った。
まー私の演技力は素晴らしいですから。
「お前マジ意味分かんねーなぁ。
普通初対面のやつにふざけて見せるか?」
「これが私ですからご理解を。ってか
早く話進めてよ。逃げ遅れるじゃん」
時計の針が刻々と迫っている。
私は何としてでもこの危機を
乗り越えなければいけないのだ。
「逃げ遅れるって?」
「化学の授業に決まってるでしょ!サボるんだから」
「あーなるほど!じゃあ俺もサボる。そこで話そうぜ」
「えー…」
何故か勝手に話を進めた彼は私の腕を
グイグイ引っ張って歩き出した。
教室を出る間際に愛花と目が合ったので
口パクで「よろしく」と伝えることを忘れずに。
そしてサボると言えば必ず屋上に向か……
おうとしたが、前も話した通りこの学校にはない。
「なんで屋上がねーんだよ。
普通青春の一部じゃね?」
「そーだねー」
どーでもいいので適当に棒読みで
返事をするが、彼は未だに
ブツブツ文句を言っている。
ってかこの人どこに向かってるわけ?
転校生ってことは今日来た…いや、
1時間半前ぐらいに初めて来たはず。
……絶対校舎内のこと分かってない。
そしていきなり立ち止まったかと思えば、
「……なぁ、ここどこ?」
期待を裏切らない質問が返って来た。
本人は全く悪日れる様子もなく、
真顔でじっと私の瞳を覗き込んでくる。
私は軽蔑の眼差しを向けながらもまず言いたいことが。
「とりあえずさ、手離してくれない?」
教室を出た時からずっと捕まれていて
はっきり言って痛い。
後先考えずに行動する奴だと見た時から
分かっていたが、あまり関わりたくないタイプだ。
「あ、ごめん」
すんなりと離してくれた中に
沈黙だけが取り残された。
その後、お気に入りの場所が頭に過ったが
こんなやつに知られたくはないので中庭にやってきた。
丁度職員室からも死角になっているし、
人もこの時間帯は授業だからいない。
「この学校って広いんだなー。
サボる場所たくさんあってラッキーだぜ」
ごろん、と勢いよく芝生の上に寝転ぶ奴を
蹴飛ばしたい衝動を抑えながら私は
近くにあったベンチに腰を降ろした。
「で、話って何?話終わったら私、
違う場所に行くから」
「そんな急かすなよ。ってか俺、
早くもかなり嫌われちゃってる感じ?」
「好きでも嫌いでもないから。興味ないし。
ってか話を逸らすんじゃねーよ」
ばれたかー、と苦笑を溢して
体を起こして私の隣に座る。
ってか何で初対面のくせに話なんか
されなきゃなんないんだろう。
「まー話ってのわさ、あんま大したことじゃ
ないんだよ。ただお前に興味が湧いたんだ」
「はぁ?」
「いやーさ、お前だって分かっただろ?
俺を見たときの女子らのあの顔!」
「まー見たけど」
「お前だけだよ。転校生で男って聞いて
興味ないなんて言った女」
「…何が言いたいの?」
「まーあれだ!お前は普通じゃない。
つーわけで、変人同士よろしくしようぜっ」
うん、全く話の繋がりがない会話だったよね。
それからも何故か隣でベラベラとどーでもいい話をし出す奴。
完全に去るタイミングを失ってしまった。
適当に相槌を打つ素振りを見せながらも
、話の内容はしっかり頭に入っている。
普通ならこんな時期に転校してきたことも
、進学校であるこの高校にいかにも
問題児そうな奴が入れたことも、
疑問に思うのが当然だ。
彼にはまだ心のうちに人には見せられない
一面があることを、私は見抜いていた。
特に質問をすることもなく、ただ彼が
話しているのを隣で聞いているだけ。
それでも、この空間がとても
居心地のいいように感じた。
……あ、歌いたい。
「ん?どうしたんだ?」
突然、ベンチから立ち上がった私を
不思議そうに見つめる奴を気に止めることもなく、
私はゆっくりと空を見上げた。
そしてそこからは私だけの世界が広がっていく。
想いのままにたった今、
生まれた音の葉たちを踊らせる。
笑顔の青空と喜ぶ風たちも、みんな一緒に。
たった1つの言葉があれば
たくさんな言葉は
いらないような気がして
どんな言葉よりもまっすぐ
想いのすべてを
伝えられるような気がして
“大丈夫”
最後の音の余韻に浸りながら、
ゆっくりと彼のほうを振り返った。
「あー気持ちかった!」
元から大きい目を見開いて一切瞬きもせず、
私を凝視する彼の隣に再度座る。
歌いたい時に歌うのが私だから、
時も場所も全く気にすることはない。
「ちょっと…大丈夫?」
未だに石のように固まったままの彼の顔を
覗き込んで、生きているかを確認する。
一体どうしたんだこいつ!
あまりにも反応がないので本気で
心配になってきましたー。
「おい!聞いてんのか!?」
最終手段で彼の頭を思いっきり叩くと、
「いっっったぁぁ」
正常な叫び声が響いて、何とか生きていたようだ。
ってか、そこまで強く叩いていないんですけど!
大袈裟だなー。
「かなーり痛ーわ!マジどんだけだよ…」
「お前が私を無視するのが悪い!死んだかと思ったわ。
サスペンスに巻き込まれるのはごめんだね」
「勝手に殺すな!ってか俺が死ぬことを嘆けよ」
「え、無理無理無理!第一発見者として
誘導尋問受けることが心配すぎて、
お前のことなんか頭に過らないな」
「そ、そこまで否定しなくても…」
「ぷはっ!冗談!やっと調子戻ったね」
「あーわりぃわりぃ」
その時、2限目の授業の終わりを知らせる
チャイムが会話を終了させた。

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