青い春の音

作者/ 歌



第8音  (3)



んー、遅いなぁ。


煌からの返信が来なくて、内心
焦り始めていた私。

既に時刻は10時を回っていて、大和は
仕事のために帰った。


築茂からは聞いている、と返信があり、
選曲と日時も知らせると。



『お前はバカか?』


メールを送った直後、築茂からの電話が。

そしてもしもし、を言うことすら許されずに
十万ボルトを落としてきやがった。

何か呪文でも唱えているんじゃないかと
思わせるくらい、それはもうすごい
剣幕で一気に喋っていたよ。

何一つ聞いてなかったけど。


とりあえず、もう決まったから
明日、練習頑張ろうね!と強引に
電話を切りました、はい。


鬼瓦みたいな顔してたらどうしようかね。

もしその顔で頭を冷やそうと熱冷ましシートを
買いに、コンビニでも行ったら……。


合掌。



ってそんな呑気なことをしてる場合では
ないんだって。

返信が来てないってことはまだ
メールを見ていないということ。

それはつまり、万が一にでも今日、正確には
あと2時間以内にメールを見なければ。

明日、明後日が本番だということを
知ることになる。


これは非常に、まずい。


いくらなんでもあの煌でさえ、怒るかも
しれないしやっぱりやめるなんて言われたら
どうしましょう。


そんな不安と決闘していても状況は
何一つ変わらないから、携帯をあさってみる。

いや、意味はないんだけどね。

画面とにらめっこしていると、ふと
ある疑惑が浮かんできた。

恐る恐る送信BOXを開いてみる、と。



・・・・・・。



オーマイガー。



未送信BOXを開いてみる、と。



おうおうおう、こんなところに
隠れていたのか。

かくれんぼが好きなのかね、君は?



「………やってしまった」



質問です、どうして煌から返信が
来なかったのでしょう。

答えは、私がメールをきちんと
送れていなかったからです。


最悪だぁぁぁあぁぁあぁ!




こうなってしまったからには、もう
強行手段に出るしかない。

悶々と携帯とにらめっこしているうちに
時間は経っていたみたいで、あと
もう少しで11時になる。

まだこの時間なら起きているだろう。


すぐに発信ボタンを押して電話をかける、と。



『……んぁ』


あれ、まさか寝ていたんですかね?
かなり寝起きの声ですよね?


「あー……悠だけど、もしかして
 寝てたりとかする?」

『………』


嘘でしょー。

こんな早くに寝てるとか、私じゃ
考えられないんだけど。

まぁ私なんかを基準にしてはいけないですね。


それよりも、なぜか沈黙が続いていて
話が一向に前進しようとしません。

なんとなく、なんとなく、本当に
なんとなくなんだけど。


まさか、また………寝てない?



「もしもーし!煌!春日井煌!」


『ふぇ?』



受話器に向かって近所迷惑など気にせずに
大声を出すと、やっと間抜けな返事が聞こえた。

ふぇ?って、ちょっと煌さん、
爽やかスマイル春日井煌のキャラが
ぶち壊れるよー。


「ふぇ?じゃなくて、寝ぼけてないで起きて!
 すぐに話さなきゃいけないことがあるの!」

『え、悠?は?何で?』


ダメだこりゃ。

完璧に寝ぼけていたみたいで、どうして
私と電話をしているのかという
状況すら把握できていない。



「何で、って私が電話をしてあなたが
 通話ボタンを押したから電話してるんでしょ。
 それよりも頭、起こして」

『いや、今のですっかり起きました。
 今日は悠からの電話づくしだな』

「何呑気なこと、言ってるの。それよりも、
 明後日、いやあと1時間すれば明日か。
 6月4日、アンサンブル本番ね」


早速本題に入ってさらりと言ってみれば。



『………ん?』



可愛い一文字が聞こえてきました。



受話器の向こうで一生懸命頭を整理しようと
1人でぶつぶつ言っている煌の声を
黙って聞いていたら。


『つまり、明後日が勝負の日だと?』

「正確にはあと43分で明日ね」

『冗談とかじゃ…』

「ないよー」


ようやく話が見えたみたいで、乾いた声が
ため息交じりに吐き出された。


そんなことは気にしてられずに、
選曲と練習と場所を説明して何とか
承諾してくれた。


『本当に唐突だなー』

「そのほうが面白いでしょ」

『悠が面白いならよかったけど。
 でもやるからにはしっかりやるよ』

「煌ならそう言ってくれると思った!ありがと。
 なんだかんだ、煌も楽しいでしょ?」

『ちょっとね。何かこういうわくわく感、
 久々に感じてるなーと思って』

「これからもっとわくわくするよ」



やっぱり煌は、理解力があって大人で
優しくて音楽を心から愛してる、そんな人。


だから、当日の本当の目的もすべて話した。


大和と荻原先輩のことに築茂と玲央のこと、
音楽を通して何かきっかけができたら嬉しい。

煌にも当日まで言わないつもりだったけど
たった今、言いたくなったこと、も。


やっぱり最初は驚いていたけど、私の考えに
賛同してくれたし、玲央や荻原先輩と
会えるのも楽しみだと言ってくれた。

万が一、築茂が気を悪くしたら俺に
任せておけ、と。


そんな頼もしい言葉も一緒に。



煌との電話を切って、ふぅと息を吐くと、
ひどく安心していることに気付いた。


思っていた以上に今回のことが本当に
上手くいくものかと、考えてしまって。

余計なお世話じゃないかとか、迷惑じゃないかとか、
嫌じゃないかとか。

少し不安でいたことも事実。


でも煌も協力する、と言ってくれてたったその
一言が心に沁みた。



どうか、成功しますように。