青い春の音
作者/ 歌

第4音 (4)
勢いよくバスタオルから
顔を出して、表情を変えない
彼に叫んだ。
「だから、知ってるって言っただろ」
「いやいやいや。じゃあ何で
名前聞いたのさ」
「そこかよ。普通、何で知ってるの?
だろ」
ふっ、と初めて笑みをこぼした彼に
少し驚いてまじまじとその顔を見つめた。
「……なんだ?」
「いや、ちゃんと笑えるんだね」
「怖い目にあいたいのか?」
「いえ、遠慮しときます」
この人の言ってることは半分、
本気だろう。
これ以上眉間にしわを作らせまい、と
とびっきりの笑顔で断った。
「でも何で知ってたの?」
「だから、俺もこの辺に住んでるって
言っただろ。近所のやつくらい
顔もたまに見るし、名前だって
普通に耳に入ってくるんだよ」
「……」
うん、私って相当近所付き合いが
悪いってこと初めて知ったよ。
確かに家に帰ったら音楽のことで
頭がいっぱいだし、外に出るのも
海しか視界に入ってないから、ね。
「あんたの家、どこらへんなの」
「あんたじゃない、大和」
「…大和、どこなの」
「道路挟んで向かいの白い
アパートの3階」
「うっそ。めっちゃ近いじゃん。
じゃあ窓から海とかめっちゃ綺麗
なんじゃない!?」
「……あぁ、まぁな」
うわぁ、めっちゃ贅沢、ちょー
羨ましいんですけど。
ってか綺麗な海とか似合わなっ!
それにしてもこんな近くにこんなやつ
いたなんて全く知らなかった。
そういえば近所で小さい子供や
お年寄りなんかは結構
見かけるけど、同年代ぐらいの
人は見たことがない。
いるかどうかも分からない。
「あ、一応ありがとね。心配して
こうやってくれたんでしょ?」
「別に」
無愛想だけど案外いいやつってことは
分かったから、よしとしよう。
「大和もほら、早く拭かないと。
寒かったらシャワー浴びる?」
「何言ってんだバカ。自分の家
目の前なんだから借りる意味ない」
バ、バカって……。
いや、確かに私はバカだけどね?
よくよく考えたら結構危険な
セリフだったよね?
「いやー大和さん、あなた
見た目によらず賢いんですねぇ」
「どこぞのばばぁだ。気持ち悪い」
「わわ、そんな目で見ないでよー。
褒めてんだから。……紅茶でも飲む?
一応温まるよ」
ソファに移動させて一応聞いたけど
返事を待たずに、ティーパックと
マグカップを2つ用意する。
微かな声だったけど悪いな、と
聞こえたから、ちょっと、ほっとした。
* * *
こと、とガラステーブルにマグカップを
置く音が、私は結構好きだったりする。
白い皮のソファはどう見ても
5、6人は座れる広さがあり、
どうして私の家にあるのか未だに謎。
テーブルをはさんで大和の目の前に座る。
テレビはつけずに変わりに
オーディオの電源をONにして。
何千枚と並べられているCDの中から
適当に1枚取り出してセットした。
流れてきたのはコブクロの「どんな空でも」。
まぁこの曲なら大和も別に
聞きづらくはないだろう。
クラシックとかオペラとかだったら
変えようと思っていたけど。
アルバム曲だからしばらくは
放置しておけば勝手に流れてくれる。
そんな私の様子をただ黙って
大和は見ていたけど、不意に
口を開いた。
「お前、いつも歌ってるよな」
「お前じゃない、悠。ってか何で
知ってるんですか」
「……悠。たまに見かけるからな。
海で歌ってるとこ」
うっわー…見られてたんだ。
「覗き見なんて悪趣味ねぇ大和くん。
一緒に歌いたかったの?」
「殴りと蹴りどちらか選べ」
「うん、どちらも地獄行きだよねー。
手加減なしだよねー」
「当たり前だっつーの」
おぉ、こわ!
でもこんなやり取りを初めて
話したのに出来るのはこいつと
気が合うからかもしれない。
視線で殺される前にソファから
立ち上がり、何かお菓子類が
なかったか確認するべくキッチンへと
向かった。
棚や冷蔵庫を覗いてみるけど、
自分でも怖いくらいにすっからかんで。
「…何でこんなに何もないんだ」
大和の言葉がひどく頭に響いた。
「本当だよねー……。何でないわけ?
私どうやって生活してるのかしら」
「何で自分の生活のことなのに
無関心なんだよ。ってか本当に
一人で住んでるのか?」
「本当にって知ってたの?」
「お前がここに引っ越してきたとき、
近所のおばさんが話してたぜ。
まだ若いのに女の子一人なんてって」
「あら、きちんと女の子でよかった」
「いや、女の子でも人間でもなくて
野蛮人だったな」
「うふふふふ。褒め言葉ありがとう」
気味が悪いくらいに口角をあげて、
目で睨んでやった。
たぶん。
今の流れを変えなかったら、
違う方向に話が進んでたと思うから。
きっとそれを大和はすぐに
察知してくれて話を
合わせてくれたんだと思う。
いや、別に話の流れを変えたかった
深い意味はないんだけど。

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