青い春の音

作者/ 歌



第10音  (1)



日向と空雅のソロコンサートが3日後に
迫った今日。

7月に入ると、さすがというか沖縄には
照り焼ける日差しが痛いほどに降ってくる。


それでも、海に囲まれているから
風が強くても日陰はかなり涼しいし、体感温度は
そこまで暑くもない。


沖縄の人は黒いイメージがあると思うけど、
残念ながら、私は白すぎってくらい、
肌がもともと白い。

だからちょっと焼けたくて露出の多い
服を着ていると。



「悠!帰って今すぐ着替えて来なさい!」



とお母さん、尚且つ煌に怒られる始末。


あのアンサンブルコンサート以来、
私たち7人で集まることなんて日常茶飯事。

今はLIMEやFaceBackなどと言った
便利なコミュニケーションツールができたため、
グループを作って連絡を取り合うことも
すんなりできる時代になった。


そして只今、学校が終わり、いつものように
勝手に集まって私の家の近くのビーチで
これから花火をしちゃいます、うふふ。



「悠ちゃーん、勝手に1人でにやけてると
 空雅くんが熱ーいハグをしちゃうよー?」


「ふざけるな。見るこっちの身にもなれ」


「あれれー?築茂くんったらヤキモチー?」


「ただでさえ暑いのに暑苦しいものを
 見せられてたまるか。お前、いっぺんあの岩から
 海に飛び込んで来い」



空雅のかなーり気持ち悪い喋り方に
容赦なく築茂の冷気が詰め寄る。

まぁ、こんなやり取りもいつもの光景。



「とりあえず、悠は帰って何かパーカーでも
 いいから羽織って来い。あとビール取ってきてー」

「あはは、大和さんはそれが一番の
 目的で言ってるんでしょ」

「よく分かったなぁ!さぁ、早く早く」



人でなしの大和に呆れた視線を送るものの、
効果がないことは分かっていたので
大人しくすぐに家へと向かった。



部屋に戻って全身鏡に映る自分の姿を確認する。


ショートデニムパンツに下着に近い、
米国旗柄のタンクトップだけ。

うん、とてつもなく涼しいからこれがいい。


とは言ってもこれから夜になると少しずつ
涼しくなるだろうから、大和の言った通り、
薄手のパーカーを羽織った。


キッチンに立って、冷蔵庫からビールを
6本、手に抱える。

6人に出会うまではすっからかんだった冷蔵庫の中も、
部屋の家具も、食材も、今ではそれぞれが
持ち合わせた私物で溢れている。


というか……汚さすぎる。



「あいつら、慣れすぎだろ」



ぼそ、と独り言を嫌味っぽく言ってみるけど、
その言葉とは真逆の表情をしていることくらい、
自分でも分かっている。


なんだかこの家が私だけのじゃなくて、
6人にも必要とされているみたいで。

音楽をすることでしか必要としなかった
この場所が、今じゃ全然違う場所になった気がする。



いつものように裏口から出ようとしたが、
ビールを持っているせいで両手が塞がっている。

一度、ビールを机の上に置いてから、
ドアを開けようと考えていたとき。


ガチャ、とタイミングよく扉が開いた。



「やっぱり。こんなことだろうと思って
 手伝いに来た」



そんな優しい言葉をかけて、気遣ってくれるのは
間違いなく日向しかいない。


私の腕の中からビールを全部抜き出して、
自分の両腕に収める。



「日向、ありがと。本当に日向って
 優しいよねー」

「悠にだけね」

「嘘つきー!誰にも隔てなく優しいくせにー。
 たまにとてつもない毒を吐くけど」


そうなんです。

実はあの6人の中で怒らせたら一番
危ないのは、この日向だったりするんです。



「はは、それはどうかなぁ?ほら、
 早くしないと大和がうるさいから」

「うん!」



裏口のドアからビーチサンダルを履いて、
足早に道路を渡る。

でもふと、すぐ後ろに日向の気配が消えて、
気になって後ろを振り返ってみると。



私を見つめているのに、どこか遠くを
見ている日向がそこにいた。



道路を挟んで向かい合わせ。


さっきまでの穏やかな笑顔の日向はいなくて、
苦しそうな、辛そうな表情を浮かべている。


それに耐えきれなくて、私は
もう一度日向のいるほうへと道路を渡った。



「ど、うしたの?」


「……とうに」


「え?」


「本当に、よく似ている」



直感で、すぐに分かった。


日向が私と、亡くなった日向のお母さんを
重ねて見ていることに。



大和から日向の事情については少しだけ聞いていた。

亡くなったお母さんの容姿や性格などは
全く知らないけど、私には、分かる。


その瞳は、愛する人をこの目に映したい、
そんな儚い願いが込められていること。



でもその瞳はすぐに逸らされて、
後悔しているような表情に変わる。

きっと罪悪感が襲ってきたんだろう。



「……日向」


「ごめん。今の、忘れて」


「ううん、忘れない。忘れられない。
 私は私であって、たとえ私に似ている人が
 いたとしても、それは、私でしかない」





「私は、日向のお母さんとは違う」





過酷なことを、言っていることは
十分に分かっていた。

日向を傷つけるかもしれない。


でも、これは紛れもない事実だから、私と
もうこの世にいない人との姿を
重ねて見るのは、日向がこれから先も辛いだけ。


だから、振り切ってほしい。




「大切な人を思い出すのはいいよ、全然。
 でも私を通して見るのはやめて。
 しっかり、私を見て」




出会ったときから、私を見るたびにその
瞳の奥に潜んでいた憂い。


それを早く、消し去ってほしい。




私は、私であって、誰かに似ているのは
私じゃない。

私が認めた「私」こそが私らしさ。

たとえ世界中の人の「自分らしさ」が
「私らしさ」と似ていたとしても
私が認めた「私らしさ」はたった一つ。


それと同時に、「日向のお母さんらしさ」も
この世に一つしか存在していなかった。


そして今は、日向の中に一つとして
存在させるべき。




「……うん。悠、ごめ………ありがとう」




“ありがとう”


“ごめん”と言おうとしていたのを、
“ありがとう”に言い直して微笑んだ日向。


その“ありがとう”がすごく、嬉しかった。



「よし!早くしないとあのバカ大和が
 うっさいから行こっか!」



いつもの笑顔に戻った日向と一緒に
駆け足で道路を渡って、5人のいる
ビーチまで石の階段を下りた。





「遅すぎるんですけどー」

「はいはい、すいませんでしたー。
 あ、私のビターチョコレート食べたの誰!?」

「口元見れば一目瞭然だろ」



大和にビールを渡しながら、それぞれが
買いよせたお菓子やらつまみの袋。

その中にまだ開けていなかったはずの
私のビターチョコレートが開けられていた。

一口サイズに銀紙で包まれているチョコレートが
いくつかなくなっていて、その場にいた
全員をジロ、と睨んでみる。


築茂の言葉通り、たった1人、口元に
チョコレートを着飾っているやつが。



「さぁ、空雅くん。今すぐに私の
 ビターチョコレート返しなさい?」


にこやかに手を差し出すと、


「口移しでいいなら大歓迎だけど?」


と、変態発言をさらり。



この1か月で空雅の発言はさらに
成長し、磨きがかかっていった。

変態発言はさらりとするし、私が一応女と
いうことを忘れているのだろうか、
6人で下ネタトークも連発する始末。


ま、別に気にしてないけど。



でもあの玲央くんや日向まで話にすんなり
入っていたのはちょっと驚いたな。

当の玲央は、やっぱり今日も砂浜に汚れることも
気にせず、気持ちよさそうに寝ている。



「悠、ビターチョコレートはまだ
 あるんだから、機嫌直せ。これあげるから」


と言ってスルメを何本か突きつけた煌。


「………おっさん」

「るっさいわ!」


7人の中では一応最年長である煌だけど、
ここ最近で分かったこと。


中身はかなりの、おっさん。


スルメや漬物が大好物で、寝相が
かなりすごい。

今日もたぶん、すごいはず。


遊んでいると、夜が早くて帰るのを
忘れてしまうこともたびたび。

そんな時は迷わず、全員私の家に泊まる。


前の玲央の時みたいに、1人2人なら
大和の家でも泊まれるけど、6人はきつい。

と、いうわけで私の家は5LDKの
一部屋がかなり広いので何の問題もなし。


大和は自分の家で寝ればいいものを、
断固拒否された。


最初は全員、遠慮がちだったくせに
今となってはここが自分の家よりも
居心地がいいらしく。

バカみたいにくつろいでいやがる。



「悠、お菓子も食べたら?」

「いーらない」

「本当にお前は食べないな」


日向が優しくスナック菓子の袋を
開けてくれるけど、私は食べない。

いつも食べないから築茂に変な顔をされた。



「お菓子が嫌いな女の子って珍しいよね」

「甘いもの全般無理なんです」

「甘いものが嫌いな女の子なんてモテないよ?」

「余計なお世話です」


煌の厭味ったらしい言葉を涼しい顔で
跳ね除けることも、いつものこと。