青い春の音

作者/ 歌



第1音 (3)



野球部の熱気のあるかけ声が聞こえ始めたころ、
私は1人、教室で今日の課題を終わらせていた。


イツメンの3人はそれぞれ部活に向かったが、
私は青空部に属している。


え?青空部が分からない?


はぁー…ダメだなぁ。
これはれっきとした若者言葉で、
青空の下帰る、つまり帰宅部の現代版に決まってるじゃん!

帰宅部っていうより青空部のがかわいいでしょ。


「誰と話してんだ貴様」


「うわっ!」


突如現れたのは、同じく青空部の
仲間である大高翔貴(オオタカショウキ)。
182もある身長にさっぱりした黒髪とは反対に、
パンダのようなタレ目をしている。

…あ、こいつに見下ろされていると気分悪っ!


「いきなり現れたかと思えばこのワタクシを
貴様扱いとは……殺られたいのかな?」


「はっ!貴様は貴様の分際で十分だ。ヤるならいいけど?」


「だーれがてめぇなんかに純粋な私の心を汚させるか!」


「え、純粋の意味も分かってないのか?さすがだ…」


「がー!もうっうるさいなぁ」


会えば必ず始まるいつものやり取り。



そしていつも私が負けるんだ。

「さっ!帰らなきゃ!」


机に散らばっていた教科書やらペンやらをかき集め、
鞄の中に放り込む。


それを大高がじーっと見ていることに気付き、頭を上げた。


「なに?」


「え……あーいや、今日は部活のピンチヒッター
やらないのかと思って…」


いきなり私が顔を上げたからか、しどろもどろに話す。

私は専属の部活には所属していないため、
あらゆる部活からピンチヒッターをお願いされる。


もちろん、断りたいときもあるんだ。


「あー今日は気分がのらなかったから全部断った」


「相変わらずだな」


「そりゃどうも。じゃ」


まだ何か言いたそうだったけど、そんなの
お構いなしに私は教室をあとにした。


はっきり言って私は鋭い。


人間関係にしても空気にしても
人の心にしてもすぐに読み取れてしまう。

たぶん…大高は私を女として見ているような気がする。


だから大高と2人きりになるのはなるべく避けていた。

友達としての付き合いをしっかり感じさせるように、
この距離を保っていかなければいけない。


……愛花のためにも。


あいつは大高のことが好きだと思う。

でも気づいているんだ。



大高の気持ちにも。



「はぁー…感受性が強すぎるのも嫌だな」


誰もいない廊下に私の小さな声がやけに大きく響いた。




~♪~♪


すっからかんの家に帰ってきた私は
さっそく朝、頭に浮かんだ音を
ピアノの前に座り、楽譜に記していく。


「んーこの場面では少しメリハリをつけてみようかな…。
あ、ここはバイオリンで埋めてみよ!」


音と話をしているかのように、
勝手に口から言葉が出てくる。

私はピアノの他にバイオリンと
アルトサックスが得意でもある。

兄貴からもらったドラムも少しは
叩けるようになってきた。


一曲をこれらの楽器にそれぞれ楽譜を書き、
一回一回録音をして後で重ね合わせて
聞いてみるときちんと音楽になっている。

そしてそれに合わせて好きなように歌うんだ。


一般的にピアノ、バイオリン、サックス、
ドラムで成り立っている音楽はそうそうない。
でもこれが私流。


知人の結婚式や学校の文化祭などで
披露してほしい、という依頼がよく来る。

バンドをやっている人から作詞作曲の依頼は日常茶飯事だ。


バンドや吹奏楽部、軽音部からオファーもくるが、
私は全て断っている。

団体に縛られてしまうと私らしい音楽が
できなくなってしまうような気がするから。


「よしっ!出来たぁ」


中々のできに満足感と達成感が表情を緩くさせる。

時計を見るともう6時をまわっていて
日が落ち始めているところだった。


普段は夜、海に行くけど今日は何となく
“今”海が呼んでいるような気がした。


そう思ったら即行動に移したくなるのが私。


ジャージにTシャツ、パーカーを羽織って
すぐに玄関へと向かった。


道路を渡って細い道に入ること約30秒で
いつもと変わらない穏やかな海。

お気に入りの場所である大きな石の階段を
最後まで降り、浅瀬に足をつけた。


ゆっくり浅瀬を歩きながら
さっき出来たばかりの歌を口ずさむ。




私の世界だけがそこには広がっていた。




風に揺れる黒髪を耳にかけ、徐々に
歌う声を大きくしていけば気持ちも大きくなる。

海と空と風も一緒に音を楽しんでいるように。


誰もいない、私だけの世界に流れる私の音。



いつもそう思いながら歌っていたから…





“誰か”が私を見ていることに気づかなかった。