青い春の音
作者/ 歌

第6音 (3)
それと同時に電話越しに話していた
玲央の声は消えたから、たぶん
大和の声が聞こえていたんだと思う。
すぐに後ろを振り返って、大和の姿を
確認すると手を振ってみたけど。
車がいないことを確かめて、道路を
渡ってきた。
「……電話、してたのか。暗くて
見えなかった。悪い」
「ううん。全然大丈夫。仕事は?」
「休み。ってか今帰ってきたのか?」
「うん、ちょっと出かけてたから」
『悠?』
大和との会話がしっかり聞こえていた
みたいで玲央のちょっと低い声にすぐに、
大和から視線を逸らした。
「あ、玲央?ごめんね。今近所の人に
会ってさ」
『男?』
「え、あぁそうだけど。でも変な人じゃ
ないから大丈夫だよ」
ちらっと大和に視線を向けると、
なぜかすごい睨んでいる目と目が合った。
え、変な人って言ってほしいのかしら?
「やっぱり訂正。すっごく変な人だけど
悪い人ではないよ」
「誰が変な人だこの野郎」
あれ、違ったみたい。
「……彼氏?」
『……彼氏?』
「うはっ!」
しばらくの沈黙の後、見事に
二人の言葉がハモったから思わず
噴き出してしまった。
「今ので分かったでしょ。どっちも
彼氏じゃありません」
笑いながら、どちらともなく答える。
まぁそんなこと2人には関係ないと
思うし、どう思われてもいいんだけどね。
『悠、男と二人でいるの』
「え?まぁそうだけど。でもさっきも
言ったように別に……」
『今から行く』
あ?
「行くって……どこに?」
『悠のいるところ』
「いやいやいや。分からないでしょ」
『教えて。今すぐ』
なんだろうね。
玲央ってめんどくさがりそうで
かなり行動が大胆だよね。
普通じゃあり得ないでしょ、普通。
『悠、もう家に着いた?』
「うん、もう家の前だけど」
『全然近いから行ける』
そういう問題でしょうか?
大和におずおずと視線を向けると、
めちゃめちゃ眉間にしわを寄せて私の
携帯を睨んでいた。
私だけの言葉ですぐに察したんだと思う。
「来たとしても、どうするの?」
『悠を男と2人にできない』
「そんなこと言ったって……。すでに
この人は家に入れてるし、全然
そんな関係じゃないから」
『……家に、入れたの』
一段と声が低くなった玲央。
どうして男ってこんなにもバカみたいに
警戒するんだろう。
私が大丈夫だと思ってるんだから
大丈夫なんだけど。
たとえ襲われたとしても、私なら大丈夫だし。
心の中でため息をついて、本当に
来るのか確かめようとしたら。
『すぐ行くから、待ってて』
そう言われていきなり電話が切れた。
「うっそーん」
「気持ち悪いぞ、お前。いやもともとか」
「お黙り!で、大変言いづらいんですが
今電話していた相手がここへ来ます」
耳から電話を離して、無機質な音しか
聞こえなくなった携帯を見ながら
呟いた言葉に、大和のツッコミ。
そして、玲央がここへ来ることを
知らせるとズボンのポケットから
煙草を出して吸い始めた。
「未成年の煙草は禁止されてます」
「中身は立派な成人です」
「いいえ、見た目も中身もガキです」
「煙草の煙、顔面に思いっきり
吹っかけてやろうか」
「見た目も中身も大人ですね、あはは」
「ライターで髪燃やしてやろうか?」
「冗談に聞こえません」
いつものが始まって間もないうちに、
道路の先から一つの光が私たちを照らした。
本当に来ちゃったよ、おい。
しかも玲央までバイク乗れたとか
聞いてないんですけど。
なんか………やだな。
私と大和が向かい合って立っている
目の前に、一時停止してかぶっていた
ヘルメットを脱いだ。
エンジン音が止まると、一気に
静まり返る。
「本当に、来たんだね」
苦笑交じりに玲央を見上げるけど、
街灯の光だけで前髪が顔を覆ている
玲央の表情は暗くて分からない。
「……こいつは?」
「あぁ、大和。鬼藤大和。家が
すぐそこなの」
大和の家のアパートを指さすけど、
それには全く興味ないらしく大和から
視線を外さない。
「大和、こっちは氷室玲央。
昨日知り合ったばかりなんだけど」
一応紹介すると、大和はどうも、と
言って頭を軽く下げた。
なんだかんだ言って、大和はきちんと
礼儀はあるしそこら辺はしっかりしてる。
「……悠は、こいつを信頼してるの」
一体どうしてそんなことを聞くのか、
全然分からないし表情も見えない。
でも、答えは簡単。
「出会って最初から、信じられる人
だなって思ったの」
「そう………」
私から大和に視線を戻して、
もう一度私にその読めない瞳を
向ける。
「じゃあ、俺も信じる」
「え?」
「悠の信頼してる人は、俺も信じる」
「……ありがとう」
ひどく、優しい微笑みを見せた玲央に
心から私も笑顔を向けた。
「あのー、俺の存在忘れてません?」
あれれ?
大和の会話をしていたはずなのに、
すっかり忘れちゃってたよ!
「いつからいたの」
「いやいやいや、今さっき俺のこと
信じるとか言ってたでしょ」
「言ったけど」
「じゃあ忘れんなよ」
「だって、悠」
え、私に振られても……。
でもこうしてみると、大和も玲央に
対して警戒心とか敵対心とか
ないみたいでよかった。
「とりあえず、ここ道端だから
うちんち入ろ」
玄関を通り過ぎて、裏口の
ドアを開ける。
部屋の電気をつけて、大人しく
付いてきた2人にスリッパを出してあげた。
大和は慣れているかのように、
普通に入ってきたけど、
玲央は一瞬部屋の中を見て足を止めた。
「俺も最初、驚いたよ」
そんな玲央に向かって、
苦笑しながら言った大和。
なんの、ことでしょうか?
「こんな生活感のない広い家に
女が1人で暮らしてたら、誰だって
びっくりするよな」
ドカッとソファに座りながら、
部屋全体を見回す。
玲央もゆっくり中に入って部屋の
天井から床までを観察。
ってか、さらっと生活感ないとか
言われちゃった私ってどうなのよ?

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