青い春の音

作者/ 歌



第8音  (4)



朝、テレビをつけるといつもの天気予報。

沖縄以外は見事に雨、雨、雨、
なんたってこれから梅雨の時期ですから。

残念ながら沖縄県はもう終わっちゃったから、
これからは暑さとの闘い。


ふと。


視線が行ったのは関東地方の天気と気温と、
『横浜』の文字。


「あ、バスが来る」


テレビを消してカバンを手に、誰もいない
家を見渡していつものように。

得意技を、やった。



今日は日曜だというのに学校がある。

明日、県全体の高校教師の会議があるとかで
休みだかららしい。

午前中だけで終わりだから得した気分。


もちろんそれを前もって知っていたから、
2つのチームと練習が成り立つんだけど。

授業が終わったら、使われていない学校の
楽器庫で煌と築茂と初音合わせ。

それが終わったら私の家で大和と玲央と
音合わせをする。


そして、明日が顔合わせ。


明日の16時に全員、私の家に集合ってことに
なっている。

煌たちはまだ一度も来たことがないから、
住所と軽い地図を今日、渡す。


もう一つ、今日やらなければならない
重大なことが。



「はよー、悠!」

「おはよ、空雅。ね、明日暇?」

「おー暇暇!部活もないしな。何、まさか
 デートのお誘い?きゃーっどうしよっ」


学校に着いて、しばらくすると生徒たちが
ぞろぞろと登校してくる。

その中に空雅も混じっていて、朝っぱから
テンションの高いやつにすぐに話を持ちかけた。


「デートじゃないけど、ちょっと
 招待したいんだよね」

「え、マジで?何に招待してくれるの?」


冗談で返すとでも思っていたんだろう、
もともと大きい目をぱちくりさせて
驚きの表情を見せる。




「アンサンブルコンサート!」




「アンサンブルコンサート?」

「はい!そうなんです。ぜひ荻原先輩に
 聞いてもらいたくて」

「それは嬉しいけど……何でまた僕に?」


いつもの柔らかい王子様笑顔。

うん、今日も何一つ崩れない完璧な
綺麗な笑顔だ。



「どうしても聞いてほしい人の音があるんです。
 明日、16時に世羅駅で待ってます」



これで、準備は整った。


空雅に話したら「おもしろそう!」と
好奇心剥き出しの無邪気な笑顔ですぐに
返事をくれた。

荻原先輩は頼まれたら断らないことを
知っていたから、半ば強引に話を進めて、
頭を下げた。


最近、分かったことがある。

荻原先輩のあの優しさと笑顔と完璧な
風貌は、すべてがすべて本物ではない。


きちんと、怒りも妬みも人間らしい感情を
ぶつけることができる。

大和の前でだけは。


彼の心の鍵は、彼自身が持っているけど
その鍵の在り処まで導くのは
紛れもなく、大和だろう。



2人には2人にしか分からない距離がある。


大和がサックスを始めたのは小学3年のとき、
荻原先輩が誘ったらしい。

近所にサックスがうまいおじさんがいて
その人に教わっていたと。

別にうまく弾きたいとか、誰かに聞いてほしいとか、
そんなことはどうでもよくて、ただあの時の
俺たちには楽しかったんだ、と。


そう懐かしむような、ちょっと寂しそうな
表情でぽろっと話してくれた大和。


あいつはテナーサックスでめっちゃ
いい音してるんだ、そう自分のことのように
得意気に話していた大和。


荻原先輩の抱えている想いも少しだけ、
話してくれた。



きっと荻原先輩も音楽だけはすごく好き。


でもそれは、本気でやっていいものではなく、
“趣味”の一つとしてでしかできない。

そんな家系で育ったということが、
2人の間に少しずつ、溝を作ってしまった。


家族、というものがよく分からない私には
荻原先輩がどんな想いで両親と
接してきたのか想像もできない。

だけど、音楽が好き、それだけの純粋な気持ちが
きっと今もまだあると思うから。

その気持ちを何よりも大切にしてほしい。


そのために、また荻原先輩を
音楽と繋ぎ合せたいんだ。



3限目が始まる予鈴を聞きながら、3年生の
教室へと続いていた廊下を引き返した。