青い春の音
作者/ 歌

第8音 (6)
扉を開こう、としたのに勝手に扉が開いて
玲央がちょこ、と顔を出した。
「玲央!びっくりしたぁ」
「鍵、開いてたから」
「あぁ閉め忘れてたんだ。ごめんごめん。
ほら、入っておいで」
「ん」
玄関に入った瞬間、玲央が並べられている
靴を見て立ち止まる。
あ、もうばれっちった。
「玲央、ごめんね、実は他にも人がいるの。
それについて今から紹介と説明をするから
来てもらえる?」
表情は何も変わっていないようだけど、
一瞬、玲央の雰囲気が凍えたことを
感じ取ってしまった私は。
コントラバスを持っている玲央の
服の袖をぎこちなく、引っ張った。
すると、何も言わずに足を前に進めた
玲央を見て、ちょっと安堵のため息が零れる。
私たちがリビングに入ると3人の視線が
一斉に玲央へ。
「この人がコントラバスの氷室玲央。
歳は19で築茂と煌の間かな」
玲央にも3人の紹介をなるべく丁寧に、
分かりやすく説明する。
その間、ただ黙って3人を見ているだけだったけど
私が説明を終えると、ゆっくり頷いた。
「黙ってて、ごめんね?」
「悠は、楽しい?」
「うん!めっちゃ楽しいしこれからもっと
楽しくなるよ」
「なら、いい」
そうふわりと微笑んだ玲央に私も
微笑みを返して、ソファに座るように促した。
全てにおいてマイペースの玲央を。
空雅は物珍しそうに、築茂は気味悪そうに、
煌はおもしろそうに、見ていた。
当の玲央本人は何にも気にしていないらしく、
ソファに座るなり、くわっと欠伸を一発。
「なぁなぁ、玲央ってどんなやつ?」
好奇心旺盛の空雅は人についてすぐに
興味を示す。
こいつを連れてきて、正解だったな。
「どんなって一言で言ったらマイペース。
詳しく言えば、天然で機械音痴で
可愛くて猫みたいで、変、な人かな」
「わーお、おもしれーじゃん!」
「……悠のほうが、変」
「あはは、それは言えてるかもね。
悠は誰がどう見ても変だわ」
「ちょっと、煌!私が変だったらみんな
変だし。まだマシなほうだし」
「一番変だぞ、お前」
うん、築茂さん、言われなくても
何となく気付いてるから大丈夫です。
でも、きちんと玲央もさりげなくだけど
会話の中に入ってるし、築茂も
しっかり突っ込んでくれている。
「あ、俺たちのことは全然名前で
呼んでくれていいからね。俺も玲央って
呼ぶし。悠の唐突な行動に
巻き込んじゃってごめんね」
「煌、私のお母さんみたーい!」
「ぶは!確かにそうだなっ。煌がお母さん
だったらお父さんは絶対に築茂だな」
空雅の言った一言に築茂の眉が
ぴくり、と微かに動いて。
築茂の呪文のような羅列が始まった。
ふと、そんな3人を眠たそうに
見ていた玲央が。
「くくっ」
口元に手を当てて、声を出しながら
笑って……る!?
わ、わ、わ!あの玲央が笑ってるよ!!
「れ、玲央が……笑ってる…」
「あ?何言ってんだよ、悠。玲央だって
人間なんだから笑うに決まってんだろ」
隣に座っていた空雅に聞こえていたみたいで、
当たり前だろ、という風に笑われた。
ううん、当たり前のことなんだけど、
それがすごく、嬉しい。
玲央の人間関係は何一つ知らないし、
家族はどうしているのかとか、心配してる
ことはいくつもある。
だから、柔らかく微笑むところは見ても、
今みたいに声を出して笑っているところを
見たのは。
初めてだった。
じっと玲央が笑っている姿を見ていると、
私の視線に気づいた玲央。
どうして私が見ていたのか、理解できないと
行った表情で私を見つめ返してきた。
そんな玲央に微笑んでみせると、一瞬、
きょとんとしたけどちょっと照れくさそうに
はにかんでくれた。
少しずつ、玲央の心も変わっていけるといいな。
そんなことを思いながら、少し減っていた
みんなのコップに紅茶を注いでいると。
これが最後であろう、チャイムが鳴った。
言い合いをしていた彼らも、全員ぴたっと
言動をやめて私に視線を送ってくる。
「……はいはい、きちんと紹介しますから
待っててください」
笑顔を引きつらせながら、足早に
玄関へと向かい、扉を開けると。
「よぉ、遅くなったな」
「俺は帰る、って何度も言ってるよね?」
大和に肩をしっかり組まれて、
いつもの王子様スマイルとはかけ離れている
笑顔を浮かべている荻原先輩。
お、俺……なんて荻原先輩は普段、
使わなかったのに。
いつも僕、だしこんなオーラを出すような
人ではなかったのに。
そうか、これが大和の前でだけ見せる、
本当の荻原先輩か。
「荻原先輩、騙したりしてすいませんでした。
でも荻原先輩の本当の姿が知りたかったんです。
大和の前でしか見せないみたいだったから」
「な、何のことかな、神崎さん」
「荻原先輩は確かにいつも優しいです。その
優しさは嘘ではないと思います。
でも、きちんと怒るときは怒ってください」
最初は精一杯にいつもの笑顔を作ろうと
していた荻原先輩も、諦めたように
ふっと表情を緩めた。
「……大和、いい加減離して。神崎さんの
家の中で話はしっかり聞くから」
「やっと素直になったか」
「うるさい。神崎さん、お邪魔します」
おうおうおう、荻原先輩って
意外と行動力もあるし意思もしっかり
持ってる人だったんだね。
なんだか少し、ほっとしたかも。
2人をリビングに連れてくると、ソファに
座っていた4人の視線が一点に集中する。
「お、大和。待ってたよ」
「待たせて悪かったな、煌。こいつが
俺の幼馴染で今日の観客、荻原日向だ。
あ、俺は鬼藤大和、高3年」
「これが橘築茂、俺と同じ大学の1年。
こいつは月次空雅。悠と同じクラス。
俺は春日井煌、大学3年。よろしく」
私が紹介をするよりも早く、大和と煌が
簡潔に説明してくれた。
煌がソファから立って荻原先輩の前に
手を差し伸べると、
「荻原日向です。今日の演奏、楽しみにしてます」
荻原先輩は苦笑交じりだけど、
しっかり握手を交わして頭を下げた。
「ちょっと、2人とも。玲央の紹介もするなら
しっかりしてくださいよ」
「あ、忘れてたー。この眠たそうなのが
氷室玲央。俺らの2つ上だけど
中身は猫みたいなものだから」
大和がそう言うと、玲央がちょっと
ぶすっと拗ねたような表情に。
……やばい、かわゆい!
「荻原先輩!俺、同じ高校の月次空雅です!
先輩のこと知ってましたよ。ファンクラブとか
あるって聞いたことあるし。まさか俺と
同じで招待されていたなんて!」
「あぁ、月次くんも噂ではよく聞いてるよ。
野球、すごくうまいんだってね」
「こいつが野球?論理的にありえない」
「築茂、計算でものを言うなよー。確かに
バカだけど体つきはしっかりしてるし、
スポーツはできるみたいだよ」
「へっ!今度俺の試合見に来いよ!
めっちゃかっけーから」
まぁ、煌の言うとおり確かに空雅はできる。
築茂の考えることも分からなくはないけど、
事実だから仕方ない。
「へー、お前野球うまいんだ。でも
音楽は分かるのか?」
「あ、あはは……悠に聞いてくれ」
初対面にも関わらず、大和の遠慮のない質問に
さすがの空雅も苦笑い。
そりゃそうだろうね、バカだし。
「まぁ別に分からなくても空雅のテンションは
ここに必要だなと思ったんだよね。
人見知りしないし、盛り上げてくれるし」
「お、悠もっと言って!」
「調子に乗るな、バカ」
すかさず築茂の刺さる一言で
空雅はちぇっと口を尖らせた。
それからしばらくの間は音楽の話よりも、
私と出会った経緯やそれぞれの
学校でしてることなどの話で持ちきり。
初対面同士でも普通に会話しているし、
やっぱり同性だと少しは違うのかな。
玲央だけ居眠りに入ってるけど。
まぁ今はちょっと寝かせて、演奏する
ときになったら起こそう。
私は紅茶をすすりながら5人のバカみたいな
会話に黙って耳を傾けていた。
なんとなく、だけど。
こうやって6人が出会ったことには
何かしらの意味があるように思える。
ううん、絶対にある。
性格も住んでいる地域も学校も年齢も、
全然違うのに、出会えたことは
きっと偶然なんかじゃない。
たとえそれが、私を通してだとしても、
最初からこんなことは考えてもいなかったから。
突然ひらめいた私の直感は。
彼らをめぐり合わせるための
きっかけに過ぎなかったのかもしれない。
「よし、そろそろ始めようか」
さすがというか、煌の仕切りには
頭が下がる。
お菓子や紅茶を飲んでいた手をそれぞれに
止めて煌と目が合った。
「悠、どっちの演奏から先にやる?」
「うーん……大和と煌でじゃんけんして
勝ったほうが先にやろうよ」
「げ、何で俺なんだよ。悠でいいじゃんか」
「何言ってんの。私はどっちにもいるんだから
ダメに決まってるでしょ。絶対玲央に
やらせたらじゃんけんにならないからダメ」
「ぶは!レオレオってそんなにすごいの!?」
レ、レオレオって……
早速空雅は玲央に親しげなあだ名を
つけていました。
可愛いから許すけど。

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