青い春の音
作者/ 歌

第7音 (2)
沖縄唯一の音楽大学は声楽専攻、器楽専攻、
音楽専攻に分かれている。
俺は器楽専攻に属している。
その中でもピアノコース、弦楽コース、
管打楽コースがあって俺と築茂は弦楽コース。
弦楽コースはヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、
コントラバスの4種類の楽器に分かれていて、
専門実技レッスン、室内楽や弦楽合奏、
オーケストラなど幅広いレパートリーで学んでいる。
築茂と同じ、ヴァイオリンを集中的に
やっているけど、ピアノを幼いころに始めたから
趣味ではよく弾いている。
この大学を卒業したら、あのマスターの
店のように自分で喫茶店を開いてそこで
ヴァイオリンやピアノの生演奏をしたい。
午前中の講義を無事に終え、悠からの連絡が
あるか確認してみるけど、やっぱりない。
たぶん、あの楽観的な性格からして、
連絡することを忘れているんだろう。
別にそれは構わないけど、俺が昨日のことを
早く謝りたかったから、大学を出たら
すぐに電話しようと決めた。
外に出るための通路を足早に歩いていると、
「春日井くん」
澄んだ、綺麗な女性の声が後ろから
聞こえてきて、振り返った。
そこには声楽専攻の漢那先生。
綺麗な声だけど、50代のどっぷりした
容姿からおおらかな性格の持ち主。
専攻が違う生徒ともよくコミュニケーションを
取っていて、俺もその一人。
「どうしたんですか?」
「春日井くん、今M高校の吹奏楽部に
トレーナーとして行っているんだって?」
「あ、はい。そうですよ」
悠の通っている高校に出入りしていることは
他の専攻の先生にも伝わっているみたいだ。
「じゃあ……神崎悠さんとは
お話したりしたかな?」
「あぁ、しましたよ。彼女のクラスの授業にも
少し顔を出したりしました」
「本当?どんな様子だった?」
「うーん……さすがというか、圧倒っというか、
高校生とは思えなかったですね」
「やっぱりねぇ……」
「でもそれがどうかしたんですか?」
大学で悠の噂や評判はすごい。
先生方や世界で活躍しているOB、OGの人も
知っているくらいだ。
「彼女は、大学に行く気はないのかしら?
どうしてもあの子をここに入れたくて
校長も他の教員も必死なの」
それは当たり前だろう。
ここの大学だけでなく、体育大学も
県内トップの大学も彼女を欲している。
社会人の楽団やバンド、サークルからの
勧誘も目が回るほどあったみたいだけど、
悠はすべてきっぱり断ってる。
そんなことはもう、有名すぎるのに
未だにその勧誘は治まらないと聞いた。
「そりゃそうですよね。あんな才能を
持っていながら自分1人だなんて、
もったいなさすぎる」
「ね?そう思うでしょう?だから
春日井くんにお願いがあるんだけど」
「何ですか?」
「神崎さんと少しお近づきになって、
S大学に入るように説得してもらえない?」
「……俺がですか?」
「そう。私たち教員がわざわざ言ったり
M高の先生方にお願いしたりしてるんだけど、
全然ダメみたいなの。春日井くんなら
頭も切れるしイケメンだし、神崎さんも
気が変わるかもしれないと思って」
「なるほど……やってみます」
「あら、本当に!?ありがとう!
いい報告を待っているわね」
そう言って、目じりにしわを寄せた
上機嫌な表情で踵を返して行った。
漢那先生には申し訳ないけど、さっき
言ったことはすべて、嘘。
そんな悠が望んでもいないことを俺は
したくないし、俺を利用しようとするのは
いい気がしない。
だからあえて、もうプライベートで
会っていることはこの大学で築茂以外、
知っている人はいないし、言わない。
絶対に。
悠には悠の思うままに自分の道を
進んでほしい。
何よりも自分が楽しいと思える場所で、
楽しいと思えることして、
最高の笑顔でいてほしいから。
大学の敷地内を出て、バス停へと向かう途中、
ポケットから携帯を取り出して
電話帳の中から悠の名前を見つける。
悠の文字を見つめながら、ボタンを
押そうとしていた指を止めた。
……もう少し、待ってみようか。
悠からの連絡なんて今まで一度もないし、
悠の言葉を信じてみたい。
もしかしたら忙しくて連絡できない
だけかもしれない。
頭の片隅には俺のことがあるかもしれない。
いや、別にそんなことを望んでるわけじゃ
ない……と、思う。
連絡が来ても来なくても、俺の心情は
別に何ら変わりはない。
そう自分に言い聞かせて、携帯を閉じた。
大学から俺の家へはバス停5つ過ぎれば
到着するから比較的、近いほう。
いつものところで降りて、家へと向かって
歩き出そうとした、が。
遠くから、ジャズのようなクラシックのような
アルトサックスの音が微かに耳を通り過ぎて。
音のするほうに耳を傾けながら、
自然と足は家と反対方向のほうに進みだしていた。
ずっと道を進んでいくと、防波堤が
見えてきて、それと同時に聞こえている音も
大きくなっていく。
海沿いになると風が勢いよく目の前に現れて、
それに少し瞼が閉じそうになった。
それでも歩みを進めているうちに、
サックスを吹いているであろう人物の
姿が小さく、見えてきた。
なんて、綺麗な響きなんだろう。
こんな音を出せるんだったらうちの大学の
生徒だろうか?
でもこんなに綺麗な音を出せる人が
いるなんて聞いたことない。
とりあえず、確かめてみよう。
どんな人が吹いているのか、次第に姿形が
はっきりしてきた。
赤みがかかっている茶髪に身長は
180手前くらいで、年齢は俺よりも若いはず。
横顔しか見えないけれど、耳にいくつもの
ピアスをしていて音とのギャップがありすぎる。
でも、とても。
男の俺が吸い込まれそうになるくらい、
とても綺麗な姿、だった。
さっきまで考えていた、S大の人間ではない
ことくらいすぐに分かる。
音楽をするうえで、学校側も生徒たちも
容姿にはすごくこだわる。
派手な色の髪型、ピアス、乱れた服装、
すべてにおいて誰が見ても不快に思わないよう
禁止されているから。
彼の姿ではうちの大学には絶対に入れないし、
むしろいたらすぐに目立つ。
何か、楽団やチームに入っているのだろうか。
何の曲か分からなかったけど、一曲
吹き終えたみたいでマウスピースを唇から
離したところを見逃さなかった。
「綺麗な音だなぁ。君、すごいね」
静かなビーチにあるベンチの上に楽器ケースが
置いてあり、そこに楽器をしまおうとしている
ところに急いで近付いて。
気付いたらそのまま、話しかけていた。
サックスに向かっていた視線を俺のほに
向けて、ちょっと驚いたような表情。
……こいつの目、すごいな。
目力がすごいというか、心の奥まで
すんなりと見破られそうな、目をしている。
それにちょっと怯みそうになりながらも、
もう一歩前に足を踏み出した。
「バス停のほうまで音が聞こえてきて、
あまりにも綺麗な音だったから気になって。
どこかに所属しているの?」
「……いや。趣味でやっているだけです」
以外にも敬語で返してきたことに内心、
びっくりしたけど、笑顔で感心した。
「趣味だけなんてもったいないなぁ。
俺も音楽をやっているんだ。ヴァイオリンと
ピアノなんだけどね。絶対本格的にやったら
すごいと思うよ」
「そんなことないです。ありがとうございます」
「名前を聞いてもいいかな?あ、俺は春日井煌。
大学3年なんだ。よろしく」
「鬼藤大和です。今年で18になります」
「そうかぁ。ってことは高校3年生?」
「の代ですね。高校は通信制なんで」
なるほど。
確かにこんな高校生が普通科の高校にいたら
注目の的だろう。

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