青い春の音

作者/ 歌



第8音  (11)



リビングに戻ると、すでにそれぞれの楽器や
荷物を手にキレイに準備を終えていた。


「悠!今日は本当にありがとな。すごく
 楽しかったぜ。じゃあまた集まろうぜー」


相変わらずテンションの高い空雅は
酔っぱらってるんじゃないかと思わせる。

そんな空雅にも笑顔で頷いて見せた。


空雅に続いて全員が玄関を出るのを見届けて、
一度は部屋に戻ろうとした足を。

ふと止めて、玄関を振り返った。


もう誰もいないそこは、いつもの
私の家に戻ったみたい。


でも、未だに心に引っかかっていることが
あるせいなのか、なんだか落ち着かない。


意を決して玄関を少し開いてみると、
バス停の前にタクシーで来ていた玲央の背中が、
寂しげに映った。


靴を履いて、外に出ると
玄関の閉まる音が後ろで響く。

その音で玲央もゆっくり私のほうを見た。


「………玲央」

「……ん?」


名前を呼ぶと、微かに口角を上げているように
見えて、その瞳は憂いを含んでいた。


「どう、したの?」

「なにが?」

「今日、一緒に歌っているとき、変だった」

「下手くそだった?」

「違う、そういうことじゃない」


分かっているはずなのに、わざとおどけて
見せるのは口数が少ない、いつもの
玲央とは違う。

ゆっくり近づいて玲央の隣に立った。


「ねぇ、玲央。音楽ってね、心なの」

「心?」

「そう。その時その時の心が音楽にもしっかり
 出るんだよ。だからすぐに分かる。
 ………あの時と玲央の心が違ったことくらい」


暗闇に包まれた道路は、1つの街灯と
近所の家の明かりがほんの少し照らしているだけ。

車一つ通らない、すごく、静かだった。



「言いたくないなら、無理には聞かない。
 でも、そういう時は無理して
 歌わなくていいからね?」


本当はあまり歌いたくなかったんじゃ
ないかとあの後、考えた。

その原因が何だったのかは分からないけど、
もしかしたら初対面の人が多かった玲央は、
どう話の中に入ったらいいのか、
分からなかったのかもしれない。


私が嘘をついていたことにショックを
受けていたのかもしれないし、
嫌な思いをしたのかもしれない、と。

考えれば考えるほど原因らしい原因は、
次々と浮かび上がった。

全ては、私が原因。



「玲央、今日は本当にごめんね。嘘をついて。
 でも玲央と演奏できたこと、すごく
 嬉しかったし楽しかったのは本当だよ」


道路の一点に落としていた視線を
玲央に向けてありのままの気持ちを伝える。


「傷つけてしまったら本当にごめん……」


玲央は感情があまり表に出ないから、私でも
小さな変化を見落とすときがある。

だとしたら、他のみんなが気付くはずもない。


私が気付いてあげなければ、玲央は
1人で抱え込むだろう。



しばらく、沈黙だけがそこにいた。



「………違う」


すると、それまで一言も話さなかった玲央が
否定の言葉を音にした。


「え?」

「違う。悠、ごめん」

「な、何で玲央が謝るの?」

「俺、ちょっと嫉妬した」

「嫉妬?」


どういうことはいまいちよく分からずに
玲央の言葉の先を待つ。


「悠、俺の知らない人、たくさん知ってた」

「……それはそうだけど」

「しかも全員、男」

「……それもそうだけど」

「俺には、悠しか、いない」



私しか、いない………?



「だからちょっと、嫉妬した。
 悠にも、あいつらにも」


あぁ、そうか。


言われてみれば玲央の言うとおり、
玲央は今まで人間関係というものを
築いてこなかった。

だから私たちのように、知り合いが
普通にたくさんいて、見慣れない
楽しそうな雰囲気に戸惑っていたんだ。



でも、きっと。



「………今日の笑顔は、本物でしょう?」


「……っ」



初めて、玲央が声を出して笑っていた姿は、
心からの笑顔にしか見えなかった。

あれがどれほど私の心を熱くさせたか、
玲央は気付いていないけど。

本当に嬉しかったんだ。



私の問いに素直に頷けず、珍しく
視線を泳がせている玲央を見れたことも
嬉しいのと、おもしろかったので。

くす、とあからさまに笑ってしまった。



「……悠の、バカ」


「えー!玲央は天然で、案外素直じゃないと
 いうことが分かった」


「もう知らない」


「嘘嘘嘘!ごめんって。拗ねないでよー。
 そんなところも可愛いんだけど」



そう言うとさらにそっぽを向いてしまった。


やっぱり、ちょっと慣れない雰囲気に
戸惑いや劣等感を感じてはいても、
今日という日が楽しかったことは
玲央にとっても同じらしい。

絶対にこの日を忘れることはないだろうな。



玲央の機嫌を直すために奮闘していると、
タクシーが到着。

最後にはしっかり笑ってくれて、見送った。



顔を上にあげると、星空が近くて
そのまま呑み込まれちゃいそう。




『人は死んだら星になるっていうけど、
 もし悠が死んだら悠を抱く、宇宙になりたい』




どこか遠くから聞こえてきた言葉に
笑みを地面に落としたまま、家に入った。