青い春の音
作者/ 歌

第3音 (5)
たまにあの人は瞳に憂いを見せる。
きっと何か、大きな悩みでも
抱えているのだとは思う、けど。
それを私に見せるのはやめてほしい。
他の人の前では綺麗な笑顔を浮かべて
何もなさそうなのに。
私にはたまに辛そうに、苦しそうに、
悲しそうに顔を歪ませる。
そんなものを見せられたところで
私にはどうすることもできない。
だから、変な雰囲気になる前に
逃げたかった。
心優しい少女ならば、なにも考えずに
どうしたの?と軽い言葉を
かけられると思う。
でも私はそんな情を持ち合わせていない。
とは言うよりも、人の過去や
苦しみにどこまで踏み込んでいいものか、
よく分からないんだ。
それにきっと。
聞いたところで私の一番の感想は
みな同じだと思うから。
“ちっちぇーなぁ”
その悩みとやらが深刻なものには
どうしても思えないし、
相手の苦しみが解るわけがない。
想像することしか、できない。
いつものように、ただいま、も
言わずに靴を脱ぎ捨てて
一直線にバスルームへと向かった。
青い印のついた蛇口だけをひねれば、
冷たい水だけが体を包む。
ちょっとイラついていた頭を
冷やすには十分だった。
適当にシャンプーをしてバスタオルを
被り、リビングへ。
5LDKの一人暮らしにしては
やけに広い家の中は、何の音もしない。
私がいなければこの家に
音は生まれることもない。
ま、静かなところも好きだけどね。
なんの意味もなくテレビをつけると、
何とも思えない音たちが通り過ぎていく。
私にとっては意味のない、音。
冷蔵庫からミネラルウォーターを
取り、ソファに腰かけて額にのせる。
あー…気持ちいい。
シャツ1枚を羽織ってるだけなのに、
クーラーは23度に設定してあるのに、
冷たいシャワーを浴びたのに、
あつい。
昨日の続きやろうと思ったけど、
今はそんな気分じゃないから
今日はやめておこう。
あ、そういえばどっかのバンドから
新しい曲がほしいなんて言われたっけ。
いつまでって言ってたかなー。
そうそう、6月までにはって
言ってたような気がする。
あー、メールが11件くらいあったけど、
まだ返してないや。
早くしないと忘れる。
インタラクティブフォーラム
(英語のスピーチの大会)の原稿も
書かなくちゃ。
……海、行きたい。

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