青い春の音

作者/ 歌



第3音 (4)



噂というものは本当に恐ろしい。


やっと午前中の授業が終わって、
購買に行くために廊下に出てみれば。

今朝の出来事がすでに学年に
知れわたったらしく、私を見るなり
あっちでひそひそ、こっちでひそひそ。


きっとあの話に尾びれがついて、
どんどん違った方向に話が
流れているんだろうな。

ま、私はなんて言われようと
どうでもいいんだけどさ。



今日は空雅もイツメンも、愛花も
私についてくることはなかった。


そんなに深刻な話でもなかったと
思うのは私だけ?

空雅はあの場所であんなこと聞いたのを
少しは後悔してるみたい。


どうしてか知らないけど、ひどく
傷ついた顔をしてるのが気になって
たまらないんだけど。

でも今はそっとしておこう。


それよりも帰ったら昨日の
続きがあるんだよね。

それを考えるだけで楽しくなる。



放課後になり、誰とも挨拶を
かわさないまま昇降口にたどり着いた。


ってかさー…もしかして
全学年に話が行っちゃってる感じ?


全校生徒約360人という大して
多くはない学校だが、もちろん
話したことがない人も
顔を全く知らない人もいるわけで。

シューズの色は学年を表している。

赤が3年生、青が2年生、緑が1年生
となっているけど、なぜか赤や青の
シューズを履いてる人たちからの視線も
感じられた。

まぁ部活をやってる人たちなんかは、
ピンチヒッターで顔ぐらいは
知ってる人は結構いる。

それにしても全然わからない。

たぶん、私が知らなくても相手は
知っているパターンがほとんど。


ま、ほっとけば静まるでしょ。


めんどくさいことが嫌いな私は
何もなかったかのように
未だに注がれている視線を無視。

自分のローファーを手に取って、
シューズと履き替えようとした、とき。


「神崎さん」


後ろから、聞き覚えのある
やわらかい声に振り返った。



「荻原先輩」


そこにいたのは数枚のプリントと
クリアファイルを手にしてる
広報委員会の委員長、荻原日向(オギハラヒュウガ)
先輩だった。


「帰るところごめんね。来週の委員会で
 図書室前に貼ってあるポスターを
 張り替えようと思ってるんだけど、
 来れるかな?」


私は一応、広報委員会に入っている。

委員会は強制ではないけど、
クラスで決められた人数に
広報委員会が満たなかったため、
私が入ることになった。

とは言っても、委員会に顔を
出すことはあまりない。

だから人手不足のときだけ、
こうやって委員長の荻原先輩が
声をかけてくれる。


「あ、はい。分かりました。
 必ず行きますね」


そう言って微笑むと、男の人とは
思えないほどの綺麗な笑顔を
返してくれた。

栗色の髪にちょっとついたくせ毛、
大高までとは言わないけど
大人っぽいたれ目に通った鼻筋。


かなりの美形で校内や他校に
ファンクラブがあるとかないとか。



父親は弁護士らしく、かなりの
お坊ちゃまだという話も聞いたことがある。

確かに王子様とも言える
甘い雰囲気と穏やかな口調だから
嫌でも納得できる。



「忙しいのにありがとう。
 もうそれぞれの部活が大会近いから
 中々人が集まらなくて」


「いえ!そんなの当たり前ですから。
 荻原先輩もあまり無理しないで下さいね」


この人は本当に優しい。

人から頼まれたことは何でも
引き受けるし、否定的な言葉は
一切使わない。

だからたまに抱えすぎていて
心配になることがある。


「ありがとう。気を付けるよ。
 …それにしても、なんか
 すごいことになってるけど大丈夫?」


甘い笑顔が一転、突然不安そうな
表情を浮かべる荻原先輩の言ってる
意味が分からなくて、はい?と
聞き返した。


「いや、神崎さんの噂っていうか……。
 なんか大変みたいだね」


「あー、全然大丈夫ですよ。
 そのうちおさまるだろうし、
 気にするだけ無駄です」


子犬のように眉を下げる先輩に
苦笑交じりに首をふった。

私が気にしてないのにどうして
周りはこうも気にするのだろうか。



「…そっか。本当に神崎さんは強いね」



強い、ね。


うん、私もそう思うんだけどさ。
かなり自分は強いなと思う。


「そうですか?まぁありがとうございます。
 じゃあ帰りますね。さようなら」


ぺこっと頭を下げてシューズを靴箱に
放り込み、逃げるようにその場を去った。