青い春の音

作者/ 歌



第2音 (3)



それにしてもあの人の弾き方は
ぜひとも参考にしたいものだなぁ。

真似は好きじゃないからやらないけど
自分の今の技術のレベルアップを
図るのなら、もう一度話を聞きたい。


毎週ってことは来週のこの時間にも
会えるはず。

それまでに吹奏楽部の人にでも
春日井先生について聞いてみよう。



「神崎ー」


あ、それよりも今日吹奏楽部に行けば
会えるんじゃね?

なーんだ、簡単じゃない。


「かーんーざーきー」


うん。今日の放課後にでも行ってみよう。

あーやばいね、楽しくなってきた!
やっぱりいい音楽を持っている人との
出逢いは最高にテンションあがる。

一度でいいから連弾とかしてみたいかも。



「神崎!神崎悠!聞こえないのか!?」


「いでっ」


突如鋭い痛みが頭にはしり、何事かと
思い恐る恐る頭上を見上げると。

そこには……


「口裂け、男?」


あいだっ。
またまた鈍い音がしたんですが。
結構な痛みなんですが。


「てんめぇ、俺の授業でその態度とは
 どうなるか分かってるよなぁ?」


えーちょっと待ってよ。
私何か悪いことしましたっけ?

思い当たる節がないので
首を傾げて苦笑交じりに誤魔化してみる、が。


「無駄だ。その様子じゃあ大量の課題が
 欲しいみたいだなぁ。お望み通り、
 お前にだけプリント10枚プレゼンしよう」

「先生、頭大丈夫ですか?私の声と
 誰かの声、間違ってますよ?」

「ほほう、ならば15枚に増やしてやろう」


あちゃー、かなり怒ってる……
これは大人しく引き下がるしかないか。


「……へへへ、有難く10枚頂きます」

「よろしい」


最後には最高の笑顔を向けて、
黒板へと戻っていた担任。

さっきの出来事に頭がいっぱいで
公民の授業なんて全く聞いていなかった。

あーあ、めんどくさいのが増えちゃったよ。。


「くくくっ」


先ほどから笑いを堪えようとしているのを
全く堪えきれていない前の席のお二人。


「笑いたければ思いっきり笑えばいいでしょ。
 愛花、大高も」


いつものことだから気にしないけど。


でも、昼休みの出来事があったから
二人が笑っている姿を見てなんだかちょっと
安心している自分がいて。

私もつられて笑みが零れた。



教室に夕方の色が染まり迫ったころ、
音楽室へ向かうことを心に決めてその時を
待ちわびていたが。

はた、とあることに気付いて、
これほどまでに自分が馬鹿だということを
再認識させられることはなかった。


愛花……吹奏楽部じゃん。


そう気付いたのは、帰りのHRで
斜め前に座る愛花が、今日の合奏で
吹くものであろうと容易に想像させる
白いものの上に連なる黒いものたちを。

ちらっと見たときだった。


あーなんて馬鹿なんだろうか。
こんなにも近くに春日井先生と会える
口実を作ってくれる友がいたじゃないか。

じゃ解散ー、と言いながら壇上を降りた
担任の姿を確認してすぐに愛花の腕を
思いっきり引っ張った。



「ちょっ……いきなり何!?」

「ねぇ!今日吹奏楽部に行くんだけど
 春日井先生いるよね?」

「いると思うけど。ってか何で
 先生のこと知ってるわけ?」

「そんなことはどうでもいい!
 あの人、すごいでしょ?すごいよね?
 一目ぼれしちゃったんだけど!」


と、その言葉に目の前で帰りの準備を
している大高が、微かに肩を揺らしたのに、


「あの人の音楽に!」


そう付け加えた直後の、安堵感が含まれた
小さな小さなため息に、

愛花が気付かないわけがない。


「……まぁ、すごいけど。
 今日来るのって春日井先生目当て?」

「当たり前!もう何で言ってくれなかったかなぁ。
 あの人と一度でいいから連弾してみたいんだ。
 吹奏楽の練習を指導してるの?」

「そうだよ。S大学らしくて玲子先生が
 ぜひトレーナーとして見てもらえないかって
 無理に頼んだんだって」


玲子先生……音楽の教師、吹奏楽部の顧問。
よくやった!見る目あるね!……顔の。
音楽の教師のくせに歌はいまいちだけど、
面食いでよかったよ!


「普段は大学の吹奏楽部の練習があるけど
 毎週水曜日だけ、部活が自主練だから、
 その時間を使って見てくれてるの」

定期演奏会も近いし、そう言った愛花の目線は
帰るべく席を立った大高を、僅かに
気にしていることなんて。

日常茶飯事で、もうため息すら
出なくなった。



愛花と音楽室へ向かう途中、吹奏楽部員の
先輩や同級生の黄色い声を適当にあしらって、
足を進める。


芸能人じゃあるまいし……私が来たくらいで
いちいち騒ぐの、やめてくれないかな。

めんどくさいったらありゃしない。


「あ、いたよ」


シューズを脱いで端に揃えていたとき、
後ろから愛花の声と肩に置かれた手で、
すぐに振り返った。


見事に女子に囲まれて爽やかな笑顔を
浮かべる春日井先生。


……練習、じゃないだろあれ。


「いつもあんなんなの?」

「玲子先生が来るまではね。来たら
 しっかり練習始めるよ。ってか悠は
 今日どうするの?練習も見ていくの?」

「うーん……何か私がいたらめんどくさいことに
 なりそうだし、教室で憎たらしいプリントと
 取っ組み合いしてるから、春日井先生に
 伝えておいてくれる?」

「ぶは!さっきのはマジうけたわー。 
 ま、悠だからプリント10枚にしたんだろうね。
 普通は難問突きつけるけど、悠は
 平然と答え当てちゃうから」

「いやいやいや、プリント10枚とか
 信じられないでしょ。愛花、半分やるよ」

「とか言って、どうせすぐ終わるんだろうし。
 じゃあ私も楽器吹くから。春日井先生には
 言っとくからね」

「あいよ。ありがと」

練習頑張れよ、と付け加えて音楽室を後にした。



教室へと戻ってきてすぐに、さっき
担任から渡された分厚いプリントを手に取り、
さっさと終わらせるべく、取りかかった。

誰もいない教室にシャーペンのはしる音だけが
響いていて、やけに静かだ。


プリント10枚と言えども、愛花が
言ったようにものの30分で終わってしまった。


吹奏楽部の練習って何時までだっけ?
たぶん今の季節は6時半くらいまでだったはず。

もう5月の半ばにもなればだいぶ日は
伸びてきたけど、7時ごろには暗くなるのを
見かねてだと思う。


「ってかまだ5時半!?」


わー、まだまだ時間あるんじゃん。
こんなことならもっとゆっくり問題
解けばよかったなぁ。

がっくしと机の上に項垂れると
ひんやりとした温度が頬を掠めて、
気持ちを落ち着かせてくれた。


あ、遠くから熱い掛け声が聞こえてくる…
野球部かな。頑張ってるなぁ。

空雅はへらへらして難なくやってるように
見えるけど本当は、人一倍負けず嫌いで
努力しているんだよね。

本人には絶対言わないけど。


そんなことを思いながら、瞼が
重くなってきているのを自覚していたが、
抵抗することもないまま、ゆっくりと閉じた。