青い春の音
作者/ 歌

第10音 (6)
空雅は意味が分からないといった表情で
私たち3人を探るように見る。
「じゃ、俺はもう行くわ。築茂は?」
「もちろん行くだろ」
そんな空雅を無視して2人は自分の手荷物を
持ち、勝手に大和の家に行こうとする。
「おいおい、マジで?」
「別にたまにはいいだろ。今日、家で
やらなきゃいけないこともあるしな」
「あ!分かったぞー。お前ら2人で仲良く
エロ本でも見る気なんだな!」
「いや、普通AVだろ」
「AV!?そ、そんなのはダメだろ!」
「大和……AV見るんだぁ」
「俺は断じて違うからな」
「そんなの男じゃない」
空雅には刺激の強すぎる単語だったのか、
慌てているけど、大和のツッコミどころが
180度ずれている。
確かに男なら普通だし、それを見ないと
するなら築茂は異常だ。
………男、としてね。
「んじゃ、俺たちは行くわ」
「あれ、もう行くの?近いんだからもう少し
ゆっくりでもいいじゃん」
ひょこ、と顔を出した日向。
スウェットに着替え終えていて、煌の
お風呂を待っている状態。
「まぁな。そんじゃーな」
そう言って2人は裏口から出て行った。
「なんだよあいつら……」
状況が全く理解できていなかった空雅は
口を尖らせてソファにぼすっ、と
大きな音を立てて座った。
「こら空雅。お前、脳みそは小さくても
体は大きいんだからそんな乱暴に
座ったらソファに蹴飛ばされるよ」
「そのソファって比喩法で私のことだよ」
「…ヒユホウってなんだ?」
ありゃりゃ。
日向の表現は空雅に伝わらないだろう
と思い、説明を付け加えたけど。
それでもやっぱりダメでした。
「まぁいいや。あ、煌上がったんだね。
じゃあ僕が次入るよ」
「どうぞー」
煌と入れ違いで日向がバスルームへ。
お風呂上がりの煌はしっかり寝巻を
着ているけど、半渇きの髪の毛が
色気をむんむん放出している。
「あれ、大和と築茂は?」
「もう大和の家に行ったぞー。何か
あったわけ?」
そう空雅に聞かれたのは煌ではなく、
もちろん私。
「え?何もなかったけど。まーたまには
いいんじゃない?」
そうおどけて見せた。
「そうだよな。よし、空雅!俺らも2人で
何か語っちゃう?」
「おおーいいねいいねぇ!何語る?」
肩を組んできゃぴきゃぴ話始めた
2人はもういいや。
それよりも、若干1名、先ほどから
姿が見えないお方を忘れてはいないだろうか。
リビングには姿がないから、考えられると
したら1つの部屋しかない。
「……玲央、いつの間に」
予想通り、寝室である部屋のベッドに
背を丸めて眠っていた。
この家にあるベッドはなぜか、3つある。
私はベッドで寝ないからその3つは
6人が泊まるとき、ジャンケンで争われる
けど必ず1名だけは真っ先に独占するんだ。
もちろん、今目の前にいる猫のこと。
起こしたら悪いからそっと近付いて
床に膝をつける。
安定した呼吸が聞こえてきてその音に、
ふっと頬が緩んでしまう。
本当に、玲央の寝顔は癒される。
さっきと同じように玲央の髪に指を
滑り込ませ、頭を撫でてあげる。
「玲央……どうして君はいつもそんなに
眠たそうにしているの?」
返事はないけど、構わずに口は止めない。
「夜は、きちんと寝ているの?」
実はまだ、誰も玲央が私たちといない時間に
何をやっているのかを知らない。
呼べばいつでもすぐに来るし、連絡しても
返事が遅いときは大概、寝ているのかと
思うんだけど。
何か、違うような気がしてならない。
「本当に、猫みたいだよなー」
びく、と一瞬心臓が跳ねたのは、すぐ
後ろに空雅が立っていたから。
こんな静かな部屋に足音1つさせず、
普段、存在感の濃い空雅なのに。
気配が、全く感じられなかった。
「……空雅、どうしたの?」
「いや、別に。悠と玲央がいないから
また変なことになってないかなぁと思って
見に来ただけ」
そうやって、いつもの何も考えてなさそうな
顔で、笑った。
たまに、本当にたまに、だけど。
空雅は本当はとてつもなく、空気も読めて
頭もよくて笑顔を作るのがうまいんじゃないか。
そう思ってしまう時が、ある。
「あ?どうかしたか?」
「ううん、何でもない。煌は?」
私もすぐに笑顔を見せて、立ち上がった。
「大学の先輩と電話してるみたい。
それよりさぁ、悠」
煌のことには全く興味がなさそうに答え、
私にゆっくり近づいてくる。
私はただ、その次の行動を察することも
せずに空雅を見上げた。
「どうして、そうやっていつも無防備なの?」
なぜか、少し怒っているようにも見える
空雅の言葉の意図が分からずに、眉を寄せる。
そんな私に、さらに空雅は私との
距離を縮めてくる。
でも、絶対に私は後ろに下がらなかった。
「男が寝ている部屋に入り込んで、頭撫でて、
そこでもし男が目を覚まして……」
そう言ったと思った、ら。
肩に圧迫感を感じてぎゅっと目をつぶり、
唇を噛んだ。
「こんなふうに、今お前の背中にある壁が、
床だったらどうするつもり?」

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