青い春の音
作者/ 歌

第3音 (3)
狭い狭い箱の中。
私たち人間はそれぞれ狭い箱の中で、
それが世界のすべてを知っているかのような
錯覚に陥って、勘違いをしている。
学校という規則性溢れる場所に、
社会をまだ知らない若者たちが、
いつものように笑ってはしゃいで
喧嘩して。
日本の未来とも言える瞳を輝かせている。
中には、今の状況にさまざまな
不満を抱えて、自分は孤独なのだと
塞ぎ込むものも。
それはただ、自分が不幸であるという
認識を崩されたくないだけの“見栄”。
なんの意味もないということに
気付かないまま、矢のようにすぎる
日々を無駄にしている。
ちっちぇーなぁ。
「おはよ!悠」
「おはよー」
「まーた寝てるよ。相変わらず
眠そうですねぇ。また夜更かし?」
「いえーす」
はい、完璧夜更かししました。
昨日、浮かんだ音たちに夢中に
なってたらいつのまにか
朝になってたというね。
時間があっという間すぎて
寝ることなんて忘れてましたっ!
愛花はいつものように呆れ気味に
私を見て、さっさと1限目の授業の
準備をし始めた。
この人、どんだけ勉強するつもりだ…。
バカになるぜー?
まぁ愛花は内地の音大に行きたいらしいから
かなり勉強しなくちゃいけないみたい。
ピアノを一応やってるみたいで
音楽の先生になりたいとか。
でも私の前で弾いてくれたことは
今まで一度もないけどね。
「あ、そういえば春日井先生とは
どうだったの?昨日聞きそびれちゃった」
「…あぁ、うん、いろいろ話できたよ。
めっちゃ楽しかったし」
「ふーん……。そのまま恋に発展したり?」
「ないないない。ありえないから」
「ちぇっ。つまんねー」
そう言うと本当につまらなかったのか、
すぐに前を向いてうざったいほどの
数字たちに向かっていった。
本当は、愛花が何を考えているのか、
よく分かってる。
きっと私に好きな人や彼氏ができれば、
自分に都合のいいことがある、と
思っているんだろう。
そんなことないんだけどね。
「なになにー?恋愛の話!?」
と、どこからすっ飛んできたのか、
イツメンの空雅LOVEのほうが
終わったはずの話に首を突っ込んできた。
…どんだけ地獄耳なんだよ。
「悠の恋愛話ってめっちゃレアだよね!
聞かせてよー!いつもはぐらかしてるし」
本当にこーゆーの好きですねあなた。
人の恋愛話とかどうでもいいし、
恋愛自体がばかばかしいと思いますが。
「話すことなんか何もないからです。
ほら、先生そろそろ来るから
早く席に戻った戻った」
そう言って追い払おうとした、のに。
「はよーっす!何?悠の恋愛話?
そりゃあ俺がいなきゃ始まんないでしょ!」
出たよ、こんのバカ。
あーあ、この2人が揃って恋愛話とか
マジ最悪なんですけど。
イツメン空雅LOVEはやはり、朝から
空雅と話せたことが嬉しいらしく、
キャーキャーうるさい。
はぁー…やってらんない。
まだ数分あるからその間だけでも
絶対に寝てやる。
何かいろいろ聞いてくるけど
全部スルーして、机に突っ伏して
イヤホンを耳につけた。
と思ったのも束の間、
「悠!無視すんなよ!」
右耳のイヤホンを取られて、
代わりに空雅のちょっと怒ったような
声が聞こえて、嫌々顔を起こした。
「眠いんだから寝かせろ」
不機嫌MAXで睨むと、いつになく
真剣な空雅の視線に捕まった。
「じゃあこれだけに答えたら寝かしてやる」
いつの間にか、空雅LOVEのイツメンは
自分の席に戻っていて、立っているのは
空雅だけだった。
ちょっと、めっちゃ目立ってるってば。
「なに?」
早く追い返したいのはやまやまだったけど、
見たことのない空雅に返事をしてしまった。
聞く耳を持つ態勢にしたのにも関わらず、
なぜか聞くことを躊躇してるようで。
じっと見つめられたまま、空雅の口は
なかなか開こうとはしない。
それでも、何も言わずに次の
言葉を待った。
「……何で、恋愛から逃げてんの?」
は?
空雅の言葉は、運悪くにもその時だけ、
クラスは静まり返っていてやけに
大きく響いた。
クラスメイトたちの視線が
痛いほどに刺さって。
乾いた空気、に胸が苦しくなった。
恋愛から逃げてる?
バカだなー本当に相変わらず、
こいつはバカだ。
そう思うと、ふっ、と自嘲の
笑みが零れて、空雅は眉間にしわを寄せた。
「残念。そーゆードラマや小説のような
話は私にはないから。逃げてないし、
ただたんに恋愛に興味がないの。
嫌いでも好きでもないの。分かった?」
その時の私はどんな表情をしていたんだろう。
だって、私がそう言った後の
空雅の表情はひどく、
憐みに満ちていた。

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