青い春の音
作者/ 歌

第6音 (4)
とりあえず話には触れないで、
キッチンに立って紅茶を入れる。
大和はレモンティーが好き。
だからおいしい紅茶を常に
用意するようになった。
「玲央は紅茶、ミルクとレモン、
どっちが好き?」
「ストレート」
「お、マジか」
出来た紅茶をリビングに持っていき、
私もソファに座った。
それにしてもまさかこんなことに
なるとは思わなかったな。
昨日出会ったばかりの玲央が今、
ここにいることも、大和と
鉢合わせしたことも。
「そういえば2人はご飯、食べたの?」
紅茶をおいしい、と言ってくれた
玲央に笑顔を向けてから
ふと思ったことを聞いてみた。
「あぁ、そういえば腹減ったな」
大和の言葉に玲央も頷く。
………なに、何で2人してそんなに
私を凝視するんだよ。
いやね?
聞いといてとてつもなく申し訳ない
んだけど、料理できるできない
の前に私の家には材料がございません。
「大丈夫だ、分かってる」
「分かってる」
哀れだね、私って……。
「でも紅茶だけだったらどう考えても
無理でしょ。お菓子はあるけど
それじゃご飯じゃないし」
「悠、一つ聞いてもいいか?」
「え、なに?」
今なんか変なこと言いました?
「この家に材料がないことは
見てすぐに分かる」
「はい」
「じゃあお前、いつも何食ってんの?」
……………。
音、かな?
とか冗談なんて言えないような
大和の真剣な表情に、玲央の視線。
まずい。
「……外食」
これで、勘弁して。
「うわぁ……どんだけ金あんだよ」
「この家見ればわかるでしょ。
私、ボンボンとかじゃない?」
「何で疑問形なんだよ」
「まぁそれは置いといて。いい加減
君たちのご飯の心配しましょ」
「お寿司、食べたい」
「お!それいいなぁ。悠、出前取ろうぜ」
「あぁいいかもね。ちょっと待って」
近くのお寿司屋さんに電話をして
出前を取ることにした。
きちんと話を逸らすこともできて、
一安心だけどいつまでもこんなのが
通用するわけがない。
ま、何とかなるでしょ。
お寿司が来るまで、玲央と出会ったときの
ことを大和が知りたいと言い出したから
そんな話をしていた。
するとすぐにインターホンが鳴って、
久しぶりに玄関のカギを開ける。
大和も玲央も結構食べるみたいだから、
4人前のを頼んだんだけど……。
「ちょっと、多くない?」
早速醤油を用意して、割り箸を割り、
マグロに手を伸ばした大和に
引きっつった笑顔を見せる。
「そうか?全然余裕だけど」
「うまい」
玲央ももくもくと食べてるし。
まぁ2人がいいなら私は何の
文句もないから、よしとしよう。
「悠も食べろよ」
「んー」
大和に強引にお箸を突きつけられて
曖昧に返事をする。
かっぱ巻きを一口食べて、
ちょっと休憩です。
それに関して何か言われる前に、
私はいろんな話を持ちかけた。
昨日も大和はここにいたから、
話すことなんてあまりないんだけども。
玲央には聞きたいことがたくさんある。
はぐらかされてた学校の質問とか、
どうして一人暮らしなのかとか。
あ、二匹暮らしだね。
「学校は行ってない。金がないから」
そう呟いた玲央の表情を見て、私も
大和も踏み込んではいけない、と
すぐに察知して話題を変えた。
金がないのに一人でアパートを
借りて住んでいるんだとしたら。
金を家の人に送るために、一人家を
出ていたのだとしたら。
もしかしたら玲央は危ない道に
立っているのかもしれない。
そう、思わずにはいられなかった。
「そういえば、大和もなんで
一人暮らしなの?」
「俺は親父と仲が悪くてな。早く
自立したかったから」
「ふーん。ってかまだサックスと
トランペット聞いてない!」
悠は何で一人暮らしなの?
って聞かれる前に、玲央も興味を
持ちそうな話を振った。
予想通り、顔をあげて私と大和を
交互に見る。
「大和も楽器吹けるんだってー。
玲央も聞きたいよね?あ、玲央の
コントラバスも早く聞かなきゃ!」
「お前、コントラバスできるのか」
「そうだよ!だから二人とも、早く
私に披露しなさい」
「何で命令口調なんだ」
「命令ですから」
「嫌だと言ったら?」
「それはお断りします」
ん?
あれ、ちょっと今なんか私、
すごいことひらめいちゃったよ!
「ねぇ!おもしろいこと
思いついたんだけど!」
「よし、じゃあすぐに忘れろー」
「今度それぞれの楽器持ち合わせて
演奏してみない?絶対楽しい!」
大和の棒読みはスルーして、
ソファから立ち上がった。
下から物凄い軽蔑の眼差しが
向けられているような気がするけど、
一度ひらめいちゃったら
絶対にゆずりません。
「どうしてそうなるんだよおい。
俺、しばらく吹いてないから」
「俺は賛成」
「はぁ!?いやいや、おかしいだろ」
ふふーんだ!
玲央は私の味方だもんね!
「2対1で決まり!楽器吹いてないとか、
大和さん、嘘はいけませんよー?」
「は、はぁ?」
「楽器も持ってるよねー?前にないとか
言ってたのも嘘って知ってるよー?」
「な、なんで知ってるんだよ……」
「それは、秘密!」
とか言っちゃってー。
きゃは、もうこーゆーの最高に
楽しいよね!
大和のアパートの大家さんに聞いたら、
借りるときに近くにスタジオは
ないかとか、楽器ケースみたいなのを
持っていたという証言を頂きました!
神崎探偵にかかればちょろいっての。
「では、決まり!いつにする?」
「ちょっと……」
「俺はいつでも」
「大和さん、次の休みはいつですか?」
「……6月4日」
「じゃあその日に楽器を持ってここに
集合!いいですね?」
「らじゃ」
「…………仕方ねぇな」
ふふふん。
まーた楽しみが一つできて、最高に
嬉しいんですけど!
話をしながらでも、4人前のお寿司は
綺麗に空っぽになっていて。
やっぱり男の人は食べる量が半端ない。
私は結局かっぱ巻き一つしか
食べれなくて、ずっと紅茶を飲んでいた。
2人は話になのか寿司になのか
分からないけど、夢中になっていたから
何も言われなくてよかった。
気付いた時にはもう日付が
変わるとき。
今日は、煌と築茂の約束に空雅が
乱入して、大和と玲央が鉢合わせして、
たくさん話した一日だったな。
「そろそろ、帰るか」
ごちそうさま、と自分の食器を
流しに持っていく大和の後を目で
追って、玲央に移す。
「玲央はどうするの?もう遅いし
今から帰るのめんどくさくない?
うちんち泊まる?」
「ばっ!お前、バカかよ!」
「え、今さら?」
玲央に来たのに大和が叫んだ。
人の心優しい気遣いをこいつは
何だと思っているんだ。
玲央だから全然大丈夫でしょうが。
「泊まる」
「なにちゃっかり話に乗ろうとしてんだよ。
ダメに決まってるだろ。そんだったら
俺んちに泊まれ、アホ」
あぁーその手があったか!
確かに私よりも大和のほうが
同性だし玲央も落ち着けるかも。
「大和、あったまいーねぇ!玲央、
そうしなよ。着替えも大和に
借りればいいんだし。家、目の前だし」
「………うん」
「じゃあ出るぞ。悠、ありがとな」
「いいえー。玲央をよろしく」
玲央にもばいばいをして、2人は
大和の家に向かった。
ふと、夜空を見上げると。
私には到底出せない光を放ちながら、
静かにたたずむ月。
青い空に浮かぶ月は
レインボーのわっかの中で涙ぐむ
ああ
君もあなたも
泣いてるんだよね
同じ世界の中で
悲しいと
寂しいと
同じ心なんだ
きっと……
月が涙を見せるから
そう思える
「私が涙ぐむから君たちが
一緒に笑えるんだろう」
月が言う
音を月に飛ばして、ドアを閉めた。

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