青い春の音
作者/ 歌

第7音 (3)
「じゃあ昼間は?」
「夜から朝方にかけて仕事してます。
昼夜逆転の生活です」
「うわぁ……すごいなぁ。いつも
サックスは吹いているの?」
「まぁ。これしか得意なものないんで」
「十分すごい特技じゃん!家はこの近く?」
「いえ、中部です」
市町村を聞いたら、悠と同じところ。
悠と言い、彼と言い、音楽的な才能が
高い人が集まっているのか?
「ここにはよく来るの?」
「はい。普段はバイクなんですけど
楽器があるのでバスで。ここの海なら
静かだし、民家もないから迷惑では
ないかなって」
「確かにいい場所だよね。ちょっと先は
都会みたいなのに。好きなだけ吹けるね」
「はい。近くにスタジオとかなくて……。
海は目の前なんですけどちょっと
訳合って、そこでは吹けないっていうか」
「近所からの苦情とか?」
「いやー……すぐ近くにめっちゃ音楽できる
やつがいるんですよ。そいつに
聞かれたくないっていうか」
やつ、のことを話始めたとき、彼の
顔つきがさっきまでと全然違うことに気付いた。
すごく優しく、楽しそうで、その人が
大切なんだなって直感で伝わる。
やつ、とかそいつ、だから男の友達かな?
「音楽ができる人なら尚更、君のサックス
聞きたがるんじゃない?本当にきれいだし、
もっと自信持ちなよ」
「ははは。冗談で嬉しいです」
「いやいや、冗談じゃないから」
自分の才能に気付いていないみたいだ。
もっと自信を持ってたくさんの人に
彼のサックスを聞かせたい。
きっと、感動の心でいっぱいになるだろうな。
本当に冗談と思っている彼に苦笑で
笑い返したら。
ポケットの中にある携帯のバイブが震えて、
すぐに携帯を取り出した。
「ご、ごめん!ちょっと失礼」
慌てて画面を確認すると、ずっと
待ちわびていた人の名前が。
自分で思っていた以上に、すごく
心臓がうるさくて、嬉しいと感じていた。
たかが電話一本で、通話ボタンを
押すことだけにこんなに緊張してるなんて。
そんな自分が可笑しくてふっと笑みをこぼすと、
少し落ち着いたような気がしたから、
ゆっくり通話ボタンを押して携帯を耳に当てた。
「もしもし?悠?」
『煌!電話するの遅くなってごめんね?』
「いや、全然大丈夫だよ。俺こそごめんね。
……昨日のこと、すごく反省してる」
『えぇ?何で謝るのさ!もしかしてそれを
言いたくて電話してくれたの?』
「うん。めっちゃ自己嫌悪したんだよ、これでも。
大人げなかったなって」
『全然!むしろあの場面を助けてくれて
本当にありがとう。あと、巻き込んじゃって
ごめんね。あの後、大高に何か変なこと
言われなかった?』
そう聞かれて、昨日、あの大高って言う
やつが言っていた言葉を思い出した。
ずっとずっとあいつだけを見てきたから、
後からのこのこ出てきたお前や月次なんかに、
簡単に渡せねぇんだよ!!
『……煌?』
「あ、いやごめん。別に何もないから大丈夫。
悠こそ大丈夫か?」
『私は全然!でも何で煌、あの時あそこにいたの?
吹奏楽の練習見てるのかと思ってた』
「うーんと……ちょっと用事を思い出して
早めに切り上げさせてもらったんだ。
帰りに悠の教室の前、たまたま通ったら
……あいつに抱きしめらているとこ見ちゃって」
本当のことなんて絶対に恥ずかしくて
言いたくなかったから、苦し紛れに
誤魔化したけど、バレないだろうか?
『そうだったんだ!いやぁ、運がよかったわぁ。
本当にあの時は焦りました』
「で、聞きたいことがあるんだけど」
『ん?何?』
「あいつと付き合ってるわけじゃないよね?」
『はぁ?なわけないでしょー』
「じゃあ昨日のは、……あっちからの告白?」
『まぁそんなとこ!ごめん、ちょっと今
出先だったんだ。本当にありがとね、シーユー』
「っちょ!」
くそ、逃げられた。
ちょっと強引にしてしまったからか、
逃げるように切られた電話。
まだ納得は行かなかったけど悠“から”
初電話が来たことはすごく、嬉しかった。
……って何言ってんだ、俺は。
自分で自分に呆れて、悠との電話ですっかり
頭から抜け落ちていたサックスの彼に
慌てて視線を向ける、と。
眉間にものすごいしわを寄せて、
俺を睨んでいた。
ちょ、電話していてちょっとほったらかしに
したくらいでこんな不機嫌になるもん?
まさか俺……惚れられちゃった?
「今の電話の相手」
「う、うん?」
自惚れそうになっていたところに、
彼の黒い声が聞こえた。
電話の相手、悠のことがどうかしたんだろうか?
「女、ですか?」
「え、そうだけど……」
嘘嘘嘘!この展開はまさか!
本当に俺に惚れちゃったとかじゃないよね?
電話の相手に嫉妬したとかじゃないよね?
「誰?」
「は、い?」
「……です、か」
いや敬語とか気にして聞き返したんじゃ
ないんだけど。
この後言われることがたまらなく怖くて
話を進めたくないんだけど。
「あの、別に敬語じゃなくていいからね?
好きなようにして」
「……じゃあそうする。煌、って言ったな。
今の電話の相手、“ユウ”って言うのか?」
「あーうん、そう…だけど?」
突然の変わりようにまた驚かされたけど、
今はそれどころじゃない。
電話の相手の名前に彼は眉をひそめているようだ。
「高校2年のM高の女子生徒、だったり?」
「えっ!?」
な、何でそれを知っているんだ?
俺に好意があって嫉妬していたわけじゃなく、
悠のほうに意味があったらしい。
もしかして……。
「悠と、知り合いなの?」
「……やっぱり、神崎悠なんだな」
本人の名前が直接大和の口から出てきて、
しかもその時の大和の表情が、すごく、気になる。

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