青い春の音

作者/ 歌



第5音  (6)



野次馬共に目でどけ、と言いながら
廊下をずんずん歩いていく。

その後ろから大人しく黙って
ついてくる空雅。

明日にはどんな噂が立っているのか、
楽しみで仕方ないんですけど。


下駄箱に着いて後ろを振り返った。


「何とか野次馬たちは撒けたね。
 で、悪いんだけどいよいよ電車に
 間に合わなくなるから帰りたい」

「……俺も行く」

「はぁ?」


何言っちゃてんですかこの人!

会ったこともない人だし、こんな
怖い顔して来られても2人に
警戒させるだけだから!


私が眉間にしわを寄せて叫ぶと、
空雅の機嫌がさらに悪くなった。


「別にいいだろ?何かやましい
 ことでもあるのかよ?」

「問題はそこじゃないし!空雅の
 知らない人だよ?無理に決まってる
 でしょうよ」

「だったらなおさら行く!俺の知らない
 やつが悪いやつでどっか連れて
 いかれて何かされたらどうすんだよ!」

「あのねぇ……そんな人たちじゃ
 ないから。考えすぎだって」

「悠は自覚がなさすぎるんだよ!
 騙されてるかもしれないだろ」


ありゃりゃ。

完璧に誤解してるし、これ以上
声のボリュームがアップしたら
また野次馬が生まれるかもしれない。


一緒に連れて行くことはまだ
判断しかねないけど、一応
学校からは出よう。


「とりあえず、外出よう。そういえば
 空雅んちってどこなの?」

「駅のすぐそば」

「マジ?じゃぁ駅まで行きながら
 話をつけようよ」

「分かった」


空雅のくせに言葉数が少ないと
なんだか気持ち悪-い。

早く機嫌直してくれないかな。

ってかどうやって説得させようか、
何の案も出てきやしない。

このままだと本当に付いてこられる。

あの2人とはきっと音楽の話ばかり
だと思うし、音楽の授業で爆睡を
決め込んでいるこいつには全く
話の中に入ってこれないだろう。

そうなったら余計に機嫌が
悪くなるだろうし。

あの2人にまで嫌な思いをさせる
わけにはいかない。


学校を出て、並んで歩く。

駅までは歩いて10分くらいだから
早く諦めてもらわないと。


「で、きちんと家に帰るよね?」

「なわけねーだろ。絶対に行く。
 で、どんなやつかきちんと見る」

「お前は私の親か!悪いけど、私めっちゃ
 人を見る目あるんだからね?
 騙されたりするわけないし、大丈夫」

「んなことわかんねーだろ。ってか
 男たちって言ってたけど1人じゃ
 ないのか?」

「うん、2人」

「だったら余計に危ねーじゃん。
 よし、俺は今からお前の
 ボディーガードだ!気にするなっ」


なになに、どうしてそうなるの?

しかも開き直っていきなり上機嫌とか
喜怒哀楽が激しすぎてついてけません。



結局、駅の中までついてきて、
私が切符を買っている間に空雅も
ちゃっかり買っていた。

にひひ、と悪戯な笑みを浮かべて
すでに改札口の先にいた奴に、
引きつった笑顔を隠さずに切符を通した。


ってかこの時間帯が一番高校生で
電車を使う人が多いから、
かなりの視線を浴びている。

こりゃあ、まためんどくさいことに
ならないといいんだけどな。

心の中でため息を吐いて、隣で
マシンガントークを振りまいている
空雅に適当に相槌を打った。



電車に揺られて10分ほどで降りて、
この前、煌に連れてきてもらった
道を思い出しながら歩く。

空雅はちょっと緊張でもしてきたのか、
口数も少なくなってきて
表情も強張ってきた。


「……分かりやすい奴」


そう呟いた言葉はしっかり
聞こえていたみたいで、じろっと睨まれた。

それに黙って笑顔を向けると、
あの時と同じ、大好きな香りが風に
運ばれてきた。




その匂いに今までのことがすべて
どうでもいいように思えてきて、

ゆっくり息を吸って気持ちを
落ち着かせると自然に頬が綻んだ。


「………悠」


香りに気を取られていると、空雅の
私を呼ぶ声が後ろから聞こえてきて
振り返ると。

なぜか少し後ろで立ち止まっていた。


「え、どうしたの?」


顔は俯いていてどんな表情を
しているのか分からない。

ただ、さっきの声もすごく掠れていて
どこか具合でも悪くなったのかと
空雅なんか相手に思ってしまった。


すると、表情は見えないままゆっくり
私のいるほうへと足を進めてくる。

本当にどうしたんだこいつ?


「空雅?」

「……お願いだから、こんなところで
 無自覚に笑わないで」


それはー……喧嘩を売っていると
とってもいいのかな?


「私が笑うとダメなわけ?」

「うん、ダメ」


顔をあげて真顔できっぱりと
頷いた目の前にいるやつに殺意が
薄ら芽生えました。



「お前も笑えなくしてやろうか?」


三日月かってくらいに口角を持ち上げて、
殺意ビーム発動。

え、いや、と口ごもりながら
視線を泳がせている奴は、まだ何か
言いたそうだけど気にしない。


「そーんなに私の笑顔は気持ち悪いって?
 あぁそうかそうか。じゃあ一生
 見たくても見れないようにしてやる」

「そ、それは困る!!」

「言ってることが矛盾してないかなぁ?」

「あのなぁ……」


焦り始めてこれから痛みつけてやろうと
思ったのに、突然深いため息を吐いて
片手で頭を抱え込んだ空雅。

そのため息は一体なんなんだろうか。


「本当にお前、バカだよな」

「はぁ!?あんたに言われたくないわ!」


今のはマジでバカって言われたから
マジでカチンと来たよ、うん。


「あーはいはい。もう行くぞ」

「ちょっと!空雅のくせに何威張ってんの。
 むかつくんですけど。おい、こらぁ」


私の声を無視して、場所を知らないくせに
前を歩いていく空雅の背中に叫ぶ。

あいつの分際で生意気だ!


でもふと周りを見てみると、結構な
人だかりができていて、人通りが多い
道だってことを忘れていた。

ちらほら同じ制服を着ていた人も
いたから空雅はそれにいち早く気付いて
くれた、……のかもしれない。



さっきまでのことは水に流してあげて、
大好きな香りのあとを追った。

見覚えのある看板が目に入って
少し駆け足で近寄ると、白い建物に
ココアブラウンで書かれた
『avoir bon coeur』の文字。


「ここか?」

「うん。もう来てるかなぁ」

「入ってみればわかるだろ」


ちょっとちょっと空雅さん。

喧嘩しに行くんじゃないんですから
そのガン飛ばしするような目つき、
やめてくださいよ。


なーんて言う前に、もうさきに
中に入ってしまった。

仕方なく私も取っ手を引いて中に
足を踏み入れる、と。

この前と変わらない優しい香りと、
ドビュッシーの『夢』に包まれた。



「あ、悠!こっちこっち」


この前と同じ席から顔と手を出して
私を呼んでいる煌の姿を見つけて、
すぐに近寄る。


「なかなか来ないから心配したよ。
 電話しても出ないし」

「あ、ごめん。いつもバイブにしてるから
 気付かないんだよね」

「これからは気を付けること。
 さ、早く座って……って言いたい
 ところなんだけど。後ろにいる人は
 どちら様?」


カバンの中から携帯を探している間の
煌の言葉に、空雅のことを思い出して、
急いで後ろを振り返った。

案の定、めちゃめちゃ不機嫌で
私の後ろを睨んでいる。


「く、空雅!そんな睨まないでよ」

「そっちだってめっちゃ睨んでるだろ」


そう言われてまた煌たちのほうへと
顔だけ向けると、怪訝そうな煌と
あの拳銃のような目つきの築茂。

忘れてた……

築茂ってめっちゃ警戒心強いし
知らない人間に冷たいってこと。