青い春の音
作者/ 歌

第5音 (7)
あーあ、やっぱりなんとしてでも
逃げればよかった。
そういえば連れてきてもいいかどうか、
連絡もしないで来ちゃったんだよね。
今更後悔してきたけど、もうどうにも
ならないからひとまず、この
どんより空気を何とかしよう。
「ごめんね、こいつ私と同じ高校なんだけど
どうしても来るって聞かなくて。
連絡すればよかったのに忘れてた。
本当にごめんなさい」
ちょっと、反省。
最近、いろんな人との出会いが多くて
頭の回転が鈍ってきてるのかも。
あ、元から鈍いとか言わないでね!
「まぁもう来てしまったことには
仕方ないからとりあえず座ったら?」
やっぱり煌って大人だよなぁ。
こんな時にでも変わらずに気を遣ってくれて
笑顔で対応してくれるんだから。
まだ20で大学生なのに、かなり差が
あるように思える。
煌の言われるまま、席を座ろうとしたけど
空いている席は煌と築茂が向かい合ってる
隣の2つの席。
私はどちらに座っても構わないんだけど、
問題は空雅。
そんなことを考えて座ることに躊躇していると、
やはり頭の切れる煌が、築茂の隣の
席に移動してくれた。
ありがとう、とお礼を言って私は築茂の
目の前、空雅は煌に向かい合って座った。
「で、説明してもらおうか?」
座ったと同時に築茂の氷点下20度くらいの
低くて冷たい声と、逃がさないと
脅しをかけている目。
おぉ、怖い怖い!
この前ここで会ったばかりのときよりも
ずっと機嫌が悪いような気がする。
「説明っていうか……勝手にこいつが
ついてきただけなんだけど」
歯切れの悪い私の答えに築茂の
眉が寄せられる。
空雅にバトンタッチしようとして
隣に視線だけを向けると、口をへの字にして
築茂に負けじと睨んでいた。
……ため息、ついてもいいですか?
「あんたらは悠とどんな関係?」
「空雅、きちんと説明するからその
目つきやめなさい。あと築茂も!」
そう言うと納得いかない顔をしながらも
空雅は上体を少し背もたれにかけて、
築茂は視線を机に落とした。
煌はというと、じーっと空雅を凝視。
あぁ、そういえば煌はうちの学校に
出入りしているんだから、空雅を見かけたこと
あるのかもしれない。
「この人は、春日井煌さん。空雅は知らない?
今、吹奏楽部のトレーナーをやってくれていて
週に1度、うちの学校に来てるの。
一応学校で会ったときは春日井先生」
「はっ!?生徒と先生がプライベートで
会っていいのかよ」
あんた、突っ込むところが違うってば。
「煌はS大学生なの。教師じゃないし、
別にやましいことなんてないんだから
変な想像はしないように」
こいつはきっと、変態だ。
想像がはるかに超えていて、勝手に
心配して暴走するタイプ。
「で、こっちが橘築茂。煌と同じS大で
煌の2つ下、1年生。2人とも吹奏楽部で
煌と学校で出会ったのが最初。
こうして会うのはこれで2回目だし、
まだまだ全然知り合い程度。分かった?」
空雅の変な妄想が飛び出す前に、
2人との関係をしっかり話しておくのが
最優先だと思った。
んだけども。
「知り合い程度?」
そう聞き返したのは、空雅を凝視していた
視線を私に突如移して、なぜか
不機嫌気味の声を発した煌。
いやいやいや、煌までここで
熱くなられたら私、どうすれば
いいんですか。
「へー知り合い程度なんだぁ。
それなら安心だな」
さっきまでの不機嫌な空雅はどこへやら、
鼻で笑ってバカにしてるような
態度に変わりやがった。
ああぁー、もう!!
めんどくさいことにならないように
一生懸命話を持っていこうとしてるのに!
空雅の言葉に一度は大人しくした
築茂も再び対戦モードへ。
そこに煌まで加わってしまった。
「悪いけど、これから君よりもずっと
親しい関係になる予定だから。月次空雅」
空雅の名前をフルネームで呼んだ
煌はやっぱり空雅を知っていたみたい。
その前に言っていた言葉はもう
どうでもよくなったよ。
「はは!俺と悠がどんな関係か教えて
やろうか?あんなことやこんなことまで
した仲なんだぞ」
ふふふ、つい最近までまともに
話してなかったのは私の
幻影だったのでしょうか。
そこから築茂の誘導尋問に適当に
答えながら、こっそりマスターを
呼んでこの前と同じコーヒーを
4つ頼んだ。
コーヒーが運ばれてきても尚、
築茂と空雅の言い争いは終わらない。
煌は途中でバカらしくなったみたいで
私と同様、コーヒーの時間を
楽しんでいた。
空雅の頭を思いっきり叩いて、
強制的に会話は終了。
コーヒーをブラックでは飲めない
みたいだから、砂糖とミルクを
大量に入れていた空雅に。
やっぱり築茂の尖った一言で
さっきの会話が再開されてしまった。
「ミルクはな、ミルクなりに
甘いだけじゃない人生を通って
ここにようやくたどり着けたんだ!
ミルクに謝れ!」
「ミルクなんて甘ったるいものに
頼ってるお前は頭も中身もぬるぬるだな」
「そういうお前は甘さの一欠けらもない
冷徹人間だな。ミルクのがよっぽどいい」
「バカよりはましだ」
「あぁ?俺のどこがバカなんだよ!」
「すべてだ。髪の毛の先から足の親指の
爪の先まですべてがバカだ」
「俺の親指の爪はかっちょええんだぜ!
見たら惚れるぜ!」
「そうか。なら圧し折ってやるよ」
………うん、いいコンビなんじゃない?
隣でうるさいバカ2匹はほっといて、
煌に聞きたかったことが。
「ねぇ、煌。今日私を呼んだのはどうして?
何か話があったからじゃないの?」
「え?そうなの?」
あの、私に聞かれても私が
聞いているので困るんですけど。
嘘でしょ、煌までバカとかじゃないよね?

小説大会受賞作品
スポンサード リンク