青い春の音

作者/ 歌



第4音  (7)



「あのさ、鬼藤大和って知ってる?」


と、ここで突然大和の名前が
出てきた。

たぶんすごい間抜けな顔で
きょとん、としていると思う。


だって荻原先輩から大和の名前が
出てくるなんてあまりにも
話が繋がらない。


先週、出会ってから不思議なことに。

出会う前は顔も見なかったのが、
私が朝バスを待っていると
大和は仕事からの帰りでバイクを
止めているところだったり。

ちょっとジュースを買いに
自動販売機へ行けば、
そこに大和もいたり、と。

こんなにも近かったのかと
今更気付かされた。



「大和のこと、知ってるんですか?」


「……やっぱり知ってたんだ。
 家が近いんだって?」


「あ、はい、まぁ」


私の質問には無視ですか。

いや、今ので確実に知ってることは
分かりましたが。


家が近いことも知ってるって
ことは大和とは知り合いなのだろう。





でもなぜだろう。

私が大和の名前を呼んだ時、
一瞬、見たことのない
表情がうっすらと浮かんだ。


それにあまり……大和のことが
好きではないみたい。

いや、むしろ大嫌いだな、
この雰囲気は。


ちょっとだけ、踏み込んでも
いいかだろうか。



「……大和とはどんな
 関係なんですか?」


いつも優しい瞳の奥を
探るように、笑顔を浮かべて
聞いてみた。

そのとき、ちょっと視線が
泳いだのを見逃さずに。



「べ、つに小中って一緒で
 腐れ縁なだけだよ。
 でも神崎さんはあんな奴に
 あまり関わらないほうがいい」


「何でですか?」


小中と一緒だったなら、きっと
2人に何かしらあったことは
容易に想像できる。

でも大和を“あんな奴”よわばり
されるのは不快だ。



「それは……女好きだし、
 人の気持ちがわからない
 最低な奴だからだよ」



なるほどね。

大方、中学校時代にでも
荻原先輩が好きだった、もしくは
付き合ってた人を大和に
取られたとかそんなことかな。


ちょー、むかつく。





「お言葉ですが、荻原先輩。
 私は私が見たものを信じてます。
 人も同じです。私は大和が
 最低な人間に見えたことは
 ありませんので。あなたに
 決められる筋合いはないです」


最後にとびっきりの笑顔を忘れずに
言いたいことを言った。


これ以上、話していても今の
荻原先輩には何も伝わらない。

そう感じた私は、ひどく
驚いた様子の彼の横を
カバンを持って通り過ぎた。



その後、あの人がどんな
表情をしていたのか知らないけど。

ちょっと言い過ぎたかな。

あの人は繊細な人だから、
言葉一つ一つでかなり傷つく。


それでも怒りのほうが
優先してしまったんだから
仕方がない。


誰一人としてすれ違わない
廊下を歩きながら、携帯で
メールを打つ。

もちろん宛先は、鬼藤大和。


あの時、大和が私の制服を
見て考えるような仕草をしたのは
きっと荻原先輩の制服姿を
見ていたからだ。

私なんかが踏み込んで
いいものとは思わないけれど
じっともしてられない。


携帯を閉じて足早に昇降口を
後にした。


* * *


家の目の前にあるバス停を
降りて、玄関の扉を開く前に
向かいの白いアパートに
バイクがあるか確認する。


「まだ、いる」


いつものように定位置に
止められていたバイクを見て
安堵のため息が零れた。


会えないか、とメールを
したものの返信がなく、
もう仕事に行ったのかと
思ったけど。

寝ているのかもしれない、とか
仕事へ行く準備をしている
かもしれない、とか考えられる。

あまり焦っても仕方ない。


とりあえず家の中に入って
制服を脱ぎ、部屋着に着替えた。

冷蔵庫からミネラルウォーターを
取り出して、一口喉を通す。

オーディオの電源を入れ、ようと
した手を引っ込めた。

部屋の中に無音だけが佇む。


なんとなく。

荻原先輩を見ていると
イライラしてしまう。

いつもの綺麗な笑顔だけを
浮かべていれば、ただ黙って
笑顔を返すのに。

私に闇を見せなくたって
いいじゃんか。


そんなことを考えていると
着信を知らせる、絢香の
『I believe』が流れてきた。





画面を確認すると、大和の名前で
すぐに通話ボタンを押した。


「大和!」

『おわっ、なんだよいきなり。
 もしもしから言え、もしもし』

「はい、もしもし」

『よろしい』


こんなやり取りなんかでさっきまでの
イライラが笑みに変わってしまう。


『メールごめんな。パソコンに
 夢中になってて気づかなかった』

「ううん、全然。こっちこそごめん。
 今大丈夫?」

『あぁ。すぐにお前んち行くから
 待ってろよ』

「分かった。ありがとね」


そう言って電話は切れた。

あぁ、なんだかすごくほっと
したかも。


一度、深呼吸をして前と同じように
紅茶の準備に取り掛かった。

そういえば、お菓子も昨日買ったから
あるしそれも出そう。


キッチンに立っていろいろ
やり始めると、裏口のドアを
ノックする音が聞こえた。


どうぞー、とだけ返事をすると
ジーンズにTシャツという
シンプルな格好をした大和が
中に入ってくる。


「お、今日はお菓子あんじゃん」


入ってくるなり、すぐに私の
いるキッチンへと顔を出して
にやりと笑った大和。


「この前みたいに何もないなんて
 言わせませんからね!
 はい、これ持っていって」

「はいはい」


袋から出したお菓子たちを
並べたお皿を大和に押し付けて。

私は2人分の紅茶を手に、
リビングへと向かった。


ソファに座って早速大和の手は
お菓子へ伸びる。

私もソファに座る前にオーディオの
電源を入れて、CDを選ぼうとした。


「大和ってどんな音楽聞くの?」


どうせなら大和好みの音楽のほうが
いいと思って。


「んー、ロックかJ-Popかジャズ、
 あと洋楽だな」

「へー。結構幅広いんだね」

「まぁクラシックも昔はよく
 聞いてたな。サックスと
 トランペットやってたから」



……………は、い?