青い春の音
作者/ 歌

第7音 (4)
しばらく、沈黙が流れた。
「……さっき、」
「え?」
「さっき、家の近くに音楽ができるやつって
悠のことなんだ。家が目の前」
「そ、うなんだ……」
じゃあ、俺がさっき直感で大和の
大切な人なんだと思ったのは、悠だったんだ。
こんな出会い、あるんだろうか?
「煌は悠とどんな関係なんだ?」
「あぁ俺は、悠の通っている高校の吹奏楽部の
トレーナーとして今、行っているんだ。
それで悠と出会って、プライベートでも
ちょっと会ってるくらいかな?」
「………ふーん」
あまり表情を変えずにただ頷くだけで、
特に気を悪くしたりはないようだ。
でももし、悠が大和のサックスを聞いたら
絶対に興奮するだろうな。
音楽のことを話すときは、ものすごく
幸せそうな顔をしているから。
どうして、だろう。
悠に大和のサックスを聞かせたくない、
なんて思ってしまう自分がいる。
聞かせたらなんだか、悠が……大和だけに
夢中になりそうな気がする。
そんなの絶対に、嫌だ。
「なぁ、今の電話の内容さ」
1人で悶々と黒い感情と闘っていると、
歯切れの悪い低い声が聞こえてきた。
それにはっとして顔を上げると。
「あいつ、誰かに抱きしめられて告白……
されたみたいな感じ?」
「……うん。昨日の放課後、吹奏楽部の練習を
早めに終えて悠の教室の前まで来たら、
そんな光景があったんだ」
「それでどうした?」
言ってもいいだろうか?
悠からしたら、プライベートのことだし
さっきの電話もそうだったけど、自分の
ことを話すのが嫌いらしい。
話すかどうか、躊躇していると。
「いや、もうそこまで話したんだから
別に変わんないだろ。それに悠は別に
俺ならいい、って言うぞ?」
「何で?」
「さぁな。なんなら今から電話して
聞いてみるか?」
「い、いい!」
もしそれではっきり、いいよ、なんて言われたら
さらに黒い感情で支配されそうだ。
今だって抑えるのに必死なのに。
こいつは無意識に俺を煽っているのか、
よく分からない。
でも敵対心とかそんなものは全然
感じられないから、別に悪気があるわけでは
ないと思う。
「それで……悠がキスされそうになったから、
慌てて教室に入って、相手の男と
ちょっと言い合った。って感じかな?」
「へー。で、聞きたいんだけど、相手の男って
栗色の髪でくせ毛がちょっとあるやつ?」
「え?違うけど……。悠と同じクラスの
大高、って言うやつ。誰だと思ったの?」
「そう、か。ならいいんだ」
ちょっと、安心したように息をほっと
ついた大和の顔色を窺う。
いまいち、何を考えているのかわからない。
「学校での悠はちゃんと、笑っているか?」
「………え、笑ってるけど何で?」
どうしてそんなことを聞くのだろうか?
こいつの前では、泣いたり怒ったり、
俺には見せたことのない感情を見せるのだろうか?
「なら、よかった。煌、俺からこんなこと
言われてもは?って感じかもしれないけど、
悠のこと、しっかり見ていてほしい」
そう、目力の強い、意思の強い瞳で
言葉を発した大和。
その言葉の意味は、一体なんなんだ?
「どうゆうこと?」
「別に深い意味があるわけじゃない。
ただの俺の我儘って思っていてくれ」
「……分かった」
「サンキュ」
あんな瞳で言われたら何を言われても
拒むことなんて、できない。
後に分かるかもしれないから、今は彼の
言うとおりに悠をよく見ていよう。
確かに彼女は謎、だ。
何にも興味がなさそうであっけらかんと
していたり、何も考えていなさそうなのに。
人の心を読み取るのがうまくて、
なにより、人の心を掴むのがうまい。
「煌もバイオリンを弾けるって言ったな。
悠に聞かせたことはある?」
「いや、ピアノはあるけどバイオリンは
ないかな。今度、俺の後輩とアンサンブルやろう
って約束したことがあるけど」
「ふーん、おもしろそうだな。もしやるなら
聞いてみたいから、呼んでくれよ」
「おお!観客がいてくれるなんて
やりがいがあるなぁ。もちろんだよ」
「じゃあ、メアド、交換しようぜ」
すぐに赤外線でメアドを交換。
悠のことを抜きに、こいつとは結構
話が合うかもしれないし何より音楽をやる
人間との繋がりが広がったこと、
それが何よりも嬉しい。
「じゃあ俺はそろそろバスの時間が
あるから、行くわ」
そう言って、楽器ケースに収められている
アルトサックスと財布に携帯を持って、
立ち上がる大和。
俺もそろそろ家に帰らないと、
母親が心配するかもしれない。
「今日は素敵なサックスを聞かせてくれて
ありがとう。また連絡するよ」
「いや、こちらこそ。好きなものを褒められる
ってなんだか気恥ずかしいけど嬉しいな。
今度は煌のバイオリンとピアノ、楽しみにしてる」
……やべぇ、こいつめっちゃいいやつじゃん!
しかもはにかんだ笑顔が、怖い印象とは裏腹に
すごく少年っぽくて可愛い。
男にこんなこと言われても嬉しくないだろうから、
心の内に止めたけど。
バス停までは同じ方向だからそこまで
一緒に歩いて、その場で別れた。
まさか悠の家の近くにあんなやつが
いたとは、知らなかった。
悠の人間関係にまで踏み込むのはおかしいけれど、
もしかたらまだまだ俺の知らない、悠を
知っている人間がいるのかもしれない。
そう考えると、ちょっともやもやした
気分になったから歩くペースを上げて、
家に帰った。
その日の夜、バイオリンを弾いていると
いつもはバイブにしている携帯が
着信音を響かせた。
楽器を弾いているときはバイブだと
気付かないから、マナーモードはオフに
している。
バイオリンを置いて、携帯の画面を見ると。
「悠!?」
本日二度目の悠からの電話に驚いて、
すぐに通話ボタンを押した。
『あ、煌?今大丈夫?』
「全然!どうした?」
『いやぁー大和から話を聞いたんだよ。
びっくりしちゃった!まさか2人が
今日出会ったなんて』
「そうなんだよ。俺もびっくりしちゃった。
悠と電話しているときにはもう
大和がいて、その電話の会話だけで
悠だって分かったみたいだよ」
『あいつ、頭切れるからね。それでさ、今
大和がうちにいるんだけど』
…………ん?
大和がうちにいる、って悠の家にいるって
ことだよなぁ?
確か悠って一人暮らしじゃなかったか?
「悠って一人暮らしだよな?」
『え?そうだよー。大和は本当に家の前の
アパートにいるから、よくうちで
お茶したり音楽の話をするの』
若い女の一人暮らしに男を上げるなんて
いい気はしない、というかすごく、不安。
でもやましいことは全くなさそうな
悠の口調に安心してしまう。
確かにあいつは見た目はチャラいかもしれないけど
中身は全然しっかりしてて、そこらへんは
分かっているから悠も安心できるんだろう。
「そっか。で、それがどうした?」
『今大和が話してたけど、煌、大和のサックス
聞いたんでしょ!?もうちょー羨ましい!』
「あぁ……うん、すごくきれいだったよ」
『やっぱり?でね、築茂と三人でアンサンブル
やるとき、大和も呼ぶって話もしたんでしょ?
それ聞かせて大和が感動したらサックス、
私にも聞かせてくれるって!』
大和、どんだけ悠に聞かせたくないんだよ。

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