青い春の音
作者/ 歌

第9音 (2)
「……それが俺を避け始めた原因か?」
「そうだよ」
「お前は俺よりもそいつの言葉を信じたのか?」
その言葉に思わず言葉を詰まらせた。
いつも強気で意地っ張りで負けず嫌いの
大和が、とても寂しそうな瞳を揺らしてたから。
本当は、分かっていた。
始めから、彼女も僕のことなんか好きじゃ
なくていつも大和のそばにいた僕に
近付いて大和を狙っていたこと。
大和はそんなこと言うやつでも、人の
嫌がることを言うやつでもないってこと。
でもそれが悔しくて、認めたくなくて、
僕は1人で勝手に“大和が悪い”と
決めつけていたんだ。
何に対しての悔しさかも分からずに。
「……ごめん。頭では分かっていたんだ。
大和がそんなやつじゃないってこと。
でももし、大和に聞いてしまったら
俺の負けだと、変な見栄を張った」
ごめん、ともう一度頭を下げた。
大和との関係ががらん、と変わってしまってから
僕の毎日は埃っぽい世界になって行った。
何を見ても何をしても、何も
感じられなくて、心の真ん中に穴が
空くというのはこういうことか、と
ひどく感じさせられた。
大和との思い出が宝石のように思えて、
それがすべて空に散ってしまったのかな、
なんて思いもして。
でもそれは、自分で散らしたんだと
いうことにも後から気付いた。
何かを心に埋めることがこんなにも
難しいということも。
母が亡くなったときにですら、感じたことが
なかったからこそ、当時の僕には
さらに見栄と意地だけがこべりついた。
お互い、無言でコップの表面を見つめる。
話しているときは不思議と冷静に
言葉を紡げたのに、話し終えたら急に
鼓動が早くなるのを感じた。
話してしまったからには、もう後戻りはできない。
大和を傷つけたことは明らかに
事実だし、そんなことが理由で、なんて
思うかもしれない。
でも、当時の僕には本当に辛かったんだ。
「……はぁー。あー何か腹減った。
さっきコンビニでチキン食ったんだけどなぁ」
沈黙を破るため息が聞こえたから、
何を言われるのかと身構えたのに。
大和の口から出てきたのはそんな言葉で
一気に気が抜けてしまった。
でもそう言われてみれば、帰ってきてから
まだ何も口にしていないことに気付いて。
「……俺も」
と、思わず言葉を漏らした。
すると大和はふっ、と口角を軽く上げて
イスから立ち上がり、無造作に机の上に
置いてあった財布とバイクの鍵を手にした。
「よし、行くぞ」
突然そんなことを言い出すもんだから
どういう意味か理解できずに、ぽかんと
大和を見上げていると。
「何ぼけっとしてんだよ。飯、食いに
行くぞ。俺の驕りだからありがたく
付いてこい」
有無を言わせないその言い様が、
僕をイスから立ち上がらせた。
男の僕でも、こういう大和は本当に
かっこいいと思う。
どことなく羨ましくて、悔しい。
僕は大和みたいに強くないし、人の目を
気にしてばかりいるし、かっこ悪い。
玄関へと向かう大和の背中を見ながら、
僕は劣等感に浸っていた。
門の前に止めてあった400CCくらいある
大和のバイク。
何も言わずに大和は鍵を差し込み、
ヘルメットを渡されて僕が後ろに座るのを
待っている。
大和のバイクに乗るのは、初めてだし
ちょっと怖い気がして足が怯むと。
「俺は安全運転だから安心しろ。
それにすぐだから。ほら、早くしろ」
安全運転だということには
あまり期待しないでおこう。
そう思いながらも、大和の後ろに
またがった。
案の定、ものすごいスピードを出して
飛ばすもんだから、5分ほどで目的地に
着いたことに心から感謝をした。
大和がバイクを止めたのはラーメン屋。
それも、とても懐かしいお店で、
昔、斉藤さんに大和と二人でよく
連れてきてもらったところ。
あの時と何も変わらない風景に思わず
胸が熱くなった。
「さぁ、食うぞー」
男の中でもよく食べる大和は
ここのラーメン2杯は余裕だったっけ。
そんなことを思いだしながら
大和に続いて僕ものれんをくぐった。
すぐに鼻を掠めたあの懐かしい匂い。
先にカウンターに座っていた
大和の隣にゆっくり腰をかけた。
「お、久しぶりに見る顔だなぁ」
芯のある力強い声の主は、ここの
店長であり、斉藤さんの昔からの友人。
「お久しぶりです」
軽く頭を下げて丁寧にあいさつをする
大和につられて僕も、
「こんばんは」
と微笑んだ。
「2人とも男前になっちって!でもよく
来てくれたなぁ。さぁ、いっぱい食ってけよ」
ニカッと綺麗な白い歯を見せて笑った
店長に2人とも首を縦に振った。
メニューを見なくてもいつも2人が
頼んでいたものを、店長はすぐに作ってくれて。
僕はもやしたっぷり味噌ラーメンに
大和はとんこつラーメン、後から
チャーシュー特盛ラーメンが来るらしい。
そこに餃子とミニチャーハンも食べるって
言うんだから、本当に大和の胃袋は大きい。
懐かしい味を頬張りながらしばらく
黙々と食べていると。
「日向」
「なに?」
大和に名前を呼ばれたから顔を上げて、
返事をすると。
「お前は強くもないけど、お前が
思っているほど弱くもない」
なんて。
口にも表情にも出していなかったはずなのに、
大和にはさっきの僕の劣等感を
読み取られていたらしい。
「……そうかな。俺は大和がずっと
羨ましかった。大和みたいに強くなりたい」
「俺だって別に強いわけではないし、
強くならなくてもいい。だけどこれ以上、
弱くなるな」
さらっと、僕の心に落としてくる言葉。
それがどれほど僕に影響を与えるか、
こいつは分かっていないんじゃないかな。

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