青い春の音
作者/ 歌

第6音 (7)
来てほしくない時間というものは、
どう頑張っても来てしまう。
帰りのHRが終わり、そそくさと部活に行く
生徒、帰宅する生徒に分かれた。
そして教室には私と、大高だけ。
まだ他クラスから話し声は聞こえてくるし、
廊下を通る生徒もまばらにいる。
それもすべて消えた5時過ぎごろ。
大高は課題であろうプリントに走らせていた
シャーペンを止めて、私のほうを振り返った。
私も終わった課題をまとめていた
手を止め、顔を上げる。
ひどく真剣な瞳に、一瞬、心臓が跳ねた。
「………話、してもいいか?」
「……うん」
あー、どうしよ。
めっちゃ緊張してるし、心臓がうるさくて
平静を装えないかも。
思った以上に心も体も震えていることに
気付いて、逃げたい衝動に駆られる。
しばらくの沈黙の間、一生懸命
視線だけでも、と思って逸らさずに
大高の瞳を見つめた。
そして、大高は軽い深呼吸をした後、
「好きだ」
はっきり、きっぱり、しっかり、
真っ直ぐに私への想いを伝えてくれた。
冗談をかまそうかとも考えてたけど、
そんなこと言える雰囲気ではないことは
もう分かっている。
でもまだ逃げたくてたまらない。
胸がぎゅっと苦しくなって息をすることも
忘れそうになるけど、返事を返さなくちゃ
いけないから心を落ち着かせる。
怖くて、怖くて、嫌だけど、
向き合うって決めたから。
「………ご、」
「待って!」
ごめん、と言おうとした直後に
大高に止められて言葉を呑み込んだ。
顔を両手で覆って、私の机に
うなだれる大高を唇を噛んだまま見つめる。
「はぁー……ほんとに、もう……
マジで俺、お前が好きすぎてやばいんだよ」
震える声で呟いた言葉に喉が
きゅーっと痛くなるのを感じた。
自分にもこんな感情があるなんて思わなかったな。
冷静に、冷めた表情ですんなり
答えを出せる自信があったのに。
そんな私はどこにもいない。
「お前の答えなんて最初から分かってる。
何度も何度も諦めようとした………でも、
無理だったんだよ!!」
今にも涙が出そうな、それを我慢しているような
姿に何も言葉が出てこない。
どうして?
どうして私何かを好きになったの?
私の何がいいの?
「………なん、で?」
「え?」
「何で、好きになんかなったの?」
「そんなの……」
「私は一生懸命友達としての距離を作って
何も壊れないように、変わらないように
してきたのに!!何で好きになったの!?」
我慢の、限界だった。
「好きになっちまったものは仕方ないだろ!?
俺だって分かんねーんだよ!いつから
お前を好きで、どうして好きなのか!
気付いたらお前しか見えてなかったんだよ……」
「そんなの!おかしいよ……。私じゃなくて、
愛花を…好きになってあげてよ」
「そんなの無理に決まってるだろ?」
「何で無理なの!?愛花の気持ち、分かってるでしょ?
好きになってくれる人を好きになりなよ!」
「それができたらこんな苦しい想い、
してねーんだよ!分かれよ!俺がお前を
どんだけ好きかってこと……」
もう、………嫌だ。
気付いたら2人とも席から立ち上がり、
お互い向き合って立っていた。
冷静に話を進めるつもりだったのに、
思うように感情のコントロールが出来なくて
愛花の気持ちを考えれば考えるほど。
それは大高が私を想う気持ちと
同じだということに気付いた。
どうして恋愛感情なんていうめんどくさい
ものを人間は持っているんだろう。
嫉妬とか、妬みとか、自分を苦しめる
だけの感情も後からついてくるのに。
楽しい友情関係だけで、十分に幸せなのに。
どうしてそれ以上のことを望んで、
壊そうとするんだろう。
分からない、私には。
「頼むから……俺を男として、見ろよ…」
私の肩を掴んで俯く大高の力は、
震えている声とは裏腹に、びっくりするほど。
強かった。
あぁ、こいつもきちんと男の力で、
男の本性で、男、なんだ。
『男友達』と『男』は別のものと思っていた。
そう思わなければ、大高とどうやって
接していけばいいのか分からなかったから。
でも、やっぱり、私とは違うんだね。
何も言えなくなった私から手を離して、
顔を上げ、私と大高の間にいる机を回って。
私の隣に来て、そっと……抱きしめられた。
抵抗しようとして手を大高の胸に
押し当ててみるけど、男の力は
びくともせずにただ私を包んだ。
愛花の顔が頭から離れなくて、
大高の腕から抜け出せなくて、
どうしていいか分からない。
私もきちんと………女、だった。
好きだ、好きなんだ………と、繰り返し
私の耳元で呟く大高の声。
何も言えずにただされるがままになって
いると、抱きしめられていた腕が
少し緩んで、大高の顔がすぐ近くにあった。
う、そでしょ……?
瞬時に次に起こることが分かって、
体が凍りつく。
頭の奥で警報が鳴っているのに、体は
言うことを聞かない。
キス、される。
「何、やってんの?」
そう思って目をぎゅっと瞑ったとき、
ひどく、怒りに満ちた声が刺さった。
大高も慌てて声のするほうに振り返る。
私も大高の先にいる人物が煌だと
気付いた時、煌を真っ直ぐ見ることができなくて
すぐに視線を逸らした。
「何やってんのか、聞いてんだけど」
「……見て分かりません?キスですが」
「ここが学校ってこと、分かってる?」
「当たり前でしょ。それより邪魔なんで
消えてもらえます?」
………へ?
大高ってこんなこと言える人、だったっけ?
人に突っかかったり喧嘩をするような
やつじゃなかったよね?
「お、大高?」
「彼女は同意していないみたいだけど」
「そんなのあんたには関係ない」
「関係あるんだよね。彼女は俺の
大切な人だから」
ま、まずいぞこれは。
煌も意味の分からないことを言い始めたし、
このままだと本当に喧嘩になる。
さぁ、頭フル回転だ!
この険悪ムードの中、一人こっそり
逃げる作戦。
あ、UFO!と叫んで2人が気を取られている
隙に逃げる作戦。
大高の股間を蹴って、煌の股間を蹴って、
逃げる作戦。
……ダメだ、逃げることしか
思いつかない。
こんな状況で逃げられるわけないと
思うし、やばいよねぇ?
でも喧嘩には巻き込まれたくないです。
「あんたは神崎のなんなの?」
「それはこっちのセリフだね。俺から見たら
ただのクラスメイトにしか見えないけど」
「あんたなんかに教えねーよ」
「分かった分かった。とりあえず、学校で
そーゆー行為はやめたほうがいい」
「学校じゃなければいいんだな?」
「いや、相手次第では俺が許さない」
うわぁ……どうしよどうしよ。
本当にお2人さんとも、いい加減に
して頂けないでしょうか?
ってかどうしてここに煌がいるんですか。
いや、煌が来てくれたから危機を
脱出できたんですけど、今の危機を
脱出するにはどうしたらいいんですか。
誰か、教えてください。
そんな神のお告げなんてものは
降りてくるわけもなく、ただ口げんかをする
子供のような2人を眺めていたら。
なんだか急にどうでもよくなった。
「はぁ………」
思わず、大きなため息が漏れていて
2人にもしっかり聞こえていたみたい。
2人の視線が痛いほどに突き刺さった。
でももう、めんどくさくなったので
神崎悠、スイッチ入りました!
落としていた視線を2人に向けて、
にこっと満面の笑みを張り付ける。
「帰ろっか!」
今までの出来事をなかったことに
するのが一番ですね。
と、いうわけで吹奏楽部の練習終了時間が
迫ってきていることだし、この状況を
見られるわけにはいかないので強行打破します!
勢いよくカバンを肩にかけて、
ドアに向かっていく私を唖然として
見ているであろう、煌と大高。
大高には悪いけど、今は煌がいる限り、
きちんとした答えは出せない。
いや、さっき返事しようとしたのに止めたのは
大高本人だから私は悪くないよね?
ドアにもたれかかっていた煌の
隣を何事もなかったかのように通りすぎる。
目も合わせないようにしたから、
呼び止められるかな、と思いもしたけど
2人とも何も言わなかった。
そしてようやく、昇降口。
誰もいないことを確認して、張り付けていた
笑顔をはがしたと同時に一気に体全身の力が抜けた。
へた、とその場に座り込む。
今頃になって動悸が激しくなるのが分かり、
心臓が痛い。
「怖かったぁ……」
私に怖いものなんて、あったんだね。
「痛かったぁ……」
掴まれた肩が?
2人の視線が?
大高の震える声が?
「苦し、かったぁ……」
こんな感情、私らしくないよね。
私には必要のない感情だよね。
だから、今だけ、今が過ぎたら、元に戻ろう。
座り込んでいた時間は長く感じたけど、
2、3分くらいしか経っていなかったみたい。
すぐに気持ちを切り替えて、
カバンの中からイヤホンとi-Podを取り出す。
MISIAの「Everything」を聞きたい気分。
うん、大丈夫。
すぐに頭の中が音楽でいっぱいになるから、
今日の私はいなくなる。
気持ちくて生き生きとした歌声が
耳に広がって、その歌声に心預けながら
ローファーに足を通した。
今日は、愛花が泊まりに来るから、
帰りに買い物をしなければ。
あいつはよく食べるしお菓子も夜食で
食べるだろう。
あ、あとは少しでも手ぶらで来て
もらうように歯ブラシとか洗顔も。
シャンプーやバスタオル、食器は余分に
あるやつを使うとして大丈夫。
家に着くまでの間、音楽を聴きながら
今日の一応女子です会の計画を考えていく。
愛花が落ち込んだり病んだりするたびに
やっているから、別に特別なことはないけど。
問題は食事だ。
愛花にも私は普通に三食きちんと食べていると
思われているから、そこを毎回回避するのが大変。
仕方ないときは無理にでも食べる。
でもそれはなるべく避けたいから、
小食、と言っていつも誤魔化していた。
うん、たぶん本当に小食なんだよね、きっと。
電車からバスに乗り換えて、スーパーの近くで
降りて買い物をすました。
家に着いて時間を確認するとちょうど愛花も
こっちに着くころのいい時間。
買ってきたものを冷蔵庫の中にしまって
愛花が大好きな、タコライスを作る。
え?私が料理できるのがビックリ?
そんなことになったら私が一番
ビックリしますよ!
だってタコライスなんてご飯にキャベツに
トマトにひき肉のせて終わりですから。
あー、タコライスって言うのは
沖縄でよく食べられている名物です。
タコスのライスバージョン。
残念だけど、タコはひとっつも入ってないから、
沖縄に来た時に探しちゃダメだよ?
………誰と喋ってるんだろう。
突っ込んでくれる人もいないから、
虚しくなってオーディオをかけた。
愛花はクラシックが好きだから、
クラシック曲が集まっているCDをセット。
そういえば携帯の存在を忘れていた。
愛花から連絡があるかもしれないから
カバンの中からすぐに見つけ出して
画面を見てみると。
電話が2件にメールが6件。
電話のほうを確認すると、一番上に
愛花の名前。
その下に………煌。
これは、見なかったことにするとして
すぐに愛花に電話をかけた。
いつもお母さんが送ってくれるから、
交通手段は心配じゃない。
家を出るときに電話したみたいで、
もう私の家に近いらしい。
気を付けてきてねとだけ伝えて、電話を切った。
受信BOXのほうを開いてみると、
煌と大高から1件ずつ入っている。
他のメールと同様、開かずに携帯を手放した。

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