青い春の音
作者/ 歌
第2音 (2)
それは今日と同じように青空が
キレイだった昼下がり。
ポロン、と私のよく知る『ピアノの音』が
そよ風に紛れて降ってきたときと、
同じ音の葉たちだとすぐに気付いた。
あの時は音のする音楽室へと足を進めようと
したところでチャイムにつかまり、
誰が弾いているのかを確認することができなかった。
…今日はまだ時間がある。
そう確信した私はすぐに体を起こして
体育倉庫の屋根から飛び降りた。
向かう場所はもちろん音楽室。
校舎の中へ入り、ローファーからシューズに
履き替えてすぐに3階の階段を足早に上る。
進むにつれて一度は聞こえにくくなった音も
次第に耳につくようになってきた。
音楽室へと繋ぐ長い廊下はひっそりとしていて
ピアノの音以外に何の音も聞こえない。
『第2音楽室』書かれたプレートを
見上げて立ち止まる。
第1音楽室は主に授業で使う場所で
第2音楽室はピアノや吹奏楽で使う
打楽器が置いてあり、吹奏楽部の
練習場所となっている。
扉の前でもう一度流れてくる音に
耳を澄ませてドアノブをそっと回した。
扉を開いた瞬間に耳に飛び込んでくる
キレイな音たち。
外で聞くのと中で聞くのでは全然違う。
その独特の世界観を持っている人物を
確認するためにピアノの前に
座っている人影をこの目に映した。
白いシャツに淡いプルーのネクタイ、
黒のスーツを身にまとい、ダークブラウンの
髪色が最初の印象。
ここからでは顔まではよく見えない。
でも予想していた通り、男の人であることには
間違いなかった。
その時、それまで流れていた
ピアノの音がピタッと止まった。
不思議に思って弾いていた人物に視線を
映すと、ちょっと驚いた表情をしている
“その人”と目が合った。
あれ、私に気付いたのかな。
それならもう言いたいことを
言うだけだ。
「すごくキレイな弾き方ですね。
この学校でそんな人がいるとは知らなかった」
ゆっくりピアノに近づきながら
感じたままの言葉を口にする。
「独特な世界観に優雅なメロディ。
でも男らしさもある力強い音。
この学校で見たことない顔ですけど
教師ですか?」
勝手にべらべらと喋る私をまだ驚いた
表情で見つめる彼。
生徒でないことは確かだけど、
教師でもピンとこない。
私の質問が耳に入ってるのかどうか
分からないけど固まったままの彼の顔を
覗き込んで「もしもし?」と
首をかしげて呼んでみた。
「あ……あぁ、ごめん。えっともしかして
君は神崎悠さんかな?」
やっと返事をしたかと思えば
すんなりと彼の口から私の名前が出てきて
逆にこっちがきょとんとしてしまった。
「いや、違ったらごめん」
「違いませんけど…何で私の名前
知ってるんですか?」
別に怪しんでるわけじゃないけど、
初対面の人にいきなり名前を
名乗る前から当てられては不信感が募る。
「別に怪しいものではないんだっ!
誤解しないで!」
すると突如慌て始めた彼。
大人っぽい雰囲気の男性がこうも
乱している姿を見ると楽しい、
なーんて考えてしまった。
「ふふっ。別に大丈夫ですよ。
で、その理由を早く教えてください。
あーやっぱりその前に、あなたは
何者なのかを教えてください」
「あ、まだだったね。ごめんごめん。
俺は春日井煌(カスガイコウ)。
S大学2年で先週からこの学校の
吹奏楽部に特別コーチとして
お邪魔してるんだ」
S大学…
沖縄唯一の音楽大学はかなり
レベルが高いと知れる私立大学。
ふーん、だからか。
「なるほど。どうりで人とは違う音楽を
持っているわけか…」
私が窓の外を見つめて独り言を呟いている
姿をじっと見ている彼の視線に気づき、
自分の世界からすぐに飛び移る。
「そうだったんですか。それでどうして
私の名前を知ってたんですか?」
「もしかして君は知らないのかい?」
「はい?」
「君、神崎悠さんはうちの学校でも
音楽全般の人間たちの間でとても
有名なんだよ。天才だって」
あははー、そういえばそんなこと
言ってた人が何人かいたような……
先生からもなんちゃらかんちゃら
言われたっけ。
でも興味ないんだよね。
私は天才なんて便利な言葉を使って
表せるような人間じゃないし。
「へー。まぁ興味ないからいいです。
でも春日井先生、沖縄の音楽大学も確かに
レベル高いけどあなたなら東京の
もっとすごいところにいけたんじゃない?」
「興味ないって…。さすがだね。
噂の通りだ。まぁ俺はいいんだよ、ただ
音楽ができればよかったし、金銭的の
問題もあったからね」
音楽がとても好きなんだということが、
表情から見てもよく分かる。
もっと詳しくお話したいところだけど、
時間が迫ってきているようだ。
「それもそっか。じゃぁ私は次の授業に
行くので。春日井先生のピアノの音たち、
すごく生き生きしていて気持ちいいですね。
また聞かせてください」
それだけを言い残して私は踵を返した。
いい音楽と、それを奏でる人と出会えたとき、
私はものすごく嬉しくなる。
自然と頬も緩んで私はご機嫌のまま、
次の授業へと軽い足取りで向かった。
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