青い春の音

作者/ 歌



第8音  (5)



待ちに待った、いつもより早めの放課後。

私は誰もいない楽器庫へと足を踏み入れ、
家から持ってきていたバイオリンのケースを
床にそっと、置いた。


煌からもう少しで着く、とメールが来たから
それまで少し、音だしをしていよう。


3人分にコピーしといた楽譜をカバンから出し、
頭の中でイメージをする。



本当に、楽しいだろうなぁ。



そう考えるだけで自然と腕が動いて、
弦と弓をこすり合わせ、音を奏でていた。

ここに2つの音が重なったら……。



あっという間に最後の音を弾き終えると。


それを見計らっていたかのように
楽器庫の扉が開いた。


もちろんそこには、煌と築茂。


でも少しだけ、様子が変というか、
ちょっと驚いている感じ。



「あ、早かったね。どうしたの?」


「……今の、悠が弾いていたんだよね?」


「え?あぁ聞いてたんだ」



別にそんなことはどうでもよくて
私は早く3人で音を合わせたくて、
うずうずしている。

でも2人は中々その場から動こうとしない。


「ちょっと、どうしたの?早くやろうよ」

「悠、お前、バイオリンはいつからやってるんだ?」


築茂がゆっくり私のいるほうへと近づきながら、
そんなことを聞いてきたから、


「えーと、高校に上がってからだから1年ちょい?
 独学でやってきたよー。それよりも!
 早く2人のバイオリン聞きたいんだって」

「嘘だろ?」

「はい?」


さっきっからこの2人は何なんでしょうか。




何に対して驚いているのか分からずに
2人は顔を見合わせている。



「とりあえず、これ楽譜。誰がどのパート
 やるか決めようよ。私はどれでもいいけど」


楽譜を2人の前に差し出しながら言うけど、
2人は私の顔をじろじろと見ていて。

めっちゃくっちゃ、気持ち悪い。


「お2人とも、かなり気持ち悪いので
 そんなに見ないで頂けますか?楽譜を
 見てください、楽譜を」


口元に弧を浮かべて言うと。



「……あぁ、ごめんごめん。どのパートを
 やるかだったね。俺もどのパートでもいいかな」

「俺もだ」


「それじゃあ一向に決まらないからグッチョッパ
 しようよ!グーが1st、チョキが2nd、パーが
 3rdでいいよね?」


ようやく話がまともに進められて、グッチョッパを
すると一発で決まった。


私が1st、煌が2nd、築茂が3rdだ。


「よし、決まり!じゃあ早くやろっ」


やっと煌と築茂のバイオリンとセッションできると
思うと、とてつもなく嬉しくてテンションが
上がりっぱなし。

築茂のバイオリンは初めて会ったとき以来、
一度も聞いていないし、煌のは初めてだ。


楽器をそれぞれに出して、チューニングをする。


これだけでも2人の音が予想以上に綺麗で、
すごく気持ちいい。

この音たちと一つの曲を奏でられると思うと
本当に幸せすぎる。


「あー、やっぱ最高!これだけで満腹って感じ」

「大袈裟だよ。じゃあちょっと頭から
 やってみようか」


煌の言葉に頷いて、バイオリンを構える。


2人とアイコンタクトをしてバイオリンを少し
揺らして、私の音から始まった。

F#から始まる4音を弾いて、煌と合図をとると、
煌の音が重なってくる。

そこからまた4音すると築茂の音も合わさった。


そして後はもう気持ちよく、楽しく、
でもぴったり合わさるように、奏でた。


頭の中には3つの音が追いかけっこをして
遊んでいる光景が思い浮かぶ。

初めて合わせたとは思えないくらいの
完成度の高い演奏。

アンサンブルをやったのはこれが初めてだった
私だけど、癖になりそうな感覚。



あれ、この感覚…………。



ううん、きっと気のせい、だから
今は何も考えないようにしよう。



最後の綺麗な和音を消えるように弾き終えると、
胸がじわじわと熱くなるのを感じた。



「うわぁ………何か、やばいね」


感嘆ともいえるため息を呟いて、2人に
笑顔を向ける。

ずっとあの音に包まれていたかったかも。



「初めてなのにかなりいいんじゃない?」

「まぁまぁだな。もっと練習すれば
 もっとよくなる」


煌と築茂もすごく嬉しそうで、やっぱり
心で音楽は変わってくるんだな、と
改めて実感した。


それから、さらにいい演奏を目指して
3人で意見を出し合いながら曲を作っていく。

最初は感覚がずれていたところも、
次第にまとまるようになって満足できた。


こうして音楽をしている時間というものは、
本当に楽しいしあっという間。

いよいよ大和たちとの約束の時間が
迫ってきていた。



「これなら明日、大丈夫そうだね」

「うん!我儘言って本当にごめんね。
 でもいい演奏を大和に聞かせたいから」

「ま、そいつがどんなやつか知らないが、
 ベストを尽くすまでだ」

「そうだな。それじゃあ悠は今から
 用事があるみたいだし、明日頑張ろう」


事情を知っている煌が気転を利かせてくれて、
たった1日の練習を終えた。



別れ際に私の家の住所と地図を渡して、
また連絡するね、と言って学校を出た。


築茂に怪しまれてる感じもなかったし、
純粋に2人とのアンサンブルを楽しめて。

今からの大和と玲央とのアンサンブルも
早くやりたい、そう思いながら
足早に駅へと向かった。