青い春の音
作者/ 歌

第6音 (2)
やっぱり楽しい時間というものは
あっといいう間にすぎるもので。
気付けば7時を過ぎていて、2時間以上も
カフェで話し込んでいた。
空雅は来た時とは真逆のような
機嫌になっているし、築茂も無愛想
なのは相変わらずだけど、
刺々しい雰囲気はなくなっている。
それにすごく安心して、このまま
築茂がいろんな人に心を開けるように
なれたらいいな、と思う。
駅で3人と別れて、帰宅ラッシュのおじさん
たちに挟まれながら電車に乗った。
ドアの端っこに立って、窓の外を
ぼーっと眺めていると。
制服の胸ポケットの中で眠っていた
携帯が振動をした。
ポケットから出して、画面を見ると
玲央からの着信。
そういえば、電話するって言ってたもんね。
でも今は電車の中だから帰ってから
折り返し電話しよう。
と、思ったんだけど……。
どうして、一向に切れないんでしょうか。
もう3分はずっと鳴っているような
気がするけど、まさか電話に出るまで
切らないとかじゃ、ないよね?
いや、あの玲央ならあり得るかも!
もしかして電話の仕方は覚えたけど
切り方は知らないとか?
うわぁ、あり得ないけどあり得そうで
怖いんですけど。
家からの最寄駅で降りて、すぐに
まだ鳴っている携帯に出た。
「も、もしもし?」
『……おはよう』
「お、おはよう?」
もちろん今は夜ですから、みなさん
間違えないでください。
『今、どこにいるの』
「駅。家のすぐそばの」
『今帰りなの』
「ちょっと出かけてて」
『だから電話出なかったの』
「きちんと出たでしょ。ってか玲央、
諦めて電話を切るってことを
知らなかった?」
『知ってる』
「だったら何で切らないの!電車の中
だったから出れなくて悪かったけど
10分はやりすぎです」
そう強く言うと、黙ってしまって玲央。
あれ、ちょっと強く言い過ぎ
ちゃったかな?
でもまた同じことがあったら玲央の
時間とか、携帯の充電とか、小さいことかも
しれないけど少しは気にしてほしい。
『早く、悠の声が聞きたかったから』
……くそぅ、そう言えば私が何も
言えなくなるとでも思っているのか!
その通りなんだけど!
「玲央さん、ありがとうございます」
『敬語』
「これは親しみの敬語なのです。気にしないで
ください。で、玲央はどこにいるの?」
『家』
「そういえば玲央って一人暮らし?」
『二人暮らし』
「誰と暮らしてるの?」
『猫』
ぶはっ!
猫とか玲央くん、飼えるんですか!
玲央くん自体が猫みたいなものなのに!
電話をしながら駅を出て、家までの
道を歩いた。
いつもはぼーっとしているから道のりが
長く感じていたのに、玲央と電話をしてると
笑いが止まらなくて気付けば、
もう家のすぐそばまで来ていた。
猫は3か月前くらいに拾ったみたいで、
名前はまだつけていないらしい。
たぶん玲央には一生つけられないと
思うから、今度見に行って、私が
つけてあげることにした。
「猫ちゃんにきちんとご飯あげてる?」
『キャットフードあげてる』
「よかったよかった」
『そのくらい分かる』
「いや、玲央なら何を知らなくても
納得してしまうんだよね」
『バカって言いたいの』
「天然って言いたいの」
『悠はバカでしょ』
「……いいえ」
そんなやり取りをして笑っていたら。
見覚えのある人影が、私が歩いている
反対側の道路にある自動販売機の
前に立っていた。
あの後ろ姿は紛れもない、大和。
まだ仕事に行く時間じゃないか、
休みのどっちかだと思うけど、
今は電話をしているから声を
かけなくてもいいかな。
そう思って、家の敷地内に入ろうと
足を踏み入らた瞬間、
「悠!!」
私の名前を呼ぶ大和の大声が、
背中に当たった。

小説大会受賞作品
スポンサード リンク