青い春の音

作者/ 歌



第8音  (8)



「さぁて、次は煌たちの番だなぁ!
 あー楽しみだ。さぞかし俺たちの演奏より
 ずっといいものを聞かせてくれるんだろうなぁ」

「おいおい大和ー。プレッシャーかけるなよ」

「はっ!何を弱気なことを言ってるんだ。
 俺たちは俺たちの演奏をするまでだ」


大和が楽器をしまってから煌に向かって
悪戯な笑みを浮かべながら言うと、苦笑いを
返した煌に築茂の鋭い一言。

築茂はさすがというか、ここまで来ると
冷めてるとかじゃなくてただたんに
マインドコントロールがうまいんだな。


そんなことを思っている間にも煌と築茂は
それぞれのバイオリンを出し終えていた。


大和と玲央は煌と築茂が座っていた
場所に座り、入れ替わる。

さっきと同様に、音だしをし始めた。

同じバイオリンでも弾く人間が違えば、
音色も音の厚さも表現力も、違う。


それぞれにあって、ないもの。


それを同じ楽器のアンサンブルなら、
補え合えるし、音の厚みが深くなる。

チューニングも終え、お辞儀を綺麗に
揃えてバイオリンを構える。

2人とアイコンタクトをとって、
私はさっきまで弾いてものとは違う
パートを奏でる。

もちろん、気持ちの持ちようも変化する。


この2人と私でしか奏でられない音を、
表現できないことを、するとき。


煌の鮮やかな音色を重ね、築茂の
凛々しい響きを混ぜる。

深みを増した音たちとともに、私たちの
心も深く、重くなっていく。



ふと、閉じていた瞼の裏に映るのは。


もう少し寝ていたいけど、鼓膜の奥から
3つの音色が。

きらめいて心の扉を開けると。

眩しい、柔らかな金色のシンフォニーが
体を包みこむ。

気持ちいい、ゆっくり落ちていく、
羽毛のように、眠りのしじまから
うつつの世界へと。



透き通る和音を十分に響かせて、
そっと弦から弓を離した。




こうして、小さな小さなアンサンブル
コンサートを無事に終えた。


バイオリンアンサンブルが終わった瞬間には、
大和の今までに見たことのない表情と。

玲央の心地よさそうな雰囲気と、荻原先輩の
心からの笑顔と、空雅の眩しい瞳、を
一斉に受けて。

煌と築茂と顔を見合わせて、笑顔がこぼれた。


そして今はお菓子や紅茶、ジュースを飲みながら
好き勝手に会話が弾んでいた。

内容はくだらないことばかりだけど、
今日、初対面だとは思えないくらいに
みんなテンションが高かった。


それぞれに連絡先もばっちり交換したみたい。

こうしてみると、みんなとても
楽しそうだし1人1人に纏わりついていた
壁が薄くなったようだ。



「なぁ、大和ってトランペットも
 できるんだろ?俺も実はさ、小学校のときに
 ちょっとやってたんだよね」

「マジで?じゃあ今も吹けるんじゃね?」

「いやぁ、野球もあったから下手くそだし、
 もうほとんど忘れてるかもしれないけどさ。
 今日、2つの演奏を聴いて俺もまた
 音楽やりたくなっちった!」


……空雅、君と音楽がかけ離れているものだ
なんて言ってごめんね?


「やってたなら早く言ってよー!お前と
 音楽はかけ離れているものだと思ってたよ」

「音楽の授業は嫌いだけど、楽器は好きだし
 歌うことも好きだぜ?」

「じゃあ今度、俺の楽器で吹いて聞かせてくれよ。
 なんならコーチになってやってもいいけど?」

「お、本当か!?だったらありがたく
 そうさせてもらおう!」


どうやら空雅はやる気満々のようだ。

でも、こうやって一度は切り離したものを
またやりたいという想いを大切にしてほしい。


空雅と大和はそれからもトランペットについて
熱く語り始めていた。







「みんな、楽しそうだな」


空雅と大和のやり取りを微かに笑いながら
見ていると、いつの間にか隣に煌が。


「うん。やっぱり、ちょっと強引だったけど
 やってよかったな。煌、ありがとね」

「いや、俺こそ。こうして悠のおかげで
 音楽についても幅広くなったし、なんかさ、
 音楽仲間って言うの?出会えてよかった」

「本当?それはよかった。みんなも同じ
 想いだといいなぁ。私もすごく思ってるし」

「想ってると思うよ。大和と日向の関係も
 もう心配はいらないだろ」


確かに、荻原先輩も空雅と大和の会話に
入って何やらすごく楽しそう。

いつも穏やかで綺麗な微笑みしか見せなかった
あの人が、今はお腹の底から笑っていて。

そんな表情を見られたことが、
本当に、嬉しかった。


「築茂もほら、勝手に読書とか始めてるけど
 しっかりあいつらの話は盗み聞きしてて、
 ちょっとにやけてるだろ?」

「あ、本当だ!」


難しそうな本を片手に1人、本を読んでいた
築茂だけども、表情は穏やかだった。

それが本の内容のせいではないことくらい、
すぐに分かる。


「誰がにやけてる、だ。お前のほうが
 よっぽどニタニタしてるじゃないか」


煌の言葉はしっかり築茂にまで
飛んで行ったみたいで、じろり、と
目を光らせた。


「え、俺のは爽やかスマイルて言うんだよ?」

「自分で言うな、アホ」

「だってそう呼ばれてるんでしょ?悠」

「うわぁ、知ってたんだぁ。女の子たちが
 聞いたら絶句するだろうに」

「こんなやつの笑顔に騙されるやつも
 アホだろうな」


そんなはっきり言わなくても……。







くだらないことを言い合って笑いながらも、
視線はソファで爆睡中の玲央に。

さっきも寝ていたのによっぽど眠いのか、
猫のように丸くなってぐっすりだ。

いつも眠たそうにしているのは、夜寝ていない
からなのか、ただの性質なのか。

よく分からないけど、今はとりあえず
そっと寝かしてあげよう。


でも少し、羨ましいなぁ。


どこでも、いつでも、あんなに
気持ちよさそうに寝られるなんて。

私は寝るのが、怖い、から。


「……う!悠!」

「えっ?うわ!な、何?」

「何?じゃねーだろ。レオレオを見つめて
 ぼーっとしてるなんて。まさか、さっきのこと
 考えて自惚れてるとか?」

「はあ?んなわけないでしょうよ。
 で、どうしたの?」


また気付かないうちに自分の世界に
行っていたみたいで、空雅の声に我に返った。


「ったく。さっき話したのにやっぱり
 聞いていなかったんだな」

「ごめんって。何を話してたの?」

「今度このメンバーでカラオケ行こうって話!」


カラオケ………。

このメンバーで、誰ひとり欠けずに、
7人でカラオケBOX?

うわー、絶対やばそう!


「え、なにその引きつった顔」


いつの間にか、全員が私を見ていて
私の表情に同じように大和も顔を引きつらせた。


「神崎さんは、嫌?」


荻原先輩のちょっと残念そうな表情を
見て慌てて首を振った。


「まさかまさか!」

「ってか悠と日向さー、お前らだけ先輩と
 後輩の関係、やめたら?堅苦しいし
 もっとオープンに行こうぜ?」


両手を大袈裟に広げておまけにウインクまで
つけてきた空雅に、さらに顔の筋肉が
ピクついた。


「空雅の言うとおりだよ。学校では仕方ないと
 思うけどこうしているときはいいんじゃない?
 俺のときみたいにさ」


煌の言葉にようやく真面目に考える。

まぁ確かに言われてみればそうだし、
空雅以外みんな年上だけどこれが普通だもんね。