青い春の音
作者/ 歌

第7音 (1)
電話をしても、悠は出なかった。
悠のクラスの授業をしている間、ある一人の
人物が俺を挑発するような目で睨んでいたのが
すごく気になって。
悠に放課後のことを聞いたとき、少し
間を置いたことも気になっていた。
表情は何ら変わらないし、声のトーンも
普通だったけど、たぶん彼女は
本心を隠すのがすごく、うまい。
何もない、と言っていた言葉を信じるのなら
俺の誘いを断る必要はないだろう。
吹奏楽部の練習を今日は用事がある、と
途中で抜け出した。
いつも悠は結構遅くまで学校に
残っていることをしっていたから、
今日もいるだろう、と思い込み
すぐに教室へと向かう。
メールくらいしておけばよかったかな、と
思いもしたけど。
昨日も会ったばかりだし、しつこいかなと
思って控えた。
教室の近くまでくると、いつも
空いているはずの扉が閉まっている。
もしかしたらもう誰もいないかもしれない、
そう思ったけど一応中を確認してみた、ら。
男女2人の生徒が抱き合っている姿だった。
男の後ろ姿だけで、女のほうは
足と頭が少し見えるくらいで
顔も名前も分からない。
別に恋人同士なら青春でいいなぁと思ったが、
その2人が立っている場所と、机の上に
合ったカバンを見て、一瞬、息をのんだ。
あれは……悠、のカバン。
シンプルなスクールバックに一つ、
気持ち悪いキーホルダーをつけているのは
全学年どこを探しても、悠だけだろう。
一度見たものははっきり覚える俺が、
見間違えるわけがない。
だとしたら。
今、男に抱きしめられている女は……悠、
だとしか考えられない。
よく見れば、あの後ろ姿はたぶん、
今日の授業で俺を睨んでいた奴。
いつ俺が睨まれるようなことをしたのか、
身に覚えはないから、たぶん悠絡みでだろう。
ってか、あの2人は付き合ってるのか?
いや……男のほうはかなりきつく抱きしめて
いるけど彼女は、抵抗しているように見える。
男のほうが強引にやっているだけ、だ。
この状況の中、中に入ってもいいものか、
悩んでいたとき。
男の体が、悠から少し離れて、
顔を近づけているように……感じた。
そして気付いたら、扉を勢いよく開いて
自分でもびっくりするくらい低い声で、
奴に向かって声をかけていた。
悠は俺を見てすぐに視線を逸らす。
それにもなんだかいい気がしなくて、
イライラしてくる。
どうして俺が、こんな感情的になってるんだ?
今思えば、無意識に表情も強張っていたと
思うし高校生相手にムキになりすぎた。
冷静に考えれば、もっといい対応が
あったはずなのに。
悠を目の前にして、それができなくなるなんて。
そう後悔したのは、教室を出るとき、
すれ違いざまに見せた悠の、
人間とは思えない作り笑顔。
を、見たときでショックと驚きと
自分への怒りで、足が動かなくなった。
「……神崎は、普通じゃない」
ただ呆然と床を見つめる俺の耳に
悠が大高、と呼んでいた奴の声で我に返る。
彼は、ひどく顔を歪ませていて今にも
泣き崩れそうだった。
その表情から、どれほど彼女を
想い、苦しんできたのか、想像するにも
できそうにない。
「だからっ……あんな神崎だから、諦めきれない。
ずっとずっとあいつだけを見てきたから、
後からのこのこ出てきたお前や月次なんかに、
簡単に渡せねぇんだよ!!」
そう叫んで、リュックを乱暴に掴み、
教室を出て行った。
教室に一人になってからもしばらく、
その場に立ち尽くしていた。
時計にふと目をやり、吹奏楽部の練習終了
時間がすぐそばまで迫ってきていることに
気付いて、足早に学校を出る。
そして悠に電話をかけたが、出なかった。
電話を諦めて画面が映し出されたとき、
何を話そうかなんて考えずに電話を
かけていたことに気付いて。
一体何がそんなに俺を乱しているのか、
分からなかった。
とりあえず、電話でもなんでもいいから
いつもの悠だということを確認して
安心したくてたまらない。
もしかしたら、俺の何気ない一言に
彼女を傷つけてしまったかもしれない。
彼女は踏み込んでほしくなかったかもしれない。
そう考えれば考えるほど、自分の
幼稚さにため息が出てくる。
家に帰ってもそのことばかりが頭にあって、
課題やバイオリン、ピアノの練習なんて
全く手につかない。
その原因が、一向に悠から電話もメールも
返ってこないからだってことくらい、気付いてる。
10時を過ぎても来なかったから、
心配になってもう一度かけてみるものの、
やはり出なかった。
次、悠に会えるときは来るのだろうか。
もしかしたら、あんな大人げない俺を見て
幻滅したんじゃないだろうか。
もう、連絡はくれないんだろうか。
「ははっ……なさけねー…」
部屋に俺の乾いた笑い声だけが
響いては、消えた。
朝、部屋に差し込む眩しい光が俺の
眠気を叩き起こす。
昨日は結局連絡を待ちながら、そのまま
ソファで寝てしまったようだ。
だるさが残る体を起こして、とりあえず
顔を洗いに洗面所に向かう。
今日は土曜日だけど、大学は午前中、
講義がある。
音楽大学であるうちの大学の講義は
1つ1つがとても大切だから、一度も休む
わけにはいかない。
まだはっきりしない頭を覚ますために、
シャワーを浴びた。
軽く髪の毛を乾かして、リビングに戻り
机の上に放置されていた携帯を開くと、
新着メールが1件入っている。
ドク、と心臓の底が震えたのを感じながら、
恐る恐る開いてみると。
『後で電話する』
絵文字も顔文字もない、女っ気のない
文がそこにあった。
これだけ?と少しがっかりしている反面、
きちんと返信があったことに安心している。
メールが来ていた時刻を見ると2時。
そんな時間まで一体何をしていたのか、
気になるけどプライバシーもあるし、
聞ける立場ではない。
後で電話が来ることにあまり、期待をせずに
もう一度俺からかけよう。
そう心に決めて、大学へと向かった。

小説大会受賞作品
スポンサード リンク