青い春の音

作者/ 歌



第9音  (3)



言いたいことを言い終えたら、
また食べることだけに集中する大和。

何も言わなくなったから、僕も同じように
少し冷め始めたラーメンをすすった。



「ごちそうさまでした!」

「あいよ!またいつでも来なよ」



店長の歳を感じさせない爽やかな笑顔に
見送られて、店の外に出た。


涼しい風が吹いていて、もう夏が
近付いていることを実感する。

空を見上げると、そこには綺麗な星空が
あるはずなのに少し街の光が強すぎるせいか、
その姿はなかった。


ふと、煙草の匂いが鼻を掠めた。



「煙草、いつから吸ってたっけ?」


空から視線を大和に移すと、やはり
大和が吸っている煙草の匂いだった。

食後の一服、というやつだろうか。


「さぁな。日向とは無縁だろ」

「そうだね。俺は無理。そういえば、悠も
 煙草とお酒をやる男は嫌だって言ってたよ?」


今日あったいろんなことの仕返しをしてやろうと、
少しちゃかしてみるように言った、ら。


吸っていた煙草の手をピタッと止めて
じと、と僕を睨む。

そんな姿を見て、大和よりも優勢だと思ったら
嬉しくて、笑いを堪えきれなかった。


「おっまえなぁ!あー今のマジで最悪だ……。
 俺が日向にはめられるなんて」

「あ、悪いけど俺のほうが口はうまいからね?
 なめられちゃ困るなぁ」

「表は天使、裏は腹黒なだけだろ」

「え、俺のどこが腹黒だって言うのさ」

「俺の前では自分を俺、他人の前では僕。
 どう考えても二重人格」

「それ悠に言ったらただじゃおかないよ?」

「うっわー、否定しねぇんだ。つーか言わなくても
 悠はとっくに気付いてるから安心しろ」

「……嘘でしょ?」

「あいつの眼力はすごい」



久しぶりの大和とのバカらしい会話に
調子が上がってきた。

と、思ったら聞き捨てならない大和のセリフ。


でも僕も薄々気づいていたけど、悠は
どんなに演技がうまい人の本性も
見破ってしまうんだろうな。


本当に、不思議な子だ。





「日向から見て悠は……どんなふうに見える?」


突然の大和の質問に、思わずまじまじと
その横顔を観察してしまう。

ふざけて言っている質問ではないことくらい、
表情を見ればすぐに分かったけど。

その答えが、案外、すぐには出てこなかった。


「どんなふうって言われてもなぁ。
 どういう意味で?」

「いや、そのまんま。あいつの性格を
 一言で言い表せるか?」


そう言われてみれば……。


何にも興味がなさそうな悠、誰にでも
優しく声をかける悠、冷静に行動する悠、
幼くあどけない表情を見せる悠。

誰からも信頼され、誰からも可愛がられ、
誰にも執着せず、誰にも深入りさせない。


学校で悠をよく見ていると、本当に
いろいろな悠を僕は見つけてきた。


どれが、本当の悠の顔なんだろうか。


それとも、本当の悠の顔はまだ
誰にも見せていないんだろうか。


僕たちに見せている顔も、偽物……?



「俺はあいつがよく分からない。
 本当は何を考えて何を思っているのか。
 音楽を好きなのはよく分かるけど、たまに
 その音楽をしているときですら、
 瞳の焦点が合っていないときがある」


「……どういうこと?」


「うまく言えねーんだけどさ。ほら、あんな
 家に1人暮らしもおかしいし、あいつは
 自分の話を一切しようとしない」


確かに、そうだ。

そういえば、いつだったか悠に関しての
噂が全学年に広まっていたことがあった。


その内容を聞いたとき、僕はバカバカしいと
思ったのと同時に、信じられなかった。

もし本当なら、平然としていられる悠が
信じられない。


大和に僕が聞いただけの噂の内容を話すと。



「それ……ただの噂だろ?」

「だと思うけどかなり学校中やばかったよ。
 悠を狙っている男なんてかなりいるし、
 その魔除けで悠本人が流したかもしれない」

「やっぱり悠って学校でもすごい?」

「うん、すごい。悠を見かければ男どもは
 下ネタにはしってる。殴り殺そうかと思った」

「はは、次は殺すまではいかなくても
 殴っておいてくれ」


あーあ、大和もかなりイラついているみたい。




気付いたら外で30分くらい話込んでしまって。

大和が携帯の時間を見て、慌てて
ヘルメットを投げてきた。


もう仕事に行かないと間に合わないらしい。


行きよりも1.5倍くらい早いスピードを
出すから3分ほどですぐに僕の家の前に着いた。


「じゃ、今日はありがとな」

「こっちこそ。仕事頑張って。でもなるべく
 安全運転で行けよ」

「分かってる。じゃあまたな」


そう言って爽快にバイクを走らせた大和の
後ろ姿が見えなくなってから、僕も家に入った。



風呂から上がり、携帯を開くと
煌からメールが入っていた。


『悠がまたとんでもないこと、考えてるから
 注意しろよ』


え、なんだろう……。


とんでもないことって、まさかまた
アンサンブルとかそんなこと?

でもそれは僕も全然嬉しいし、いい音楽を
聴けると思ったらありがたい。

一体煌は何を示しているんだろうか。


いくら考えてもよく分からなかったけど、
対したことじゃないだろう。

そう思って『分かった。ありがとう』とだけ
返信をして眠りについた。


次の日の朝。


悠からのメールを見て、煌の言葉の
意味を知ることになる。




「冗談、でしょ?」


携帯の画面を見た瞬間にぽろっと誰もいない
部屋に僕の言葉だけが零れた。

独り言なんて滅多に言わないのに、
自然と出てしまったのは。


画面に連なる文字が、あまりにも
衝撃的すぎたからに違いない。



『来月の始めに、日向と空雅に
 ソロコンサートをしてもらいます』


最初の一文を見て、一瞬にして頭の中は
ハテナマークでいっぱいに。

その後に続く分でようやく理解をしようと
頭が働いた。


この前のアンサンブルコンサートで
僕と空雅は観客側だったから、
今回はその逆転のコンサートをやるらしい。


しかも期間は1か月。

さすがというか、悠には敵わないというか、
きっとやると言ったら何が何でもやるだろう。


昨日の煌のメールの意味が嫌ってほどに
分かって、もっと深く考えておけば
よかったと小さな後悔をした。





詳しい内容を見てみると、来月最初の土曜日に
午後6時から悠の家で前のようにやるらしい。

選曲は何でもいいと。

観客はもちろん、僕と日向以外の
5人というわけ。


僕は一応毎日サックスを吹いていたから
まだ大丈夫だけど、空雅はできるのか?

まだ何の楽器をやるのかはしっかり
聞いていないけど、トランペットをまた
始めるとか言ってたっけ。

でもかなりブランクはあると思うし、
1か月で取り戻せるほど簡単なものじゃない。

レベルの低い演奏は空雅自身が絶対に
許さないと思うし。


まぁ、そこらへんは今日、学校で
空雅と悠を捕まえて聞こう。



いつもの時間に学校に行くと、3年の
昇降口にものすっごいにこやかな
空雅が立っていた。

すぐに駆け寄ってみると。


「日向っ……先輩、聞きました?」


学校では先輩後輩の関係を思い出したのか、
一度僕の名前を呼びかけて、慌てて
先輩を付けたのがものばれ。

そんな空雅がちょっとおもしろくて
笑いを堪えながら、言葉を発した。


「あぁ、聞いたよ。さすが悠だよね」

「ですよねー。でもめっちゃワクワクします!
 これから死ぬ気で練習しないと」

「あ、そうそう。そのことなんだけど
 空雅は楽器、何やるの?」

「あー、俺一応ドラムかトランペットしか
 楽器経験ないんすよ。悠に聞いたら
 好きなほうをやれって」

「でももしドラムだとしてドラムなんて
 どうやって悠の家に運ぶの?」

「悠の家にドラム、あるんすよ。
 トランペットも家に眠ってるし。
 どうしようかなーって」


靴を脱いでシューズに履き替え、空雅と
話をしながら廊下を歩く。

2年は2階、3年は3階だから途中までは一緒。



「へー、本当に悠って音楽館って感じの
 家なんだ。でもどっちでもいいんじゃない?
 自分のやりたいほうをやればさ」

「やっぱり?……今は周りあまりいないから
 敬語じゃなくてもいい?小声で話すから」

「ははっ、全然大丈夫だよ。空雅もきちんと
 敬語とか使えたんだね」

「あー、よかった。ちょっと話ずらかったんだ。
 まぁ野球部が上下関係厳しいからさ」

「そっか。野球部のほうは大丈夫なの?」

「まぁ、なんとかなるっしょ!俺は2年だし
 すごい先輩もたくさんいるから」

「大変だね。悠に後でこのことでいろいろ
 聞きたいことがあるから昼休み、
 音楽室に来て、って伝えてもらえる?
 あ、もちろん空雅もね」

「了解!じゃあ、昼休みな」


そう言って、階段の手前で別れた。