現実逃避超空間

作者/ 風そら



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「命?」
「奴らの狙いがTMウィルスなら、博士の命なんてこれっぽっちも必要ないんじゃないのか」

直人のごもっともな見解

「あー、命って言うよりは運命かな?
 博士は、自分が奴らの計画を援助するから、TMウィルスは預からせてくれって感じ」
「でも博士が持ってるんだったら、その時に捨てたりなんだり出来るじゃん」
「博士には常に5、6人のテロリストがついてたの。研究室でもテロリストと一緒」

なるへそ。 でもTMウィルスで何がしたいんだ?


「それで、完成したのがTPウィルス」
「「TPウィルス?」」

またややこしい

「TPウィルスは、限られた体内環境下じゃないとうまく増殖しないウィルスで、
 その効果は人によってさまざまだって」

「限られた人のためだけに作られたウィルス、か…」

「それで、TPウィルスってのはどういう?」
「TPウィルスはTMウィルスの改良品。脳から隔離された細胞に様々な効果を与える」
「「たとえば??」」


「一定以上の衝撃が加わると細胞が硬化するとか?」

「「!!」」



***



「それじゃ、さっきのあいつは…」
「TPウィルスの感染者、ってわけか」

美佳が小さくうなずく。
「そういうこと。脳から隔離されている脳以外の細胞は、TPウィルスの能力と引き換えに脳の電気信号には反応しなくなる」

頭にふと疑問が浮かぶ

「じゃどうやって…」

美佳が待ってましたとばかりに応えた
「抗ウィルスよ。抗ウィルス剤とTPウィルスを完璧な比率で体内に入れれば…」
「脳から離れない、なおかつ細胞が特殊変化、か」
直人は頭の後ろで手を組み、倉庫の壁にもたれた


「で?」

「TPウィルスの効果を試したい、でもそのための被験者と設備がない。
 そうして作られたのが裏世界」

「「何!?」」

さすがにこれは直人にも衝撃だった

この【SPACE】でそんな実験が…?


「現実とほとんど同じ環境でTPウィルスの効果を試す。【SPACE】はそれに持ってこいの試験場。
 現実には何の影響もないからテロリスト達はみんな進んで被験体になった」


東京のど真ん中でやるわけにはいかないしな


「TPウィルスが適応された人数は?」
「23/106人」
「なぜそれを知っている」

!!
確かにそれもそうだ

いくら博士の娘といえどそこまで詳しく知っているはずがない
公式の研究結果ならまだしも、そんなテロリスト事情なんて…


美佳がふっ、と笑みをこぼした

「あたし、ハッキングは得意なほうなの。
 暇つぶしに博士のパソコンに入りこんだのが始まりだったわ」

「お前はそれを見て何も思わなかったのか?」


沈黙――


美佳はうつむいた

「父さんは… きっと何か手を打っている」

  初めて美佳の口からこぼれた『父親』の言葉

「父さんがあんな奴らの計画に、すんなり手を貸すはずないもん…
 下手にわめいて迷惑かけるなら、もう何も考えないほうが…」


そう言えば博士は妻とは離婚、娘と二人暮らしだったはず

常に5、6人のテロリストに囲まれてるんだったら娘には当然会えない

それでいて何もしないで普通に一人暮らしをする人間は人間じゃない


美佳は知っていたから

テロリスト達が今こうして日本政府に詰めかけることを前から知っていて、

それでいて…

自分の父親がそれを食い止めようとしているのを知っていたから

その計画を狂わせまいと

今まで平常を装ってきたのだ




気付いた時には倉庫内に赤い光が差し込み、

うつむいた美佳の頬から、雫が滴り落ちていた