現実逃避超空間
作者/ 風そら

60
連れてこられたのは数十メートルしか離れていない、というか
普通に駅の横側に回っただけであって、別に大して変わらなかった。
「…お前さん、感染してるのか?」
白水は息を荒げて聞いた。別にさっき炎を出したことなのでコックリ頷く。
「CSAの連中に突っかかれたことはないか?」
この質問は俺ではなく四人全員に向けられていた。
「あるよ」
サキコが上目づかいで答えた。「しょっちゅう」と、俺は付け加えた。
白水はそれからうーん、とうなって黙り込んだ。
「なにかあったんですか?」
美佳が聞いた。
白水はうつむいていた顔をゆっくりとあげ、再び口を開いた。
「ルティアという女には会ったことはあるか?べっぴんさん」
「ありますね」
直人が言った。今度は「一回だけ」と美佳が付け加えた。
「さっきも言ったが、わしは地球の為に戦った」
「隕石の対策研究、ですよね?」
美佳が聞くと、白水は頷き、話を続けた。
「一貫してSプロジェクトというんだが、意識だけを――いや、これは知っているんだったな。
とりあえず、ルティアの力が必要というのは聞いたか?」
俺らは頷いて、「誰に?」と聞かれる前に「甘味から」と言っておいた。
「あいつはおしゃべりだからな。いや、話がそれた。
ファレンという男を見たことはあるか?」
「ない…な」
俺は周りと目を合わせ、直人が頷いたのでそう答えた。
そうか、と白水は急に声のトーンを下げた。
しばらく沈黙が続く。
「ズバリ言うと、CSAはエネルギー変換を行うためにルティアとそいつを長期間にわたって裏世界に拘束した」
「「「「!……」」」」
マジか…
調子乗りやがって……
「TPウィルスって、投与して実際に感染してみないとその効果ってわからないだろ?
それをコントロールできればエネルギー変換要素を持った感染者も容易に作れると考え、実験台になったのがルティアだ」
沈黙。
「ルティアは手足固定され金属の箱に入り、そこでTエネルギーをぶっつつけで流し込まれた」
「何!?」
って、あれ?過剰反応俺だけ…?
と、頭をかすかによぎったが、それどころではない。
TエネルギーはTSウィルスの感染者…つまりは伊藤のみが発せられるエネルギーで、しかもそれは……
細胞を破壊する。
「でも…」
反論しようとした俺を白水が制した。
「確かに、Tエネルギーは細胞を破壊する。が、ファレンによってその問題は解決する」
? よくわからない。
「ファレンはたまたま人の傷を回復させる能力を持っていて、常時ルティアと寄り添って傷を治していた。
だが、痛みと傷は正反対で、傷は治せてもルティアの受ける痛みは変わらない。
しかも、ファレンも微量とはいえリスクも受けるんだ。長時間治療し続ければ奴の体も保たない。
しかし、CSA側からしてみればそれが一番理想的だった。
Tエネルギーが細胞を次々と破壊し、ファレンでまたその細胞を復活させる、つまり電気を発生させる。
それを長期間続けていれば、TPウィルスを投与した時にTエネルギー→電気に変換できる能力を得られる。そう考えた」
「それは……誰が…」
美佳が恐る恐る尋ねる。…そういうことか。
「研究部の鬼嶋というやつだ。わしや藤原の方がよっぽど優秀だったが、ウィルスに関してあいつの右に出る奴はいない」
美佳はそのままうつむいた。
もし信頼する父がCSAのトップでこんなことをしたと考えれば…想像したくない。
しかし、鬼嶋という名はどこかで聞いたことがある響きだった。
「心配するな、あいつがCSAの統領になったのは3日前ぐらいだ。
それに、わしとあいつはこの作戦に断固反対した。ほかの方法を考えるべきだ、とね。
が、それもむなしく作戦は採用。毎日何時間もせまい鉄の箱に入れられ、痛みつけられ、食事も休憩もほとんどない。
それが何日、いや、何か月続いたか……
……見るだけで恐ろしかった」
最後の一言には白水のすべての思いが入っていたのだと思う。
抗っても受け入れてもらえず、苦しみもがく人を見つめ、その研究をすること。
それが、科学者としてどんなに辛く、どんなに屈辱かは俺には分からない。
でも、わかるのは一つ――
必ず、
絶対に、
伊藤、いや、
CSAを、
潰す。
たとえそれがどんなに地球の為であろうと
どんなに世界が混乱しようと
人を傷つけたうえでの幸せは幸せではない。
だから―――
――待ってろ、今仇とってやっから

小説大会受賞作品
スポンサード リンク