現実逃避超空間

作者/ 風そら



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美佳はしらみつぶしに、ビルの間を駆け回っていた。
ヘルメットの通信はここら辺で途切れてたはずなんだけど…
辺りに目を配りながらそんなことを思い浮かべた。
と、

『では、これより定例会議を始める』

「!?」
美佳はとっさにガッと急ブレーキをかけた。
確かに聞こえた。空の向こうから降りかかるような声が。
美佳はあたりを見回すが誰もいない。

『副部長、最近議題として候補の件が多く出ますが、ほかに考えるべきことがあります』

やだ、また……
今度は女性の声。30代後半といったところか。
ドクッ、と心臓が跳ね上がる。
未だ経験したことのない居心地の悪さだ。

『と、言いますと?』
『人質の約0.5%ほどがウィルスに感染しているということが発覚しています』
『…大体15人か』

だんだんセリフが長く聞き取れるようになってきたが、決して嬉しいことではない。
美佳は尋常ではない吐き気がしてきた。
視界がフラッシュのように切り替わる。そう、一瞬だけ。
心臓が悲鳴を上げる。
一瞬だけ切り替わったその光景は、薄暗い部屋。言わずともわかる、CSAの会議室だ。

『しかも、九州以南に送った部隊が壊滅的な被害を受けています。
 しばらくそちらに集中した方が……』

やっぱり……
美佳は薄れていく視界の中で懸命に頭を回転させる。
九州に感染者がいるというのは間違いではなかった。

『我々の最優先事項は候補とルティアの確保だ。それ以外は必要としない』
『しかし、そのうち出てきて候補と手を組まれては危険だ』
『だったらとっとと候補見つけることに専念したらどうだ。お前らが手こずってっからこうなるんだ』

叩かれた若い男は首をすくめた。

これは、まずい……
美佳はがくりと膝から落ちた。いつもの時と感覚がまるで違う。
ゼェハァと息が荒くなる。

『だが、そのうち覚醒する可能性が出てくる。鬼嶋が言ってた』
『覚醒、とは?』
『よくわからんが、TPウィルスの超能力エネルギーが一時的に放出されなくなった後、
 しばらくして能力が急上昇するらしい』
『つまりルティアさん状態ですか』

「覚…醒……」
美佳はかろうじてその単語を拾い上げつぶやく。
支えていた腕がついに折れ、美佳は道路に倒れた。

『なるほど。それは早急に対処すべきだ。
 伊藤に少佐以上の戦闘員を数人配備するよう伝えろ。早い方がいい』
『了解』

もう、やめて…
そう思った時、美佳は再び煌々と照りつける太陽の下に戻っていた。
ゆっくりと立ち上がり、思い出す。
TPウィルスに感染した者は、しばらくして覚醒する――
今の美佳の状態もそうなのかもしれない。
今までは完全に昏睡状態に陥っていた千里眼だ、能力の向上は認めざるを得ない。
「九州、か……」


美佳はそうつぶやいて再び駆け出した。