現実逃避超空間
作者/ 風そら

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「本当にそろそろなんだろうな」
男は静かに聞いた。
「はい、間違いありません。伊藤本人もすでに限界を感じているはずです」
薄暗い密談室の中にいるのは椅子に座った執行部副部長の滝川と起立している鬼嶋。
滝川の座る黒いソファとテーブルのほかには何もない。
「候補はあと何日持つんだ」
滝川は聞いた。
「感染が二日前ですし、適合率を考えればあと4年は持ちます」
「4年か…えらく違いが出るな」
そういうと滝川は手にしていた書類をポンとテーブルの上に抛った。
表紙には『TSウィルス感染者の寿命』とある。
鬼嶋はゆっくりと口を開いた。
「それで…相羽のことなんですが…」
「相羽?」
滝川は聞き返した。
相羽が超能力エネルギー探知機の件で貢献したのはよく知っている。
「本名が発覚しました」
「偽名だったのか?」
滝川は驚き、というよりは感心が混じった声で言った。
ようやる。
「それで?本名は?」
鬼嶋はしばらく押し黙った様子でようやく口を開いた。
「…藤原香奈。表には出ていませんが藤原家の長女です」
沈黙が流れ、滝川は爆笑した。
「ど、どうなされましたか」
鬼嶋は困惑した様子で尋ねた。
「やはりな。あの技術の腕前は博士譲りということか。
俺もあいつとは同級生だったからな。奴の性格は知っている。
こういうスパイを仕組まれることは明らかだった。
それでも気づけなかった俺のミスだ。許せ」
「めっそうもございません」
鬼嶋は深々と頭を下げた。
その様子を見て滝川はテーブルの上に用意されたお茶を一口飲んだ。
「仕方あるまい、伊藤に伝えておけ。
藤原香奈、美佳。どっちも息の根を止めろ」
「じ、次女の方もですか?」
「バカだなぁ、あいつもハッキングの腕があるんだろう?姉妹そろって悪趣味な」
「了解。失礼します」
鬼嶋は一礼すると密談室を出て行った。
一人残された滝川はもう一度お茶を口につけた。
…すまない、健斗

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