現実逃避超空間
作者/ 風そら

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いじめでは、ない。それは確かだ。
しかし周りの空気が違う、オーラが違う、
――世界が、違った。
常にクラスで浮いていた咲子は、それを当然のことのように受け流す…ふりをしていた。
人間、そううまく出来ているわけではない。
咲子は確かに慣れていた。しかし好んでいたわけではない。
はっきり言えば飢えていた、それが正しいだろう。
――現実逃避仮想超空間、【SPACE】
そんなニュースが取り上げられたのはそんなときである。
迷いはなかった。
現実がだめなら【SPACE】がある。そう咲子は判断した。
初めてヘルメットを手にした時の感覚、それは、名の知れぬ絶品を前にしているようだった。
食べたいがしかし、もしかしたら毒かもしれない。
そんな思いでゆっくりと頭にはめ、用意されたIDを読み上げた。
そこは――桃源郷
青空、施設、人、すべてがそろっている。不足ない。
それはインターネットを3D化したようなところである。
だが、『友達』というものには触れていなかった。
【SPACE】にいても、周りの人間は全く自分に構わない。それが『僕らだけの世界』なのか
理不尽な世界を脱するために作り出された世界なのか。
これでは現実と変わらない。
日本をもう一個作っただけではないか。
【SPACE】に対する疑問は次第に積もりつつあった。そんな時――
――俺と…仲間になんねぇか?
それは、咲子にとって強すぎた。
北極に住んでいる人間がいきなり温かい風呂に飛び込んだ感じ。
とっさに却下し、後ろを向いたが、その時の顔がどんなだったのかは、咲子自身もわからない。
温かく、優しいものであるが、咲子にとっては傷でしかない。
だが、すぐに気が付いた。
これが…仲間に入れられた喜びか……
--------------
咲子は微笑した。疾走する風を受けて。
思わずルティアを探すという使命を忘れてしまう。
ピンク色の髪に、一風変わった武器。情報はこれだけだ。
あ、あと美人。
悠斗は最後にそう伝えて行ってしまったが本当だろうか。
その時、
「?」
猛スピードで直進する咲子を止めたのは、とある小さな店だった。
ガラスはバリバリに割れ、周りとは明らかに違う雰囲気をしている。
咲子は足を止めた。
集中力だけは長けている。それは、孤立した人間のみが得られる特権。
ゆっくりと、割れたドアから店の中をのぞかせる。
「…暗い」
思わずそうつぶやいた。とにかく暗い。
しかも、床が丸く、黒く、抜けている。
教室ほどの広さの店内の床に、直径2mほどの穴がぽっかりと開いている。
埋め込まれている鉄骨が脇からむき出しになっており、底はない。
何かと足を踏み入れたその時。
わずかに耳に違和感を覚えた。そして――
『…ルティアさん、僕です』

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