現実逃避超空間

作者/ 風そら



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『プ―――――――――――――――』

非常用ベルのような耳に心地悪い高音。

首相官邸はざわめきに包まれる。

「逆探用意しますか…?」
ヘッドホンをつかんだ一人の警官が、上司らしき男に問いかけた。

「その必要はない。大臣、どうぞ――」

男の渡したごちゃごちゃした機械がついている受話器は五十嵐総理大臣が受け取った。

プツッという音とともに、首相官邸内は静まり返った。


「五十嵐だ――」
五十嵐の額から汗が流れた。

「どーも、伊藤といいます。話を長くはしたくありません。
             コンバーター
 単刀直入に申しあげます。変換機をお渡しください」

「君はいつもの担当ではないようだが。すまないが私は担当の者としか話さないことにしている」

五十嵐は落ち着き払った様子で、いや、落ち着き払ったようなふりをして答えた。

「現在担当の者は体調不良でしてね、代理として私が選ばれたんです」

「私は君を信用していない、すまないが今回はお引き取り願おう」

五十嵐がごつい受話器を耳から数センチ離したときだった。


「ずいぶん偉そうなことおっしゃってますが首相、三千人の国民がどうなってもいいんですか?」

「「「「なっ!!!」」」」

部屋の中に、驚きと怒りとが混ざった声が響き渡る。


「中の人質には手を出さない約束だぞ!!」

たまらず警官の一人が叫んだ。
その声は受話器のむこうにも届いたようだが、伊藤は声を変えなかった。

「すみませんがねー、そういう事情知りませんから、私。
 それにあと十数分で殺戮は始まりますよ」

部屋に流れたのは沈黙だった。


「人質に手を出したら変換機は渡さん。
 お前たちだって余計な死人は出したくないだろう」

警官の上司が言った。


「さぁ?私はどちらでも構いませんよ?」

その声の裏には、邪悪と冷酷の悪魔が潜んでいた。



部屋は再び沈黙した