現実逃避超空間

作者/ 風そら



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名だけの「客」は、手足を手錠で固定され、暗い倉庫の中でうずくまっていた。

拘束されてから三日。客は、人の足音を聞いた。
むくりと起き上がり、鉄格子の間から外を見るが、暗過ぎて何も見えない。
やがて、鉄格子で隔たれた向こう側の部屋のドアがキィ、と開き、光が漏れた。
客にとっては数日ぶりの光だった。

部屋の電気が付けられ、姿を現したのは――


「貴方ですか…」
「私のことを『あなた』なんていう君には少し抵抗がありますね」
美沙は小さくほほ笑み、客と同じ目線までしゃがみこんだ。
「…まだ、思い出せませんか」
「いいえ、何も――」
客は下をうつむいて答えた。
何も覚えていなかった。そう、彼女を除いて――

美沙は少し向こうに顔をそらすとゆっくりと口を開いた。
「あなたに…朗報があります」
客は顔をあげた。
「ルティアさんが見つかりましたよ」
「!!」

客は形相を変えて顔を限界まで鉄格子に近付けた。
「ルティアさんが!? 今、どこに!?」
興奮する客を美沙は手で制した。
「落ち着いてください。あることをしていただいたら、あなたを解放し、ルティアさんに会わせてあげます」
「何、何をすれば!?」
客はもはや命がけであった。

「ルティアさんを呼ぶよう、あなたから声を掛けていただけませんか?」
そう言って美沙は、客にマイクを渡した。
どうやらワイヤレスで【SPACE】内に放送されるものらしかった。
客は少々渋った。

「ルティアさんを呼んだら…貴方達は彼女を捕えるんじゃ…」
「あら?何を言ってるんですか?私達は彼女の居場所を知っているんです。
 貴方が断れば私達は容赦なく彼女を殺害します」
客は唇を噛みしめた。

やがて、恐る恐るマイクを受け取り「何をすれば…」と静かに聞いた。
美沙は小さな笑みを浮かべると立ちあがった。


「小島百貨店にルティアさんを呼んでください。それだけです」
そう言って美沙は立ち去ると、電気を消した。

「ルティア…さん…」
客は暗闇の中、一人つぶやいた。