複雑・ファジー小説
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- 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
- 日時: 2022/05/29 21:21
- 名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
- 参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825
いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………
人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。
後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?
………………
はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。
本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。
今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。
〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!
…………………………
ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430
〜目次〜
†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。
†用語解説† >>2←随時更新中……。
†第三章†──人と獣の少女
第一話『籠鳥』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬』 >>37-64
第三話『進展』 >>65-98
†第四章†──理に触れる者
第一話『禁忌』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実』 >>206-234
†第五章†──淋漓たる終焉
第一話『前兆』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞』 >>276-331
第三話『永訣』 >>332-342
第四話『瓦解』 >>343-381
第五話『隠匿』 >>382-403
†終章†『黎明』 >>404-405
†あとがき† >>406
作者の自己満足あとがき >>407-411
……………………
基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy
……………………
【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。
【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?
【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。
……お客様……
和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん
【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.364 )
- 日時: 2021/01/15 19:51
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)
つん、と染みるような消毒液の匂いで、トワリスは目を覚ました。
すぐ近くで、忙しない足音と人の声が聞こえる。
トワリスは、それらの喧騒を聞きながら、しばらくぼんやりとしていたが、不意に、見慣れた鉄仮面がこちらをのぞき込んできたことに気づくと、はっと目を見開いた。
「……ハインツ?」
名前を呼んで身を起こすと、突然、鈍い痛みが後頭部に走った。
思わず呻けば、ハインツが、慌てたように手を上げて、トワリスの肩を押さえてくる。
まだ横になっていたほうが良いと促されて、視線を巡らせると、トワリスは、床に敷かれた布の上に寝かされていたようであった。
心配そうなハインツを制し、立ち上がると、トワリスは、目の前に広がっている光景に、言葉を失った。
見渡す限り一面、二、三百人近い血にまみれた人々が、トワリスと同じように、床に寝かされていたのだ。
改めて周囲を見回すと、ここは、中央区の大病院の中のようであった。
しかし、揃っていたはずの設備や寝台は跡形もなく、怪我人の手当てに駆けずり回っているのも、医術師ではなく、たった十数人の自警団員たちだ。
四方の分厚い壁はひび割れ、支柱を失った天井が、大きく傾いている。
倒壊した瓦礫に塞がれ、暖炉も使えなくなったのだろう。
真冬だと言うのに、この大勢の怪我人たちを暖めるのは、大広間の中心に石を積んで作られただけの、即席の炉一つだけであった。
血の滲んだ布を巻かれ、虚ろな目で横たわっている人々は、大半が、もう手遅れの状態であった。
呻く余力がある者は少ない方で、ほとんどが、失血で青白い顔になり、かろうじて呼吸だけを繰り返している。
中には、建物の下敷きになったのか、下半身がほとんど潰れて、生きているのか、死んでいるのかすら分からない者もいた。
生死の境を彷徨う彼らの顔を見ながら、呆然と立ち尽くしていると、ふと、トワリスは、足元に薄く光る曲線が走っていることに気づいた。
最初は、床の模様か何かだと思ったが、そうではない。
微かに魔力を放つそれは、どうやら、建物の床からはみ出るほどの、巨大な魔法陣のようであった。
(この魔法陣、使われているのが古語じゃない。まさか……)
シルヴィアの顔が脳裏によぎって、ぞくりと悪寒が走る。
しゃがみこんで、魔法陣に触れようとしたところで、不意に、近づいてきた自警団員に、声をかけられた。
「トワリスちゃん、目が覚めたんだな」
「ロンダートさん……」
この寒さの中で、汗だくになったロンダートが、力なく笑う。
トワリスは、ロンダートを見てから、寄ってきたハインツのほうにも視線をやった。
「あの、一体何が……。私、どれくらい眠っていたんでしょうか」
ずきずきと痛む頭を押さえて、トワリスが尋ねる。
思い出せる記憶は、シルヴィアに抱き締められた、あの一瞬で最後だ。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.365 )
- 日時: 2021/01/18 17:48
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)
ロンダートは、安堵したように息を吐いた。
「トワリスちゃんが寝てたのは、一刻(二時間ほど)くらいだよ。物見塔の近くで倒れてたって、ハインツが連れてきたんだ。でも、大事ないようで、本当に良かった。ぱっと見、怪我はないようだったけど、打ち所が悪くて目を覚まさなかったら、どうしようかと思って不安で泣きそうだったんだ……。……ハインツが」
トワリスの傍らで、ぴくりとハインツが肩を震わせる。
苦笑してから、真剣な顔つきになると、ロンダートは続けた。
「何が起こったのかは、俺たちもさっぱりだよ。ただ、急に地面が揺れて……おかげで、外はひどい有り様だ。とりあえず、この大病院はかろうじて無事だったから、動ける自警団員で手分けして、怪我人を集めてるんだ。城館もほとんど原型を留めてないし、もう、街はめちゃくちゃだよ。とてもじゃないが、自然に起こった地震とは思えない……」
いつものおちゃらけた雰囲気からは想像もつかない、苦々しい口調で言って、ロンダートは俯く。
彼も、足元の魔法陣の存在には、気づいているのだろう。
魔法陣を一瞥して、ロンダートは更に言い募った。
「なあ、トワリスちゃん、この魔法陣、一体なんなんだ? 俺たちは魔術のことは分からないから、目が覚めたら、トワリスちゃんに聞こうと思ってたんだ。地震が起こったあとに、気づいたら地面に浮かんでいたんだが、どうもアーベリト全体を覆うくらい大きいみたいでさ」
トワリスは、目に驚愕の色を滲ませた。
「アーベリト全体!? そんな、街を丸ごと覆うほど巨大な魔法陣なんて……」
「……やっぱり、異常なんだな」
「はい。そんな大きな魔法陣、見たことも聞いたこともありません」
改めて魔法陣を見つめて、トワリスは、悔しげに唇を噛んだ。
「でも……ごめんなさい。はっきりと、この魔法陣がどんなものなのかは、私には分かりません。今朝はこんなものありませんでしたから、地震が起きたことに関係しているのは確かだと思います。でも、術を発動し終わってるなら、もう魔法陣は消えるはずなんです。なのに消えてないってことは、地震を起こす以外にも、別の効力を持っている可能性が高いです。それに……」
言葉を続けようとして、トワリスは、一度口を閉じた。
巨大すぎて、一面見るだけでは判断しづらいが、この魔法陣に使われている文字は、おそらく古語ではなく魔語である。
つまり、地震とやらが本当にこの魔法陣によって人為的に起こされたものなら、おそらく、犯人はシルヴィアだろう。
トワリスと一緒にいた時の言動からしても、そうとしか考えられなかった。
ただ一つ、不可解なのは、シルヴィアに召喚術が使えるのか、という点であった。
魔語を使っているということは、この魔法陣は、召喚術発動のためのものである。
しかし、シルヴィアはあくまで先代であり、魔語の解読はできても、召喚術の才はもう持っていないはずなのだ。
かといって、シュベルテにいるルーフェンが、アーベリトに魔法陣を敷いたとも考えづらいし、その辺りの疑問点を含めると、ロンダートたちに、確信めいた答えを言うのは躊躇われた。
トワリスが返事に迷っていると、別の自警団員たち数人が、ロンダートの名を呼びながら駆け寄ってきた。
「ロンダートさん、消毒液、ある分だけ運んできたんですけど、ほとんどの薬瓶割れちゃってて……」
振り返ると、ロンダートは、てきぱきと指示を出した。
「あー……じゃあ、あれだ! 強めの酒を持ってきて、代用するんだ。外の救助に行ってる奴らにも伝えよう。人の捜索ついでに何ヵ所か回って、割れてない瓶があったらとりあえず持ってくるように。それから布も、なくなる前に西区の施療院からもらってくるんだ」
「は、はい!」
声を揃えて返事をすると、自警団員たちは、各々散っていく。
ロンダートは、トワリスのほうに向き直ると、口早に告げた。
「とにかく、この魔法陣は、よく分からんけど危険かもしれないってことだよな。一応言っておくと、動けない怪我人は、この大病院に運んできてるんだけど、自力で動けそうな人は、全員東区の孤児院のほうに誘導してるんだ。ほらあそこ、少し街から外れたところにあるだろう。だからあの孤児院は、魔法陣の上に位置してなかったんだ。なんとなく、このまんま魔法陣の上にいるのはまずい気がしてたからさ」
ロンダートの英断に、トワリスは頷きを返した。
東区の孤児院は、トワリスが出たところでもあるので、場所はよく知っている。
それから、と言葉を次いで、ロンダートは言った。
「召喚師様に気づいてもらえるように、移動陣があるリラの森のほうにも行ってみたんだけど、あの辺り一帯、土砂崩れで完全に塞がってて使えなかった。それと、出払っちゃってるかもしれないけど、馬を使うなら、病院の裏手に繋いであるから。念のため伝えておく! それじゃあ、俺はこれで」
それだけ捲し立てると、ロンダートも、急ぎ足で去っていく。
その後ろ姿を見送ると、トワリスも、すぐさま自分が寝ていた場所に戻り、その脇に並べられていた、双剣と外套をとった。
しっかりと状況把握ができたわけではないが、今は、ぼうっとしている場合ではないのだ。
外套を羽織ると、トワリスはハインツを見た。
「私のこと、運んでくれてありがとう。もう大丈夫だから、私たちも外に救助に行こう」
ついでに、シルヴィアを探し出して、この魔法陣のことを聞き出さねばならない。
トワリスの言葉に、ハインツが頷き、二人は、早速大病院の外へと向かったのであった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.366 )
- 日時: 2021/01/17 19:41
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)
大病院の出口扉を開けると、真っ先に吹き込んできたのは、冷たい雨の匂いであった。
朝方に降り始めた霧雨が、今も尚降り続いているのだろう。
雨に烟るアーベリトの街は、白い靄の中にひっそりと沈んでいた。
雨避けに頭巾を被り、外に踏み出すと、薄い影のようだった街の様相が、徐々に靄から浮かび上がってきた。
それは、今朝まで眺めていたアーベリトの街並みとは、まるで違う。
白亜の家々が建ち並んでいた通りには、崩れた建物の残骸が小山のように連なり、その下で、無惨にも押し潰された死体の血臭が、あちらこちらから漂っていた。
雨が降っていたことが、不幸中の幸いだったのだろう。
空気の乾燥した冬、暖炉に火を灯している家も多い中で、このような家屋の倒壊が起これば、きっと火事になっていたはずだ。
遠目に何ヵ所か、煙が上がっているところも見えたが、人々が焼け出されるまでに至らなかったのは、石造りの家が多いことと、雨が降っていたお陰であった。
喉の奥にせり上がってきたものを堪えると、代わりに、目頭が熱くなった。
何故こんなことになってしまったのか、嘆いている暇などない。
口ぶりからして、どの道シルヴィアは、アーベリトを落とそうと決めていたのだろう。
それでも、自分があの時、彼女に会いに行っていなければ、こうはならなかったかもしれないという後悔が、トワリスの頭に過っていた。
「そうだ、リリアナ……」
不意に、居候先の友人の顔が脳裏にひらめいて、トワリスは顔をあげた。
リリアナとカイル、そしてロクベルの三人は、無事だろうか。
ざっと見た限り、大病院の中にはいなさそうだったから、孤児院の方に避難しているか、まだ救助を待っているかもしれない。
──最悪の想定は、したくなかった。
トワリスは、ハインツを連れ立って、歯を食い縛りながら、瓦礫の山中を抜けていった。
進み始めた時は、濃い土煙の臭いと死臭で息ができず、不気味な空気が耳元で唸っていたが、時間が経つ内に、感覚が狂ってきたらしい。
いつの間にか、鼻も耳も麻痺して、いつも聞いていた市場通りの賑やかな声が、遠くから響いてきているような気がした。
リリアナたちの店が建っていたあたりに近づくと、誰かが、激しく泣きじゃくる声が聞こえてきた。
馴染みのあるその声に、心音が速くなる。
耳を頼りに駆けていくと、半壊して道まで崩れた屋根の近くに、リリアナとカイルがいた。
幸いにも彼女たちは、庭の方に出ていたのだろう。
店の倒壊に、運良く巻き込まれずに済んだようであった。
先に救助に向かっていた自警団員の男が、地面に踞って泣くリリアナに、しきりに声をかけている。
カイルは、リリアナの横に座り込んで、呆然と瓦礫の山を見つめていた。
「リリアナ! 良かった、無事だったんだね……!」
声をかけて、リリアナのそばにしゃがみこむ。
するとリリアナは、涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげて、トワリスの足にすがりついてきた。
「トワリス! トワリス、お願い! おばさんを助けて……!」
リリアナが指差した方を見て、トワリスは息を詰めた。
瓦礫の隙間から、見覚えのある指輪を嵌めた、腕が一本生えている。
崩落してきた屋根の、下敷きになったのだろう。
潰された頭部から、雨に溶けて流れ出る血の赤が、やけに鮮やかに見えた。
リリアナの叔母、ロクベルの遺体に間違いなかった。
ハインツが、屋根を持ち上げようと伸ばした手を、自警団員の男が止めた。
男は、暗い顔で首を振って、今は遺体を見せるべきではないだろうと訴えてくる。
リリアナは、トワリスに抱きつくと、その腹に顔を擦り付けた。
「もう嫌だよぉ……っ、どうしておばさんまで。なんで皆、私の前からいなくなっちゃうの……っ」
嗚咽を漏らしながら、リリアナが呟く。
彼女は過去に、火事で両親を亡くし、アーベリトの孤児院までやってきたところを、叔母のロクベルに引き取られている。
この壮絶な状況下で、昔のことが記憶に蘇っているようであった。
リリアナから離れると、トワリスは、近くに倒れていた車椅子を起こした。
車輪が歪んではいるが、まだ使えそうだ。
トワリスは、半ば強引にリリアナを担ぎ、車椅子に座らせながら言った。
「まだカイルがいるよ。とにかく今は、東区の孤児院に避難して。動ける人は、皆そこにいるから」
がたつく車椅子を通りに押し出せば、自警団員の男が、「自分が連れていきます」と名乗り出る。
トワリスは頷いて、今度は、へたりこんでいるカイルの肩を掴んだ。
「カイル、立って。リリアナのこと、お願いね」
言いながら、脇に手を差し入れて立たせると、カイルは、ぼんやりとトワリスを見つめた。
泣いてはいなかったが、カイルの目にいつもの勝ち気さは見られず、憔悴しきったような、くすんだ色をしている。
唇を噛みしめ、カイルは黙っていたが、やがて、こくりと頷くと、車椅子を押す自警団員に着いていったのだった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.367 )
- 日時: 2021/01/18 19:13
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)
移動を促された避難民たちが、疎らに孤児院がある丘の方に登っていくのを見ながら、トワリスとハインツも、街中を巡って生存者を探した。
身内の死を受け入れられず、混乱して怯えきった人々を家から引き剥がすのは、容易な作業ではなかった。
疲れも忘れ、霧雨で模糊とする中を駆けずり回っている内に、気付けば、日が暮れ始める時刻になっていた。
怪我人を大病院へと運んでいる内に、トワリスは、ふと奇妙なことに気づいた。
見つけた生存者の内、そのほとんどが、声も出せぬほどの瀕死状態か、リリアナたちのように、運良く難を免れた軽傷者のどちらかだったのである。
逆に言えば、重傷者がおらず、一見命に関わるような怪我を負っていない者でも、まるで生命力を吸いとられてしまったかのように、衰弱しきっていたのだ。
一人、また一人と怪我人を床に並べていくと、その違和感は、やがて底知れぬ不安へと変わっていった。
そもそも、地震が起こったのは昼前で、大半の人々が外出する時間帯だったにも拘わらず、怪我人が多すぎるのだ。
建物の倒壊に巻き込まれたというのは結果的なことであって、人々を襲ったのは、もっと別の“何か”ではないかという疑問が、トワリスの中で湧いていた。
もっと早くに、気づくべきだったかもしれない。
きっと全てが、偶然などではないのだ。
何度目かの往復をして、再び大病院から出たところで、トワリスは、不意に足を止めた。
「……ハインツ。ごめん、私、やっぱりシルヴィア様を探しに行ってもいいかな。怪我人の救助が最優先なのは勿論なんだけど、なんだか嫌な予感がするんだ」
同じく立ち止まったハインツが、トワリスの方を見る。
足元の魔法陣に視線を落とすと、トワリスは言った。
「この魔法陣……多分、シルヴィア様が敷いたものだと思うんだ。実は私、倒れる直前まで、シルヴィア様と会ってたんだけど、その時に、『アーベリトの人たちを殺す』みたいなことを言われて……。だから、その……確証があるわけじゃないんだけど……」
「……地震、シルヴィア様、起こしたって、こと?」
トワリスが濁した言葉を、ハインツが形にする。
トワリスは、一拍置いてから、神妙な面持ちで頷いた。
「……そう。だって、色々考えてたんだけど、おかしな点がありすぎるだろう。実質被害は家屋の倒壊と土砂崩れだけなのに、いくらなんでも怪我人が多すぎる。それも、負傷具合はそれぞれなのに、無理矢理意識を混濁させられているような……妙な怪我人が。どうも、これで終わると思えないんだ。早くこの魔法陣の上から、全員避難しないといけない気がする」
「それは、そう、だけど……でも、あの人数、どうやって」
「……うん、無理なのは分かってる。だから、まずはシルヴィア様を見つけて──」
トワリスが続けようとした、その時だった。
不意に、大病院の入り口にある呼び鈴が鳴り始めたかと思うと、突然、地面がぐんっと浮き上がった。
先の地震で割れていた石畳の破片が、一斉に踊り出し、足元がぐらぐらと波打ち始める。
とても立っていられなくなって、トワリスとハインツは、思わず地面に這いつくばった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.368 )
- 日時: 2021/01/19 22:19
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)
石同士がぶつかり合うような音を立てて、大病院の壁にひびが走った。
周囲に並ぶ瓦礫の山が、横揺れに均されて、がらがらと崩れていく。
ようやく地の震えが収まった頃、トワリスとハインツは顔をあげたが、視界が土煙に覆われて何も見えず、二人はしばらく、そのまま動けなかった。
鈍く光る魔法陣を目前に、地面に手をついていたトワリスは、ふと、肌が粟立つような殺気を感じて、即座に立ち上がった。
風に流される砂埃に混じって、冷気のような魔力を感じる。
それは、大病院のほうから溢れ、一定方向に向かって、吸い出されるように流れていった。
土煙の向こうで、何かが光った。
──と思うや否や、トワリスは、反射的に横に跳んでいた。
直後、トワリスのいた場所に、身長ほどもある巨大な鎌が振り下ろされて、地面に突き刺さる。
周囲を見れば、その鎌は複数あり、ハインツの足元の地面を削り、傾げた大病院の壁をも切り裂いていた。
「お、おい、一体なんだっていうんだ……」
大病院の扉を蹴破って、ロンダートを先頭に、自警団員たちが外へと出てきた。
舞い上がる砂埃を手で払いながら、彼らは前を見て、凍りついた。
収まり始めた土煙の先に、鎌の如き爪を六本持った、蠍のような生物が現れていたからだ。
蠍といっても、鋏のような触肢や、毒針を仕込んだ尾節はない。
固い外骨格に覆われているのは、胸部から生えた脚のみで、短い胴体は、何かの幼虫のような、柔らかい体表をしている。
それは、まるで不完全な脱皮を遂げたかのような、奇怪な生物であった。
唖然とする一同を前に、化物は、空振った爪を地面から抜いた。
ばらばらと土くれが飛んで、一度引っ込んだ脚が持ち上がり、そして、再び振り下ろされる。
トワリスたちは避けたが、迎え撃とうとした数名の自警団員たちは、そろって抜刀した。
しかし、爪は剣を物ともせずに叩き折り、彼らごと切り裂いていく。
地面に食い込んだ爪が、持ち上がった後には、左右に真っ二つになった自警団員たちの死体が、血を噴き出しながら転がっていた。
竦み上がった残りの自警団員たちが、腰を抜かしてへたり込む。
耐えられぬほどの恐怖に、トワリスも、自身の手先が強張っていくのを感じていた。
目の前で、何が起こっているのか分からない。
脳が、理解することを拒否しているようだった。
「……俺達で、化物の気を引いて……病院から引き離そう」
ふと、トワリスの隣に並んだロンダートが、剣を構えながら言った。
柄を握る左手が、小さく震えている。
彼は右腕を骨折しているので、左手でしか剣が握れないのだ。
──そう思った途端、水で打たれたように、頭の中が冷静になった。
自警団員たちは、戦いの訓練を積んだ者達だが、魔術も使えない、普通の人間である。
背後には、怪我人たちを集めた大病院が建っていて、今はルーフェンもいない。
自分が、彼らを守らねばと思った。
すっと息を吸うと、トワリスは、双剣を構えた。
「……引き付け役、私がやります。ロンダートさんたちは、病院の方を守ってください」
言うや、ロンダートが止める間もなく、トワリスは、脚に魔力を込めて、化物目掛けて突進した。
鋭利な爪が次々と迫ってくるが、目を凝らして動きをとらえれば、そう速くはない。
無数の爪が、轟音を立てて地面に振り下ろされたが、それらは全て、風のように抜けていったトワリスの残像を刺し貫いただけであった。
脚の間を縫って、化物の腹の下に滑り込んだトワリスは、その胸部に双剣を突き刺すと、そのまま思い切り地を蹴った。
肉を貫いた双剣が、化物の胸から腹にかけて進み、一直線にその身体を裂いていく。
尾部を切り捨て、トワリスが腹の下から抜け出すと、化物は背をのけ反らせて棹立ちになり、傷口からどす黒い体液をぶちまけた。
(胴体なら剣が通る……!)
身を翻して踵を地につけると、トワリスは足を地面の上で滑らせて、駆け抜けた勢いを殺した。
先程、自警団員たちの剣を叩き切ったことから察するに、外骨格で覆われた脚と爪は硬いが、胴体は見た目通り柔らかいようだ。
間髪入れずに体勢を整えると、トワリスは、双剣を構え直した。
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