複雑・ファジー小説
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- 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
- 日時: 2022/05/29 21:21
- 名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
- 参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825
いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………
人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。
後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?
………………
はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。
本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。
今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。
〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!
…………………………
ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430
〜目次〜
†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。
†用語解説† >>2←随時更新中……。
†第三章†──人と獣の少女
第一話『籠鳥』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬』 >>37-64
第三話『進展』 >>65-98
†第四章†──理に触れる者
第一話『禁忌』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実』 >>206-234
†第五章†──淋漓たる終焉
第一話『前兆』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞』 >>276-331
第三話『永訣』 >>332-342
第四話『瓦解』 >>343-381
第五話『隠匿』 >>382-403
†終章†『黎明』 >>404-405
†あとがき† >>406
作者の自己満足あとがき >>407-411
……………………
基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy
……………………
【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。
【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?
【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。
……お客様……
和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん
【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.359 )
- 日時: 2021/01/11 19:24
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)
* * *
雪掻き用のスコップを納屋にしまうと、トワリスは、淀んだ灰色の空を見上げた。
かじかんだ指先に吐息をかければ、ふわりと空気が白濁する。
サミルの崩御から数日が経ち、残雪を掻く余裕ができた日は、久々であった。
雪掻きを終え、分厚い毛織りの上着と帽子を脱ぐと、トワリスは、城館内へと戻った。
普段は外の警備をしていることが多いが、今日の外回りは、全て自警団員達に任せている。
というのも、ルーフェンがシュベルテに行っており、アーベリトにいないので、城館付近に結界維持のための魔導師が残る必要があったのだ。
今までも、ルーフェンが何日かアーベリトを空けることはあったが、サミルが亡くなってからの不在は、初めてのことであった。
不在といっても、彼は自分が留守にすることを躊躇っているようだったので、一日、二日で帰ってくるつもりだろう。
それでも、サミルが逝去したことも相まって、アーベリトを支えてきた二人がいないと、城館内の雰囲気が、どんよりと曇っているような気がした。
吹き抜けの長廊下を渡っていると、物見塔の窓が開いていることに気づいて、トワリスは、ふと足を止めた。
物見の東塔は、中庭を抜けた先に建っており、今は、シルヴィアが一時滞在している場所だ。
普段から、中庭近くを通る度に、ちらりと様子を伺っていたが、窓が開いているところは、今まで一度も見たことがなかった。
(……まあ、たまには空気を入れ換えないと、それこそ息が詰まっちゃうもんね)
こっそりと物見塔に近づき、窓を見上げる。
当然高くに位置しているので、中の様子は全く伺えなかったが、窓が開いているということは、シルヴィアは、窓辺で外の景色でも眺めているのだろう。
いつも、実は無人なのではないかと疑うほど静かだったので、彼女の生活の気配が感じられると、なんとなく安心できた。
ロンダートと共に、ルーフェンにシュベルテに行くよう頼んだ時。
ロンダートは、サミルやルーフェンがいない分、自分達がアーベリトを守るのだと意気込んでいたが、トワリスには、別の思惑もあった。
勿論、セントランスとの一件が片付いた今なら、彼がいなくても問題ないだろうと判断したのも事実だし、何より、閉鎖されているらしいシュベルテの宮殿に入るならば、立場的に召喚師が適任だろうと思ったのが、主な理由である。
だが、その一方で、ルーフェンがいない間に、シルヴィアの様子を確認してみようかと、密かに企んでいたのであった。
シルヴィアとは、中庭でルーフェンに引き離されたあの日以来、結局一度も会っていない。
セントランスとのこともあったし、サミルが体調を崩した辺りからは特に、忙しくて顔を出す時間がなかったのだ。
それに、ルーフェンの目がある内は、やはり動きづらかった。
当初、シルヴィアを物見塔に幽閉したルーフェンは、まるで囚人でも見張るかのように、母親の動向を監視していたからだ。
何か事情があるのは、二人の様子を見てすぐに分かったし、部外者であるトワリスには、口を挟む権利などないだろう。
しかし、心のどこかでは、母親にあんな仕打ちをするなんてと、シルヴィアを哀れに思う気持ちがあったのだった。
(会いに行ったのがばれたら、ルーフェンさん、やっぱり怒るかな……)
迷ったような足取りで、トワリスは、物見塔の入口付近をうろついた。
無断で会いに行けば、ルーフェンは怒るというより、心配してくるのだろう。
初めてルーフェンとシルヴィアが対峙するところを見たときも、彼の顔に浮かんでいたのは、怒りというより、強い警戒の色であった。
珍しく取り乱して、「シルヴィアに関わるな」と忠告してきた姿を思うと、やはり、ルーフェンに黙って会いに行くのは、申し訳ない気がしてしまう。
それでも、行動に移してみようかと思ったのは、サミルが亡くなってから、ルーフェンの彼女に対する警戒心が、少し緩まったように見えたからだ。
自然と緩まったというより、あえて、意識的に緩めようとしているように見えた。
きっと、サミルに何か言われたのだろう。
あれだけ母親を敬遠していたルーフェンが、一度だけ、シルヴィアに会いに行っていたことをトワリスは知っていたし、今回、躊躇いつつもアーベリトを留守にしたのだって、きっとその表れである。
実際、この数月、シルヴィアは驚くほど従順にルーフェンに従い、文句を言うこともなく、ひっそりと物見塔で暮らしている。
ルーフェンが警戒していることなど、何も起こっていなかったし、これから起こるとも思えなかった。
だからといって、別にトワリスは、無理に二人を近づけようとは考えていない。
ただ、ルーフェン自身が、母親との距離を測りかねている様子だったので、必要なら介入しよう、くらいの気持ちであった。
二人とも、心の奥底では何を考えているのか分かりづらい。そこだけは、よく似た親子だと思う。
だから、もしもルーフェンが、本心とは裏腹に、思うようにシルヴィアと話せていないのだとしたら──。
あるいは、シルヴィアが、現状をひどく憂いているのだとしたら──。
本音を見せない二人の橋渡しくらいは、しても良いのかもしれないと思っていた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.360 )
- 日時: 2021/01/13 12:10
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)
(いや、でもシルヴィア様に会いに行くなら、表向きの理由があったほうがいいよね。いきなり突撃したら、絶対怪しまれるし……。適当に理由をつけて、給仕役を変わってもらえば、その流れで、世間話に持ち込んでも不自然じゃないかな……)
悶々と作戦を考えながら、再び、灰色の空を見上げる。
今は、朝食を届けるには遅いが、昼食を勧めるには早い時間だ。
出直すか、と踵を返して、物見塔から離れようとした──その時だった。
ふと目に入った光景に、トワリスはぎょっとした。
開け放たれた窓から、シルヴィアが、身を乗り出していたのだ。
「えっ!?」
思わず大声を出してしまい、慌てて口をつぐむ。
幸いなことに、シルヴィアが、トワリスに気づいた様子はない。
いや、この場合は、気づいてくれたほうが良かったのか。
シルヴィアの身体は、外の景色を鑑賞しているだけとは思えないほど、大きく前のめりになっていた。
「ちょっ、え、え、ま……っ」
混乱したトワリスの口から、意味のない声が断片的に飛び出す。
高い窓から乗り出して、シルヴィアは、一体何をするつもりなのか。
いつぞや仕えていた、某の令嬢のように、庭の木の実が欲しいなんてことはないだろう。
それともまさか、息子からの無情な監禁生活に嫌気がさし、大胆にも脱走を図ろうとしているのだろうか。
あるいは──。
最悪の予想が脳裏を過って、全身に力が入る。
そうしてついに、シルヴィアが、窓枠に足をかけた時。
「──はっ、早まっちゃいけませんっ!」
脳内で結論付けるより先に、トワリスは駆け出し、声高に叫んでいたのだった。
侍女に頼んで、作りたての乳粥を用意してもらうと、トワリスは、それを盆に乗せて、物見塔の一室へと入った。
最低限の生活用品しか揃っていない、殺風景な室内は、先程まで窓を開けっぱなしにしていたせいか、ひんやりとしていて肌寒い。
窓の外を眺めているシルヴィアは、上半身を起こして、寝台の上に座っていた。
「……あの、これ、良かったら食べてください。早めの昼食です」
寝台近くに食卓を寄せ、その上に、乳粥と匙を並べる。
だが、シルヴィアから返事はなく、それどころか、こちらを見向きもしない。
トワリスは、気まずそうに椅子に座ると、シルヴィアの顔色を伺ったのであった。
先程、何故か窓から身を乗り出していたシルヴィアは、トワリスが絶叫して止めたおかげか、結局飛び降りなかった。
その後、凄まじい速さで階段を駆け上がり、物見塔の部屋に転がり込んだトワリスが、シルヴィアを窓から引きずり戻して、現在に至る。
どうして窓から飛び降りようとしていたのか、なんて、理由は聞いていない。
もし、自殺しようと思っていた、なんて答えられたら、一体どうすれば良いのか分からないからだ。
脱走するつもりだった、なんて答えられても、反応には困るが。
微動だにしないシルヴィアを、トワリスは、しばらく黙って見つめていた。
だが、このままでは埒があかないので、食卓に置いていた匙を差し出すと、躊躇いがちに言った。
「……侍女から聞きました。最近、ほとんどお食事なさってないって。……食べないと、力が出ませんよ」
「…………」
シルヴィアから、返事はない。
以前、毎日のように会っていた時も、彼女は物静かで、反応が薄いことは度々あった。
しかし、一対一で話しかけているというのに、こうも無視され続けると、流石に腹が立ってくる。
トワリスは、意地になって、今度は匙と粥を盆ごと突き出した。
「言っておきますが、毒なんて入ってませんよ。なんなら、私が毒味したって構いません。だからほら、温かいうちに食べてください」
「…………」
粥から立ち上る湯気と共に、ほの甘い乳の匂いが、鼻腔をくすぐる。
香りが感じられらほど、近くまで粥を持ってきているのに、それでもシルヴィアは、何も答えなかった。
トワリスは、諦めたように盆を食卓に戻すと、ため息混じりに尋ねた。
「私が来たの、ご迷惑でしたか? ……一人のほうがいいっていうなら、帰りますけど……」
でも、お粥は食べてくださいね、と付け加えて、睨むようにシルヴィアを見る。
すると、その時になって、ようやくシルヴィアが唇を開いた。
「……貴女、どうしてまた来たの。私には、もう関わらないほうがいいんじゃない?」
長い睫毛を伏せて、シルヴィアは、トワリスを一瞥する。
もう関わらないほうがいい、というのは、ルーフェンがいる手前、そうしたほうがいいと言っているのだろうか。
トワリスは、むすっとした顔で答えた。
「……そう言われましても、窓から飛び降りようとしてる方がいたら、止めるのは当たり前でしょう。それでもって、数日ほとんど食べてないなんて言われたら、無理にでも食べさせなきゃって思いますよ。失礼ですが、アーベリトには療養しにいらっしゃってるんですから、そこは従って頂かないと」
思いきって強気な発言をすると、シルヴィアは、再び窓の外に視線をやって、押し黙ってしまった。
東の物見塔からは、街の東区全体が見渡せるが、今日はどんよりと曇っているので、あまり見晴らしが良い状態とは言えない。
シルヴィアが機嫌を損ねたのか、それとも全く気にしていないのかすら分からず、トワリスは、困ったように肩を落とした。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.361 )
- 日時: 2021/01/13 22:17
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)
はぁ、とため息をつくと、トワリスは尋ねた。
「……シルヴィア様、ここでの生活は、お嫌ですか?」
今度は、反応があった。
シルヴィアは、ちらりと目だけ動かして、トワリスを見た。
「……何故?」
トワリスは、言葉を間違わないように、慎重に答えた。
「いや……だって、さっき塔から出たそうでしたし……。ずっとここにいるのは、やっぱり退屈かな、と」
「…………」
「あの、良かったら、また散歩に行きませんか? 私の勘違いでなかったら、シルヴィア様は、中庭を気に入っていたでしょう。まあ、今は冬なので、寒いし、花も咲いていませんが……気分転換にはなると思いますよ。勿論、無理にという訳ではありませんが、何か我慢していることがあるなら、仰ってください。ルーフェンさんのことなら、私が説得しますから」
努めて明るい口調に切り替えると、シルヴィアは、ゆっくりとトワリスのほうに振り向いた。
思わず椅子に座り直して、トワリスは、その銀の瞳を見つめ返す。
数日ほとんど食べていないと聞いていたが、シルヴィアに窶れた様子はなく、改めて見ても、精巧な人形の如き佇まいをしていた。
感情のない、無機質な瞳で、シルヴィアが言った。
「……貴女は、ルーフェンのことを名前で呼ぶのね」
思わぬところを指摘されて、あっと口を閉じる。
大人数で話しているときや、公の場では、ルーフェンのことを召喚師呼びするようにしていたが、ハインツやサミルの前では普通に“ルーフェン”と呼ぶ時もあったので、うっかり癖で名前呼びしてしまった。
慌てて謝罪すると、トワリスは縮こまった。
「も、申し訳ありません……失礼な呼び方をしてしまって。でも、ご本人がそう呼ばれたいって仰っていたので。多分、日頃よく一緒にいる私達に役職名で呼ばれるのは、寂しい感じがするんだと思います」
一瞬、無礼だと批難されるかと思ったが、シルヴィアに、そんな意図はないようであった。
ふっと目を伏せると、シルヴィアは、しみじみとした様子で言った。
「そう……あの子、そんなことを言うの。自分の名前は、嫌っているかと思っていたわ」
「……そうなんですか?」
「ええ。……だって、私がつけたんですもの。古の言葉で、“奪うもの”という意味よ。あまり良い名前じゃないでしょう」
瞠目して、トワリスは絶句した。
子供の名前に、古語から引用してきた意味や願いを込めるのは、巷ではよくあることだ。
トワリスの名前にも、母親に直接聞いたわけではないが、“紅葉した木の葉”という意味があるんじゃないかと、ルーフェンに教えてもらったことがある。
しかし、そんな彼の名前に“奪うもの”なんて意味があったことは、全く知らなかった。
シルヴィアは、微かに声を低めた。
「……あの子がいけないのよ。私から、全て奪ったんだもの。ルーフェンのせいで、私は召喚師の座から引きずり下ろさた。力も地位もない、そんな私を、見てくれる者は誰もいないのに……」
「…………」
束の間、シルヴィアの言っていることが理解できず、トワリスは呆然としていた。
喉がひりつくように乾いて、うまく息が吸えない。
やっと絞り出した声は、ひどく掠れていた。
「……ま、待ってください。どういうことですか? だからお二人は、その……仲が悪いんですか?」
もはや、言葉が正しいかとか、言い回しが失礼じゃないかとか、そんなことを気にしている余裕はない。
トワリスが問うと、シルヴィアは、虚ろな表情で答えた。
「ルーフェンが、私を嫌うのは……」
少し間を置いて、シルヴィアは続けた。
「私が、あの子を捨てたからでしょう」
「…………」
雨が降ってきたのだろう。
小さな雨粒が、窓を叩く音が聞こえ始めた。
不意に、シルヴィアが腹をさすった。
「奪われる前に、さっさと手放そうと思って……ルーフェンを産んだ後に、侍女に頼んで近くの貧村に捨てさせたの。そうしたら、あの子の父親が、血相変えて私に怒鳴ったのよ。『どうしてそんなことをしたんだ、貴女は母親だろう』って。……私が、いつ母親になりたいなんて言ったのよ。悲しくなって、その人のこと、殺しちゃった……」
ゆっくりと、シルヴィアが顔をあげる。
こちらを見た彼女の唇には、ぞっとするほど冷たい、氷のような微笑が刻まれていた。
硬直するトワリスの手を、温度のない指でそっと握ると、シルヴィアは言い募った。
「皆ひどいのよ。最初は、優しく近づいてくるの。貴女みたいに、つらいことはありませんかって言いながら。でも、結局誰も、助けてくれなかったわ。それどころか、寄って集って、私から色々なものを奪っていくのよ。……だから、皆殺しちゃった。エルディオ様も、その周りを飛んでる羽虫たちも、ルイスも、リュートもアレイドも……」
身の底から、ぞくぞくとした悪寒が這い上がってくる。
エルディオとは、前王の名であり、ルイスとリュート、そしてアレイドは、シルヴィアの息子、つまりルーフェンの兄弟たちの名だ。
彼らが亡くなっていることは、トワリスも知識として知っていたが、確か死因は、馬車の転落事故によるものだったはずである。
──まさか、その事故は、故意に起こされたものだったのだろうか。
そして、その黒幕がシルヴィアであることを、ルーフェンは知っているのではないか。
自分でも分かるくらいに血の気が引いて、指先が震え出す。
浅く息を吸いながら、それでもトワリスは、シルヴィアから目を反らさなかった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.362 )
- 日時: 2021/01/14 19:57
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)
シルヴィアは、トワリスの頬をするりと撫でた。
「きっと皆、私のことを憎んでいるでしょう。……最近、声が聞こえるの。地獄の底から、私を呼ぶ声。手招きをして、お前も来いって言ってるのよ。だから私、行かなくちゃ……」
言葉とは裏腹に、どこか幸せそうに微笑むと、シルヴィアは呟いた。
同時に、その銀の目から、涙が一筋こぼれ落ちる。
トワリスは、徐々に目を見開いた。
「……後悔、してるんですか? 殺したこと……」
瞬かぬ目で、シルヴィアは、トワリスを凝視している。
月光を溶かしこんだような、その美しい双眸に視線を吸い込まれていると、ややあって、シルヴィアの指が、トワリスの首筋をなぞった。
ふと、冷ややかな指先が、首の皮膚に食い込む。
その瞬間、トワリスが我に返るよりも速く、シルヴィアが寝台から身を起こして、トワリスに覆い被さってきた。
「──……っ!」
咄嗟に椅子を蹴倒して、後ずさったトワリスは、しかし、その凄まじい勢いに力負けして、シルヴィアに押し倒された。
床に頭と背を打ち付け、目から火が出る。
抵抗する間もなく、女性とは思えない力で首を絞められて、トワリスは呼吸を詰まらせた。
「……貴女を殺したら、ルーフェンは、私を殺す気になるのかしら……」
呟きと共に、シルヴィアの目からこぼれた涙が、ぱた、ぱた、とトワリスの頬に落ちた。
しかし、喉を押し出されるような、強烈な痛みの前では、そんな些細な刺激は無意味である。
意識が飛ぶ寸前──トワリスは、首まで伸びたシルヴィアの腕を掴むと、大きく身を捩って、横合いから彼女を蹴り飛ばした。
みしっ、と華奢な振動が脚に伝わってきて、吹っ飛んだシルヴィアが、地面に転がり落ちる。
トワリスは、急いで体勢を整えようとしたが、すぐには起き上がれず、しばらく背を丸めて踞っていた。
詰まってしまった喉が、なんとか肺に空気を取り込もうと、激しく咳き込む。
大きく胸を上下させながら、ようやく立ち上がると、食卓の近くで、シルヴィアも喘鳴していた。
力加減をせずに蹴り飛ばしたから、肋骨あたりが、折れてしまったかもしれない。
トワリスが、警戒したように動向を伺っていると、不意に、シルヴィアが、何かをぶつぶつと詠唱し始めた。
身構えるのと同時に、シルヴィアの背後に、ぼんやりと淡く光る、巨大な砂時計が現れる。
見たこともない、聞いたこともない魔術であった。
まるで蜃気楼のように現れた砂時計は、くるりと半転すると、白銀の砂をさらさらと逆流させていく。
ややあって、溶けるように砂時計が消えると、シルヴィアは、ゆらりと身体を起こした。
トワリスが蹴りを入れた脇腹あたりを、痛がる様子はない。
シルヴィアは、喉の奥でくつくつと笑った。
「……アレイドを産んだ、二十二の時に、自分に魔術をかけたのよ。ずっとこのまま、美しくいられるようにって。そうすれば、代替わりして、私が召喚師でなくなっても、皆は私をみてくれると思ったから。おかげでね、私は年を取らないし、怪我をしてもすぐに治るのよ。術が解けるその時まで、私はずっと、若い姿のまま……」
恍惚と息を吐いて、シルヴィアは、己の肩を抱き寄せる。
手足が冷たく痺れ、全身が強ばっていくのを感じながら、トワリスは唇を震わせた。
「若い姿のまま、って……身体の時間を、巻き戻してるってことですか……? 何、言って……だってそんなの、禁忌魔術じゃ……」
呟いてから、もはや彼女の前では、愚問なのかもしれないと言葉を切る。
思い返せば、シルヴィアの不自然な点は、今までにもあった。
シュベルテから運ばれてきた時、衣服についていた血の量の割に、身体に怪我は見当たらなかったし、ルーフェンに突き飛ばされた時も、擦りむいたはずの掌の傷が、気づいた時には治っていた。
どれもこれも、理から外れた魔術が原因だと考えると、説明がつく。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.363 )
- 日時: 2021/01/14 20:00
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)
立ち尽くすトワリスを見て、シルヴィアは、涙を流して笑った。
「昔はね、これでいいと思っていたのよ。でも、もう疲れてしまったから……今は、早くエルディオ様のところにいきたいの。なのに、ルーフェンったら、私に生きてくださいって言うのよ。あの子なら、私のことを殺してくれると思っていたのに……」
緩慢な動きで、シルヴィアが立ち上がる。
絹糸のような銀髪を揺らしながら、彼女は、トワリスに近づいてきた。
「ねえ、どうしたら良いと思う……? 貴女や、このアーベリトの人達を殺したら、ルーフェンも、私のことを殺す気になるかしら」
言いながら、シルヴィアが、陶器のような白い腕を伸ばしてくる。
数歩後ずさると、トワリスの踵が、壁にぶち当たった。
どくり、どくりと、心臓が耳元にあるのではないかと錯覚するほど、鼓動が大きく聞こえる。
やがて、再び首筋に触れようとしたシルヴィアの手を、トワリスは、勢い良く掴みあげた。
声は出なかったが、それは、はっきりとした抵抗であった。
シルヴィアが、わずかに驚いた様子で、目を大きくする。
その目を見て、トワリスは、ぐっと歯を食い縛った。
自分が、シルヴィアに対して抱いている感情が、怒りなのか、哀れみなのか、それとも恐怖なのか──。
今、どんな顔をしてシルヴィアと対峙しているのかすら、よく分からなかった。
腕を掴まれたまま、シルヴィアは、眉を下げて微笑んだ。
「……私ね、教会と賭けをしているの。私が死ぬか、それとも、私が召喚術の才を取り戻して、ルーフェンが死ぬかの賭け。私は、私が死ぬ方に賭けているわ」
細められたシルヴィアの瞳に、不気味な影が落ちる。
それを見た瞬間、しまった、と思ったが、既に遅い。
その時にはもう、トワリスは、シルヴィアから目をそらすことも、逃げることも出来なくなっていた。
鼻先が触れるほど顔を近づけると、シルヴィアは続けた。
「教会の狙いは、私たちを争わせて共倒れさせるか、あるいは、アーベリト自体を落とすことなのでしょう。……酷いわよね、私たちは、見世物なんかじゃないのに。だから、最初はそんな賭け、乗る気はなかったのよ。でも、ルーフェンまで私を見てくれなくなったんだと思ったら、なんだか、どうでもよくなっちゃった……。あの子だけは、私を忘れず、殺すその瞬間まで、一心にこちらを見て恨んでくれると思ったのに……。結局、憎しみも哀しみも、忘れられないのは、私だけなんだわ。これじゃあ私、最期まで独りぼっちじゃない。誰にも気づかれず、ひっそり死ぬなんて、そんなの嫌よ」
後頭部にそっと手を差し入れて、シルヴィアは、トワリスと抱きしめた。
そして、耳元に唇を寄せると、シルヴィアは囁いた。
「この賭けは、私の勝ちよ。きっとルーフェンが、私を殺してくれる。だからお願い、邪魔をしないで……?」
月明かりさえ差し込まぬ、暗い湖底のような、冷たい声──。
その言葉を最後に、トワリスの意識は、闇に落ちたのであった。
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