複雑・ファジー小説
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- 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
- 日時: 2022/05/29 21:21
- 名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
- 参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825
いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………
人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。
後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?
………………
はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。
本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。
今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。
〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!
…………………………
ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430
〜目次〜
†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。
†用語解説† >>2←随時更新中……。
†第三章†──人と獣の少女
第一話『籠鳥』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬』 >>37-64
第三話『進展』 >>65-98
†第四章†──理に触れる者
第一話『禁忌』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実』 >>206-234
†第五章†──淋漓たる終焉
第一話『前兆』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞』 >>276-331
第三話『永訣』 >>332-342
第四話『瓦解』 >>343-381
第五話『隠匿』 >>382-403
†終章†『黎明』 >>404-405
†あとがき† >>406
作者の自己満足あとがき >>407-411
……………………
基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy
……………………
【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。
【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?
【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。
……お客様……
和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん
【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.289 )
- 日時: 2020/08/03 20:09
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
小さく首を振って、ジークハルトは答えた。
「……生憎だが、俺に取引を持ちかけても無駄だぞ。宮廷魔導師になるのは、そんなに簡単なことじゃない。そもそも俺には選択権がないし、仮に俺がお前を推薦しても、公を始めとする重役たちに功績を認められなければ、宮廷魔導師にはなれない」
「──その重役たちが、今回の襲撃であらかた死んだじゃない」
ジークハルトの瞳が、微かに揺れる。
長い蒼髪をかきあげて、アレクシアは、不敵に笑った。
「宮廷魔導師になるのは簡単じゃない……そんなことは分かってるわ。だって、功績を認められたところで、媚びることができない反抗的な犬は、切り捨てられるのが落ちだもの。それが今までの、魔導師団の現実……。都合の悪いことはのうのうと隠蔽し、従順な人間しか認めない、意気地無しの口先集団。けれど、その腐敗した魔導師団は、今や崩壊寸前。……言っている意味が、分かる? 新たに魔導師団を立て直すなら、襲撃を受けた“今”が好機だって言ってるの。……貴方がやるのよ」
アレクシアが、笑みを深める。
ジークハルトは、表情を暗くすると、再度首を振って見せた。
「……俺ではまだ、力不足だ。魔術の腕も、知識も、正しく世を見通せる眼も、俺には備わっていない。魔導師団の建て直しには、勿論尽力するつもりだが、宮廷魔導師団の上に立つには、まだ何もかもが足りない」
そう返すと、アレクシアは、途端に冷めた目付きになった。
「あら、そう。怖じ気づいた言い訳をするなら、もっと可愛げのある弁解を考えれば? 言っておくけれど、私の言う意気地無し集団の中に、貴方も含まれているのよ。偶然父親が元宮廷魔導師で、たまたま不祥事を起こさなかったから、運良く出世できただけ。魔導師団の腐敗を目の当たりにして、『俺が魔導師団を変える』とか大層なことをほざきながら、今まで傍観してたんだもの。貴方が力不足だなんてことは、重々承知してるわ。それでも気概だけはあって、機会を伺ってるんだと思っていたけれど、まさか本当に口先だけだったってわけ?」
「……黙れ」
「ああ、それとも、今回の件で自信を失くしてしまったのかしら。そうよね、大半が死んで、貴方だけ惨めったらしく生き残ったんだものね。祝宴の場には、能無しの魔導師が一体何人いて、何人守れたの? カーライル公が、無事に目を覚ますといいわね。そうすれば貴方は、老いぼれと子供の二人だけは守れた、英雄になれるかもしれないわよ」
「黙れ」
口調を強めると、ようやくアレクシアは黙った。
しかし、彼女の顔には、変わらぬ不敵な笑みが浮かんでいる。
アレクシアを睨むと、ジークハルトは、怒気のこもった声で告げた。
「お前がかつて受けた仕打ちを考えれば、魔導師団を責めたくもなるだろう。腐敗した内部を変える必要があるのも、今回の襲撃で俺がろくに立ち回れず、そのくせ惨めに生き残ったのも、否定しようのない事実だ。……だが、本気で国のために命を張った奴等がいることも、また事実だ。大義に殉じた者を侮辱することは、冗談でも許さん」
低い声音で言いきると、アレクシアは、反省する様子もなく、ふっと鼻を鳴らした。
彼女には、何を言い聞かせたところで、無駄なのだろう。
諦めたようにため息をついてから、ジークハルトは話を戻した。
「……俺はまず、この腕を治さねばならん。俺が戦線に復帰して、魔導師団を建て直すまでの間、新興騎士団が、何の動きも見せないことはないだろう。……情報が必要だ。お前、先程話していたこと、本当にできるのか」
アレクシアの顔を真っ直ぐに見て、問いかける。
アレクシアは、満足げに口角をあげた。
「それって、取引成立ってこと?」
ジークハルトは、平然と返した。
「阿呆、不正なんぞ許すか。……だが、もし本当に新興騎士団の思惑を暴き、間諜としての役目を遂げられたなら、お前は宮廷魔導師になっても不自然じゃない、優秀な魔導師だ」
率直な言葉に、毒気を抜かれた様子で、アレクシアがぱちぱちと瞬く。
ややあって、おかしそうに唇を歪めると、アレクシアは、ジークハルトの顔を覗き込んだ。
「つまりは、成功が絶対条件ってことね。嫌だわ、私は最初からそのつもりだったのに。本当にできるか、なんて、一体誰に聞いてるのよ」
からかい口調で言いながら、アレクシアは、ジークハルトの頬にぶすぶすと人差し指を突き刺す。
ジークハルトが、鬱陶しそうにアレクシアの手を振り払うと、彼女は、くすくすと笑った。
「貴方が見えないなら、私が貴方の目になってあげる。どんなに遠くのものでも、包み隠されたものでも、全て暴いて、教えてあげる。そして、魔導師団を変えるのよ……貴方と、私で」
アレクシアはそう言うと、艶然と微笑んだのであった。
サーフェリア歴、一四九五年。
アーベリトに王位が渡ってから、約六年の月日が経ち、シャルシス・カーライルが齢七を迎えた、この年──。
旧王都シュベルテの街並みを突如半壊させ、その権威を悉く失墜させたこの襲撃は、歴史的にも名を残す惨事となる。
王位を我が物にしようとしたアーベリトの仕業か、あるいは、魔導師優位の軍制崩壊を望む新興騎士団の策略か。
民間では、様々な憶測が真しやかに囁かれ、一層混乱を極めていく事態となるが、後に、この襲撃の真相を知らされた人々は、かつてないほどの恐怖と絶望に、震え上がることになる。
西方に位置する軍事都市、セントランスが、アーベリト、シュベルテ、ハーフェルンの三街に対し、宣戦布告をしてきたのだ。
セントランスはかつて、御前でハーフェルン、アーベリトと王権を争い、破れた街である。
シュベルテに次ぐ巨大な軍事都市であり、現在、サーフェリアを統治する三街とは、決裂状態にあった。
彼らは、シュベルテを襲った異形は召喚術によって産み出したものだと明かし、召喚師一族の力を保有できるのは、王都の特権ではないという文言と共に、詔書を送りつけてきた。
襲撃を受ける前であれば、このような世迷言を信じる者は、誰一人いなかっただろう。
しかし、その恫喝は、実際に街を喰った異形を目の当たりにし、魔導師団を失ったシュベルテの人々を震え上がらせるには、十分であった。
現国王、サミル・レーシアスが敷いた、三街による統治体制が崩れたのは、この瞬間であった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.290 )
- 日時: 2020/08/06 23:03
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
* * *
アーベリトは元々、戦争難民の受け入れなど、初代領主の時代から続けてきた医療援助や慈善活動の功績が認められ、発展してきた街である。
故に、卓越した医療技術を持ち、その三倍以上の面積を持つ旧王都、シュベルテにも劣らぬ施設数、病床数を誇っていたが、それでも、大量の怪我人が流れ込んできたときには、あまりの急場に、事態は逼迫せざるを得なかった。
突如として、セントランスから三街に下された宣戦布告──。
今までも、地方で小規模な内戦が起これば、アーベリトが対応に動くことはあったが、此度の襲撃は、その比ではない。
少なくとも、トワリスがアーベリトに着任したこの一年間で、三街がこれほどまでの混乱状態に陥ったことはなかった。
シュベルテは、サーフェリアの中で、最も大規模な軍を持つ都市だ。
もし詔書の内容に偽りがなく、セントランスが召喚術にも等しい何かしらの魔術を用いて、独力でシュベルテに軍部崩壊をもたらしたのだとすれば──。
次に攻め入られた時、遷都後に築いてきた現在の体制は、呆気なく終焉を迎えるだろう。
今の三街には、セントランスに抗う術がない。
人々の間に蔓延るその不安が、アーベリトに混乱を招いている一因でもあった。
襲撃の知らせを受けて、ルーフェンは、すぐにシュベルテへと向かった。
しかし、いくら召喚師といえど、一度に何百人、何千人単位で移動陣を使用するのは不可能であるため、命に別状はないと判断された怪我人は、輸送用の馬車で随時アーベリトに送られてきた。
一命を取り留めているとはいえ、所狭しと並ぶ寝台が、血と汗にまみれた人々で埋め尽くされる光景は、凄まじいものである。
院内は、たちまち濃い体液の臭いに覆われ、一時も休まず働き詰めている医術師たちが、青い顔をして行き交っている。
表面的な傷だけではなく、心的外傷が深刻な者も多く、軽傷だからと一度治療を保留にされた患者の中には、壁際でしゃがみこみ、ぶつぶつと呟いたり、呻いたりしながら、日がな頭を抱え込んでいる者もいた。
アーベリトの魔導師や自警団員たちは、物資の運搬や、患者の身元確認に奔走していたが、病院側の手が追い付かなくなってくると、止血などの応急処置にも回った。
受け入れを待つ、待機者たちの対応に回っていたトワリスは、不意に、列の後方から呼ばれて、顔をあげた。
「おい、そこの魔導師! まだ治療は受けられぬのか! 早くしろ!」
列から飛び出してきた、シュベルテの魔導師らしき男が、トワリスに大声をかけてくる。
我が身可愛さで横暴な行動に出ているだけならば、無視するところだが、男の蒼白な顔を見て、トワリスは立ち上がった。
その男は、自分ではなく、連れの容態を気にしている様子だったからだ。
「急患ですか?」
駆け寄って尋ねると、男は、トワリスの腕を掴んで、列の中へと戻った。
男が示した先を見れば、床に置かれた担架の上に、人が一人、寝かされている。
薄い敷布が被されていたので、既に死んでいるのかと思ったが、その敷布は、どうやら横たわっている人物の姿を、隠すためのものらしかった。
男は、周囲の目を気にしながら、小声でトワリスに告げた。
「急ぎ医術師を呼び寄せてくれ。前召喚師様が目を覚まさぬのだ!」
前召喚師、という言葉に、トワリスは、思わず目を見張った。
男は、蒼白な顔で脂汗を流しており、担架のそばにいる別の魔導師も、緊張した面持ちでトワリスを見つめている。
道理で、一般人に紛れ、素性を隠して列に並んでいたわけだ。
こんなところに前召喚師がいるとなれば、ちょっとした騒ぎになっていただろう。
トワリスは、担架の近くに屈みこむと、周囲に気取られぬよう、わずかに敷布をめくった。
隙間から、絹糸のような銀髪が見える。
横たわる前召喚師──シルヴィア・シェイルハートの顔は、横から覗きみただけでも分かるほど血の気がなく、微かに呼吸しているという点を除けば、まるで蝋人形のようであった。
(この人……ルーフェンさんの、お母さんってことだよね……?)
半信半疑で男たちの話を聞いていたが、この銀髪を見れば、彼らの言葉が真実であることは一目瞭然だ。
男の一人が、青白い顔で言った。
「襲撃のあった城の庭園で、倒れていらっしゃったのだ。目立った傷はないが、二日経ってもお目覚めにならない。もしかすると、頭を強く打ち付けたのやもしれぬ」
トワリスは、改めてシルヴィアの細い手首をとると、脈があることを確かめた。
衣服が血で汚れてはいるが、男たちの言う通り、シルヴィアに特別な外傷はないし、呼吸も脈も正常である。
重症で意識不明になっているというよりは、深い眠りに落ちているように見えた。
トワリスは、急ぎ自警団員にその場を任せると、立ち上がった。
「街中の病院は一杯で、入院の必要がない軽傷者しか診られないような状態です。移動陣で、城館に向かいましょう。受け入れ可能かどうか、陛下にも伺ってみます」
言いながら、移動陣の描かれた用紙を懐から取り出す。
シュベルテの緊急事態を受けて、一時的にアーベリトを全面解放してはいるが、怪我人に紛れて、不遜な輩が入り込んでくる可能性は十分にある。
現在はルーフェンが不在だし、尚更、不用意に外部の人間を城館に招き入れたくはない。
しかし、倒れているのは、他でもない前召喚師だ。
頭を打っているかもしれない状態で、今更シュベルテの病院に戻れとは言えないし、アーベリトで受け入れる他ないだろう。
移動陣と聞いて、魔導師の男は、動揺を示した。
「お前、移動陣が使えるのか。我々は使用経験がないのだ」
「私一人で大丈夫です。アーベリト内でのみ、召喚師様の魔力を拝借して使えます。あまり行使したくはありませんが、非常時なので、やむを得ません」
早口で答えて、移動陣を床に敷く。
不安げな男二人に、シルヴィアの担架を寄せるように頼むと、トワリスは、移動陣に手を翳したのであった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.291 )
- 日時: 2020/08/10 17:52
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
国王サミルに事情を説明すると、シルヴィア、および二名の魔導師の入城が認められた。
トワリスがシルヴィアの名を出すと、サミルはひどく驚いた様子であったが、シュベルテの襲撃時の状況を、魔導師たちから聞き出したいという気持ちもあったのだろう。
二つ返事で頷くと、サミルは城館でシルヴィアを保護し、同行していた魔導師を一名を付き添わせて、もう一名は、御前に招いたのであった。
白亜の壁が四方を覆う、質朴な謁見の間に魔導師を通すと、サミルは、トワリスの他に、サイとハインツ、そして、アーベリトの総括を勤める、ロンダートら数人の自警団員と官僚たちを呼び寄せた。
シュベルテ襲撃の情報は、いきなり世間に公表するよりも、ひとまず限られた人数で共有したほうが、混乱を避けられるとの考えがあってのことだろう。
つづれ織りの壁掛けを背後に、サミルが王座につくと、中年の魔導師は、絨毯に膝をついて頭を下げた。
「国王陛下の寛大な御心に、深く感謝申し上げます。私は、中央隊所属のゲルナー・ハイデスと申します」
固い口調で進言し、ゲルナーは平伏する。
サミルは頷くと、穏やかに返した。
「顔をあげてください。シュベルテの惨状については、聞いています。前召喚師様をお守りし、よくぞアーベリトまで来てくれました。シルヴィア様は、この城館で治療させています。回復するまでの間、こちらも手を尽くしましょう」
「──は。ありがとうございます」
顔をあげるように言ったが、ゲルナーは、頭を下げたままであった。
言葉を次ごうとしているのか、更に深く、額を床につけるようにして伏せると、ゲルナーは続けた。
「……畏れながら、重ねてお願い申し上げます。ご容態に拘わらず、当面の間、前召喚師様のアーベリトでのご滞在をお許し頂けないでしょうか」
サミルが、驚いたように目を見開く。
話を聞いていた重鎮たちも、この申し出には、疑問を抱いたのだろう。
広間がざわりと揺らいで、各々怪訝に眉を潜めた。
そもそも、召喚師一族であるシルヴィアが、アーベリトまで運ばれてきたこと自体が、不自然だったのだ。
アーベリトを頼って来る怪我人の数を見る限り、シュベルテの医療機関が逼迫状態であることは明白であるが、だからといって、シルヴィアのような優先して治療すべき要人すら受け入れないというのは、本来考えられないことだ。
実際、アーベリトに流れてくるのは、一般人ばかりで、それも、馬車での長旅に耐えられる程度の、重軽傷者が大半である。
外傷が目立たなかったとはいえ、いつ命を落とすとも分からぬシルヴィアを、意識不明の状態で運んでくるなど、よほどの理由があるに違いなかった。
「……シュベルテで、何が起きているのですか?」
神妙な面持ちでサミルが問うと、ゲルナーは、ようやく顔を上げる。
口に出すのを躊躇っているのか、わずかに視線を彷徨わせると、ゲルナーは、口を開いた。
「ここ数年の間、前召喚師様は、何度もお命を狙われているのです。差し向けられた刺客の素性は明らかになっておりませんが、おそらくは、イシュカル教会の急進派の者です。セントランスによる此度の襲撃で、我々魔導師団は、甚大な被害を受けました。結果、今シュベルテを取り仕切っておりますのは、教会によって発足された新興騎士団の者たちです。彼らは穏健派を名乗ってはおりますが、召喚師一族を疎ましく思っていることに変わりはございませぬ。また、由々しき問題なのは、旧王家に仕えていた世俗騎士団までもが、教会側に寝返りつつあるということです。現状、騎士団長レオン・イージウス卿、宮廷魔導師団長ヴァレイ・ストンフリー卿らを始めとする幹部陣が亡くなり、総指令部は実質解体状態となっております。公は未だ動けるような状態になく、現状、シュベルテを守っている新興騎士団、つまりはイシュカル教会を支持する民は増えていく一方です。故に、このまま前召喚師様をシュベルテに残すのは危険だと判断し、アーベリトまで参った次第でございます」
ゲルナーの額に、じっとりと汗が滲んでいる。
サミルは、苦々しい表情になった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.292 )
- 日時: 2020/08/13 21:09
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
「……なるほど、事情は分かりました。しかし、なぜもっと早くに報告を上げて下さらなかったのです? イシュカル教会の存在は勿論把握していましたが、彼らが騎士団を発足したことも、シルヴィア様の暗殺を企てるまでに至っていることも、今、初めて耳にしました。もし彼らが、今回の混乱に乗じて、シュベルテの軍部を掌握するまでに勢力を伸ばすつもりなら、見過ごすことはできません。もっと早くに手を打つべきでした」
ゲルナーは、再び額を床につけた。
「お許しください。今までは、我ら魔導師団のみで制圧できていたのです。セントランスからの襲撃さえ、なければ……」
怒りと悔しさを抑え込んだような声で、ゲルナーが言う。
そのとき、文官の一人が、すっと手を上げた。
発言の許可を得て、一歩前に出ると、文官はゲルナーを見た。
「此度のセントランスによる宣戦布告と、新興騎士団の台頭に、繋がりがある可能性はござらんか? 貴公の話をお聞きする限りでは、セントランスの襲撃のおかげで、イシュカル教会が勢い付いた、とも解釈できますが」
ゲルナーは顔を上げると、弱々しく首を振った。
「申し訳ございません、明言はできませぬ。我々も当初、今回の襲撃は、教会が目論んだものではないかと疑っておりました。しかしながら、後日セントランスより宣戦布告が成され、少なくとも教会が主力でないことは、明らかになりました。教会の独力では、我ら魔導師団を壊滅させることなど不可能であること。また、今回の襲撃によって、新興騎士団内の権力者の一人であったと予想されるイージウス卿が、亡くなっていること。これらの事実を鑑みれば、教会が首謀である可能性は低いかと存じます。ですが、だからといって、必ずしも関係がないと否定することはできませぬ。花祭りの最中を狙った襲撃は、計画的なものでした。内通者がいないとも限りません」
ゲルナーの曖昧な答えに、文官は、苛立たしげに顔をしかめた。
「……重大なことですぞ。もし、セントランスと教会に繋がりがあり、そのことを貴公ら中央魔導師団が、見落としているのだとすれば……事態は一層深刻です。我らの敵は、セントランスだけではないということになるのです」
文官の言葉に、広間が静まり返った。
自分達が立たされている窮地を、改めて、はっきりと目の当たりにしたのだ。
アーベリトとハーフェルンは、セントランスに勝る兵力など持っていない。
軍事の要であったシュベルテが壊滅状態に追いやられ、その上、未だ反乱分子を抱えているのだとすれば、召喚師一族を頼る以外に、勝機はないだろう。
臣下たちが騒然とする中、畳み掛けようと口を開いた文官を、サミルが制した。
渋々引き下がった文官を一瞥し、蒼白なゲルナーの顔を見つめると、サミルは、落ち着いた声で言った。
「ひとまず今は、セントランスとどう対するかを考えましょう。内通する勢力がいるにせよ、いないにせよ、彼らの狙いが私たちを討つことならば、先の襲撃時に、街ごと焼き払われていてもおかしくありませんでした。しかし、そうならなかったということは、セントランス側にも限界がある、もしくは現時点では恫喝に留めた理由があるのでしょう。宣戦布告の詔書にもある通り、目的はあくまで王権の奪取なのかもしれません。であれば、まだ交渉の余地はあります」
サミルの発言に、シュベルテから引き入れられた文官たちが、難色を示した。
彼らは、遷都後にアーベリトへとやってきた官僚たちであったが、この数年間で、サミルの性格を理解している。
文官の一人が手を上げて、厳しい眼差しをサミルに向けた。
「恐れながら、陛下、一体何を交渉なさるというのですか。彼奴らは、シュベルテに甚大な被害をもたらしただけでなく、開戦の日に、二月後の『追悼儀礼の日』を指定してきたのです。先王の七度目の命日に開戦などと、これは明らかな侮辱ではございませんか! 交渉の場など設けたところで、何を要求されるかは明白です。どうか、開戦のご決断を!」
興奮した様子で、声を裏返す文官に、サミルは、静かに告げた。
「挑発に乗って争えば、それこそセントランスの思う壺でしょう。下手に出るつもりはありませんが、実際こちらが不利な状況です。相手側に分がある以上、安易に開戦に踏み切っては、犠牲が増えるだけです。交渉することで平和的に済むならば、それに越したことはありません」
サミルの言葉に、広間がざわついた。
国王自ら、自陣が劣勢であることを認めるのかと、批難の声が上がる。
日頃から、保守的とも取れるサミルの政策に疑念を抱いていた者達の不満が、この場で爆発したのであった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.293 )
- 日時: 2020/08/15 19:47
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
トワリスら魔導師と共に、下座でやりとりを聞いていたロンダートは、ハインツの後ろに隠れるように下がると、げんなりした表情で言った。
「なんだか、とんでもないことになってきたなぁ。開戦開戦って、戦うのはお前達じゃないだろうに……」
ぶつぶつと文句をこぼしながら、ロンダートは、向かいで騒ぎ立てる文官たちを見る。
トワリスは、ため息混じりに答えた。
「でも、現状だと開戦が避けられないというのは、事実ですよね。平和的解決が一番とは言え、セントランスが王権を狙っているなら、その要求を飲むわけにはいきませんし。……ただ、陛下の言う通り、このまま真っ向からぶつかるには、まだ不安要素が多すぎる気がします。私、シュベルテの魔導師団が呆気なくやられたっていうのが、未だに信じられないんです」
トワリスが言うと、隣にいたサイが、深刻な顔つきで頷いた。
「同感です。花祭りの最中だったということは、普段よりも警備は強化されていたはずですし、俄には信じがたいですね。詔書に、召喚術の行使を仄めかすような文面まで記載されていたと聞くので、その真偽も気になります」
ロンダートが、顔をしかめた。
「そりゃあ、嘘に決まってるよ。だって召喚術は、召喚師一族にしか使えないはずなんだから。俺、魔術には詳しくないけど、召喚術って、召喚師様にしか読めない、なんとかって文字を使うんだろう?」
「──ええ。魔語、ですね」
答えてから、サイは考え込むように、視線を床に落とした。
通常、術式に使用されるのは古語であるが、召喚術の行使に必要なのは、魔語と呼ばれる、特別な言語であった。
召喚師一族は、まるで前世の記憶に刻み込まれているかの如く、生まれ落ちた瞬間から、魔語を読解できるのだという。
それが真実なのかは分からないし、今までに、魔語を習得しようとした研究者がいたかどうかも定かではないが、元々召喚術は、人が触れてはならない、神聖なものだという認識が強かった。
故に魔語は、召喚師一族だけが扱う、秘匿言語とされていたのだ。
サイは、指を顎に添えると、淡々と続けた。
「一般の魔導師が召喚術を使おうなんて、そもそも方法の検討がつきませんし、私も単なる脅しだとは思います。しかし、宮廷魔導師団まで壊滅状態に追い込まれたとなると……信憑性が増してきますよね。あり得ない話ではありません。何百年も前のことですが、セントランスは、王都だった街です。その当時、召喚師一族がセントランスにいて、召喚術の行使方法に関する何かしらの記録を残していたのだとすれば、それを解き明かす者が出てもおかしくはないでしょう」
ハインツの腕にしがみついて、ロンダートが、顔を青くする。
サイは、腕を掴まれてびくついたハインツのほうを見た。
「リオット族だって、地の魔術に長けた一族だと言われていますが、だからといって、リオット族以外の人間が、地の魔術を使えないというわけではありません。同様に、召喚術の使用条件が、実は血筋ではなく魔語の習得にあって、それを満たす者が、召喚師一族以外にも現れたのだとすれば……。まあ、こんなのは、私の憶測に過ぎませんが」
これ以上は考えても無駄だと見切りをつけたのか、サイは肩をすくめると、口を閉ざした。
セントランスが召喚術の使用を仄めかしてきたことは、確かに、突き止めるべき重要事項ではあるが、問題の本質はそこではない。
召喚術であろうと、なかろうと、セントランスに、シュベルテを追い詰めるほどの力があることは、紛れもない真実なのだ。
わずかに声を潜めて、トワリスが言った。
「内通者の存在も、気になりますよね。もし襲撃を手引きした者がいるなら、シュベルテが不意を突かれたのも頷けます。先程出た話では、内通者に関しては保留になりましたけど、もし本当にセントランスと繋がっている勢力がいるなら、早く炙り出さないとまずいですよ。いくら敵方を警戒したって、身内に裏切り者がいるんじゃ、こちらの情報は筒抜けになっているでしょうから」
トワリスの発言に、ロンダートが眉を寄せた。
「内通者がいるんだとしたら、新興騎士団とやらを発足した教会の連中じゃないのか? さっき、話題にも上がってただろう。実際、今回の襲撃で、魔導師団は痛手を被って、教会は得をしたわけだし」
「ああ、はい。それは、そうなんですけど……。ただ、シュベルテで暮らしたことがあれば分かると思うんですけど、教会って、軍部の組織ではないので、大した情報は持ってないはずなんですよ。だから、台頭したことで注目を浴びてはいるけど、必ずしも教会が内通勢力とは限らないんじゃないかなって」
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