複雑・ファジー小説

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〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
日時: 2022/05/29 21:21
名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825

いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………

 人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。

 後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?

………………

 はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。

 本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430

〜目次〜

†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。

†用語解説† >>2←随時更新中……。

†第三章†──人と獣の少女

第一話『籠鳥ろうちょう』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬どうけい』 >>37-64
第三話『進展しんてん』 >>65-98

†第四章†──理に触れる者

第一話『禁忌きんき』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌さてつ』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実けつじつ』 >>206-234

†第五章†──淋漓たる終焉

第一話『前兆ぜんちょう』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞ぎまん』 >>276-331
第三話『永訣えいけつ』 >>332-342
第四話『瓦解がかい』 >>343-381
第五話『隠匿いんとく』 >>382-403

†終章†『黎明れいめい』 >>404-405

†あとがき† >>406

作者の自己満足あとがき >>407-411

……………………

基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy

……………………


【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。

【現在の執筆もの】

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?

【執筆予定のもの】

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。




……お客様……

和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん


【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.324 )
日時: 2020/11/25 20:01
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)


 トワリスに立たされ、進むように促されると、バスカは、荒く息を吐きながら歩き出した。
ルーフェンたちの目前までやって来ると、バスカの肩越しに、サイとトワリスと目が合う。
サイは、トワリスを見つめて、顔を歪めた。

「トワリスさん……」

 か細く名を呼べば、一瞬、トワリスの目に躊躇いの色が走る。
バスカに剣を突きつけたまま、トワリスはしばらく黙っていたが、ややあって、深呼吸すると、ゆるゆると首を振った。

「ごめんなさい……サイさん。でも、貴方の他に考えられないんです。以前、ご自分で言っていましたよね? セントランスに内通する裏切り者がいるなら、それは、シュベルテの内部事情もよく知っている人間だろう、って」

 サイは、勢いよく否定した。

「ちがっ、違いますよ! シュベルテの内情に詳しい人間なら、他にも、沢山いるじゃないですか……! 何故、私だと──」

「では、セントランスに到着した日、門衛に何を渡したんですか? あれは、サミルさんから預かった親書ではありませんよね?」

「──!」

 口調を強めたトワリスに、サイの目が、大きく見開かれる。
硬直したサイから視線をそらさず、トワリスは、悲しみと怒りが混ざったような、複雑な表情を浮かべていた。

 訪れた沈黙に、ルーフェンが口を挟んだ。

「彼女は鼻が利くんだよ。本物の親書には、微かに匂い付けしてたんだ。中身をすり換えたり、加えたりしていればすぐに分かる。……召喚術の真似事だけでは限界を感じて、俺に探りを入れていただろう。大方、親書と偽って君が渡したのは、より精度の高い召喚術の真似の仕方ってところかな」

「…………」

 唇をはくはくと開閉させながら、サイは、すがるようにバスカを見た。
バスカは、今までにないほどの厳しい顔つきで、サイを睨み付けている。

 怯えたように下を向いたサイが、尚も繰り返した言葉は、聞き取れぬほどに弱々しいものであった。

「ち……違います。信じてください……」

 譫言うわごとのようなそれには、もはや論駁ろんばくの意思すら感じられない。
拍子抜けした様子で肩をすくめると、ルーフェンは、やれやれと嘆息した。

「往生際が悪いなぁ。第一、信じていないのは君の方だろう? 君は、最初からずーっと、俺のことを疑っていた。俺が『召喚術は召喚師一族しか使えない』と言えば、一般の魔導師でも使える方法を見出だそうとしていたし、『召喚術は悪魔を身に宿す方法しかない』と言えば、大勢の魔導師を使って、異形を具現化させる方法を探した。その結果が、これだよ」

 改めて室内を見回して、ルーフェンは、広がる惨状を指し示す。
もはや、顔をあげようともしなくなったサイに、ルーフェンは構わず言い募った。

「俺のどの言葉が嘘で、どの言葉が本当だったかは、ある程度調べれば分かっただろう? 何年か前の魔導師団の報告書を遡れば、俺がノーラデュースでフォルネウスを可視化させた記録なんて簡単に見つかる。『召喚術は悪魔を身に宿す方法しかない』なんていうのは、真っ赤な嘘だ」

「…………」

「俺の嘘を暴けば暴くほど、召喚術を使える可能性に近づいていく。君は嬉々として、俺の発言の矛盾点を探り、糸口を掴みとったわけだ。いやぁ、すごいよね。俺が提示した魔語を一瞬で記憶して、その法則性まで導いちゃったんだから。びっくりしたよ、サイくんって本当に賢いみたい」

 魔語、という単語に反応して、サイが、ようやく頭をあげる。
微かな光を目に浮かべると、サイは、震えた声で言った。

「そう……そうです。魔語は、私が……私自身の力で導き出したんです。莫大な魔力を元に、術式を魔語に置換し出力、発現する。それが、召喚術でしょう? 私の推論は正しい。使えるはずなんです。これだけの魔導師がいて、魔語による言語化が出来ているなら、使えるはずです。……私は、間違っていない」

 その言葉こそが、自白になっているというのに、サイは、繰り返し繰り返し、自分は間違っていないのだと呟いた。
誰に対して反論するでもなく、ただ、脳内に構築した術式を再計算しながら、他ならぬ自分自身と葛藤している。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.325 )
日時: 2020/11/27 19:16
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)




 ルーフェンは屈みこんで、視線の定まっていない、虚ろなサイの目を覗き込んだ。

「だからさ、そこが甘かったって言ってるんだよ」

 サイの瞳が、大きく揺れる。
ルーフェンは、目を細めて、淡々と続けた。

「頭の良いサイくんは、俺のことは疑っても、自分の優秀さは信じていたわけだ。俺の嘘を見破ることで、召喚術の発動条件を調べあげ、俺が提示した魔語からその法則性まで理解して、短期間で習得した。そうして“自力”でたどり着いた真実には、流石に疑いの余地がない。自分で探り出した答えなのだから、疑おうという思考にすらならない。誰だってそうだろう?」

「…………」

「君が独自で大成させた召喚術は、シュベルテで使ったような、単なる思念の集合体を操るだけの擬物まがいものじゃない。限りなく本物に近い、実体の悪魔を召喚できる“はず”だった。それをさっき、初めて披露しようとしたんだろう。召喚術で召喚師を殺そうなんて、なかなかに皮肉の利いた洒落だね。わざわざ召喚術の存在を仄めかせて、意地悪く宣戦布告してきただけあるよ。アルヴァン侯に悪知恵を吹き込んだのも、全部君なんじゃない?」

 サイのことを皮肉だと揶揄やゆしながら、それ以上の当てこすりを口にして、ルーフェンの唇は弧を描く。
そんな彼の顔を見つめたまま、サイは、回らなくなった頭で、必死に現状を打破できる糸口を探していた。
今、ここで思考を放棄してはならない。
考えることをやめれば、それこそルーフェンの思う壺だ。
この召喚師は、あえてなぶるような言い方をして、サイを追い詰め、動揺させて、話の主導権を掴み取ろうとしているのだ。

 ふと、サイの耳元に顔を寄せると、ルーフェンは囁いた。

「……いいかい? 召喚術なんてものに、軽々しく手を出すな。君が手繰り寄せた糸に、その先はない。俺が見せて、君が習得したと思っていた魔語は、ただの鏡文字だ。本物に似せただけの、偽物にすぎないんだよ」

 張っていた糸が、ぷつりと切れる音がした。
青ざめていくサイの顔を、ルーフェンが、細めた目の端で見る。

「……術式の逆展開。言っている意味が、分かるだろう? 魔法陣を反転させれば、効果が逆転するのと同じように、魔語も反転させれば、反対の効力を持つようになる。君が知らずに腕に刻んだ魔語は、君の意図とは全く逆の働きをしたんだよ、サイくん」

 忘れていた腕の痛みが、じくじくと這い上がってくる。
皮膚に焼き付き、根を生やして食い破った宿り木のようなその紋を、ルーフェンは、一つ一つ、時間をかけて示していった。

「多量の魔力を集め、異形を実体化させるために、君が魔導師たちの腕に刻むよう指示した魔語は、見たところ三文字──翻訳すると、『集結』『形成』『奉奠ほうてん』。つまり、君が実際に刻印したのは、それと逆の意味を持つ『四散』『破壊』『搾取』……といったところかな」

「……は、……っ」

 吐息混じりの声が、震える。
ルーフェンは、ふ、と口元を綻ばせた。

「──そう、『破壊』。文字通り、君たちの腕は四散し、破壊され、そして搾取された。これは、召喚術なんかじゃない、ただの“呪詛”だ。魔語擬まごもどきを用いた呪詛なんて、俺も使ったことはないけれど、一般では解読不能な文字を使っているだけに、解除は難しいんじゃないかな。このまま放置すれば、みんな死ぬ。……君がやったんだよ。シュベルテの人間だけじゃない。君を信頼し、尽力したセントランスの魔導師たち、その全員を。……他でもない、君が、殺したんだ」

 ひゅ、と喉の奥が鳴って、濃い死臭が、胃の中からせり上がってくる。
焦点の合わない目を見開き、いよいよ蒼白になったサイの顔を一瞥すると、ルーフェンは、立ち上がって、バスカのほうに向き直った。

「──さて、状況が変わったので、改めて話し合いましょうか。アルヴァン侯」

 トワリスに大剣を突きつけられたまま、バスカが、ぎくりと表情を強張らせる。
ルーフェンは、美麗に微笑むと、冷ややかな眼差しを向けた。

「ああ、失礼。言い方を間違えました。これは交渉などではなく、一方的な蹂躙じゅうりん、そして脅迫です。……勘違いしないでくださいね?」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.326 )
日時: 2020/11/29 20:34
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)



 バスカは、血走った目で、ルーフェンを凝視した。
怒りとも憎しみともつかぬ、制御しきれない激情が、その瞳の奥で煮えたぎっている。

 バスカは、一呼吸置くと、ルーフェンではなく、サイのほうを睥睨へいげいした。

「……っ、本っ当に役に立たないな! お前はぁっ!!」

 サイは俯いたまま、ぴくりとも動かない。
糸の切れた操り人形に向かって、バスカは、喉が裂けんばかりの大声で怒鳴った。

「この馬鹿め! 恩知らずが! お前は私の言う通りに、黙って従っておれば良かったのだ……! 出来損ないのクズ、ゴミめが……っ!!」

「…………」

 まるで理性を失った獣の如く、ふうふうと息を荒らげながら、バスカはサイに殴りかかろうと動く。
トワリスが、咄嗟に脇に腕を差し入れ、大剣を突きつけて止めたが、バスカの勢いは、全く留まらなかった。

 刃が首の皮に食い込んでいくのも構わず、バスカは、サイの方へと身を乗り出していく。
見かねたルーフェンが、皮一枚、傷の入った首に手を添えると、バスカは、ようやく罵倒を止めた。

「少し落ち着いて下さい。この場で首が落ちても良いんですか? 今、アルヴァン侯と話しているのは、この私ですよ」

「……っ」

 狂暴な眼差しをルーフェンに移して、苛立たしげに、ぎりぎりと歯を食い縛る。
バスカは、しばらく憤怒の形相で黙っていたが、束の間目を閉じ、息を吸うと、幾分か呼吸を整えた。

「……貴様らの望みは、なんだ。セントランスの降伏か」

 ルーフェンは、手を下ろすと、満足げに眉をあげた。

「まあ、平たく言えばそうですね。まずはセントランスの軍部解体と、三街への不干渉を誓ってもらいましょうか。……それからアルヴァン侯、貴方には、シュベルテに来て頂きます。……ああ、逃げようとか考えないで下さいね。屋敷の兵にも、そのまま待機命令を出しておいてください。この場に大勢押し掛けられても面倒ですから、呼ぼうとした時点で、貴方諸共全員殺します」

 背後で、サイが息を飲む気配があったが、ルーフェンは振り返らなかった。
バスカがシュベルテに送られること──それはすなわち、“見せしめ”を意味している。
その末路など、言わずとも全員が理解していた。

 ぎらぎらと光っていたバスカの目から、ふと、感情が消えた。
代わりに、底冷えするような、研ぎ澄まされた武人の双眸が、ルーフェンを見据える。
──その、次の瞬間。

 突然、突き付けられた刃を片手で掴むと、バスカが、振り向き様に、トワリスの顔面めがけて殴りかかった。
咄嗟に上体を反らして拳を避け、トワリスは、掴まれた大剣を振り抜こうとする。
しかし、刃の食い込んだ肉厚な手からは、血が飛び散るだけで、斬り捨てることは叶わない。
まるで、痛みを感じていないような、凄まじい握力であった。

「──トワ!」

 再び拳を振り上げたバスカに、応戦しようと身を低くしたトワリスであったが、ルーフェンに名を呼ばれると、すぐさま大剣から手を引いた。
後方へ二転し距離をとって、トワリスは、ルーフェンの側へと着地する。
大剣を取り戻したバスカは、血の滴る右手を使って、難なく体勢を整えた。

 ルーフェンは、小さくため息をついた。

「……これは、交渉決裂ってことですかね。といっても、貴方に拒否権はないので、頷かないなら実力行使に出ますが」

「……──するな」

 バスカが、何かを呟く。
ルーフェンが眉をひそめると、バスカは、頬の筋肉を引き攣らせ、声を張り上げた。

「──私を愚弄するな! 我がセントランスを、愚弄するな……!!」

 言うや、バスカは、自身の腹に大剣を突き立てた。
一気に傷口を横に広げれば、鉄鎧の隙間から、大量の鮮血が噴き出す。
瞠目したルーフェンたちを睨むと、膝をついたバスカは、途切れ途切れに言葉を紡いだ。

「……私は、誇り高き、西方の……っ。穢れ、呪われた、貴様ら一族に、下るつもりなど、ない。五百年前、王権を、奪われた、あの時から……我らの道は、別たれ、た……っ」

 ごぼっ、と嫌な咳をすると、バスカは吐血し、そのまま崩れ落ちた。
滾々こんこんとして広がる血だまりが、石床を浸食していく。
訪れた静寂に、鉄鎧が激突する金属音だけが、虚しく響き渡った。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.327 )
日時: 2020/12/01 18:31
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)



「……は? 死んだ……?」

 不意に、サイが唇を開く。
一同が視線を移すと、サイは、呆然とした面持ちで、バスカの死体を見つめていた。

「そんな……嘘だ、父上。本当に、死んだんですか……?」

 無感情な掠れ声で、サイは、バスカに向かって問い続ける。
何度も何度も、答えぬ亡骸に声をかけ、ややあって、その目から涙を溢れさせると、サイは、震えながら叫んだ。

「……ふ、ふざけるな! 父上、なんで、そんな……! 貴方が死んだら、私は一体、どうしたらいいんですか……!」

 ハインツの下で藻掻き、這い出ることが出来ないと悟ると、サイは、額を床につけて泣き出した。
ハインツが、狼狽えたようにルーフェンを見る。
嘆息したルーフェンが、ハインツにサイの拘束を解くように告げると、それと同時に、トワリスが動いた。

 解放されたサイの前に立ち、ぐっと拳を握ると、トワリスは、静かに尋ねた。

「……サイさん、どうしてこんなことをしたんですか。理由があったなら、教えてください。でないと、私たちは、貴方を罪人として殺さなければなりません」

 打たれたように顔をあげ、サイが、トワリスに目を向ける。
そして、驚いたように息を飲んだ。
冷静な口調とは裏腹に、トワリスは、ひどく悲しげな表情を浮かべていたからだ。

 いさめるように声をかけてきたルーフェンを無視して、トワリスは、サイの前に膝をついた。

「……アルヴァン侯は、貴方のお父さんだったんですよね。だから、拒絶できなかったんですか? セントランスのために、シュベルテを落とすように父親に言われて……。実際サイさんには、それを成し遂げるだけの力があったから、逆らえなかった」

「…………」

 サイは、波立った胸中が凪いでいくのを感じながら、トワリスを見つめていた。

 ルーフェンが言っていたことは、ほとんど事実だ。
サイは、シュベルテの情報をセンスランスに売り、先の襲撃を助長した。
自らが考案した異形の召喚術をバスカに提言し、それが不完全であることを悟ると、ルーフェンに探りを入れ、そこから導き出した本物に近い召喚術の行使方法を、親書に紛れ込ませてセントランスに伝えたのだ。

 結果的に、大勢の人間が死んだ。
指揮をしていたのは、領主バスカ・アルヴァンだが、彼に従い、間接的に甚大な被害をもたらしたのは、サイ・ロザリエスという一人の魔導師である。
罪の全てをバスカに着せるなら、シュベルテの民に見せしめるのは、バスカの首一つで良いのかもしれない。
しかし、ルーフェンは、サイを生かしはしないだろう。
ルーフェンは、そうするべき立場にある。
敵になるならば、微塵の脅威も見逃す理由はないのだ。

 口を開きながらも、うまく言葉が出てこないサイに、トワリスは言い募った。

「もう、絶対に、召喚術には手を出さないと誓ってください。禁忌魔術も同様です。その可能性を追求するために、うっかり寝食も忘れて没頭してしまうくらい、サイさんが魔術を好きなんだってことは、私もよく知っています。……でも、危険なものは、危険なんです。ハルゴン氏の魔導人形の件も、今回の件も、結末は悲惨なものにしかならなかったじゃないですか。きっと、純粋な知識欲で手を出して良いものじゃないです。お願いですから、約束してください。そして、アーベリトに帰って……罪を償ってください」

 トワリスの声が、微かに震えている。
その声を聞いている内に、サイの喉に、熱いものが込み上がってきた。

 贖罪しょくざいの意を並べ立てたところで、サイが三街の人間に受け入れられることはないだろう。
そんなことは、トワリスとて理解しているはずだ。
それでも尚、彼女は、サイに逃げ道を作ろうとしている。
そう思うと、視界がぼやけて、息が苦しくなった。

 サイは、緩く首を振った。

「……違います。違うんですよ、トワリスさん。……やはり貴女は、私のことを買い被りすぎている」

 喉の奥から絞り出すようにして、サイが呟く。
その声色には、どこか優しい響きも織り混ざっていた。

「私は確かに、魔術が好きです。でも、魔術そのものは、別にどうだっていいんです。……ただ、私の価値がそこにしかなかったから、魔術が好きなんですよ」

「え……?」

 トワリスの眉根が、意味を問うように寄せられる。
サイは、浅く呼吸を繰り返しながら、辿々しく答えた。

「……養子なんです、私。……少しだけ、人より速く読み書きができるようになって、魔術の覚えも良かったから、そこを評価されて、養父ちちに──アルヴァン家に引き取られました。……それだけです。本当に、私には、それだけなんです……」

 ぽつりぽつりと、涙がこぼれ落ちる。
サイは、顔をあげると、歪んで見えないバスカの死体を、ぼんやりと眺めた。

「……ずっと、養父の言う通りに生きてきました。脅されたとか、逆らえなかったとか、そういうわけじゃありません。そうする以外に、私は生き方を知らないんです。……さっきの、私に対する養父の怒鳴り声、トワリスさんも聞いていたでしょう? ああやって、昔から、クズだの、ゴミだの、役立たずだの言われているとね。人間は、だんだん、何も考えられなくなってくるんですよ。自分に自信がなくなって、意思もなくなって……最終的には、誰かに言われないと、何もできない、私のような人間が出来上がっていくんです」

 サイは、微かに目を伏せた。

「養父に言われて……シュベルテの内情を諜報ちょうほうするために、魔導師団に入りました。……そこには、いろんな人がいましたよ。国を守りたいという、正義感から入団した人。遠く遥々上京して、家柄を背負い入団した人。中には、肉親の眼を奪われて、その復讐をするために入団した人や、自分を救ってくれた、アーベリトに恩返しをするために入団した人もいました。……そういう人達を見ていて、私は、自分がいかに空っぽな人間なのかを思い知ったんです」

 トワリスの目が、徐々に見開かれる。
小さく吐息を溢すと、サイは、泣き笑いを浮かべた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.328 )
日時: 2020/12/03 19:09
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)



「……地下牢で、どうしてアーベリトのためにそんなに頑張るのかと、そう問いましたね」

「……はい」

 虚ろだった目に、わずかな光が灯る。
サイは、もはや原型を留めていない真っ赤な手を、トワリスに伸ばした。

「あの時私は、アーベリトに仕えているから、と答えましたが、そんなのは嘘です。……私は、頑張っていません。ただ、養父に言われたことを、必死にやっていただけなんです。養父に言われたから、アーベリトに入り込み、養父に言われたから……シュベルテを討ち滅ぼせるような魔術を、ずっと探していました。言われたことを成せるなら、禁忌魔術にも、喜んで手を出そうと思っていました」

 サイの腕が、トワリスの肩に、ことりと力なく当たる。
もはや感覚などなく、思ったように動かすことも出来ないのだろう。
サイは、ふらふらと腕を動かしながら、ややあって、探るようにトワリスの頬に触れた。

「……トワリスさん。貴女に、ずっと憧れていました。どうして、いつもそんなに頑張っているんですか。……どうやったら、そんなに頑張ろうと思えるものに、出会えるんですか……」

「…………」

 頬から離れた指が、ゆっくりと下って、トワリスの首筋をなぞる。
無意識に、彼女の喉元を捉えて、サイは、吐息と共に呟いた。

「羨ましくて、眩しくて……いっそ、憎いとすら思いますよ……」

 そうして、サイの指に、ぐっと力がこもった時──。
横合いから、近づいてきたルーフェンに腹を蹴り飛ばされて、サイは、抵抗することもできずに転がった。

「──……っぐ」

 治まっていた吐き気が再度催し、ごぼごぼと咳き込む。
咳の衝撃が骨にまで響き、軋むような激痛が全身に走ると、サイは、背を丸めてうめいた。

「……悪いけど、どんな事情があろうと、君が取り返しのつかないことをしたのは事実だ。見逃すつもりはないよ」

 笑みを消したルーフェンが、平坦な口調で言い放つ。
サイは、起き上がることもできずに、仰向けになった。

「それは、そうでしょうね。分かっています。私も、許してほしいだなんて、言うつもりはありません。……最期まで、貴方たちと戦います」

 ルーフェンが、嘲るように答える。

「戦う? その身体で、一体どうやって。アルヴァン侯からろくな扱いを受けていなかった割に、随分と忠義に厚いんだね」

 サイは、乾いた笑みを溢した。

「……はは。だからこそ、ですよ。私みたいな、惨めな人間は、一度すがったものから、なかなか離れられないんです。いざ失うと、もうどうしたら良いのか、分からない。……理解できないでしょう、召喚師様。貴方のように、生まれつき、力にも地位にも恵まれた人間には、きっと、想像もつかないんだ」

「…………」

 ルーフェンは、返事をしなかった。
一瞬口を閉じてから、何かを言いかけたが、その前に、トワリスが立ち上がった。

 頬についたサイの血を拭うと、トワリスは、落ち着いた声で尋ねた。

「貴方の故郷は……何があっても、このセントランスなんですね。サイさん」

 微かに瞠目して、サイは、トワリスに視線を移す。
そのままサイは、しばらくトワリスのほうを眺めていたが、やがて、目元を緩めると、一言「……はい」と答えた。

 トワリスは、身を翻すと、倒れているバスカの方へと歩いていった。
まだ熱を帯びた死体から、突き立った大剣を引き抜いて、再びサイの元へと足を向ける。
ルーフェンとハインツが、その様子を、驚いたように見ていた。

(……私が、サイさんを殺す)

 トワリスは、剣を握る手に力を込めた。
鼓動が速くなり、嫌な汗がにじむ。
大きく息を吸い込めば、鼻の奥が、つんと痛んだ。

 今、サイのことを一番殺したくないと考えているのは、きっとトワリスである。
だからこそ、自分がやらなくてはいけないと思った。
サイがセントランスに従属するというなら、彼は、アーベリトにとっての敵だ。
仇なす敵を討つ──そこに、感情を挟んではいけないのだ。

 このまま見守れば、おそらくルーフェンが、サイのことを殺すだろう。
それではいけない。アーベリトを守るべき魔導師として、今、ここで目を反らしては、絶対にいけない。
ただ見届けるだけでは、魔導師になる前、孤児としてレーシアス邸に住んでいた頃と、同じになってしまう。

 歯を食い縛って、トワリスは、刃先をサイに向けた。
彼の表情に、緊張が走る。
サイは、地を這ってでも、攻撃を避けねばと思ったが、その度に身体に激痛が走って、尚も動けずにいた。


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