複雑・ファジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
日時: 2022/05/29 21:21
名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825

いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………

 人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。

 後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?

………………

 はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。

 本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430

〜目次〜

†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。

†用語解説† >>2←随時更新中……。

†第三章†──人と獣の少女

第一話『籠鳥ろうちょう』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬どうけい』 >>37-64
第三話『進展しんてん』 >>65-98

†第四章†──理に触れる者

第一話『禁忌きんき』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌さてつ』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実けつじつ』 >>206-234

†第五章†──淋漓たる終焉

第一話『前兆ぜんちょう』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞ぎまん』 >>276-331
第三話『永訣えいけつ』 >>332-342
第四話『瓦解がかい』 >>343-381
第五話『隠匿いんとく』 >>382-403

†終章†『黎明れいめい』 >>404-405

†あとがき† >>406

作者の自己満足あとがき >>407-411

……………………

基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy

……………………


【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。

【現在の執筆もの】

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?

【執筆予定のもの】

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。




……お客様……

和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん


【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.314 )
日時: 2020/11/01 05:12
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)


 しばらくの間、二人は無言で見つめていたが、ややあって、ルーフェンは目を伏せると、口元に薄い笑みを浮かべた。

「……禁忌魔術って、なんなんだろうね。危険な魔術と、そうじゃない魔術の境って何?」

「え……」

 虚をつかれて、トワリスが瞬く。
一拍置いてから、微かにうつむくと、トワリスは眉を寄せた。

「禁忌魔術は……『時を操る魔術』と、『命を操る魔術』です。大規模な術故に使ったときの代償が大きいから、最悪、術者が死に至ることもあり得る、危険な魔術だと……」

 咄嗟のことに、教本通りの解答しか出てこない。
他にどう答えれば良いのか、考えていると、矢庭にルーフェンが、掌をトワリスの前に出した。
すると、光の帯が手中で魔法陣を描き、次いで、弾かれたような勢いで、水の塊が形成されていく。
水塊は震え、やがて、冷気を纏って氷の結晶と化すと、ルーフェンの掌上に鎮座した。

「……例えば、空気中の水を凍らせたとして、その氷を溶かす方法は、幾通りもあるだろう。熱魔法で溶かしてもいいし、あまり知られたやり方ではないけれど、魔法陣自体を反転させて逆の作用をさせてもいい。……あるいは、時間を巻き戻したって、氷は水に戻る」

 言いながら、掌を返して魔法陣を反転させると、途端に氷は水となり、机上にこぼれ落ちる前に、泡立って蒸発した。
舞い上がった水蒸気が、ルーフェンの指の隙間を抜けて、大気に溶けていく。
見ているだけでは、ルーフェンがどの方法で氷を溶かしたのか、分からなかった。

 腕を戻し、長椅子に背を預けると、ルーフェンは言った。

「少量の氷を溶かすくらい、魔術をかじった人間なら、誰でも簡単に出来る。その方法が、熱魔法でも、禁忌魔術でも、ね。……多分、その魔術が危険か否かなんて、明確な線引きは存在しないんだ。魔術は、扱い方さえ知っていれば、どれも簡単に使えてしまう。けれど裏を返せば、どれも危険になり得る。場合によっては、大きな代償が必要なものも、簡単に使えるから怖いんだろう」

「…………」

 簡単だから、怖い──。
その言葉には、核心をつく響きがあった。

 トワリスも、まだ孤児院にいた頃、リリアナの脚を治したい一心で、禁忌魔術を使ってしまったことがある。
当時は、魔導師団に入ってもいなかったので、禁忌魔術だなんて言葉すら知らないような、ただの無知な子供であった。
それにも拘わらず、無意識に、禁忌魔術を使えてしまったのだ。

 禁忌魔術は、その危険性から、関与する一切が禁止された特別なものだという認識が強い。
日常では触れることのない、古の時代の禁術。
世間一般では耳にもしないような、幻の存在とすら思われがちである。
しかし、実際のところはどうだろう。
触れまいと遠ざけてきた結果、魔導師であるトワリスですら、禁忌魔術についてはほとんど知らない。
ただ、本能的に危険な匂いがするから、目をそらしてきたようなものなのだ。

 ルーフェンの言葉の意味を考えているうちに、首を細い糸で絞められているような、妙な息苦しさが襲ってきた。
もしかしたら、禁忌魔術と一般の魔術に、明確な差などないのだろうか。
氷を水にするのも、瞬間的に別の場所に移動するのも、時間を巻き戻す、時間を縮めると捉えれば、どちらも禁忌魔術である。
案外、禁忌魔術というものは、身近に佇む影のような存在なのかもしれない。
それこそ、獣人混じり故に魔力が少なく、知識もない十二のトワリスが、無意識に手を出してしまえるような──。
そう思うと、今まで見ていたものが、形を変えて見えるようになった気がした。

 ルーフェンは何故、こんな話をしたのか。
現時点で、一体どこまで知っているのか。
問うように視線を投げ掛けると、ルーフェンは、あ、と声をこぼした。

「そんなことより、さっき匂いでロゼッタちゃんの手紙だって気づいたんだよね? トワの鼻って、どれくらいまでかぎ分けられるの?」

「……はい?」

 突然の話題転換に、ぴくりと片眉を上げる。
ルーフェンは、何事もなかったかのような飄々とした態度で、言い募った。

「ほら、手紙の練香ねりこうなんて、時間が経てばほとんど分からないでしょ。でも、トワなら分かるのかなぁって思って」

 ルーフェンが、ロゼッタからの手紙をひらひらと振って見せる。
トワリスは、怪訝そうに眉を潜めてから、諦めた様子で肩をすくめた。

「……さあ。普通の人間の嗅覚が分からないので、私の鼻がどれくらい利くのかも、なんとも言えませんが。とりあえず、その手紙からは、だいぶきつい匂いがしますよ」

「へえ、そうなんだー」

 間の抜けたような返事をして、ルーフェンは、ロゼッタからの手紙を見つめている。
苛々した顔つきでルーフェンを睨むと、トワリスは話の先を促した。

「あの、手紙の匂いと先程の禁忌魔術の話に、何の関係があるんですか? こんなところで、意味のない雑談に花を咲かせている時間はないのですが」

 怒気を含んだ声で言うと、ルーフェンは、困ったように眉を下げた。

「まあ、そんなにぴりぴりしないで。関係はないけど、意味がないわけじゃない。場合によっては、やっぱりサイくんに着いていってもらおうと思って」

 その言葉に、トワリスの顔色が変わる。
背筋を伸ばしたトワリスに、くすくす笑うと、ルーフェンは目を細めた。

「トワの勘と鼻の良さを見込んで、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.315 )
日時: 2020/10/20 19:39
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)



  *  *  *


 初冬の鋭い空気に、耳鳴りがする。
サイとトワリスが、セントランスにたどり着いたのは、国境付近の移動陣を発ってから、四日目の夕刻であった。

 西方の大都市、セントランス──。
シュベルテには及ばないものの、ハーフェルンに並ぶ広大な領土を持ち、かつてはサーフェリアの王都としても栄えた、歴史ある軍事都市である。
分厚い石壁の家々が聳え立つ光景は、しかし、同じく石造建築が主なアーベリトの雰囲気とは程遠く、頑強で、粗野な印象を受ける。
冬晴れの空を突く煙突からは、ゆらゆらと黒煙が立ち上り、冷たい風が吹く度に、随所に掲げられた軍旗がはためいていた。

 街を東西に分断する大通りには、疎らに商店が並んでおり、都市の規模の割には、市場は閑散としていた。
品揃えも豊富とは言えず、そもそも、この街には、商人が少ないのだろう。
道行く人々の中には、帯剣した武人らしき男たちが多く見られた。

 外套の頭巾を目深に被り、大通りを進みながら、トワリスは、ふと傍らを歩くサイを見た。

「……サイさん。この通りを抜ければ、アルヴァン候の屋敷です。本当に、別行動でなくて大丈夫ですか?」

 何度も成された議論を、確認のために問うと、サイは、前を見つめながら答えた。

「はい。……見たところ、屋敷の周囲には二重の外郭が巡らされています。別々で行動したところで、万が一の事態に、一方が助けに入れるほど柔な警備体制ではないのでしょう」

「……分かりました」

 短い応酬が終わった後も、トワリスは、サイの様子を横目にうかがっていた。
己の行動次第で、開戦するか否かが決まるかもしれない──その重責に、彼も緊張しているのだろう。
サイは、終始街並みに目を配りながら、硬い表情で歩いていた。

 親書を渡す任に、トワリスも同行すると伝えた時、サイは、喜んでいたように見えた。
正直なところ、反対されると思っていたのだが、むしろ、心強いと安堵していたくらいである。
その時の、朗らかなサイの表情が、脳裏に浮かんでは消えていた。

 しばらく二人は、黙ったまま、領主邸へと歩を進めていった。
市街を抜け、更に人通りのない一本道を歩いていくと、やがて、目の前に、高い石組みの塀が現れる。
巨大な鉄門の奥から、複数の馬蹄の音が響いてくるアルヴァン邸には、戦前のような、殺伐とした空気が漂っていた。

 一度、トワリスと顔を見合わせてから、サイが長杖で鉄門を叩くと、ややあって、奥から声が聞こえてきた。

「何者か」

 隙のない、野太い男の声。
サイは、息を吸ってから、凛とした口調で答えた。

「突然失礼いたします。王都アーベリトから参りました、使いの者です。アルヴァン候にお目にかかりたいのですが、お取り次ぎ頂けないでしょうか」

 一瞬、門の向こう側で、ざわめきが起きた。
外郭の中には、複数の門衛がいるのだろう。
サイとトワリスを入れるべきかどうか、相談しているようであったが、何を話しているのかは、トワリスの耳でもはっきりとは聞こえなかった。

 長い時間が経ってから、ようやく鉄門が開かれたかと思うと、中から、三人の武装した男たちが出てきた。
細身のサイと比べると、一回り以上も大きく見える、屈強な男たちである。
彼らは、まるで威圧するようにトワリスたちを囲むと、低い声で言った。

「候は今、どなたともお会いにならない。お引き取りを」

 サイは、頭巾をとると、一歩も引かずに返した。

「我々は、停戦の申入をするために伺ったのです。陛下は、貴殿方セントランスとの争いを望んでおりません。どうか、アルヴァン候にこのことをお伝え下さい。そして、お目通りの機会を、何卒」

「……それが国王のご意志だと、信ずる証拠は」

「私達は、シュベルテの魔導師団に属する、アーベリト直轄の魔導師です。勅令で動き、陛下からの親書も預かっております。……恐れながら、アルヴァン候に拒否権はありません」

「…………」

 サイが魔導師の証である腕章と、王印の入った親書を見せると、門衛たちの目が、怪訝そうに細まった。
互いに顔を見合わせて確認を取りながら、門衛たちは、サイとトワリスのことを精察している。
少し間を置いて、一人が、サイの前に手を出した。

「失礼ですが、親書をこちらで改めさせて頂きたい」

「…………」

 サイは、つかの間躊躇ったが、小さく息を吐くと、親書を差し出した。
領主であるバスカ・アルヴァンに直接渡したかったが、ここで拒んで門前払いを食らっては、どの道、親書をバスカの元へと届けることはできなくなってしまう。
サイが親書を門衛に手渡す様子を、トワリスは、食い入るように見つめていた。

 親書を広げ、そして、王印を確かめると、門衛たちは、渋々鉄門への道を開けた。
内心面白くはないが、勅令で動いているという証拠を出されては、これ以上の口出しはできない、といったところだろう。
二人がかりで押して、ようやく動き始めた鉄門は、重々しい音を立てながら、ゆっくりと開いた。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.316 )
日時: 2020/11/08 00:08
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)


 門を潜ると、サイとトワリスは、内郭へと伸びる石畳の上を歩き始めた。
その周囲を固めるように、三人の門衛たちが、囲んで着いてくる。
夕闇に沈む視界の中で、外壁に設置された篝火だけが、煌々と明るく燃えていた。

 内郭の門に近づくと、不意に、前を歩いていた門衛が振り返った。

「ここから先は、武器の持ち込みが厳禁となります」

 そう言って、門衛が装備を解くようにと指示を出してくる。
たった二人とはいえ、敵を懐に入れるわけだから、当然の要求とも言えるだろう。
しかし、剣帯から双剣を抜こうとしたトワリスは、意に反して、柄を握る手に力を込めた。
ほとんど同時に、サイが長杖を構える。
──瞬間、背後から斬りかかってきた門衛の一振を、トワリスは、咄嗟に抜刀して受け止めた。

 重量のある一撃が上からのしかかり、威力では劣る双剣の片割れが、ぎりぎりと嫌な金属音を立てる。
剣が折れぬよう、わずかに刃の向きを変えて押し返すと、門衛は、驚いた様子で目を見張った。

 トワリスと背中合わせになると、サイは、門衛二人と対峙した。

「何のつもりですか。私達が陛下のご命令で動いていることは、先程もご説明したはずです。貴殿方も、アルヴァン候に仕える身なら、主の許可無しに他街の人間を傷つければ、どうなるかくらい分かるでしょう。これは立派な、国に対する背反行為です。今ここで私達を殺しても、争いの火種に油を注ぐことにしかなりませんよ」

 門衛は、一切表情を変えずに、淡々と返した。

「これがセントランスの総意──侯のご意思ととって頂いて構いません。元より、我々は三街を根絶やしにし、レーシアス家の時代に終止符を打つつもりです。油を注ぐことになるならば、それで結構」

 サイは、眉根を寄せた。

「──では、何故宣戦布告をし、開戦までに猶予を設けたのですか? 最初から三街を潰すことが目的だったのなら、シュベルテを襲撃したその足で、アーベリトやハーフェルンに向かえば良かったではありませんか。しかし、貴殿方はそうしなかった。あえて時間を置いたんです。これを、私は交渉の余地ありと見ていたのですが……違いますか?」

「…………」

 サイのこめかみに、脂汗が浮き出る。
これは、賭けであった。
本当に交渉の余地があるかどうかなど、実際のところは、分からなかったのだ。

 わずかに目を細めた門衛たちの、微々たる表情の変化も見逃すまいと、サイは、慎重に言葉を選んだ。

「それとも、他に時間をかけなければならない、事情があったのでしょうか。……例えば、シュベルテに対して使った、あの異形の魔術。詔書には、召喚術だ、などと書かれていましたが、違いますよね。実際は、かなり無理をして使ったのではありませんか? 強力な術を使うなら、当然、それに見合った代償が必要です。貴殿方は、さも我々を追い詰めたかのように振る舞っておられますが、その実、頼みの“召喚術もどき”を連続で使うことができず、宣戦布告という形をとって、時間を空けざるを得なかったんです」

 あえて挑発するような口調で、サイが言い募る。
門衛と剣を交差させ、拮抗した状態で、トワリスも、サイの言葉を注意深く聞いていた。

 もし、セントランスの望みが“王位だけ”ならば、苦渋の決断として、争いを避ける道はあっただろう。
要は、アーベリト側が、早々に敗北を認めれば良いのだ。
満身創痍のシュベルテと、ろくな戦力を持たないアーベリトとハーフェルン。
この三街を相手に、たとえ勝利を確信していたとしても、戦わずして王位と地を手に入れられるならば、セントランスにとって、これ以上に有益なことはないのである。

 しかし、当然アーベリトは、易々と王権を手放す気などない。
そんなことをして、セントランスの支配下に入れば、それこそ凄惨な結末を迎えることになることは、分かりきっているからだ。
そしておそらく、セントランスの狙いも、王位だけというわけではない。
セントランスは過去に、王都の座をシュベルテに奪われた歴史があり、また、七年前の王位選定の場では、ハーフェルンと言い争った末に、突如現れたアーベリトに王権を拐われている。
そういった怨みから、三街に報復を考えているのだとしたら、やはり、交渉の余地はない。

──であれば、もう、話し合いに持ち込む方法は一つだ。
セントランス同様、こちらも脅しに出るのだ。
言わば、ハッタリである。
三街は劣勢ではないと鎌をかけ、もし、セントランスが余裕を失えば、それを好機と対等の交渉へと持ち込むことができる。
それがアーベリト側にできる、無血解決のための最後の足掻きであり、サイが負っている役目であった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.317 )
日時: 2020/11/07 15:16
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)

 サイは、一言一言を、強調するように言った。

「どうか、剣を下ろしてください。ここで私達を殺しても、何の益にもなりませんよ。シュベルテを落としたことで、優位に立ったと思っているのかもしれませんが、私達は、貴殿方の使った力が、召喚術でないことくらい分かっています。なんなら、セントランスがシュベルテを落とすために使った“からくり”を、今ここで、私がお見せしても構いません」

「…………」

 剣先を向けたまま、門衛たちは、サイを見据えている。
サイは、落ち着いた声で言い募った。

「もう一度言います。剣を下ろしてください。……陛下は、開戦を望んでおられませんが、そのために、貴殿方に膝を折る気はありません。我々は、あくまで対等な立場での話し合いをご提案しています。アルヴァン候の御前で、その親書をよくご覧になってください。判断は、それからでも遅くないでしょう。決して、貴殿方にとって、損な話ばかりが書いてあるわけではありませんから」

 門衛たちは、尚も黙り込んで、長い間、考えあぐねている様子であった。
だが、やがて一人が目配せをすると、門衛たちはそろって納刀した。

 場に満ちた殺気が引いてから、サイとトワリスも、ようやく構えを解く。
門衛は、睨むような眼差しで二人を見ると、口を開いた。

「……どうぞ、ご無礼をお許しください。ですが、候への目通りを願うならば、まず我々に従ってもらいましょう。ご承知頂ければ、屋敷をご案内します」

 威圧的な門衛の視線を受け、一瞬、躊躇ったように目を細める。
サイとトワリスは、互いに視線を合わせてから、小さく頷いたのだった。



 そう都合よく、セントランスとの交渉に持ち込めるとは端から思っていなかったが、屋敷に踏み入って早々、地下牢に案内された時は、サイもトワリスも、流石にため息をつかざるを得なかった。
拘束されることは覚悟していたし、むしろ、手枷を嵌められただけで、それ以上の危害は加えられなかったので、状況としては良い方だろう。
だが、サミルの名を出しても、領主であるバスカ・アルヴァンに目通りできなかったのは、予想外であった。
想定では、すぐに追い返されてアーベリトに帰るか、目通りが叶えばバスカに交渉の約束を取り付けられるか、その二択だったのだ。
追い返されるわけでもなく、かといって、バスカに会えるわけでもない。
ただただ、地下牢で時間を浪費することになったのは、正直痛手であった。

 石壁に囲まれた地下牢は薄暗く、唯一の光源は、壁に掛けられた松明の灯りのみである。
普段はあまり使われていない場所なのか、時折巡回に来る番兵の足音よりも、闇の中で蠢く鼠や、虫たちの気配のほうが濃い。
鉄格子の向こうに浮かぶ、ぼんやりとした松明の火影も、冷たい鉄錆の匂いも、トワリスには、嫌なほど懐かしいものであった。

「……すみません、うまく取り入ることができなくて。アルヴァン候にお会いすることはできると思っていたのですが、まさか、こうも聞く耳持たずの状態だとは……」

 固い石畳に座り、サイは、項垂れた様子で呟く。
少し離れた位置に座って、手枷を見つめていたトワリスは、サイに視線を移すと、ゆるゆると首を振った。

「仕方ないです。私は、むしろうまくいった方だと思いますよ。場合によっては、すぐに斬り捨てられていてもおかしくなかったですし、捕まるにしても、手足の一本や二本、使い物にならなくなっていたかもしれません。こうして無傷で保護されているということは、きっと、サイさんの言葉が何かしら“突っかかり”になったんだと思います。それだけでも、私たちが遣わされた意味はあると言えるんじゃないでしょうか。本当にセントランスが開戦一辺倒の考えなら、私たちを生かして受け入れる理由なんて、全くありませんからね」

「それは、そうですが……」

 辿々しく答えたサイの顔には、分かりやすいほどの落胆の色が浮かんでいた。
セントランスが使った“召喚術もどき”を、寝る間も惜しんで調べあげていた彼には、バスカ・アルヴァンを丸め込むための切り札が、まだまだ沢山あったはずだ。
しかし、肝心のバスカに謁見できないのであれば、それも無駄になってしまう。
門衛は、待てばバスカに会えるようなことを言っていたが、それが真実かどうかは定かではない。
今、こうして無為な時間を過ごしていることは、サイにしてみれば、努力が全て水の泡になったような結果なのだろう。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.318 )
日時: 2020/11/07 18:40
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)


 サイは、弱々しく嘆息した。

「……今は、門衛の言葉が真実であることを祈って、アルヴァン候への謁見の機会を待つしかありませんね。あの場で引き返していれば、それこそ候に会えることはなかったでしょうし、私達の選択が正しかったと信じて、賭けるしかありません。いきなり地下牢にぶちこまれた時点で、望みは薄いかもしれませんが……」

 萎れた花のように俯いて、サイは、ぶつぶつと独り言をこぼす。
対してトワリスは、慌てる様子もなく、淡々とした口調で返した。

「捕まってから、もう半日以上は経っていますから、今更、私達だけで候に謁見できることはないと思います。ただ拘束されているだけの現状を鑑みるに、私達は、セントランスにとっての大事な人質、捕虜といったところでしょう。もしかしたらアルヴァン候は、私達を捕らえたことを出しに、アーベリトに揺さぶりをかけるつもりなのかもしれません。……そうなったらそうなったで、交渉に持ち込めたようなものですから、結果的にはいいんじゃないでしょうか」

「い、いい……?」

 サイは、表情をひきつらせた。

「いや、全然良くないですよ。私達の役目は、陛下からの親書を届けて、停戦交渉の場を取り付けてもらえるよう、アルヴァン候を説得、ないし脅すことだったんです。それなのに、逆に揺さぶりをかけられるようじゃ、私達、ただ足手まといじゃないですか。せめて、荷物を取り上げられていなければ、脱出用の移動陣も使えたんですが……」

 トワリスは、冷静に答えた。

「確かに、穏便に交渉の場を取り付けることが一番の目的ではありましたが、そう簡単に行くだなんて、誰も思っていませんよ。説得が叶わない今、私達に出来ることは、開戦日まで籠城するつもりであろう、アルヴァン候を召喚師様の前に引きずり出すことです。たとえ恐喝されることになっても、アルヴァン候と召喚師様が対峙できれば、結果的に話し合いの場が成立します。まあ、平和的なものにはならないと思いますが……それでも、セントランスの真意が分からないまま、軍を率いて争い、被害が拡大するような事態は防げるかもしれません。サイさんも、そのための人質になることを覚悟して、この屋敷に入ったんじゃないんですか?」

「ぅ……」

 罰が悪そうに目を反らして、サイは、言葉を詰まらせる。
ややあって、諦めたように肩を落とすと、サイは口を開いた。

「……ええ、そうですね。端から失敗が想定されていたのは、なんとなく感じていましたよ。ある意味、予定通りの展開です。……それでも、不安なものは不安なんです。あの門衛たちが、私達の訪問を、どう湾曲してアルヴァン候に伝えているか分かりません。伝わった情報次第で、アルヴァン候が、陛下や召喚師様にどんな脅しを突きつけるのかも、全く想像がつきません。セントランスは、争うことで権威を保ってきたような街です。そんな街と相対するには、アーベリトは優しすぎる。陛下も召喚師様も、聡明な方々ですから、一対一で向き合える場さえ作れれば、脅しになど屈しないと信じています。……ですが、出来ることなら、この私が、アーベリトの守り手として、大きく貢献したかったんです」

──なんて、出過ぎた真似でしょうか。
そう付け加えて、サイは眉を下げる。
トワリスは、黙々とサイの話を聞いていたが、やがて、目を伏せると、覇気のない声で尋ねた。

「……サイさんは、どうしてアーベリトのために、そんなに頑張っているんですか」

「え……?」

 意図の読めない質問に、サイがぱちぱちと瞬く。
目を合わせようとしないトワリスに、サイは、不思議そうに首をかしげた。


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。