複雑・ファジー小説
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- 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
- 日時: 2022/05/29 21:21
- 名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
- 参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825
いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………
人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。
後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?
………………
はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。
本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。
今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。
〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!
…………………………
ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430
〜目次〜
†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。
†用語解説† >>2←随時更新中……。
†第三章†──人と獣の少女
第一話『籠鳥』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬』 >>37-64
第三話『進展』 >>65-98
†第四章†──理に触れる者
第一話『禁忌』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実』 >>206-234
†第五章†──淋漓たる終焉
第一話『前兆』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞』 >>276-331
第三話『永訣』 >>332-342
第四話『瓦解』 >>343-381
第五話『隠匿』 >>382-403
†終章†『黎明』 >>404-405
†あとがき† >>406
作者の自己満足あとがき >>407-411
……………………
基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy
……………………
【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。
【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?
【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。
……お客様……
和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん
【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.379 )
- 日時: 2021/01/25 21:15
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)
放心して、地面に座り込んでいたトワリスは、二人が揉み合っている様を見ている内に、荒立っていた思考が凪いでいくのを感じていた。
改めて周囲を見回し、片剣を支えに立つと、トワリスは、二人を引き離すように間に入った。
「二人とも、ちょっと落ち着いてください!」
ルーフェンとジークハルトが、動きを止める。
トワリスは、ルーフェンを見上げた。
「ルーフェンさん、聞いてください。街がこうなる前に、シルヴィア様が、教会と賭けをした、って言っていたんです。だから、バーンズさんの言ってることは、確かだと思います。教会が来る前に、シルヴィア様を連れて、シュベルテに行きましょう。それから、孤児院のほうに避難した人達がいます。その人達が、無事かどうかも確かめにいかないと……」
気が鎮まるように、トワリスは、努めて冷静な口調で言ったが、ルーフェンの憎しみが灯った瞳は、全く変わらない。
アーベリトに駆けつけた時から、ずっと押し殺してきた怒りが、今、堰を切って溢れているようであった。
強く握りしめた拳を震わせて、ルーフェンは返した。
「どうしてトワは、この女を庇うんだよ。君の母親と、こいつは違う。勝手に君の理想像を押し付けて、結論付けないでくれ。この女は、人間の命なんてなんとも思ってない、危険な人殺しなんだ」
トワリスは、首を横に振った。
「庇ってなんていません。確かに、ルーフェンさんに黙って勝手に会ったり、話したりはしました。そのことについては、謝ります。でも、私情でどちらかに偏っているつもりはありません。考えてみてください。今、シルヴィア様を手にかけたとして、この場に来た人がアーベリトの状況を見たら、どう思いますか。こんな……こんな、街を丸ごと破壊するなんて、普通の人間に出来るはずがないんですから、真っ先にルーフェンさんが疑われます。まして、最初に目にしたのがイシュカル教徒だったら、どう吹聴されるか分かりません。シルヴィア様に、公の場で自白してもらいましょう。その上で、厳正に処罰されるべきです。そうすれば、ルーフェンさんが疑われることだってないはずです」
「…………」
ルーフェンは、わずかに目を見開くと、トワリスを見た。
真っ直ぐにこちらを見つめ返してくるトワリスに対し、乾いた笑みを浮かべると、ルーフェンは呟いた。
「……それでいいんだよ、俺が疑われなくちゃいけない。事実、最終的にアーベリトを燃やしたのは俺だ。召喚術を始め、強大な力は、召喚師にしか扱えない。世間はそういう“認識”であるべきなんだ」
「……どういうことですか?」
訝しげに眉を寄せて、トワリスが尋ねる。
ルーフェンは、首を振ると、トワリスから目をそらした。
「いい。……君たちも、本来なら知るべきことじゃない」
「なんですか。そんな言い方じゃ、納得できませ──」
「──頼むから、邪魔をしないでくれ!」
トワリスの言葉を遮って、ルーフェンが声を荒らげた。
びくっと肩を震わせて、トワリスが黙り込む。
ルーフェンは、憎悪の眼差しでシルヴィアを睨んだ。
「大体君達は、この女の恐ろしさが分かっていないから、そんな悠長なことを言っていられるんだ! 何度も殺そうと思ってたのに、先伸ばしにして……結局、犠牲が増えただけだった。こんなことになるなら、もっと早くに殺しておくべきだったんだ……」
言うや、杖に魔力を込めたルーフェンを、ジークハルトが止めようと、手を伸ばした。
しかし、それよりも先に、ハインツが飛び付いてきて、ルーフェンを押し倒す。
凄まじい力で地面に叩きつけられたルーフェンは、咄嗟にハインツを押し返そうとしたが、ふと、その表情を見て、思わず言葉を失った。
雨に混じって、ルーフェンの胸元に、ぽつぽつと雫が落ちる。
鉄仮面の奥から、溢れるほどの涙を流して、ハインツは呟いた。
「ル、ルーフェンが、言った。俺たちに……。憎しみ合う、のは、間違ってる、って」
「…………」
「七年前……ルーフェンが、言った」
耳元で、そう繰り返しながら、ハインツは泣いていた。
それは、七年前のノーラデュースにて、憎み合い、殺し合いを繰り返し続ける魔導師とリオット族達に、ルーフェンが言った台詞であった。
震える大きな手が、力加減を間違わぬよう、肩にすがりついてくる。
仄暗い道を行く、そんな自分を、ハインツは必死に引き留めようとしているのだ。
その思いを感じた瞬間、ルーフェンの喉に、熱いものが込み上げてきた。
暗澹とした曇り空から、絶え間なく雨が降っている。
その冷たさが、肌に触れて、頭の中にも染み込んでいくようであった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.380 )
- 日時: 2021/01/26 19:46
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)
ややあって、ルーフェンが口を開こうとしたとき。
不意に、馬蹄の音が響いてきて、一同はそちらに振り返った。
白く靄のかかった森の方から、鎧を着込んだ兵士たちが、列を成して姿を表した。
数は二百いるか、いないかといったところだろう。
先頭を歩く騎馬兵の記章は、イシュカル教会のものであった。
みるみる近づいてくる兵たちの顔ぶれを見て、ジークハルトは、舌打ちをした。
見知った顔が、数多く並んでいたからだ。
おそらく、今回の行軍では、世俗騎士団や魔導師団からの離反者を中心に、送り込んできたのだろう。
つまり彼らは、イシュカル神を信仰している者達というよりは、召喚師一族に疑念を抱いたり、城を追われて困窮したという理由で、教会側に寝返った者達である。
元は、ジークハルトらと共に戦っていた、騎士や魔導師であったということを考えると、実に胸糞の悪い編成部隊であった。
先駆けの騎士たちと目が合うと、ジークハルトが前に出た。
「止まれ、止まれ! 騎士修道会が、アーベリトまで何用か」
兵士達の行軍が、距離をとった位置で、ジークハルトと向かい合う形で止まる。
騎士の一人が、馬上から答えた。
「バーンズ殿、行方を眩ませていた貴殿こそ、何故この場にいるのか。我々は、アーベリト襲撃の知らせを聞き、シュベルテより馳せ参じたまで」
ジークハルトは、魔槍ルマニールを発現させると、その穂先を兵士達に向けた。
「襲撃の知らせを聞いて、馳せ参じただと? アーベリトの崩落を仕組んだのは、お前達教会の人間だろう。シルヴィア・シェイルハートに、一体何を吹き込んだ?」
騎士の男は、倒れ伏すシルヴィアを一瞥して、鼻で笑った。
「言いがかりはやめて頂きたい。我らは全知全能の女神、イシュカルに仕える使徒である。そのような穢れた一族の女と接触し、言葉を交わしたことなど一度もない」
「しらばっくれるな! お前達の魂胆は分かっている。シュベルテ襲撃の段階から、裏でこそこそと根回ししやがって……お前らの神というやつは、随分と狡猾なんだな。笑わせてくれる」
「なんだと! 貴様、これ以上の侮辱は許さぬぞ……!」
憤慨した先駆けの騎士たちが、抜刀して、攻撃をしかけようと馬の腹を蹴る。
だが、次の瞬間、前進しかけた馬の足元を狙って、煌々と炎の帯が走った。
それは、ルーフェンによる幻術の炎であったが、動揺を誘うには十分であった。
怯えた馬が嘶き、前肢を跳ね上げて、棹立ちになる。
炎が収まると、勢い良く振り落とされた騎士の男達は、翻って走り去った馬を尻目に、忌々しげにルーフェンを睨んだ。
ハインツを押し退け、ジークハルトの隣に並ぶと、ルーフェンは小声で言った。
「まともに相手にするな。教会とあの女の間に何かやり取りがあったとして、彼らがそれを明かすわけがないし、アーベリトを襲ったのは、あくまでシルヴィアの意思だ」
確認を取るように視線を移せば、ルーフェンと目が合ったトワリスが、気まずそうに俯く。
ジークハルトは、騎士の男達に穂先を向けたまま、ルーフェンを横目に睨んだ。
「襲撃に関しては、後で詳しく聞く。お前はしゃしゃり出てくるな。教会は、召喚師側に罪を擦り付ける気だぞ」
「実際そうなんだから、返す言葉もない」
ジークハルトの制止を無視して、ルーフェンは、騎士たちに向き直った。
騎士たちが剣を構えて、さっと顔を強張らせる。
ルーフェンは、淡々とした声で言った。
「手荒なことをして申し訳ない。そちらに交戦の意思がないのであれば、私も攻撃する気はない。剣を納めてくれ」
騎士たちは、剣を納めなかった。
鋭い視線をルーフェンに向けたまま、前列の騎士が答える。
「攻撃する気はない? しようがない、の間違いではないか。我々は、七年もの間、哀れにも召喚師一族に誑かされてきたアーベリトの民を救いに来た。こちらは二百人、対してそちらは四人である。貴殿は、ご自身の立場が分かっておいでか」
ルーフェンは、冷笑を浮かべた。
「それはこちらの台詞だ。今朝方、シュベルテに出向いて、大司祭であるリラード卿と話をした。貴方達はその時に、私の不在を知って、アーベリトに軍を仕向けたのだろう。見ぬ間に教会が政権を握っていることにも驚いたが、城に居座る以上、貴方達の振る舞いがシュベルテの総意だ。今、ここで剣を向ければ、シュベルテは、七年前に三街で結んだ協定を反故にしたということになる。それが分かっているのか」
騎士は、表情を歪めた。
「根も葉もないことを! 我々はあくまで、救済に来たのだ。このアーベリトの惨状、貴様ら召喚師一族が、異端の術を使って引き起こしたものであろう。ルーフェン殿、貴殿は十四年前にも、村を一つ壊滅させ、その後も我々教徒に対し迫害を繰り返し、リオット族などという蛮族まで引き入れ、守るべき自国の民の尊厳を侵してきた。それだけでは飽き足らず、ついには自身で築き上げたアーベリトまで手にかけ、滅ぼしたのだ」
ルーフェンは、目を細めた。
「アーベリトを手にかけたのが、召喚師一族だというのは事実だ。だが、こちらにも事情というものがある。私を拘束するなり、処罰なりしたいというなら、抵抗はしない。ただし、その前に、シュベルテのカーライル公と話をさせてほしい。公と話し合った上で、生き残ったアーベリトの人間に一切手を出さないと約束するなら、私は貴方達に従う。要求に応ずる気はあるか」
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.381 )
- 日時: 2021/01/26 19:50
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)
騎士は、剣を振って見せると、嘲笑するように叫んだ。
「罪を認めたな、外道め! ならばこの場で死ね! 我ら修道騎士会が、直々に断罪してくれよう!」
「──質問に答えろ! 要求に応ずる気はあるのか、ないのか! もう一度言う、そちらに交戦の意思がないのであれば、私も攻撃する気はない!」
「ならば繰り返そう! 我々は女神イシュカルの名の下、悪魔に身を窶す召喚師一族に、制裁を下すため参った! 消えろ、邪悪な異端の一族めが……!」
先陣を切った騎士の合図で、一斉に、隊が動き出した。
地を踏み荒し、水飛沫をあげ、前方の騎士たちが盾を構えて迫ってくる。
後方の魔導師たちは、杖を高く掲げると、魔力を高め、詠唱を始めた。
覚悟を決め、魔槍を構えて踏み込もうとしたジークハルトを、ルーフェンは手で制した。
前に出て、振り返ると、ルーフェンはジークハルトを見つめた。
「……見ていろ」
静かな声で、告げる。
冴え冴えとした銀の瞳に、揺るがぬ光が灯った。
「──見ていろ。これが、召喚師一族だ」
前を向くと、ルーフェンは、近づいてくる騎士たちを見据えた。
運命に従って生きるならば、越えてはならない最後の一線が、目の前に示されていた。
目を閉じ、そして開くと、ルーフェンは唱えた。
「汝、支配と復讐を司る地獄の王よ。従順として求めに応じ、我が身に宿れ! バアル……!」
それは、本当に一瞬の、一方的な虐殺であった。
今まで見てきた、どんな魔術よりも残酷で、恐ろしい。
目の前が光って、凄まじい魔力の波を感じたと思った瞬間には、もう何も見えなくなっていたし、聞こえなくなっていた。
どれほど時間が経ったのか。
思い出したかのように息を吸ったジークハルトは、途切れそうになった意識を手繰り寄せて、なんとか目を開けようとした。
痙攣している瞼を、無理矢理に持ち上げると、徐々に感覚が戻ってきたのか、雨音がぼんやりと聞こえてくる。
トワリスとハインツも、同じ状況なのだろう。
意識はあるようだったが、うまく立ち上がれない様子であった。
嗅覚が戻ってくると、吐き気を催すような刺激臭が、鼻から喉を刺して、激しく咳き込んだ。
黒煙が揺らぐ中で、ルーフェンが一人、佇んでいる。
向かってきた騎士たちを探し、視線を巡らせて、ジークハルトは戦慄した。
彼らは、影のように地面に焼き付いて、もう跡形もなかったのだ。
ただ、ルーフェンが故意に狙いを外したのか、範囲外だった後方の魔導師たちだけが、数名生き残り、その場にへたりこんでいた。
ルーフェンは、ぶるぶると震えている魔導師たちに歩み寄ると、平坦な声で言った。
「今、見たことを、シュベルテに戻って伝えるといい。聞いたことも、感じたことも、全て……」
魔導師の男が、ルーフェンの方を見上げた。
見えているのか、いないのか分からない、定まらぬ目をしていたが、その瞳には、確かな恐怖と憎悪が滲んでいた。
「こ、ころせ……」
ほとんど呻き声に近い、掠れた小さな声で、魔導師は呟く。
しかし、その声を聞きながら、ルーフェンは踵を返した。
これ以上、殺す理由はなかった。
向けられた刃もなく、守るものもなくなれば、これ以上は、殺す理由など──。
ジークハルトだけが、じっとルーフェンを見ていた。
そんな彼を見やってから、ルーフェンは、アーベリトの街並みを見渡した。
雨が、地に染み込んだ死臭を洗い流し、風が、揺らめく黒煙を吹き散らしていく。
国王が崩御して、数日が経ったこの日──王都アーベリトも、跡を追うようにして消え去った。
雨音しか聞こえない、その静かな世界には、ルーフェンが守ろうとしていたものは、もう残っていなかった。
To be continued....
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.382 )
- 日時: 2021/01/29 11:59
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)
†第五章†──淋漓たる終焉
第五話『隠匿』
雨は、その後もしばらく、止むことなく降り続けた。
冬の終わりを予感していた木々も、凍てつく霖雨に打たれて、その蕾を固く閉ざす。
アーベリトの陥落と、国王の崩御が世間に知らされたのは、そんな晩冬のことであった。
陥落の原因については明言されなかったため、様々な憶測が飛び交ったが、予想通りというべきか、その凄惨さと教会の印象操作から、自然と首謀者に召喚師一族の名前は上がっていた。
宮廷魔導師、ジークハルト・バーンズに査問された教会は、襲撃への関与を否定したが、その審判の決着がつく前に、魔導師団の復権とルーフェンらの登城を許した。
おそらく、執拗に言及されるのは、教会にとっても都合が良くなかったのだろう。
ルーフェンとシルヴィア、双方が生き残った上、送り込んだ教徒たちが一掃されたことも、予想外だったに違いない。
世俗騎士団と魔導師団の追放や、民の救済という名目でアーベリトに修道騎士会を進軍させたことが、全て大司祭モルティス・リラードの独断で行われたことだという事実を暴かれた時点で、教会は、一時的に身を潜めた。
それ以上は、決定的な証拠が出なかったため、ジークハルトも追及は出来なかったが、教会もまた、掘り返して食い下がってくることはしなかった。
アーベリトで、術式が発動される前に、東区の孤児院に避難した者たちは、無事に生き残っていた。
生存者は、元々その孤児院にいた子供たちや、運良く魔法陣の外にいた者たちを含め、たったの百数十名程度であったが、それでも、あの最中で生き延びた者がいたということは、トワリスたちにとって心の救いである。
彼らは今、バジレット・カーライルの計らいで、一時解放したシュベルテの城近くの講堂で生活しているようであった。
バジレットの意向で保護されたアーベリトの難民に漏れず、トワリスとハインツも、しばらくは城内で匿われることになった。
この件に関しては、バジレットというより、ルーフェンの意向であったが、トワリスとハインツは、アーベリト陥落の一部始終を見ていた唯一の生き残りであったので、城内の者にも、納得がいく対応として受け入れられた。
襲撃の際に負った怪我が原因で、トワリスとハインツは、数日間寝たきりの生活を余儀なくされたが、その間も、情報を届けてくれていたのは、ジークハルトであった。
彼は、魔導師団復権の中心的人物として、忙しなくシュベルテ中を駆けずり回っていたが、それでも、日に一度はトワリスたちの元に訪れ、難民たちの様子や上層部の動きを教えてくれた。
アーベリト陥落の元凶と疑われ、勾留されたルーフェンが動けない分、自分が役目を果たさねば、という思いもあったのだろう。
結局、ルーフェンに見逃されたシルヴィアが、地下牢に入れられたことも、トワリスたちは、ジークハルトから知らされたのであった。
勾留されている間、ルーフェンは、魔導師たちの厳重な監視下に置かれていたが、幸いにも、バジレットとの謁見は叶った。
というより、登城して早々に、バジレットのほうから、直接出向いてきたのだ。
シュベルテの襲撃時に負った怪我が原因で、一時生死を彷徨った彼女は、その後、体調が回復してからも、新興騎士団に周囲を固められ、思うように動けなかったのだと言う。
教会の人間ばかりが城内を彷徨くようになったので、外界の情報も耳に入らなくなり、当然訝しんだが、実際にシュベルテの窮地を救ったのが、新興騎士団だったということもあり、なかなか手が出せなかった。
その結果、気づいた時には既に遅く、魔導師団が解散状態になり、アーベリトに新興騎士団が進軍を果たしていたのだ。
バジレットは、そう経緯を説明して、ルーフェンに頭を下げた。
意図せず三街の協定を破ってしまい、バジレットは、ひどく思い詰めている様子であった。
七年前、最後に見たときと比べて、バジレットは、かなり弱っているように見えた。
心臓に持病があり、元より華奢な老女であったが、その身体は一層細くなり、何より、瞳に浮かぶ光が弱くなっていた。
それが、年をとったせいなのか、襲撃時に負った怪我のせいなのかは分からない。
ただ、彼女もまた、老いた身の内に残酷な責を抱えた一人なのだ。
そう思うと、シュベルテに対する怒りは、薄寒い虚しさに変わっていったのだった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【1月完結予定】 ( No.383 )
- 日時: 2021/01/27 19:08
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: r1a3B0XH)
慌てる魔導師たちに諌められても、謝罪を撤回しないバジレットに、ルーフェンは言った。
「……謝罪なんて必要ありませんよ、カーライル公。確かに、教会を止められていれば、事態は大きく変わっていたでしょう。ですが、それを私が責める道理はありません。実際にアーベリトを滅ぼしたのは、私達召喚師一族ですから」
ルーフェンの言葉に、バジレットはようやく顔をあげた。
事態を見守っていた二名の魔導師が、安堵したように息をつく。
城内の寝室にて、天蓋付きの寝台に座っていたバジレットは、布団に寄りかかるようにして背を預けると、吐息混じりに答えた。
「教会の目に余る行いについては、厳正に処罰を下す。政権を握ろうなどと、もっての他だ。しかし、彼奴らが市民権を得てしまったことも、また事実。完全に失脚させるのは、得策とは言えぬだろう」
一拍置いて、バジレットの顔つきが険しくなる。
寝台横の椅子に座るルーフェンを見ると、バジレットは、決意したように言った。
「次の王位は、私が継ごう。教会の行きすぎた台頭を防ぐためにも、今、この国には、王という絶対的な権力者が必要だ。王権を持てば、その下に立つ教会の動きを、抑制することができる。……したらばルーフェン、そなたも教会に並び、私の下に立て」
「…………」
バジレットの目を見れば、彼女が、私欲で王位を継ぐなどと言っているわけではないことは、すぐに分かった。
分かっていて尚、視線を反らすと、ルーフェンは言った。
「……前王は、シャルシス様が成人なさるまでは王は立てず、分権させよと」
「ああ、そうであったな。だが、最終的には、そなたの意向に従えとも、遺書に記しておる」
間髪入れずに反論して、バジレットは、ルーフェンの目を見つめてくる。
彼女はルーフェンに、選べ、と言っているのだ。
次期国王を、立てるかどうかも含め──すなわち、この国の行く末を、この場で選び、決めろと言っている。
そう告げてきたバジレットの瞳には、かつてと同じ、強い光が戻っているような気がした。
ルーフェンは、束の間沈黙していたが、やがて、小さく笑むと、静かな声で返した。
「……そうですね。貴女が良いと仰るならば、王は立てるべきでしょう。ハーフェルンのマルカン侯も、前王太妃が継ぐというなら、口の出しようがないはずです。私も異論はありません。……ただ、一つだけ、お願いがございます」
目を細めたバジレットが、先を促す。
ルーフェンは、淡々とした声の調子のまま続けた。
「……軍部における召喚師制を、廃止にして頂きたいのです」
バジレットが、大きく目を見開く。
この発言には、監視役の魔導師たちも驚いたのか、思わず身動いだ。
バジレットは、厳しい口調で尋ねた。
「どういうことだ。そなたは、私に仕えることを、拒むというのか」
「……そういうことになりますね」
躊躇いなく答えたルーフェンに、魔導師たちが殺気立つ。
彼らを目線で制すると、バジレットは、ルーフェンに向き直った。
「何のつもりだ。今、そなたは、私を次期国王に選ぶと言った。王命に背くことは、極刑に値する重罪ぞ」
バジレットの言葉を、ルーフェンは鼻で笑った。
途端、彼女の眉間に、深く皺が寄る。
ルーフェンは、寝台の方に身体を向けると、軽く頭を下げた。
「いえ、失礼いたしました。昔、ご子息のエルディオ様からも、同じようなことを言われたことがあったなと、思い出しまして……。私がまだ、次期召喚師であった頃のことですが」
険しい表情のまま、バジレットは、ルーフェンを睨んでいる。
ふと、目を伏せると、ルーフェンは言い募った。
「私を処刑台に立たせたいなら、お好きになされば良いでしょう。まあそうなれば、結局、召喚師制は廃止になりますがね。……カーライル公、貴女には出来ませんよ。少なくとも、私が召喚師である内は」
ルーフェンは、薄く微笑んで見せた。
「義理の娘を殺され、息子も殺され……それでも貴女は、シルヴィアを殺しませんでした。なぜなら彼女は、当時召喚師であったから。殺しておけば良かったのに、殺さなかったんですよ。……私も、貴女も」
「…………」
銀色の睫毛が、ふっと影を落とす。
涼やかな表情とは裏腹に、膝上で握られていたルーフェンの拳には、力が入っているようであった。
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