複雑・ファジー小説

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〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
日時: 2021/03/22 02:24
名前: 銀竹 (ID: r9bFnsPr)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=17224

 人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。

 後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?

………………

 はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。

 本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430

〜目次〜

†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。

†用語解説† >>2←随時更新中……。

†第三章†──人と獣の少女

第一話『籠鳥ろうちょう』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬どうけい』 >>37-64
第三話『進展しんてん』 >>65-98

†第四章†──理に触れる者

第一話『禁忌きんき』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌さてつ』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実けつじつ』 >>206-234

†第五章†──淋漓たる終焉

第一話『前兆ぜんちょう』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞ぎまん』 >>276-331
第三話『永訣えいけつ』 >>332-342
第四話『瓦解がかい』 >>343-381
第五話『隠匿いんとく』 >>382-403

†終章†『黎明れいめい』 >>404-405

†あとがき† >>406

作者の自己満足あとがき >>407-411

……………………

基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy

……………………


【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。

【現在の執筆もの】

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?

【執筆予定のもの】

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。




……お客様……

和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん


【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.34 )
日時: 2018/07/15 20:44
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)

 走ってきたのか、微かに息を乱して、ルーフェンもトワリスを凝視している。
しばらくそうして、二人は互いを見つめ合っていたが、やがてルーフェンは、周囲が暗いことに気づくと、宙で指を動かし、石壁にかかった燭台の燃えさしに、穏やかな炎が灯らせた。

「よかった、見つかった……」

 ふうっと安堵の息を漏らして、ルーフェンがその場にしゃがみこむ。
すると、突然騒がしくなった階上から、ロンダートの声が聞こえてきた。

「召喚師様ぁー! 奴隷を三名、保護しましたー!」

 その声を受けると、ルーフェンは立ち上がった。
そして、倒れた男の背中に、焼鏝(やきごて)で付けられたであろう奴隷印が刻まれているのを確認する。
ルーフェンは、トワリスを再度見ると、一階へ繋がる階段の方に向けて、返事をした。

「こっちも二人、見つけた。引き続き、他に捕らえられている奴隷がいないか探して、全員保護したら、屋敷に戻って!」

「わかりましたー!」

 ばたばたと慌ただしい足音や、声が響いてくる。
おそらく階上には、ロンダート以外にも、何人か自警団の者が来ているのだろう。
はっきりと状況を飲み込むことは出来なかったが、ただ、ルーフェンたちが助けに来てくれたのだと。
それだけは理解できた。

 ぼんやりと燭台の明かりに包まれる、独房の中。
ルーフェンは、額の汗を拭うと、ゆっくりとした動きで、トワリスの手枷に触れた。

 指先を動かして、ルーフェンが鍵穴部分をなぞると、かしゃり、と解錠の音がして、手枷が地面に落ちる。
同じように足枷も外すと、ルーフェンは、トワリスの様子を伺いながら、彼女の手をそっと握った。

「戻ろう、トワリスちゃん。こんなところにいちゃ駄目だ」

「い、いや……っ」

 しかし、その手を振りほどいて、トワリスが後ずさる。
トワリスは、動かない左足を引きずって、どうにかルーフェンと距離を取ると、首を振った。

「逃げようとしたら……脚、折るって言われた」

 一瞬、表情を曇らせると、ルーフェンは倒れている男の方を睨んだ。
だが、すぐに表情を緩めると、ルーフェンはその場に屈みこんだ。

「……心配しなくてもいいよ。君をここに閉じ込めていた奴は、アーベリトから追放して、シュベルテの魔導師団に引き渡す。だから、おいで。君はもう奴隷じゃない」

「…………」

 優しい声で言って、手を差し出す。
戸惑った様子のトワリスに、ルーフェンは、笑みを向けた。

「助けてあげるって、言ったでしょ。もしまた悪い奴が来ても、俺がやっつけてあげるから」

 こちらを見上げてきたトワリスに、ルーフェンが頷いて見せる。
ゆらゆらと揺れるトワリスの瞳には、まだ不安と困惑の色が、はっきりと見てとれた。

 やがて、躊躇いがちに伸びてきたトワリスの手を取ると、ルーフェンは、その手を握りこんだ。

「……大丈夫。安心して」

 握った手に、更に力を込める。
少し間を置いてから、強気な表情を浮かべると、ルーフェンは言った。

「俺はこの国の、召喚師様だからね」

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.35 )
日時: 2018/07/18 19:31
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)


 ルーフェンに背負われて、サミルの屋敷まで戻ると、トワリスは再びダナの治療を受けることになった。
ルーフェンの自室に通され、折られた左脚を固定してもらうと、ダナは眠るようにと言ったが、徐々に自分の置かれている状況を飲み込み始めると、それまで堪えてきた恐怖と興奮が一気に噴き出してきて、うまく寝付くことができなかった。

 薄暗かった空が闇色に染まると、しばらくして、サミルとルーフェンが部屋を訪ねてきた。
二人は、何やら深刻そうに話をしながら、部屋に入ってきたが、トワリスが起きていることに気づくと、すぐに穏やかな表情になった。

「傷の具合は、どうですか? 痛いところはありますか?」

 寝台脇にゆっくりとしゃがみこむと、サミルが問いかけてくる。
トワリスは返事をしなかったが、サミルはそれを咎めることもなく、ただ、折れた左脚を一瞥しただけであった。

 手近な椅子に座ると、ルーフェンが言った。

「トワリスちゃん、君を監禁していた男……オルタ・クレバスは、言った通り、アーベリトから追放した。他の奴隷たちの身柄も、シュベルテに引き渡したよ。オルタ・クレバスは、元々シュベルテの人間だから、処遇はあちらに委託する。でも、シュベルテも奴隷制を廃止にしている街だから、奴隷たちがまた不当な扱いを受けることはないはずだよ」

「…………」

 トワリスは、緩慢な動きで寝台から起き上がると、つかの間、不安げにルーフェンを見つめていた。
それから、微かにうつ向くと、呟くように言った。

「……私も、シュベルテに、送られるんですか」

 一瞬、ルーフェンとサミルが顔を見合わせる。
口を開こうとしたルーフェンを制して、サミルが、静かにトワリスの手に己の手を重ねた。

「ルーフェンと話して、貴女のことは、アーベリトが引き受けることにしました。……ただ、貴女という存在を、シュベルテに明かすことはします」

「…………」

 ぴくりと、トワリスの手が震える。
自分の存在が広く知れ渡るというのは、ひどく恐ろしいことのように感じた。

 人間しかいないこのサーフェリアという国で、獣人混じりの自分がいかに異質で、奇怪な存在なのか。
それは、これまでの奴隷生活の中で、散々思い知ってきたことだ。
奴隷から解放されるにしても、この先、生きていくのならば、誰の目にも触れられず、知られずにいたいというのが本音だった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.36 )
日時: 2018/07/21 19:36
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 50PasCpc)


 そんなトワリスの心中を察したのだろう。
サミルは、安心させるように微笑んだ。

「トワリスさん、どうか誤解をしないでください。確かに、獣人奴隷の件については、元々シュベルテの管轄でしたから、報告という意味合いはあります。でもね、別に私達は、貴女のことを無闇に見せびらかしたいわけじゃありません。ただ、貴女のことを、隠すような後ろめたい存在だとは認識させたくないから、シュベルテに伝えるのです」

 顔をあげたトワリスの目を、サミルは、まっすぐに見つめた。

「獣人は、私達人間にとって、未知の存在です。その血を引く貴女は、どうしても、サーフェリアにおいて目を引いてしまう。……でも私は、それが何だと言いたい。だって貴女には、何の罪もないのですから」

 柔らかい、けれどはっきりとした口調で、サミルは続けた。

「これまで、沢山辛い思いをしてきたでしょう。今後も、獣人の血を引いていることを理由に、後ろ指を指されることがあるかもしれません。ですが、それを恐れて、隠れるように暮らすのは、とても悲しいことだと思うのです。自由の身になったからこそ、私は、貴女に堂々と生きていってほしい。そうなるために、このアーベリトが、トワリスさんの新しい居場所になればとも思っています」

「…………」

 自然と、涙が出てきた。
胸からあふれでてくる、この温かい感覚がなんなのか、よく分からなくて。
トワリスは、嗚咽を漏らしながら、震える声で呟いた。

「……最初は、ずっと、ハーフェルンにいたんです」

 目を拭って、辿々しく口を開く。

「ハーフェルンの、奴隷市場に、いて……そこには、私以外にも、いっぱい奴隷がいて、売られる前は、叩かれたり、殴られたりすることもなかった……。お母さんとは、もう、離れ離れになってたけど、お母さんのこと、知ってるっていうおばさんが、色々、教えてくれて……。もし、お母さんに会えたら、きっと、助けてくれるって、そう、思って、ずっと会いたかったの……」

「…………」

 黙って聞いているサミルの手を、すがるように握り返して、トワリスは言った。

「でも、その後、私も、あのオルタって人間に買われて、シュベルテに、連れていかれたし……。お母さん、死んじゃってるかもって、本当は、思ってたから……。もう、どうすればよいのか、どこ、逃げれば良いのか、全然、分からなくて……ずっと、怖かった……」

 サミルは、トワリスの手を握ったまま、柔らかく微笑んだ。

「サーフェリアに、たった一人。なぜミストリアから渡ってきたのか、その経緯は分かりませんが、おそらくお母様も、凄まじい不安や恐怖、孤独と戦っておられたはずです。……それでも、貴女を産んだ」

 懐から書類を取り出すと、サミルは、それをトワリスに差し出した。

「強いお母様だったのでしょうね。きっと、空から、貴女の幸せを祈っていますよ」

 差し出されたのは、件の獣人奴隷の違法取引について、詳細が書かれた書類だった。
トワリスの母親の、脚に彫られていた木の葉の刺青の模様まで、細かく記載されている。
サミルとルーフェンが、改めて調べ直してくれたものなのだろう。

 文字は読めなかったけれど、大事そうに書類を抱くと、トワリスはむせび泣いた。
涙をためた目を上げれば、サミルの後ろから、ルーフェンもこちらを見ている。

 目が合うと、ルーフェンは、持ってきた手燭を宮棚に置いてから、トワリスに向き直った。
そして、声に出さずに、「良かったね」とだけ唇を動かすと、目を細めて笑んだ。

 泣きつかれて、眠りに落ちるまで。
サミルは、ずっと背中を擦っていてくれたのだった。


To be continued....

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.37 )
日時: 2019/12/22 18:05
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: pRqGJiiJ)

†第三章†──人と獣の少女
第二話『憧憬』



「こらぁーっ! いい加減になさい!」

 高らかなミュゼの怒鳴り声が聞こえたかと思うと、ふいに、何かがルーフェンの腰に突撃してきた。
思わずよろけて、その場に踏みとどまる。
ルーフェンは、腰にすがり付いてきたトワリスを認めると、後から険しい形相で長廊下を走ってきたミュゼを見て、事態を察したように苦笑いした。

「召喚師様! ちょっと、そこのお転婆をどうにかしてくださいな! 全く、風呂に入るだけで、どうしてこんなに時間がかかるんだか!」

 はあはあと息を切らせながら、ふくよかな身体を揺らして、ミュゼが追い付いてくる。
トワリスは、ルーフェンの背後に回って身を隠すと、顔だけ出して、ミュゼを睨みつけた。

「トワリスちゃん、お風呂には入らないと」

 湿った赤褐色の髪を見て、ルーフェンが告げる。
するとトワリスは、不満げな表情を浮かべて、ふるふると首を振った。

「違う! お風呂入ったのに、おばさんが、変な臭い油つけてきたから……!」

「臭い油……?」

 トワリスの言っている意味が分からず、ルーフェンが首をかしげる。
ミュゼは、深々とため息をつくと、ルーフェンに説明をした。

「臭い油だなんて、人聞きの悪い! 女性用の髪油ですよ。さあトワリスちゃん、さっさとこっちにいらっしゃい! そのみっともないぼさぼさの髪、私が綺麗に整えてあげるから」

「いらないっ!」

 ルーフェンの腰に一層しがみついて、トワリスが鼻に皺を寄せる。
唸り声を大きくして、ミュゼを威嚇するトワリスに、ルーフェンは苦笑を深めた。

 トワリスが、サミルの屋敷で暮らすようになって、約一月。
根気強く接し続けたおかげで、ようやく人を噛んだり、威嚇したりすることは少なくなったトワリスであったが、サミルとルーフェン以外の人間には、まだ慣れない様子であった。

 屋敷の家政婦であるミュゼに対しても、その反抗ぶりは顕著で、こうして身辺の世話をミュゼに頼む度に、トワリスは逃走してくる。
ミュゼも、普段は孤児院に勤めているだけあって、子供の扱いには長けているのだが、足の速いトワリスを捕まえるのは、流石に難しいようだった。

 ルーフェンは、トワリスの目線に合わせて屈みこむと、おかしそうに言った。

「ほら、牙剥いちゃ駄目だってば。唸るのも禁止」

 トワリスの唇に人差し指をあてて、落ち着くようになだめる。
トワリスは、ひとまず唸るのをやめたが、それでも警戒した様子で狼の耳を立て、ミュゼを睨んでいた。

 くすくすと笑いながら立ち上がると、ルーフェンは肩をすくめた。

「ミュゼさん、この子、鼻が利くから、香料が入ってるものは嫌みたい。とりあえず、丸洗いするだけにしてあげて」

「そ、そうは言いますけどねえ……」

 訝しげに口ごもって、ミュゼがトワリスを見る。
だが、頑なにルーフェンから離れようとしないトワリスを見て、これ以上問答を続けても埒が明かないと思ったのだろう。
やれやれと首を振ると、ミュゼは嘆息した。

「……分かりました、もう結構です。それなら、明日からは洗うだけにすると約束しますから、もう一度来なさい。まだお薬塗ってないでしょう」

「…………」

 厳しい口調で言われて、トワリスの耳がぴくりと揺れる。
露骨に嫌そうな表情になって、トワリスは、ルーフェンの服をぎゅっと握った。

 お薬、というのは、トワリスの全身に塗布している軟膏のことだ。
獣人の血が入っている故か、驚くほどの速さで回復しているトワリスであったが、画家、オルタ・クレバスに負わされた深い切り傷や火傷跡は、まだまだ癒えていない。
その治療の一つとして、毎日、軟膏を患部に塗っているのだ。

 最初の内は、ダナが治療を行っていたのだが、トワリスは、生まれた年から計算する限り、今年で十二歳である。
獣人は人間より成長が遅いのか、それとも、小柄で痩せているため、そう見えるだけなのか。
トワリスは、八、九歳くらいの少女のような姿をしていたが、それでも、一応は十二歳の娘なのだから、身辺の世話に関しては、女性がやった方が良いだろうという話になり、最近は、治療もミュゼに頼んでいるのだった。

 ルーフェンが軽く背を押すと、トワリスは、渋々といった様子でミュゼの元に行った。

「トワリスちゃん、ミュゼさんのこと、噛んじゃ駄目だよ」

「……噛まないもん」

 ぶすっとした顔つきで答えると、ルーフェンが、面白そうに笑みをこぼす。
それから、最後にミュゼの方を見やると、ルーフェンは手を振って、去っていったのだった。

 ルーフェンの後ろ姿をぼんやりと眺めていると、ミュゼが、肉厚な手でトワリスの手を握り、くいと引っ張ってきた。

「ほら、行くよ」

「…………」

 手を引かれて、来た長廊下を戻っていく。
二人は、一度屋敷の本邸から出ると、裏手にある使用人たちの宿舎へと向かった。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.38 )
日時: 2018/07/27 19:23
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)



 中庭の小道を、引かれるままに歩きながら、すんすんと初夏の風を嗅ぐ。
レーシアス家の中庭は、あまり手入れされていないのか、伸びきった雑草が小道の所々に飛び出していた。
だが、そこから香る青臭さや、湿った土の匂いが、トワリスは嫌いではなかった。

 柔らかな陽光を受けて、朝露を光らせる潅木(かんぼく)の並びを通りすぎると、白壁の小さな宿舎が姿を現した。
レーシアス家に仕える独り身の使用人達は、この宿舎で寝泊まりしている者が大半だ。
トワリスもまた、サミルに引き取られてからは、ここで生活していた。

 といっても、トワリスは使用人ではないので、本来ならば、孤児院に送られるべきなのだろう。
それなのに送られないのは、やはり、獣人混じりであることを懸念されているに違いない。
サミルも、ルーフェンも、「君は獣人の血を引いているから」なんてことは一言も言わなかったし、彼らに限らず、レーシアス家の者は皆優しかった。
けれど、まだ人間らしい生活に慣れていないトワリスを、子供が多くいる孤児院にいきなり入れるのは、流石に不安だと思われているようだった。

 門を潜ろうとすると、ちょうど、夜番を終えたロンダートが、同じく宿舎に入ろうとしているところだった。
ロンダートは、ミュゼとトワリスに気づくと、ぴっと背筋を伸ばした。

「あっ、おはようございます!」

 おはよう、とミュゼが答えて、軽く会釈する。
体格の良いロンダートが、ミュゼに畏まっているのは、なんだか不思議な光景であったが、ミュゼはどうやら、一介の家政婦であるにも拘わらず、レーシアス家においてかなりの権力を持っている人間らしかった。
一見、屈強な自警団の男たちの方が強そうなのだが、この前ミュゼは、「今晩ご飯抜きにするよ!」の一言で、彼らを黙らせていた。
この屋敷で一番地位が高いはずのサミルとルーフェンも、ミュゼが本気で怒り出すと、言うことを聞く場合が多い。
おそらくミュゼは、レーシアス家で最強の生物なのだろう。



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