複雑・ファジー小説
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- 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
- 日時: 2022/05/29 21:21
- 名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
- 参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825
いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………
人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。
後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?
………………
はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。
本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。
今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。
〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!
…………………………
ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430
〜目次〜
†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。
†用語解説† >>2←随時更新中……。
†第三章†──人と獣の少女
第一話『籠鳥』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬』 >>37-64
第三話『進展』 >>65-98
†第四章†──理に触れる者
第一話『禁忌』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実』 >>206-234
†第五章†──淋漓たる終焉
第一話『前兆』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞』 >>276-331
第三話『永訣』 >>332-342
第四話『瓦解』 >>343-381
第五話『隠匿』 >>382-403
†終章†『黎明』 >>404-405
†あとがき† >>406
作者の自己満足あとがき >>407-411
……………………
基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy
……………………
【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。
【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?
【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。
……お客様……
和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん
【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.194 )
- 日時: 2020/03/03 00:09
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
ロゼッタの手を取り、登ってきた階段の方を振り返ると、ルーフェンは、微かに目を細めた。
クラークの命令で動いている監視役なのか、敵意のない気配も混じっているが、マルカン邸を出たときから、複数人の視線を感じていた。
市街でロゼッタの露店巡りに付き合っていた時は、人混みに揉まれていたので、探るのも面倒で無視していたが、こうして人気のない閘門橋まで上がると、嫌でも周囲に潜む気配を感じ取れてしまう。
左右の階段に一人ずつ、そして橋の下にもう一人。
うまく隠れている者もいるが、虎視眈々とこちらの隙を狙っている、不遜な輩も混じっているようだ。
ルーフェンは、口元に薄く笑みを浮かべると、ロゼッタの方を向いた。
ロゼッタは、橋の欄干に掴まって、眩しそうに運河を眺めている。
ルーフェンが隣に並び、同じように欄干に寄りかかると、ロゼッタは、嬉しそうに運河を指差した。
「ねえ召喚師様、ご覧になって。この運河、昨年から更に広げていますのよ。完成したら、船も今より行き交うようになって、ハーフェルンが一層華やぎますわ。そうしたら、また私と一緒に、ここでお祝いして下さる?」
ふわりと風に靡いた茶髪を耳にかけ、ロゼッタが言う。
ルーフェンが、もちろん、と返事をすると、ロゼッタの笑顔は、更に明るくなった。
「距離としては、どこまで?」
問うと、ロゼッタの指先が、運河を辿る。
賑わう街を抜けた、更のその先──明色な海との合流点を指差すと、ロゼッタは答えた。
「閘門をあと三ヶ所、距離としては、文化都市ウェーリンまで伸ばすつもりですわ。そうすれば、ネール山脈との物資のやり取りも出来るようになりますもの。あそこと取引できたのは、ハーフェルンが初めてですの」
「へえ、あんな北まで」
ルーフェンが、感心した様子で、肩をすくめる。
ロゼッタは、微笑みを浮かべたまま、自らの深紅の耳飾りに手を触れた。
「北方の鉱脈には、ハーフェルンも注目していますの。ネール山脈の周辺は、閉鎖的な街や村が多いから、門外不出になっているようですけれど、あの地域一帯で採れる鉱物は、装飾品としても魔石としても有用だって、お父様が仰っていましたわ。ほら、この耳飾りに使われているアノトーンという宝石も、北方から譲り受けましたの。綺麗でしょう?」
指で弾けば、ロゼッタの耳飾りが、ちらりと光る。
次いで、ルーフェンのランシャムの耳飾りを一瞥すると、ロゼッタは続けた。
「召喚師様の耳飾りについた緋色の石も、北方でしか採れないってお聞きしましたわ。私ね、召喚師様とお揃いにしたくて、お父様に紅色の耳飾りをおねだりしたの。そうしたら、珍しい宝石ならネール山脈で沢山採れるから、運河の開通と同時に、北方は私が開拓してやるって、そうお約束してくださったわ。お父様ったら、召喚師様が以前、南のリオット族を使ってノーラデュースを開拓したことに、よっぽど感銘を受けたみたい。ネール山脈はハーフェルンが手に入れるんだって、すごく張り切ってますのよ」
ルーフェンが、微かに眉をあげる。
その銀の瞳に笑みを閃かせると、ルーフェンは、一拍置いて答えた。
「それは光栄だな。リオット族の皆も、今の話を聞いたら喜ぶと思うよ」
「まあ、本当?」
ロゼッタは、跳ねるようにルーフェンに向き直った。
「だったら、是非お話しして差し上げたいですわ。私は、リオット族の方々を野蛮だの、恐ろしいだの、そんな風に言うつもりはありません。むしろ、直接お会いしたいと思っていたくらいですもの。ハーフェルンとしては、いつでも大歓迎です。いかがかしら? なんなら、今からでも遅くはありませんし、今回の祭典にお招きしてもよろしくて?」
上目遣いにルーフェンを見て、ロゼッタが尋ねる。
ルーフェンは、くすりと笑うと、肩をすくめてみせた。
「……気持ちは嬉しいけど、俺がちょっと困るかな」
「あら、どうして?」
ロゼッタが、愛らしく首を傾げる。
ルーフェンは、彼女の手をとると、その薄い甲を、指の腹でゆっくりとなぞった。
「君との時間を誰かにとられるのは、惜しいから」
瞬間、ぼんっと音を立てて、ロゼッタの顔が茹で上がる。
俯き、ルーフェンに握られた手を胸元で握りこむと、ロゼッタは、くるりと背を向けた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.195 )
- 日時: 2019/11/21 19:24
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)
「あ、あの、耳飾り……さっき、召喚師様とお揃いにしたかったから、同じ赤系統の石を選んだって言ったでしょう? 実は、その、もう一つ意味があって……。願掛けもしていますの」
「願掛け?」
ルーフェンが聞き返すと、ロゼッタは振り返らずに、こくりと頷いた。
「聞いたことありませんか? 対の耳飾りを分け合って、男性は左耳に、女性は右耳につけるんです。そうすれば、離れ離れになっても、再び対に戻れるっていう、古い言い伝え。二人で一つ、将来を誓い合った男女で交わす、おまじないみたいなものですわ」
言いながら、左耳の耳飾りをはずすと、ロゼッタは、欄干の上から腕を伸ばした。
眩い陽の光に透かせば、その紅色の宝石が、朱や茜に煌めいて、色を変える。
恥ずかしいのか、緊張しているのか。
その指先を震わせ、耳まで真っ赤に染めながら、ロゼッタは、思いきった様子で唇を開いた。
「召喚師様は、命懸けのお仕事をなさっているわけですし、今はまだ、頻繁にお会いできるわけではないでしょう? だから……その、この耳飾り、もらっては頂けませんか?」
光を反射しながら、耳飾りが揺れる。
ルーフェンが返事をする前に、ロゼッタは、どこか慌てたように付け加えた。
「召喚師様には、その緋色の耳飾りがありますから、つけてほしいなんて我が儘は言いませんわ。ただ、このアノトーンの耳飾りも持っていて下さったら、私達、いつも一緒にいられるような気持ちになれるでしょう? 持っているだけでも、願掛けに意味はあると思いますの。対であろうとなかろうと、昔から、耳飾りを大切な人に贈ったり、預けたりすることは──あっ」
「あ」
不意に、握られていた紅色の耳飾りが、するりとロゼッタの指から滑り落ちた。
咄嗟にロゼッタが手を伸ばすも、耳飾りは、あっという間に運河の底に吸い込まれていく。
ロゼッタまで落ちないようにと気遣ったルーフェンが、橋の下を覗いた時には、もうすでに、耳飾りは見えなくなっていた。
「う、うそ……」
呟いたロゼッタの目に、みるみる涙が溢れていく。
欄干から顔を出し、つかの間、耳飾りを目で探していたルーフェンであったが、やがて、姿勢を戻すと、やれやれと内心息をついた。
手先に集中していなかったせいで、うっかり落としてしまったのだろうが、あんな小さな耳飾りを、広大な運河の中から見つけるのは、ほとんど不可能に近いだろう。
魔石か何かであれば、魔術で探し出す方法もあるかもしれないが、あの紅色の宝石は、見る限り希少価値が高いというだけの単なる貴石だ。
運河の水を全部抜いたところで、耳飾りも一緒に流れていくだろうし、水深があるので、人数を動員したところで浚うのも難しい。
ここは、諦めがつくように説得して、それとなく話題を変えるしかないだろう。
そう思って、ルーフェンがロゼッタの肩に手を当てた──その時だった。
「──……」
何かが、鳥の如く軽やかに、橋の欄干に降り立った。
陽の光が遮られて、目の前がふっと暗くなる。
それが、人の形をしていると悟ったとき、ルーフェンは、驚いて瞠目した。
欄干の上なんて、足場としては不安定なはずだ。
それなのに、人影はまるでバネのように体を縮ませ、欄干を蹴ると、弧を描いて運河の中へ飛び込んでいく。
到底、人とは思えぬ身軽さと、しなやかな力強さ。
水音も、人々の喧騒さえも耳に入らず、ルーフェンは、呆然とその姿を見つめていた。
「──ト、トワリス!?」
焦ったようなロゼッタの声で、我に返る。
次いで、聞こえてきた着水音と同時に、困惑した民衆たちのざわめきがあがって、ルーフェンも、慌てて橋の下を覗いた。
何が起きたのか、一体誰が飛び込んだのかと、口々に騒ぎながら、周囲に人が集まってくる。
当然だ。ここは、ただの浅い水路などではない。
閘門橋は、巨大な商船すら潜り抜けられるほどの高い位置に掛かっているし、運河自体の水深だって、そこらの川など比較にならないくらい深いのだ。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.196 )
- 日時: 2019/11/27 23:46
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)
ふと振り返れば、トワリスが落としていったであろう双剣と外套が、橋の隅に打ち捨てられていた。
重りになるものは脱いでいった──つまり、彼女は意図的に、運河に飛び込んでいったということだ。
(一体、何のために……?)
思わず息を飲んで、波立った運河を見つめる。
しかし、いつまで経っても、トワリスらしき影は水面に浮かんでこなかった。
幸い、閘門が閉じているので、流されることはないだろうし、岩などが水中に潜んでいることもないので、障害物に激突するようなことはないだろう。
だが、そもそも着水の時点で気絶すれば、溺死する可能性だって十分にあり得る。
よほど衝撃的だったのか、ふと額に手を当てたロゼッタが、ふらりと倒れる。
その身体を支えて横たえると、ルーフェンは、素早く外套を脱いで、欄干に足をかけた。
水面に走らせた視界が、一瞬ぼやける。
考えただけでも怯んでしまうほどの高さなのに、何の躊躇もなく飛び込んでいったトワリスの姿が、未だに信じられなかった。
ルーフェンは、息を吸うと、勢いよく欄干を蹴った。
水中に飛び込んだ瞬間、板で殴られたような衝撃と、心臓が縮むような冷たさが全身を襲う。
立ち泳ぎをしながら、周囲を見渡していると、視界の端に、突き出した赤褐色の頭が映った。
(見つけた……!)
水を掻いて向きを変えると、ルーフェンは、トワリスが沈んでいった方へと泳いだ。
秋口とはいえ、想像以上に水温が低い。
水流に飲まれて溺れることはなくとも、この水温では、あっという間に体温を奪われて、動けなくなってしまうだろう。
大きく手を伸ばすと、指先に何かが触れた。
トワリスの腕と思われるそれは、しかし、掴んだと思った途端、するりと手の中から抜けていってしまう。
手が滑ったのではなく、掴んだ手を拒まれたような感覚だった。
「トワリスちゃん! 手、伸ばして!」
叫んでから、今度はトワリスの胴を抱え込むようにして、引き上げる。
力ずくで水面に上げられたトワリスは、苦しげに顔を出すと、身体を反るようにしてルーフェンを押し退けた。
「はっ、離してください……!」
冷えきってしまったのか、トワリスが、震える声で言う。
再び水中に潜ろうとする彼女の腕を、咄嗟に掴み取ると、ルーフェンは信じられぬ思いで、その身体を引き寄せた。
「馬鹿! 何考えてる!」
らしくもなく声を荒げてしまったが、そんなことは気にも留めていない様子で、トワリスは腕から抜け出そうと暴れている。
唇の血の気もなく、身体だって氷のように冷たくなっているのに、この状況で水中に留まろうとするなんて、トワリスは一体何を考えているのか。
ルーフェンは、半ば強引にトワリスを抱えると、短く詠唱をした。
しぶき立っていた水面が、突然、意思を持ったように水嵩を増し、ルーフェンとトワリスの身体を押し上げる。
元々、水中のトワリスを巻き込みたくなかっただけで、彼女さえ保護できれば、後は魔術で脱出しようと思っていたのだ。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.197 )
- 日時: 2019/11/27 19:00
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)
ルーフェンは、抵抗するトワリスを押さえ込んで、石造の岸辺にずり上がった。
閘門橋を見上げれば、騒ぐ人々がこちらを指差して、忙しく行き交っている。
この分なら、こちらが動かなくとも、じきに助けが来るだろう。
そういえば、気絶したロゼッタも、橋の上に放置してきてしまった。
無理矢理引きあげられたトワリスは、ルーフェンの腕をはねのけると、咳き込みながら怒鳴った。
「どうして離してくれなかったんですか! 耳飾り、まだ見つけてなかったのに!」
「耳飾り……?」
訝しげに問い返して、目を見開く。
トワリスが運河に飛び込んだのは、ロゼッタの落とした耳飾りを探すためだったのだと気づいて、ルーフェンは、思わず眉をひそめた。
「耳飾りって……まさか、そんなことのために飛び込んだの?」
「そんなこと……?」
トワリスの声音に、押し殺したような怒りが混ざる。
きつくルーフェンを睨み付けると、トワリスは激昂した。
「あの耳飾りは、マルカン候がロゼッタ様に贈ったものなんですよ! 大切な宝物なんだって、前に言ってたんです! そんなことじゃありません!」
トワリスの真剣な面持ちに、ルーフェンは、つかの間言葉を止めた。
ロゼッタの“大切な宝物だ”なんていう言葉に、おそらく深い含みはない。
あるとすれば、単純に宝石としての希少価値が高いから、“宝物だ”というだけである。
父親からの贈り物だとか、願掛けをしたとか、そんなロゼッタの綺麗な言葉に、さして重大な意味はない。
ロゼッタに限らず、貴族の娘とは大概そういうものであることを、ルーフェンは知っていた。
けれどもトワリスは、そんな彼女たちの言葉を、いちいち額面通りに受け取っているのだろう。
だから、こんな風に真剣になれるのだ。
ルーフェンは、言葉を選びながら、小さく息を吐いた。
「……仮にそうだったとしても、飛び込むのは危ないよ。あんな高さから落ちて、下手したら、死んでたかもしれない」
「あの程度じゃ死にません。私はそんな柔じゃないです!」
「第一、あんな小さな耳飾り、運河の中から見つけられるわけないだろう? 浅瀬ならまだしも──」
「召喚師様が途中で割り込んでこなければ、見つけられました! 私一人だったら、耳飾りを持って自力で岸まで上がれてたのに……!」
「…………」
この言い種には、流石のルーフェンも、むっと眉根を寄せた。
意地になっているのだろうが、どう考えたって、トワリス一人で耳飾りを見つけられたとは思えない。
閘門橋から飛び降りて、今現在こうして口論を交わせるくらいだから、柔じゃないという彼女の言葉も、嘘ではないのだろう。
けれど、ルーフェンが助けに入らず、長時間あの冷たい運河の中で揉まれていれば、どんな頑丈な人間でも、体力を奪われて動けなくなってしまっていたはずだ。
言い返そうとして、しかし、トワリスの姿を改めて見ると、ルーフェンは口を閉じた。
飛び込んだときに水を飲んでしまったのか、何度か叫んだ後に、トワリスは苦しげにひゅうひゅうと喉を鳴らしている。
寒いのか、それとも怒り故なのか、その小柄な肩は、微かに震えていた。
ルーフェンは、やりづらそうに嘆息した。
「……助けが不要だったなら、ごめんね。でもやっぱり、いきなり運河に飛び込むなんて、誰がやったって危ないよ。今回助かったのは、運が良かったからだと思った方がいい。……耳飾りはまた買えるけど、君は買えないだろう?」
はっと見開かれたトワリスの目が、大きく揺れる。
何を言っても怒鳴り返してきていたトワリスは、突然戸惑ったようにうつむくと、黙りこんでしまった。
「……大丈夫? どこか痛む?」
心配になって声をかけるが、やはりトワリスは、唇を閉ざしたままだ。
顔色を伺おうにも、彼女は下を向いているので、濡れた前髪に隠されてよく見えない。
トワリスの表情を伺うため、赤褐色の髪に触れようとした──その、次の瞬間。
「触んないで下さいこの変態っ! 不潔っ! 女ったらしーっっ!!」
ルーフェンの反応速度を上回る速さで、トワリスの掌が飛んでくる。
怒号と共に、スパァンと鳴り響く、乾いた音。
トワリスの手が、ルーフェンの頬──というよりは顔面をぶっ叩いた音は、辺り一面に、高々に響き渡ったのであった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.198 )
- 日時: 2019/11/30 18:44
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)
「君は一体! 何をしに行ったのかね!?」
温厚さの欠片もない、太い声でクラークに怒鳴られて、トワリスは萎縮した。
落ち着いて、と宥めるように言って、ルーフェンは、クラークとトワリスの間に立つ。
召喚師の手前、怒りは抑えているようであったが、クラークの顔つきは、今にも殴りかかってきそうなほど険しかった。
運河でびしょ濡れになったルーフェンとトワリス、そして倒れていたロゼッタは、無事に自警団の者達に助け出され、マルカン邸に戻ってきた。
事の成り行きを聞いたクラークは、ひとまずトワリスたちを着替えさせ、応接室に通すと、烈火のごとく激怒した。
ただ逢引の監視を命じただけなのに、そのトワリスが、突然運河に飛び込むだなんて奇行に走るとは、一体誰が予想できただろう。
結果的に、大事なロゼッタを気絶させ、賓客であるルーフェンまで全身ずぶ濡れにしたわけだから、クラークの中で、トワリスは重罪人に成り上がっていたのだった。
「黙っていないで、なんとか言ったらどうなのだ。この前の毒混入を許した件といい、役に立たぬだけならまだしも、君はなんなのだ。私の顔に泥を塗りたいのか?」
「……申し訳ありません」
仏頂面で謝罪をするだけで、トワリスは、それ以上何も言わない。
何故非難されるのか、まるで納得がいかないという心の内が、そのまま顔に出てしまっている。
そんな態度が、一層頭に来るのだろう。
クラークは、わなわなと拳を震わせて、床に正座するトワリスを指差した。
「第一、何故運河なんぞに飛び込んだのだ! トワリス、君のせいで市街はちょっとした騒ぎになったのだぞ。召喚師様にまでお手間を取らせおって……!」
「まあまあ……私は大丈夫ですから」
憤慨するクラークを、ルーフェンが諌める。
豪奢な椅子から立ち上がり、ばんばんと机を叩いて叫んでいたクラークは、ルーフェンに向き直ると、恭しく頭を下げた。
「召喚師様、なんとお詫びを申し上げてよいやら……。本当に医術師は呼ばなくてよろしいのですか? 頬が赤く腫れておりますが……よほど勢いよく顔面から着水なさったのですね」
「いや、そんな器用な着水はしてないですけど……」
あはは、と苦々しく笑って、ルーフェンは、トワリスを一瞥する。
この頬の赤みは、他でもない、トワリスにぶん殴られたせいで出来たものだ。
しかし、そんなことを話せば、クラークはいよいよトワリスを厳罰に処すだろう。
彼女も彼女で、少しは弁解すれば良いのに、ぶすぐれた顔で沈黙しているだけだ。
こんな態度をとっては、クラークの頭に血が昇るのも仕方がない。
ルーフェンは、やれやれと肩をすくめると、クラークに笑みを向けた。
「マルカン候、そう怒らないで下さい。別に彼女も、意味がなく運河に飛び込んだわけじゃないんです。実は──」
「──子供が!」
仕方なく、代わりに弁解してあげようと口を開いたルーフェンの言葉は、しかし、当の本人、トワリスによって遮られた。
思わず声が大きくなってしまって、トワリスは、はっと口をつぐむ。
ルーフェンとクラーク、二人の視線を受けて、トワリスは、どこか辿々しい口調で告げた。
「……子供が、溺れているように見えたんです。それで、助けようと思って、飛び込んだんですが……私の勘違いでした。すみません」
「…………」
クラークの顔が、怒りを通り越し、呆れに歪む。
ルーフェンは、少し驚いたように瞠目して、トワリスを見つめていた。
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