複雑・ファジー小説
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- 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
- 日時: 2022/05/29 21:21
- 名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
- 参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825
いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………
人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。
後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?
………………
はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。
本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。
今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。
〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!
…………………………
ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430
〜目次〜
†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。
†用語解説† >>2←随時更新中……。
†第三章†──人と獣の少女
第一話『籠鳥』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬』 >>37-64
第三話『進展』 >>65-98
†第四章†──理に触れる者
第一話『禁忌』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実』 >>206-234
†第五章†──淋漓たる終焉
第一話『前兆』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞』 >>276-331
第三話『永訣』 >>332-342
第四話『瓦解』 >>343-381
第五話『隠匿』 >>382-403
†終章†『黎明』 >>404-405
†あとがき† >>406
作者の自己満足あとがき >>407-411
……………………
基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy
……………………
【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。
【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?
【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。
……お客様……
和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん
【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.159 )
- 日時: 2019/07/18 20:24
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: kEC/cLVA)
「見えないはずの景色が見えたからって、何になるっていうの? 別に、見たいと思った景色が、自在に見えるわけじゃないの。意図せず、急に頭に流れ込んでくるのよ。だからって、声が聞こえるわけじゃないから、映った相手が何を話しているかなんて分からない。直接干渉できるわけでもない。ラフェリオンの術式だって、そう。近づかなきゃ見えないような小さなものは、私にだって見えない。こんな能力、何の役に立つっていうのよ。役に立たない力なんて、異端扱いされる理由にしかならないわ。……せめて予知能力でもあれば、伝承に伝わるヴァルド族みたいに、神聖視されたんでしょうけれどね」
「…………」
アレクシアの声色が、微かに暗くなったような気がした。
トワリスは、続きを聞いて良いのか迷いながら、小さな声で尋ねた。
「……それで、ヴァルド族の名前を語ることにしたの?」
アレクシアは、壁の一点を見つめたまま、返事をした。
「言い出したのは、私の姉よ。元々、私達姉妹には、大した力なんてなかったのに、伝承にあるヴァルド族の末裔だとでも言えば、周囲は皆、自分たちのことを崇拝するだろうって。姉は、透視だけでなく、予知能力もあるだなんて嘘をついて、周りを騙し続けたの。結果、一時的に注目は集めたけれど、悪目立ちして、魔導人形の材として目をつけられた。十四の時に、ブラウィン・エイデンに眼球を奪われて、そのまま死んだわ。……笑えるでしょう。自分でついた嘘のせいで、惨めに死んだのよ。善良で正直に生きたって、ろくな人生にはならないけれど、他人を騙して欲深く生きたって、結果は同じなのね」
皮肉めいているような、冷たい口調であった。
アレクシアが話し終えると、薄暗い部屋の中に、静けさが戻ってくる。
ややあって、決心したように拳を握ると、トワリスは、はっきりとした声で言った。
「……私やっぱり、アレクシアに賛同してラフェリオンの破壊に行きましたって、報告してくる」
こちらを見ようとしなかったアレクシアが、振り返る。
心底呆れ果てた様子で息を吐くと、アレクシアは、トワリスの顔を覗き込んだ。
「今の話の流れで、どうしてそうなるのよ? それで合格を取り消されたら、貴女どうするのつもりなの?」
トワリスは、アレクシアの蒼い瞳を見つめ返すと、頑なな態度で答えた。
「そうなったらそうなったで、しょうがないよ。来年、もう一度試験を受ける。……だって、やっぱりアレクシア一人に責任を押し付けるなんて、駄目だよ。私、アレクシアが何か企んでるんだろうなって、分かって着いていったんだもの。同罪だよ」
アレクシアが、大きく目を見開く。
やりづらそうに顔を片手で覆うと、アレクシアは、再度盛大なため息をついた。
「同罪って……あのねえ、私は貴女たちと違って、どうしても魔導師になりたいわけじゃないの。だから、卒業試験の受験資格を剥奪されたからって、大した痛手じゃないわけ。分かる? 第一、貴女が馬鹿正直に上に報告にいったとして、私が感謝をするとでも思ってるの?」
トワリスは、ふるふると首を振った。
「思ってないよ。私が合格取り消されたって、留置所に送られたって、アレクシアはどうせ、『馬鹿じゃないの? これだから獣女は短絡思考ね』くらいにしか思わないんだろうけど、それでも、私が納得いかないんだよ」
「…………」
もはや返す言葉も思い付かないのか、アレクシアは、何も言わなくなってしまった。
トワリスもまた、唇を引き結んで黙っていたが、やがて、いつかのように、アレクシアに額を指で弾かれると、顔を上げた。
「……意味のない責任なんか感じてないで、魔導師になりなさいって言ってるのよ。なって、 街中でふんぞり返ってやりなさい。獣混じりの女魔導師なんて、皆びびって声もかけてこないわよ」
言葉の意味を探るように、トワリスはアレクシアの表情を伺った。
アレクシアは、心底呆れたような顔をしている。
「私以外にも、女が入団してるなんていうから、どんな気狂いかと思っていたけれど、話してみれば、ただの真面目一直線だものね。あれだけ私に散々言われたのに、のこのこ間抜け面でやってきて、『同罪だから』なんてほざくんだもの。貴女みたいな馬鹿丸出しは、正義の味方に向いてるわ」
トワリスは、怪訝そうに眉をしかめた。
「……それって褒めてるの?」
「褒めてるわよ。貴女ほどお人好しで、ろくな死に方をしなさそうな人間は、そうそういないって言ってるんだから」
「褒めてないだろ」
呼吸をするように貶してくるアレクシアに、もはや感心さえ覚える。
それから、先程指で弾かれた額を擦りながら、トワリスはぽつりと問うた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.160 )
- 日時: 2019/07/20 19:14
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)
「……ねえ、さっき、どうしても魔導師になりたいわけじゃないって言ってたけど、それならアレクシアは、どうして魔導師を目指したの?」
アレクシアの目の色が、微かに変わる。
閃く蒼をじっと見つめていると、やがて、アレクシアは口端を上げた。
「生まれに関係なくなれる職業で、一番成り上がれる職業って、何だと思う?」
トワリスが何かを答える前に、アレクシアは続けた。
「私はね、魔導師だと思ったわ。だから目指したの。正義の味方なんて柄じゃないけど、英雄面すれば、きっと見える景色が変わる。魔導師になって、地位も名誉も手に入れたら、今まで私のことを指差して、異端だと蔑んできた連中が、途端に顔色を変えて頭を下げるのよ。魔導師様、魔導師様ってね。こんなに愉快なことって、他にある?」
艶っぽく、一方でどこか子供のような、いたずらっぽい笑みを浮かべて、アレクシアは言う。
彼女らしい返答に、一拍置いて、トワリスは苦笑した。
「……動機が不純だね」
「言ってなさいよ。私は貴女みたいに、清廉潔白じゃないの」
アレクシアは、吹っ切れたような声色で言った。
トワリスは、微かに眉を下げると、アレクシアから視線を外して、目を伏せた。
「……別に、私だって、清廉潔白なんかじゃないよ。他人を踏みつけたり、嘘ついたりするのは良くないって思うけど、綺麗事だけじゃ生きていけないっていうのも、分かってるつもり。自分一人生きるのだって、大変だもの。人助けしたり、国を守ることが、もっと難しいことくらい知ってる」
言ってから、アレクシアに向き直ると、トワリスは手を差し出した。
眉を上げたアレクシアは、トワリスの顔と手を交互に見ると、訝しげに尋ねた。
「……なによ?」
トワリスが、微苦笑する。
「別れの挨拶。……一応、ね。次、いつ会えるか分からないから」
そう答えると、アレクシアは、付き合っていられない、とでも言いたげな表情で、トワリスを見た。
それでも、手を引っ込めずにいると、アレクシアは嘆息しながらも、その手を握ってくれた。
──と、次の瞬間。
その手を思いっきり引っ張ると、トワリスは、その懐に身を沈め、彼女を背負い投げした。
予想もしていなかった攻撃に、アレクシアは、いとも簡単に投げ飛ばされる。
着地したのは寝台の上だったので、大した痛みはなかったが、急に仕掛けられた衝撃で、心臓がばくばくと音を立てていた。
「ちょっ……っ、なにすんのよ!」
思わず大声をあげて、トワリスの方を振り返る。
トワリスは、アレクシアから一本とった優越感に浸りながら、ぱんぱんと手を払った。
「お返し」
その言葉に、アレクシアが目を見張る。
トワリスは、してやったりと笑った。
「異端だの、野蛮だの、気持ち悪いだの、今まで随分好き勝手言ってくれたじゃないか。正直今でも怒ってるけど、仕方ないから、今ので許してあげる」
「は、はあ……?」
アレクシアの顔に、困惑の色が浮かぶ。
トワリスは、寝台の上で受け身をとったまま、唖然としているアレクシアの目線に合わせて、屈みこんだ。
「……アレクシアが良いって言ってくれるなら、私、一足先に魔導師になるよ。だから、アレクシアも来年、必ず魔導師になって。私達、全く気は合わないけど、共通点は沢山あるから、アレクシアも、きっと魔導師に向いてると思う。私達、異端同士、女同士、でしょ?」
普段の姿からは想像もできないくらい、呆気にとられたような顔で、アレクシアは黙っている。
そんな彼女の額を指で弾くと、今度はアレクシアが、枕を投げつけてきた。
ぼすん、と音をたてて、トワリスの顔面に枕がぶつかる。
落下した枕を、そのまま手で受け止めれば、姿勢を戻したアレクシアが、トワリスのことを見ていた。
「貴女と同じにしないでちょうだい。……これだから、獣女は嫌なのよ」
憎たらしい口調で言って、それから、アレクシアは強気な笑みを浮かべる。
トワリスは、困ったように肩をすくめてから、つられたように笑ったのだった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.161 )
- 日時: 2019/07/22 18:48
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)
* * *
例えば、空腹や渇きで、今にも死にそうな子供が倒れていたって、平然と見殺しにしてしまうような──。
姉は冷たくて、とにかく性格の悪い女だった。
自分勝手で、一方的で、一言でも口答えをすれば、百の言葉で怒鳴り返してくる。
そんな姉、トリーシアのことが、アレクシアは嫌いだったが、生きている肉親は彼女だけだったので、なんとか二人で助け合って、生きていくしかなかった。
二人は生まれつき、見えないはずの景色が視える、不思議な蒼い目を持っていたが、その能力のことは、口外しないようにしていた。
かつて母が、異端だと蔑まれ、村人たちから石を投げられて生活する様を、嫌というほど見て育ったからだ。
母は、穏やかで優しい性格の持ち主であったが、貧しい中で娘二人を抱えて生活していく内に、病で倒れ、トリーシアが十二、アレクシアが八の時に、呆気なく死んだ。
すると村人たちが、蒼い目の異端者が流行り病を持ち込んだと騒ぎ、家ごと燃やそうとやって来たので、二人は夜通し走って、別の村まで逃げたのだった。
移り住んだ村でも、珍しい蒼髪と蒼目は、歓迎されなかった。
それでも、出来る限り従順に、静かに暮らしていれば、石を投げられることはなかったし、幸いというべきか、トリーシアは見目の良い女だったので、一部の者たちからは、気に入られている様子であった。
けれど、どんな理由で姉が人々の気に引き、金や食料を手に入れていたかなんて、当時のアレクシアは、考えてもいなかった。
ある時、村が干ばつに襲われた。
トリーシアとアレクシアには、山一つ向こうに、枯れていない泉があることが視えていたが、そんなことを知らない村人たちは、飢えと渇きに喘いでいた。
アレクシアは、姉に言った。
「姉さん、泉の場所を皆にも教えてあげようよ。このままじゃ、村は終わりよ」
しかし、トリーシアは、首を縦に振らなかった。
「教えてやる義理はないわ。泉を見つけたのは私達なんだから、私達だけが使っていいのよ」
干からびていく村人たちを見もせずに、トリーシアは、平然と言ってのける。
そう、姉は冷酷で、非情な人なのだ。
アレクシアは、村人たちが哀れでならなかった。
一応この村には、置いてもらっている恩もあるし、何より、このまま死んでいく村人たちを横目に、自分達だけ隠れて喉を潤しているなんて、いくらなんでも忍びない。
アレクシアは、引き下がらなかった。
「でも姉さん、私達じゃ、毎日水桶を持って山一つ越えるなんて、体力的に無理だわ。村の男の人たちに、運んできてもらおうよ。それで、泉の場所を教えてあげたお礼として、水を分けてもらうの」
名案のつもりで言ったが、結局その日、姉は頷いてくれなかった。
けれど、その翌朝、村の手伝いとやらを終えて帰ってきた姉が、ふと言い出した。
「アレクシア、私達、これからはヴァルド族だって名乗るのよ。村の連中が、言ってたの。昔、この近辺の山には、ヴァルド族っていう不思議な一族が棲んでいたんだって。そいつらは、どんな遠くの景色でも、未来すら見通せる目を持っていたらしいわ」
珍しく、興奮したように語る姉に、アレクシアは首をかしげた。
「でも私達、未来なんて見えないわ。遠くの景色だって、時々夢みたいに頭に浮かぶだけだもの。どうしてそんな嘘をつかないといけないの?」
問うと、姉はいつものように、苛立たしそうな顔になった。
「いいから、言うことを聞きなさい。あんたは黙って、私に従っていればいいの。何にも出来ないくせに、一丁前に文句ばかり言うんじゃないわよ」
「…………」
怒ったトリーシアには、何を言っても負けてしまうので、言う通りにするしかなかった。
実際に、姉がヴァルド族の末裔を名乗り、泉の在処を村人たちに教えたところ、彼らの自分達を見る目が明らかに変わったので、余計に文句のつけようがなくなってしまった。
トリーシアのついた嘘のお陰で、村人たちが、自分達を神聖な一族として敬うようになったのだ。
異端だの、気持ち悪いだの、指を差されて貶されることもなくなった。
蒼い瞳も髪も、特別なものだと噂され、村人たちは、トリーシアの出任せを予言だと信じ、「ありがとう」とお礼を言うようになった。
前の村では、眼の力のことを話したら石を投げられたのに、伝え方一つでこんなに待遇が変わるなんて、なんだか奇妙な気分だった。
トリーシアは、穏やかでのんびりしていた母に比べて、頭の回転も速い女だったから、生き方が上手なんだろう。
そんな彼女に従っていれば、きっと自分も生き延びられる。
そう思う一方で、やはりアレクシアの心には、村人たちを騙している罪悪感が、日に日に募っていっていくのだった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.162 )
- 日時: 2019/07/24 20:00
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)
ある日、アレクシアは、トリーシアに言った。
「ねえ、もうやめようよ。私達、予知なんてできないんだし、これ以上はったりを言い続けても、ばれるのは時間の問題よ。ヴァルド族だなんて嘘をついていたことが知られたら、私達、どんな目に遭わされるか分からないわ。泉の場所を教えたのは事実なんだし、今、正直に言って謝れば、村の人たちも許してくれるよ」
素直に不安を打ち明けたが、トリーシアは、相変わらずの刺々しい口調で返事をした。
「そんなの、ばれなきゃいい話じゃない。あんたは、前の惨めで汚ならしい生活に戻りたいって言うの? 私は嫌だわ。地面を這いずって必死に生きていくなんて、もうこりごりよ」
「そりゃあ、以前の暮らしは苦しかったけど……」
反論しようとすると、案の定、姉は声を荒げた。
「うるさいわね! 大体、あんたの考えは都合が良過ぎるのよ! 正直に言って謝れば、許してくれる? そんなわけないじゃない。どこまで馬鹿なの? 私達、もう引き返せないところまで来てるのよ。分かるでしょう? 私達はヴァルド族で、村を救った英雄! この嘘で生き永らえてるの。それが真実よ!」
アレクシアは、泣き出しそうになりながら、強く言い返した。
「それなら、姉さん一人でやってよ! そもそも、最初から正直に泉の場所を教えていれば、村の人達とも仲良くなれて、胸を張って生きていけたかもしれないでしょ! 姉さんが村の人を騙そうなんて言うから、こんな、後ろめたい気持ちで暮らさないといけなくなったんじゃない。もう私を巻き込まないでよ!」
トリーシアは、アレクシアの頬を平手打ちした。
「そうやって能天気に、正直に生きた結果が母さんでしょ! なに、あんたは母さんみたいに死にたいわけ? 石を投げられて、家まで燃やされて、最期まで蔑まれながら野垂れ死にたいっていうの? 私達はね、異端なのよ。異端な上に、無力で弱いの! 助け合いだの何だのとほざいて、どれだけ善良に、正直に生きたって、結局糞虫みたいに泥にまみれて、踏みつけられながら生きていくしかないのよ。だから、すがれるものにはすがって、利用できるものは全部利用して、そうやってのし上がっていくしかないの!」
頬を押さえて、涙目で睨んでくる妹に、トリーシアは怒鳴り続けた。
「後ろめたいって、誰に対して言ってるのよ? 頭の悪い、この村の人間? それとも、存在しない神でも信じてるわけ? そんな役立たずから見返りを求めてる暇があるなら、水の一杯でも汲んできなさいよ! 自分達の力で踏ん張らなきゃ、私達簡単に死ぬの! 馬鹿な母さんみたいにね!」
「……っ」
そんな言い合いをした日以降、アレクシアは、トリーシアと口をきかなくなった。
自分だって、辛い日々を一緒に乗り越えてきたのだから、姉の考えだって少しは理解できる。
ただ、彼女のやり方はあまりにも汚いから、それは間違っているんじゃないかと、意見を述べただけだ。
それなのに、姉はいつだって聞いてくれない。
頭ごなしに怒鳴り返してくるばかりで、挙げ句、一生懸命自分達を育ててくれていた母まで貶す始末だ。
姉は冷たくて、とにかく性格の悪い女だった。
だから、自分以外のことは、本当にどうなったって良いと思っているのだろう。
妹であるアレクシアのことだって、邪魔なごく潰しくらいにしか思っていないのかもしれない。
その日から、アレクシアは、姉のことが大嫌いになった。
そんな姉に天罰が下ったのは、茹だるような、暑い夏の夜だった。
突然、数人の男たちが家に押し入ってきたかと思うと、男たちが、抵抗する姉に刃を突き立てたのだ。
頭を殴られ、気絶していたアレクシアが目を覚ました頃には、姉は血塗れになって、部屋の隅に倒れていた。
まだ微かに息はあったが、彼女の両の眼球は、男たちが抉りとっていったらしい。
トリーシアの眼窩(がんか)には、ぽっかりと暗い闇が広がっていた。
「……神、様……」
姉の乾いた唇から、吐息のような声が漏れている。
殴られて、鈍く痛む頭を押さえながら、どうにかトリーシアの元まで這いずると、彼女は、繰り返し何かを呟いていた。
「……神、様……助けて、助けて、ください……。どうか、妹だけは、助けて……ください……」
手を伸ばしても、もう感覚などないのか、姉は反応しなかった。
ただ、壊れたかのように、同じ言葉を、何度も何度も紡いでいた。
「全部……私です。村の人達を、騙した、のも、盗みを、したのも、全部……汚いのは、私です……」
「…………」
「悪いのは、私です……。罰なら……私が、受けます……。妹は、関係、ありませ……」
いつも気丈だった姉の、掠れて弱々しい声。
アレクシアは、それをただ呆然と聴いているしかなかった。
悔しくて、涙が出た。
悲しくて、苦しくて、恥ずかしくて──いろんな感情がごちゃ混ぜになって、涙が止まらなかった。
もう私を巻き込まないでよ、なんて、どうしてあんなことが言えたのだろう。
母が死んだ後、ずっと周囲を蹴散らして引っ張りあげてくれていたのは、姉だったのに。
彼女が選ぶしかなかった選択肢を、ただ呆然と見つめて「それは汚いやり方だ」と罵っていた自分が、ひどく情けなかった。
「妹は……妹は、正直な、優しい子です。だから、どうか、妹だけは……」
トリーシアの唇は、やがて、動かなくなった。
古の時代に存在したとされる、ヴァルド族の力を持った娘だと、トリーシアの名は近隣の村々にまで届いていた。
そんな彼女の不思議な能力に目をつけたある魔導師が、特殊な魔導人形を作るために、姉の目を奪っていったのだと。
そんな事の顛末を知ったのは、何年か後のことであった。
そして、家の場所を知らせ、自分達姉妹を売ったのが、金に目が眩んだ、村人たちだったということも。
姉は性格が悪くて、日頃の行いも悪かったから、天罰が下ったのだろう。
母のような間抜けな人間は切り捨てるし、姉のような汚くて残酷な人間にも、勿論容赦はしない。
もし、神様がいるならば、きっとそれは、そういう存在だ。
「……神様は、いないんでしょう?」
アレクシアは、姉の手を握った。
姉の手は、石のように硬く、氷のように冷たかった。
To be continued....
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.163 )
- 日時: 2020/03/13 21:51
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
†第四章†──理に触れる者
第二話『蹉跌』
春前になると、正規の魔導師へと昇格した同期たちは、正式に任務地を告げられた者から、順にシュベルテを旅立っていった。
新人魔導師は、基本的に遠隔地へと回される場合が多い。
しばらくは、地方で常駐魔導師としての仕事をこなし、その手腕次第で、シュベルテやハーフェルンといった、大都市勤務の魔導師に出世できるのだ。
トワリスは、春になっても任務地を言い渡されていなかったので、王都周辺を管轄区とする、中央部隊での勤務になる可能性が高かった。
元々、王都アーベリトでの勤務を希望していたので、いよいよそれが叶うのではないかと、内心浮かれていた。
勿論、必ずしも希望が通るわけではないことは分かっていたが、他にアーベリトに行きたがっている新人魔導師がいるとは聞いたことがなかったし、成績上位者でもあったので、望みは十分にある。
本当は、無事に正規の魔導師になれた旨を、サミルやルーフェン、リリアナたちに手紙で報告しようと思っていたが、アーベリト勤務になって皆を驚かせたかったので、書かなかった。
(そういえば、サイさんはどこの勤務になるだろう……)
その日、午前中の訓練を終え、共同の食堂で昼食をとっていたトワリスは、ふと、卒業試験を共に乗り越えた、サイの顔を思い浮かべた。
今まで同期の魔導師たちとは、足並みを揃えて生活していたが、卒業試験が終わると、それぞれの進路に向けて慌ただしく準備を始めないといけないので、訓練への参加は絶対ではなかった。
それだけではなく、中には休暇をとって、遠方の実家に帰る者もいた。
言わば、ほとんど休みなしで鍛練を重ねてきた訓練生たちへの、ご褒美期間と言えるだろう。
卒業試験後は、そういった自由が、唯一認められているのだ。
サイも、訓練には顔を出していなかったので、もしかしたら、里帰りなどしているのかもしれない。
彼もまた、トワリスと同じく、まだ正式な勤務地は決まっていないようであったから、今後中央部隊に呼ばれる可能性が高いだろう。
ラフェリオンの一件があったせいで、最優秀者には選ばれなかったものの、サイは、成績だけで言えば、入団してから常に首席を取り続けてきたような新人だ。
彼ならば、希望なんて出さなくても、中央部隊から直々に呼ばれたって何らおかしくはない。
あるいは、魔術が好きなようだから、研究分野に着手するのも向いているかもしれない。
どんな道を行くことになっても、サイなら、手際よく仕事をこなしてしまうんだろう。
卒業試験の間、行動を共にして改めて感じたが、サイは本当に聡明で、優れた洞察力を持っていた。
普通は気づかないような、どんな些細な変化も見逃さないし、それらの情報から導き出される策は、どれも隙がなく、様々な事態が想定されたものだった。
話せば話すほど、彼には敵わないな、と何度も思わされたし、それでいて、不思議と嫉妬の念が湧かないのも、サイの魅力の一つなんだろう。
サイは、天性の才覚を持ちながら、嫌みのない、過ぎるほど謙虚な性格をしている。
だからこそ、純粋に尊敬できるし、羨望の眼差しを向けられることはあっても、妬む者はいないのだろう。
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