複雑・ファジー小説
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- 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
- 日時: 2022/05/29 21:21
- 名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
- 参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825
いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………
人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。
後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?
………………
はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。
本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。
今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。
〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!
…………………………
ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430
〜目次〜
†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。
†用語解説† >>2←随時更新中……。
†第三章†──人と獣の少女
第一話『籠鳥』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬』 >>37-64
第三話『進展』 >>65-98
†第四章†──理に触れる者
第一話『禁忌』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実』 >>206-234
†第五章†──淋漓たる終焉
第一話『前兆』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞』 >>276-331
第三話『永訣』 >>332-342
第四話『瓦解』 >>343-381
第五話『隠匿』 >>382-403
†終章†『黎明』 >>404-405
†あとがき† >>406
作者の自己満足あとがき >>407-411
……………………
基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy
……………………
【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。
・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。
【現在の執筆もの】
・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。
・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?
【執筆予定のもの】
・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。
……お客様……
和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん
【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.329 )
- 日時: 2020/12/05 18:57
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
垂直に振り下ろされた刃先を、サイは、眦を割いて見ていた。
何かしらの爪痕を残さねばと、血液が、脳内を急速に駆け巡っている。
その一方で、諦めに近い疲労感が、重い鎖のように全身に絡み付いていた。
(死ぬのか、このまま……)
ふと、そんな思いが込み上げてくる。
まだ自分は、何も成し遂げていない。
成し遂げたいと思う、“何か”すら見つかっていない。
ただ、バスカに従い、言われるままに生きてきた。
そんな中身のない、木偶のような人生が、本当にこのまま、何事もなかったかのように終わるのか──。
(……死にたくない)
背筋を、ざわめきが走った。
それは、理屈と言うより本能に近い、純粋な、生への渇望であった。
(死にたくない……!)
胸に刃先が食い込んで、サイが、思わず目を閉じたとき──。
不意に、奇妙なことが起きた。
覚悟していた痛みが来ず、ゆっくりと目を開けると、剣を振り下ろしたトワリスが、石像のように硬直している。
トワリスだけではない。
ルーフェンも、ハインツも、この場にいる全てのものが、時を吸い取られたかの如く、動きを止めていた。
『……何がしたい?』
耳元で、何かが呟いて、サイは、はっと身を強張らせた。
動かないトワリスの下から這い出て、手足の感覚を確かめるように、よろよろと立ち上がる。
衣服についた血の染みはそのままであったが、気づけば、腕に負っていた傷は、跡形もなく消え去っていた。
「だ、誰だ……」
警戒したように問いかけながら、辺りを見回すと、背後に、もう一人自分が立っていた。
サイの顔から、さぁっと血の気が引いていく。
向かい合って立つ自分は、薄い笑みを唇に浮かべて、じっとこちらを見つめていた。
『……お前は、何がしたいんだ』
「…………」
再度尋ねられて、思わず一歩、後ずさる。
しかし、不思議と恐怖は感じていなかった。
目の前で起きていることが理解できず、混乱してはいたが、やがて、沸き上がってきたのは、未知への好奇心と、浮き足立った興奮。
そして、血の滾るような、一つの予感であった。
手を伸ばすと、その手をとったもう一人のサイは、大気に溶けるようにして消えていった。
同時に、見たことのない文字が、白熱した脳内に浮び上がる。
それが何なのか、認識した瞬間、サイの予感は、確信に変わった。
濃厚な死の匂いが、足元から立ち上ってくる。
血だまりに沈む養父、そして、積み重なった魔導師たちの身体から発せられるその匂いは、鼻腔から全身に沁み渡って、サイの飢えを満たしていった。
大きく息を吸うと、サイは、頭に浮かんだ“魔語”を唱えた。
「──汝、嫉妬と猜疑を司る地獄の総統よ。従順として求めに応じ、我が身に宿れ……!」
弾けるような、甘美な高まりが、サイの身体を突き抜けた。
刹那、時間が動き出すと共に、耳が痛むほどの静けさが掻き消え、広間に音が戻った。
サイが、ふっと天を仰ぐ。
──瞬間。傍らを熱波が擦り抜けた、と感じるや否や、ハインツのすぐ後ろの石壁が切り裂かれ、轟音を立てて、広間の天井が傾いた。
「────!?」
ぱらぱらと天井から石材の欠片が降り注ぎ、続け様に放たれた熱が、一波、二波と辺りを灼いていく。
サイが放った熱波は、養父を裂き、ついに息耐えた魔導師たちをも微塵にして、飛び散った血肉さえ、一瞬で焼き焦がした。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.330 )
- 日時: 2020/12/06 19:11
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
はっと顔を上げたルーフェンとトワリスは、突如迫ってきた熱波を、考えるより先に、左右に跳んで避けた。
状況が読めない、理解できない。
一突き入れたはずのサイが、いつの間にか、傷の治癒した状態で立ち上がり、奇妙な攻撃を繰り出しているのだ。
断続的に襲い来る熱の刃は、火の粉を散らし、白煙を巻き上げながら、広間を縦横無尽に滑空していく。
厄介なのは、避ければ避けるほど、その熱波が広間を破壊していくことであった。
広間自体が倒壊すれば、ルーフェンもトワリスもハインツも、サイだって、無事では済まされないだろう。
無茶苦茶な攻撃を繰り返すサイは、そんなことも分からないほど、我を忘れているようであった。
一転して避け、片足を軸に力強く踏み込むと、トワリスは、大剣を握り直した。
迫ってくる熱の刃に向かって、間合いを詰めると、下から一気に斬り上げる。
斬った──と確信したのも束の間、手の皮が焼けるような痛みを感じて、トワリスは、慌てて大剣を捨てた。
凄まじい熱量が、刃から手に直接伝わってきたのだ。
分裂し、軌道の反れた熱波が、トワリスの頬を掠って、石壁に激突する。
取り落とした大剣は、うっすらと赤みを帯び、高熱を孕んでいて、とてもではないが、握れる状態ではなかった。
サイは笑った。おかしくておかしくて、仕方がなかった。
今まで、己を組み強いてきた者たちが、傷つき、疲弊しながら逃げ惑っている。
その様を見ていると、愉快で、滑稽で、笑いが止まらなくなった。
まるで、自分ではない何かに、身体の主導権を握られているような感覚。
もはや、まともな思考は回っていない。
それでも、絶対的、圧倒的な力を手に入れたこの快楽の波に、サイは、何の躊躇いもなく身を委ねていた。
ハインツの肩口から、血が飛び散るのを見ると、ルーフェンは小さく舌打ちをした。
傷は浅いが、ハインツは攻撃の速さに反応できてない。
トワリスは上手く回避しているが、いずれ体力の限界は来るだろう。
サイの狂気じみた笑い声が、広間を震わせている。
一体サイに何があったのか、見極める必要があった。
人が変わったような愉悦の表情と、抑えきれない殺戮衝動。
その既視感のあるサイの言動に、一つの最悪な可能性が浮上してくる。
そう、何の予備動作もなく傷を回復させたことも、詠唱なしに強烈な熱魔法を撃ち続けていることも、普通の魔術では、到底成し得ない業なのだ。
ただ一つ──本物の召喚術を除いては。
ルーフェンは、凍てつく氷の障壁で、複数の熱波をまとめて防ぎ切ると、その僅かな隙に、サイの方へと駆け出した。
セントランスに、召喚術と見せかけた呪詛を行使させるため、ルーフェンは、サイにあらゆる情報を吹き込んでいる。
そして、“魔語への翻訳”と“多量の魔力”をそろえることで、召喚術を行使できる、という偽の真実を、自ら導き出させることでサイを誘導し、結果、セントランスを貶めた。
だが、それらの情報全ての真相を、ルーフェンは知っているわけではない。
そもそも、召喚術や悪魔といったものは、かなり不確定な要素が多く、謎だらけの存在だ。
魔語の解読、多量の魔力行使、悪魔という存在への干渉──これらの条件を満たせるのが、召喚師一族のみであるが故に、“召喚術は召喚師にしか使えない”と結論付けているだけに過ぎない。
とはいえ、それが真実だ。
実際、召喚術は召喚師にしか使えない。
揺るがない事実があって、その歴史を背景に、人々は皆、“そういう認識”でいる。
だが、今のサイを見ていると、これは“確固たる先入観”に過ぎないのではないか、という疑問が、ふとルーフェンの中に湧いてきたのであった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.331 )
- 日時: 2020/12/06 19:14
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
サイの目が、ルーフェンを捉える。
憎々しげに顔を歪めたサイが、再び熱波を放つより速く、ルーフェンは、魔力を練り上げた。
一瞬、視界が暗転して、サイは人事不省に陥る。
ややあって、四方で仄白い閃光が駆け抜けたかと思うと、雷轟が響いて、凄まじい衝撃がサイを襲った。
「────……っ!」
迸った雷撃が、咄嗟に張った結界をも破壊して、サイを縛り上げ、破裂した。
黒煙を吐き出しながらもんどり打ったサイが、声にならない絶叫をあげ、びくびくと痙攣して倒れ伏す。
その光景を、トワリスとハインツは、愕然と見つめていた。
あの雷撃を食らっておいて、まだ形を保っているサイが、人間とは思えなかったのだ。
サイと一定の距離を保ったまま、ルーフェンは、訝しげに尋ねた。
「……君は誰だ? サイ・ロザリエスじゃないだろう」
頭を巡らせたサイが、ルーフェンを見上げる。
まだ痙攣の治まらない手足を動かし、ゆっくりと立ち上がると、サイは、眉根を寄せた。
「……はっ、何を言っているんですか。私は、サイ・ロザリエスですよ」
「…………」
ルーフェンの目が、探るように細まる。
その目を見ている内に、浮かれた興奮が冷めてきて、サイは、不快そうに鼻に皺を寄せた。
この召喚師は、一体何を言っているのだろうか。
先程までルーフェンたちを追い込み、ねじ伏せていたのは、他ならないサイ自身だ。
誰だ、なんて、問うてくる意味が分からない。
いつもの調子でふざけているのかと思ったが、ルーフェンは、尚も真剣な目てきでこちらを見つめている。
その白銀の瞳が、月明かりのように心に入り込むと、不意に、記憶の底に眠っていた忌々しい光景が、脳裏に蘇ったような気がした。
目前に立つ、正統な《召喚師》の一族。
冴え冴えとした銀の髪、全てを見通すような瞳。
月光を透かす白皙と、対して鮮やかな緋色の耳飾り──。
それらを見ていると、身を貫くような憤怒が、腹の底から突き上げてくる。
唐突に呼び起こされたその怒りの記憶は、サイにとって、身に覚えのないものであった。
サイが、苛立たしげに歯軋りを始めると、ルーフェンは、表情を変えた。
そして、一拍置いてから、わずかに唇を歪めると、何かを試すような口ぶりで言った。
「……そう。まあ、答えたくないなら、それで構わないよ。それにしたって、随分と悔しそうじゃないか。……それもそうか。あれだけ攻撃して、俺たち三人、一人も殺せなかったわけだから。あの程度じゃ、俺たちは殺せないよ」
途端、サイの瞳孔が、牙を剥く獣のように縮まる。
目をぎろぎろと動かし、サイは、ハインツとトワリス、そして最後に、ルーフェンを睨んだ。
「なんだと? 無様に逃げ惑って、怯えていたくせに……!」
サイのものとは思えない、地を這うような低い声。
その怒り様を見て、ルーフェンは、内心ほくそ笑んだ。
「怯える? まさか。君が考えなしに魔術を使うから、この広間が崩れるんじゃないかと心配になっただけだよ。見くびるな。こっちはまだ、召喚術すら使っていない」
「この……っ!」
異様に光る目をルーフェンに向けると、サイは、苛立たしげに頭を掻きむしり、絶叫した。
見たこともないサイの姿に、トワリスが、思わず身を乗り出す。
それを手で制すると、ルーフェンは、見守るように目で示した。
(殺す、殺す殺す、殺す……っ!)
強い怒りが、腹の底からせり上がってきて、サイは、無茶苦茶に髪をかき混ぜた。
感情的になればなるほど、身を食われるような痛みが走り、皮膚の色が、浅黒く変色していく。
それと同時に、得たことのない絶大な魔力が漲ってきて、サイは、全身をぶるぶると震わせた。
やがて、張り詰めた怒りが、頂点に達した時──。
膨らみ切ったものが、音を立てて弾けた。
鮮血が耳まで詰まり、鼻の奥に、鉄の臭いが迫ってくる。
眼球が押し出されるような内圧に、思わず口を開けると、喉元まで逆流してきた血液が、ごぷりと吐き出された。
「────……かはっ!」
膨張しきった魔力が弾けて、静かに引いていく。
地面に崩れ落ち、微動だにしなくなったサイは、もう、息をしていなかった。
死が統べる静寂の中で、何かが、ルーフェンの耳元で囁いた。
固く閉ざされていた扉の隙間から、手招きをして、ルーフェンを此方へと誘っている。
何か物思いをしているルーフェンを一瞥してから、トワリスは、魂の抜けたサイの遺体を見つめた。
強烈な死の臭いが鼻にこびりついて、頭の中が、ぼんやりとしている。
寄ってきたハインツが、手の火傷は大丈夫かと心配そうに尋ねてきたが、そう問われるまで、トワリスは、手の痛みすら感じていなかった。
To be continued....
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.332 )
- 日時: 2020/12/07 18:57
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
†第五章†──淋漓たる終焉
第三話『永訣』
サーフェリア歴、一四九五年。
木枯らしが窓を叩き、冬の到来を知らせる頃に、軍事都市セントランスは、レーシアス王政の傘下に入った。
独立自治は認められたが、軍部は解体され、長年領家として栄えてきたアルヴァン侯爵家は失脚。
新たに領主として据えられたのは、シュベルテの有力貴族であった。
世間を震撼させた、セントランスによる宣戦布告の撤回を、人々は、粛々と受け入れた。
シュベルテへの襲撃がもたらした怨恨と恐怖は、それほどに根深い。
再び訪れた平穏に歓喜するには、払った犠牲が、大きすぎたのであった。
サミルは、セントランスが没落した事実と、開戦には至らなかったという簡単な経緯だけを発表して、それ以上は語らなかった。
アルヴァン家が召喚術の行使を試行していたことや、サイ・ロザリエスの存在などは、公表するべきではないと、ルーフェンが判断したのである。
特に、サイの身に何があったのかは、同行していたトワリスとハインツも気になっていたが、ルーフェンは、二人に対しても一切口を割らなかった。
ルーフェンだけが、何かに勘づき、以来、物思いする時間が増えている。
しかし、彼はそのことに関して、誰にも明かす気はないようで、それどころか、セントランスでの出来事は、このまま闇に葬るつもりなのだろう。
シュベルテでは、バスカ・アルヴァンの死だけが、煢然と曝されたのであった。
* * *
「……トワリス、ここにいたんですね」
サミルに声をかけられて、トワリスは、はっと顔をあげた。
開け放たれた窓から、冷たい夜風が書庫に入り込んでくる。
持参した手燭の炎が、頼りなく縮むのを見て、サミルはそっと窓を閉めた。
トワリスが、慌ててペンを机に置き、立ち上がって礼をしようとすると、サミルはそれを制して、向かい側に座った。
窓際に置いた手燭の炎が、隙間風で微かに揺れている。
分厚い毛織の羽織を引き寄せると、サミルは、穏やかな声で言った。
「こんな夜中に、窓も開けっぱなしでいては、風邪を引いてしまいますよ。最近、特に冷え込んできましたからね。……眠れないんですか?」
「…………」
ぱちぱちと瞬いて、サミルを見つめる。
逡巡の後、誤魔化すように笑むと、トワリスは俯いた。
「……はい。なんだか、上手く寝付けなくて……」
吹き付けた夜風が、窓をガタガタと鳴らす。
サミルは、少しの間、暗い窓の外を眺めていたが、やがて、小さく息を吐き出すと、トワリスに視線を戻した。
「……残念でしたね。サイくんのこと」
ぴくりと耳を動かして、トワリスが瞠目する。
眉を下げると、サミルは続けた。
「ハインツが、心配していましたよ。セントランスから帰ってきて以来、トワリスの元気がないと。……サイくんは、君の同期だったそうですね。友人を失うというのは、とてもつらいことです」
「…………」
トワリスは、答えなかった。
長い間、目線を落としたまま黙っていたが、ややあって、ゆるゆると首を振ると、唇を震わせた。
「……つらくはありません。つらいとか、私が言えたことじゃないんです。……サイさんをルーフェンさんに売ったのは、私ですから」
俯いていたので、サミルがどんな表情をしているのかは、分からなかった。
ただ、真剣に耳を傾けて、聞いてくれている。
それだけは確信できて、気づけばトワリスは、溜め込んでいたものを、ぽろぽろと溢していた。
「サイさんのことは、尊敬していました。でも、禁忌魔術への異常な執着心とか、少し怖いと思う部分もあって……。特に、アーベリトで再会してからは、何かを隠しているんじゃないかって、なんとなく感じていたんです。だけど、証拠があるわけじゃないし、疑いたくなかったので、何も言えませんでした。一方で、いざという時は、アーベリトの中で一番付き合いの長い私が、彼を止めなくちゃならない、とも思っていました」
トワリスは、膝上に置いた拳を、ぎゅっと握った。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.333 )
- 日時: 2020/12/08 19:11
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: 8NNPr/ZQ)
「……親書を届けに行くサイさんに、同行する許可をもらった際、ルーフェンさんが、サイさんのことを疑っているんだって、打ち明けてきました。その時……私、すごく安心してしまったんです。私以外にも、サイさんのことを怪しんでいる人がいる。それがルーフェンさんなら、きっとなんとかしてくれるだろうって……転嫁したんです。訓練生時代に見てきた、サイさんの性格とか、魔術の癖とか、役に立ちそうな情報を、全てルーフェンさんに伝えました。セントランスに着いてからは、サイさんのことも欺いて……最終的に、死なせてしまいました」
ようやく顔をあげると、トワリスは、サミルの顔をまっすぐに見つめた。
「後悔はしていません。何かを守るためには、非情な選択も必要です。サイさんは裏切り者で、私達はそれを罰した……これは、アーベリトのためになる行為だったと、頭では理解しています。けれど、こんなやり方で良かったのかと、ふと思う時があるんです。……私は、人として卑怯です。サイさんのことを、疑いたくない、なんて思いながら、本当は、誰よりも疑っていました。それならそれで、私が手を下すべきだったのに、目を反らして、ルーフェンさんに汚い役を押し付けました。……自分が情けなくて、悔しいです」
「…………」
沈鬱な顔で下を向き、トワリスは唇を噛む。
サミルは、寂しそうな表情を浮かべると、静かな口調で尋ねた。
「……貴女に、そんな顔をさせているのは、私ですか?」
「え……」
トワリスが、顔をあげる。
サミルは、目を伏せて言い募った。
「何かを守るためには、非情な選択が必要……ええ、確かにそうかもしれません。ですが、そんなことを、貴女のような若い子達たちに理解させているなんて、それこそ非情なことです。いかなる理由があろうとも、殺しを良しとすることがあってはいけません。開戦を阻止するためとはいえ、セントランスを欺き、没落させたことは、決して正しいことだとは言えない。しかし、だからといって、貴女たちを責める道理はありません。……そうすることを貴女たちに強いたのは、他ならない、私なのですから……」
思わず身を乗り出すと、トワリスは、力強く否定した。
「そんな、強いられただなんて思ってません! ごめんなさい、私、そういうつもりで言ったんじゃなくて……! サミルさんの仰る通り、人殺しを正当化できる理由なんてないでしょう。それでも、アーベリトのことは、どんな手段を使ったって守りたいんです。きっと、皆そう思ってますよ。サミルさんのせいで、なんて思ってません。むしろ、アーベリトには沢山恩があるから、自らの意思で、手を汚しているんです」
思いがけず、熱の入ったトワリスの主張に、サミルは一度、言葉を止めた。
我に返ったトワリスが、頬を紅潮させて、椅子に座り直す。
束の間、サミルは沈黙していたが、しばらくして、苦しげに眉を寄せると、弱々しい声で返した。
「……皆、そう言ってくれるのです。でも私は、アーベリトを、居場所を失くした子供たちが、安心して暮らせるような街にしたかった。あわよくば、この国全体を、ね。それなのに、目指すべき安寧のために、肝心の子供たちが犠牲になっている。心優しい、まっすぐな子達ほど、アーベリトのためだからと言って、薄暗い道を選ぶのです」
サミルは、悲しげに微笑んだ。
「治世とは……人とは、難しいものですね。幸せが当たり前の世の中を、皆が望んでいるはずなのに、なかなか実現しない。……私が力及ばないばかりに、ルーフェンにも、君にも……申し訳ないことをしました」
珍しく、弱音を口にしたサミルに、トワリスは、どう答えて良いか分からなかった。
トワリスは、サミルのせいで、道を違ったとは思っていない。
それは、ルーフェンやハインツとて同じことだ。
闇へと続く、死臭の漂う道だったとしても、ルーフェンはきっと、迷わずに進んでいくだろう。
トワリスとハインツもまた、そんな彼が一人きりにならないよう、同じ道を寄り添って進むことを心に決めている。
結果的に、血に塗れることになっても構わない。
これが自分達の選んだ道だと、そう言い張れるくらいの覚悟はしているつもりだ。
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