複雑・ファジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下【完結】
日時: 2022/05/29 21:21
名前: 銀竹 (ID: iqu/zy5k)
参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18825

いつもありがとうございます。
闇の系譜シリーズは、四作目のアルファノル編以降、別サイトに移動しております。
詳しくはアルファノル編のスレにて!
………………

 人々の安寧を願ったサーフェリアの前国王、サミル・レーシアス。
彼の興した旧王都──アーベリトは、わずか七年でその歴史に幕を閉じることとなった。

 後に『アーベリトの死神』と称される、召喚師ルーフェンの思いとは……?

………………

 はじめまして、あるいはこんにちは!銀竹と申します。

 本作は、銀竹による創作小説〜闇の系譜〜の二作目の後編です。
サーフェリア編がかなり長くなりそうだったので、スレを上・下と分けさせて頂く事にしました。
一部残酷な表現などありますので、苦手な方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 今回は、サーフェリア編・上の続編となっております。
サーフェリア編・上の知識がないと通じない部分も出てきてしまうと思いますが、伏線以外は極力分かりやすく補足して、進めていきたいと考えています(上記URLはサーフェリア編・上です)。

〜闇の系譜〜シリーズの順番としては
ミストリア編(上記URLの最後の番号五桁が16085)
サーフェリア編・上(17224)
サーフェリア編・下(19508)
アルファノル編(18825)
ツインテルグ編
となっております。
外伝はどのタイミングでも大丈夫です(16159)。
よろしくお願いいたします!

…………………………

ぜーんぶ一気に読みたい方→ >>1-430

〜目次〜

†登場人物(第三章〜終章)† >>1←随時更新中……。

†用語解説† >>2←随時更新中……。

†第三章†──人と獣の少女

第一話『籠鳥ろうちょう』 >>3-8 >>11-36
第二話『憧憬どうけい』 >>37-64
第三話『進展しんてん』 >>65-98

†第四章†──理に触れる者

第一話『禁忌きんき』 >>99-150 >>153-162
第二話『蹉跌さてつ』 >>163-189 >>192-205
第三話『結実けつじつ』 >>206-234

†第五章†──淋漓たる終焉

第一話『前兆ぜんちょう』 >>235-268 >>270-275
第二話『欺瞞ぎまん』 >>276-331
第三話『永訣えいけつ』 >>332-342
第四話『瓦解がかい』 >>343-381
第五話『隠匿いんとく』 >>382-403

†終章†『黎明れいめい』 >>404-405

†あとがき† >>406

作者の自己満足あとがき >>407-411

……………………

基本的にイラストはTwitterにあげておりますので、もし見たい!って方がいらっしゃいましたらこちらにお願いします。→@icicles_fantasy

……………………


【完結作品】
・〜闇の系譜〜(ミストリア編)《複ファ》
ミストリアの次期召喚師、ファフリの物語。
国を追われ、ミストリアの在り方を目の当たりにした彼女は、何を思い、決断するのか。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)上《複ファ》
サーフェリアの次期召喚師、ルーフェンを巡る物語。
運命に翻弄されながらも、召喚師としての生に抗い続けた彼の存在は、やがて、サーフェリアの歴史を大きく変えることとなる──。

・〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下《複ファ》
三街による統治体制を敷き、サーフェリアを背負うこととなったサミルとルーフェン。
新たな時代の流れの陰で、揺れ動くものとは──。

【現在の執筆もの】

・〜闇の系譜〜(外伝)《複ファ》
完全に狐の遊び場。〜闇の系譜〜の小話を載せております。

・〜闇の系譜〜(アルファノル編)《複ファ》
ミストリア編後の物語。
闇精霊の統治者、エイリーンとの繋がりを明かし、突如姿を消したルーフェン。
召喚師一族への不信感が一層強まる中、トワリスは、ルーフェンの後を追うことを決意するが……。
憎悪と怨恨に染まった、アルファノル盛衰の真実とは──?

【執筆予定のもの】

・〜闇の系譜〜(ツインテルグ編)《複ファ》
アルファノル編後の物語。
世界の流転を見守るツインテルグの召喚師、グレアフォール。
彼の娘である精霊族のビビは、ある日、サーフェリアから来たという不思議な青年、アーヴィスに出会うが……。




……お客様……

和花。さん
友桃さん
マルキ・ド・サドさん
ヨモツカミさん


【お知らせ】
・ミストリア編が、2014年の冬の大会で次点頂きました!
・サーフェリア編・上が、2016年の夏の大会で銅賞を頂きました!
・2017年8月18日、ミストリア編が完結しました!
・ミストリア編が2017年夏の大会で金賞を頂きました!
・サーフェリア編・上が、2017年冬の大会で次点頂きました!
・2018年2月18日、サーフェリア編・上が完結しました!
・サーフェリア編・下が、2019年夏の大会で銀賞頂きました!
・外伝が、2019年冬の大会で銅賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年夏の大会で銀賞頂きました!
・サーフェリア編・下が、2020年冬の大会で金賞頂きました!
いつも応援して下さってる方、ありがとうございます(*^▽^*)

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.139 )
日時: 2019/06/18 13:27
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)



 蹴り飛ばしてみて実感したが、唯一弱点としてあげるところがあるとすれば、ラフェリオンは、それほどの重量は持たないことであった。
トワリスよりは重いが、それでも勢いさえつければ、鉤縄で釣って投げ飛ばすくらいは可能だ。

 長年ラフェリオンを封じ込めてきた屋敷の壁ならば、おそらくどのような攻撃にも耐えうるし、ラフェリオン本体よりも頑丈である。
自分よりも硬いものとぶつかれば、いくらラフェリオンとて、無事ではいられないはず──。

 そう踏んでの行動だったのだが、ラフェリオンが壁に激突した、その時。
予想外の出来事が起こった。
如何なる攻撃にも耐えるはずの壁は、ラフェリオンがぶつかった瞬間、激しい物音を立てて突き崩れたのだ。

「えっ!?」

 渾身の力で叩き付けられたラフェリオンは、そのまま壁を突き破って、外に投げ出される。
ぐっと腕を持っていかれたトワリスは、咄嗟に鉤縄を離そうとしたが、慌てて握り直した。
もし手を離したら、ラフェリオンという危険な魔導人形を、野に放つことになってしまう。

 木片と土埃を巻き上げながら、勢い余って地面を滑っていくラフェリオンに引っ張られ、トワリスも外に放り出される。
鉤縄を引いて、ラフェリオンを屋敷内に引き戻そうとも思ったが、自分でも身を投げ出すくらいの勢いで投擲したので、踏ん張りがきかなかった。

 反射的に身を丸めると、宙で反転して、トワリスは背中から地面に着地した。
受け身を上手くとれたことと、柔らかい土の上だったことが幸いして、背中にかかった衝撃は大したものではなかったが、今はそんなことを言っている場合ではない。
跳ねるように立ち上がると、トワリスは、すぐさまラフェリオンに向かい合った。

 まさか、魔術が施されているはずの屋敷の壁が、ラフェリオンを投げつけたくらいで破れるとは計算外であったが、とにかく、このままラフェリオンが下山して、周辺の村や街を襲うなんてことがあろうものなら、大惨事になる。
今すぐ、ラフェリオンを屋敷の中に引き戻さねばならない。

 素早く体制を整えたトワリスは、しかし、目の前のラフェリオンの様子を見て、思わず眉をしかめた。
全力で蹴り飛ばしても、魔術で吹っ飛ばしても、すぐに起き上がっていたあのラフェリオンが、地面に突っ伏したまま、ぴくりとも動かないのだ。

 まるで打ち捨てられたガラクタのように、両腕を投げ出し、力なく土の上に横たわっている。
拍子抜けして瞬いたトワリスは、そっとラフェリオンに近づくと、足で仰向けにひっくり返して、その顔を覗きこんだ。

(急に動かなくなった……。どうして……?)

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.140 )
日時: 2019/06/13 19:02
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)



 剣を構えたまま、じっとラフェリオンの全身を見回す。
壁に激突した時に、思惑通り損傷して動かなくなったのかとも思ったが、見たところ、ラフェリオンは傷一つついていない。
屋敷から出たら、停止する仕組みになっているなんて聞いていないし、そもそもそんな仕組みになっているなら、この屋敷にラフェリオンを閉じ込めておく必要なんてなかったはずだ。

 ラフェリオンの金髪はぼさぼさで、肌も鉄がむき出しになっているが、かつては美しい少女の姿を模していたのであろう。
兵器と言うには似合わぬ、線の細い少女の面影が、その鉄塊にはあった。

 顔を見つめていたトワリスは、ふと、ラフェリオンの右目に違和感を覚えると、その場に屈みこんだ。
よく目を凝らさなければ見えないが、ラフェリオンの青い瞳の表面に、針で削ったような細かな傷がついている。
それが、何を表しているのか気づいたとき、トワリスは、はっと息を飲んだ。

(術式……!)

 剣を持ち変え、反転させると、ラフェリオンの目を狙って突き下ろす。
ラフェリオンに斬撃など効かないことは分かっているが、今まで、直接眼球を狙えたことはなかった。
しかし、ラフェリオンの動きが止まっている今なら、確実に仕留められる。

 トワリスの剣先が、ラフェリオンの瞳に届く──その直前。
突如、ラフェリオンの刃が翻ったかと思うと、トワリスに襲いかかった。
すんでのところで剣の角度を変え、刃を受け止めるも、咄嗟のことに体制を崩したトワリスは、力負けして屋敷内に吹っ飛ばされる。

 反射的に床に剣を突き立て、どうにか壁に激突するのは避けたが、踏ん張った拍子に、軽く足を痛めたらしい。
すぐに体制を立て直そうとしたトワリスであったが、右の足首に痛みが走り、うめいて膝をついた。

 自分が突き破った壁の穴をくぐって、凄まじい速さで、ラフェリオンの刃が向かってくる。
標的を仕留めることしか頭にないのか、ラフェリオンが街や村の方へと行かなかったのは幸いだったが、足を痛めた以上、今後ラフェリオン速さについていくことは難しいだろう。

 接近してくる刃に、痛みを覚悟した、その時だった。
不意に、視界の端が光ったかと思うと、横合いから、鋭い冷気が迸った。
次々と顕現した氷塊が、ラフェリオンを飲み込もうと、槍の如く床から飛び出してくる。
ラフェリオンは、素早く進路を変え、避けようとしたが、氷塊の形成される速さには追い付かず、次の瞬間には、氷漬けになった。

 詠唱なしでは──いや、詠唱したとしても、ここまでの魔術を使える者は、魔導師団の中にもそう多くはないだろう。
トワリスは、つかの間呆けたように目の前の氷塊を眺めていたが、やがて、ゆっくりと立ち上がると、魔術を行使したであろうサイの方に、右足をかばいながら向き直った。

「トワリスさん! ご無事ですか!」

 息を切らせて、サイが走り寄ってくる。
アレクシアは、嘆息しながら歩いてくると、氷漬けになったラフェリオンを一瞥してから、トワリスを見た。

「貴女、一体何を考えているのよ。屋敷の壁に風穴開けちゃって……これじゃあ、あの人形を閉じ込めておけないじゃない」

 心配して手を貸してくれるサイに対し、アレクシアは、呆れた様子で肩をすくめる。
むっとして言い返そうとしたトワリスであったが、厄介な状況にしてしまったのは事実なので、大人しく謝罪した。

「……ごめん。長年ラフェリオンを封じていた屋敷の壁だし、ぶつけたら、ラフェリオンが負けて壊れると思って……」

 アレクシアが何かを言う前に、サイが口を出した。

「実際、そうなる可能性はありましたよ。投げ飛ばして壁にぶつけるなんて、トワリスさんじゃなきゃ、試せなかった方法だと思います。大丈夫ですよ、予定通りラフェリオンを破壊すれば、解決する話なんですから」

「…………」

 気持ちは有り難いが、慰めようとしてくれているのが丸分かりの言葉である。
いたたまれず黙っていると、アレクシアが無情にもとどめを刺してきた。

「術式もない、攻撃も効かない、この状況でどうやって破壊するのよ。あの人形は、屋敷に封じたままでいようと思っていたのに……。貴女が壁をぶち壊してしまったせいで、私達、この屋敷から出られなくなったわよ。逃げたら、きっと穴を通って追いかけてくるもの、あいつ」

 ちらりと目線でラフェリオンを示して、アレクシアが言う。
その時、はっと目を見開くと、トワリスはアレクシアの肩を掴んだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.141 )
日時: 2019/06/18 13:32
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)


「あっ、そう、あったの! 術式!」

「……は?」

 アレクシアが、怪訝そうに顔をしかめる。
サイは、驚いたように瞠目した。

「あったって、見たんですか?」

 トワリスは、真剣な顔つきで頷いた。

「至近距離でよく見ないと分からないくらい、小さな術式だったんですけど、ラフェリオンの眼球に、古語が彫られていたんです。一言、“回れ”って」

「“回れ”……?」

 繰り返し呟いて、サイは眉根を寄せた。

「それは……おかしいですね。ラフェリオンは、まるで思考力さえ持っているようにも思えるくらい、複雑な動きをする魔導人形です。“回れ”というのは、恐らく車輪にかけられた魔術の元となる術式なんでしょうが、それだけでは、前に進むことと、車輪の動きと連動しているであろう、刃の回転くらいしか出来ないはずです。例えば、動く標的を狙えとか、魔力を察知したら避けろとか、そういう細かな命令が沢山与えられていないと、あんな動きは出来ないはず。もっと巨大で、入り組んだ術式でないと……」

 考え込むサイを見てから、トワリスは、再び氷塊に取り込まれたラフェリオンを見つめた。

 サイの言う通り、ラフェリオンの原動力となる術式が、回転する動作を促すだけのものというのは、不可解であった。
あれだけの動きをさせるなら、もっと多くの指示を書き込んだ術式が必要である。
だからこそ、それを書き切れるだけの背中や腹部に、術式が彫られているだろうと予測していたのだ。

 アレクシアは、すっと目を細めると、トワリスに顔を近づけた。

「……今の話、確かでしょうね? 見間違えではなくて? 至近距離で見ないと分からない、と言っていたけれど、どうやってあの人形に接近したの?」

 疑っている、というよりは、確信を得たがっているような言い方であった。
トワリスは、アレクシアを見つめ返すと、こくりと頷いた。

「見間違えじゃない。屋敷の外に飛び出したとき、原因は分からないけど、ラフェリオンの動きが一瞬だけ止まったんだ。その時に、はっきりと見たよ。ぱっと見ただけじゃ、小さな傷が眼球に入っていただけのようにも見えたけど、近くで見たら、確かに“回れ”って書いてあった」

 アレクシアの目が、徐々に見開かれていく。
勢いよくラフェリオンの方へ振り返ると、ややあって、アレクシアは唇で弧を描いた。

「そういうこと……ようやく見つけたわ」

 ぐっと拳を握って、アレクシアが呟く。
次いで、サイとトワリスの方を向くと、アレクシアは言った。

「予定変更よ。私がイカれ人形の術式を、解除するわ。貴方たち二人は、時間を稼いでちょうだい」

 宝珠がふわりと浮かんで、アレクシアを守るように取り囲む。
術式の解除に備え始めたアレクシアに、サイは、納得のいかない様子で声をかけた。

「ちょっと待ってください。トワリスさんのことはもちろん信じていますが、そもそも、前提としておかしいです。あの目は、ヴァルド族という一族の眼球なのでしょう? つまり、作り物ではなく本物の眼球です。どうやって術式を彫ったっていうんですか?」

 その時、何処からか、水がぽたぽたと滴り落ちるような音が聞こえてきた。
徐々に視界が白み始め、屋敷の中に、蒸気が立ち込めていく。
一同が顔を上げれば、蒸気の発生源は、凍りついたラフェリオンであった。
ラフェリオンが、自らを発熱させて、己を閉じ込める氷塊を溶かそうとしているのだ。

 はっと顔を強張らせたサイとトワリスに対し、冷静な顔つきで振り返ると、アレクシアは、冷たい口調で言った。

「あの人形の目は、ただの硝子玉よ。あれは、ヴァルド族の眼球に似せた偽物に過ぎない。それだけは、最初から確信していたわ。ヴァルド族の瞳は、あんな安っぽい青じゃないもの」

 白く煙る視界の中で、アレクシアの透き通るような青い瞳だけが、確かな色を持っているように見えた。
青く、それでいて、その奥底には明媚な夜空が広がっているかのような、深い深い蒼色。

 どうしてそんなことを知っているのか、と問おうとして、トワリスは、はっと口をつぐんだ。
静かな怒りと、悲しみの色を宿したその瞳が、全てを物語っているような気がしたのだ。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.142 )
日時: 2019/06/18 18:35
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: NRm3D0Z6)



「まさか、アレクシアって……」

──刹那、氷の中なら抜け出したラフェリオンが、氷水を纏って三人に斬りかかってきた。
左足で踏み出したトワリスが、束ねた双剣を叩きつけるように振れば、殴打されたラフェリオンが、もんどり打って倒れる。
同時に、アレクシアとトワリスを庇うように立ったサイが長杖を構えると、竜巻の如く生じた風が、立ち込める蒸気を吹き飛ばした。

 立て続けて発生した風の渦が、突き立った氷塊を木端微塵に粉砕し、ラフェリオンを飲み込んで、破裂する。
濡れた床の水飛沫を跳ね上げ、そのままごろごろと転がったラフェリオンだが、やはり、損傷はどこにも受けていないようだ。
間髪いれずに、細かく散った氷塊をラフェリオンへと放つと、サイは、トワリスの方を一瞥した。

「トワリスさんは、アレクシアさんの守りに徹して下さい。足止めは、私がやります」

 ラフェリオンと対峙し、サイが長杖に魔力を宿す。
トワリスは、分かりました、と返事をすると、解除の紋様を紡ぐアレクシアを背後に、双剣を構え直した。

 術式の解除は、元の魔術を打ち消す魔法陣を作り出すことで完成する。
打ち消したい魔法陣を、正確に特定しなければならないのが困難な点だが、発動自体は、かなり簡単な魔術だ。
まして、“回れ”と一言しか記されていない術式の解除なんて、そう時間は要さないだろう。

 アレクシアの足下に、光の帯が走って、解除の魔法陣が形成されていく。
発動まであと少し──その間、サイは、ラフェリオンにひたすら魔術を放ち続けるつもりでいた。
破壊するとなると、ただ攻撃をしているだけでは効かないが、解除の魔術が発動するまでの時間を稼ぐだけならば、ラフェリオンの動きを止めているだけで十分である。

──その時だった。
突然、床に積み重なっていた人形の手が飛びあがり、サイの首に掴みかかった。
手首から先が欠如した、白木の掌が、凄まじい握力で首を締め上げてくる。
喉の奥を押し出されるような痛みが襲ってきて、サイは、ラフェリオンへの攻撃を中断せざるを得なかった。

 動き出した人形たちの腕は、一つではなかった。
サイを助けに行こうとしたトワリスの脚にも、無数の手が掴みかかり、巻きつくように集ってくる。
剣で斬りつければ、手は呆気なく切り捨てられたが、数が多すぎて、攻撃が追い付かない。
矢の如く、次々と掴みかかってくる人形たちの手は、サイとトワリスを地面に引きずり倒そうと、全身に取りついてきた。

 完全に身動きがとれなくなったサイとトワリスに、うなりをあげて、ラフェリオンが迫ってくる。
トワリスは歯を食い縛り、なんとかして絡み付く人形たちの手を引き剥がそうとしたが、握り締めてくる力は増すばかりで、びくともしなかった。

(アレクシア、早く……!)

 ラフェリオンの刃が、サイへと伸びる、その瞬間──。
アレクシアの足下に描かれたものと同じ魔法陣が、ラフェリオンの頭上に展開した。

「我、解約を命ず……逆しまに還りて、解き放ち、我が盟約を受け入れよ!」

 アレクシアの詠唱に呼応し、目映い光が魔法陣から迸って、ラフェリオンを飲み込む。
術式の刻まれた青い右目が、その瞬間、割れて飛び散ったところを、トワリスは確かに見た。

 鳥肌が立つような悲鳴と共に、ラフェリオンの身体が、分解され、ばらばらと砕け散っていく。
掴みかかってきていた人形たちの手も、力を失ったのか、気づけば、サイとトワリスを拘束するものはなくなっていた。
とうとう、ラフェリオンの術式の解除に成功したのである。

Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.143 )
日時: 2019/06/20 19:56
名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: e7NtKjBm)



 しかし、ほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間。
不意に、ぐらぐらと屋敷全体が揺れ出して、三人は顔を上げた。
細かい飛礫が降りかかってきたかと思うと、既に半壊していた天井にひびが入り、崩れ落ちてくる。
激闘の衝撃か、あるいは、ラフェリオンの術式を解除したことが影響しているのか──屋敷が倒壊しかかっているのだ。

「脱出しましょう!」

 切迫した声で言って、サイが扉を示す。
彼に続き、トワリスとアレクシアも走り出したが、ふと振り返ったトワリスは、一拍遅れて走ってきたアレクシアの頭上に、大きな瓦礫が迫っていることに気づくと、咄嗟に踵を返した。

「アレクシア……!」

 床を蹴って跳ねあがり、アレクシアを突き飛ばす。
二人はもつれるようにして床に転がり、なんとか瓦礫の下敷きになることを回避したが、屋敷の崩壊はそれだけに留まらない。
天井の落下を皮切りに、ぎしぎしと嫌な音を立てて、柱や壁にまで亀裂が入り始める。

 気づいたサイが、すかさず結界を張ろうと手を伸ばすも、次の瞬間、崩れ落ちてきた瓦礫に視界が塞がれ、トワリスとアレクシアを見失ってしまう。
重々しい音を立てて降ってくる瓦礫の雨から、自分を守るので精一杯であった。

 視界が真っ暗になり、巻き上がった土埃が鼻をつく。
ぶつかり合い、砕けた瓦礫が地面に叩きつけられた轟音が響いたあと、一切の音が消えた。
静寂の後、思い出したように呼吸を再開すれば、木々のざわめきが聞こえ始めた。

 雲間から覗く太陽の光が、異様なほど眩しい。
直前で結界を張り、身を守ったサイは、完全に倒壊した屋敷を見渡すと、曇天の空を仰いだ。
同時に、高く積まれた瓦礫の一部が、破裂するように崩れたかと思うと、アレクシアが顔を出す。
彼女もまた、押し潰される寸前で、宝珠を使って結界を張っていたのだ。

 アレクシアは、自分に覆い被さるように倒れているトワリスを抱き起こすと、その頬を軽く叩いた。
すると、咳き込むように息を吸ったトワリスが、ぱっと目を開ける。
トワリスは、しばらく苦しそうに肩を揺らして呼吸していたが、やがて、ゆっくりとアレクシアの方を見ると、呟いた。

「……し、死ぬかと思った」

 二人は黙りこんだまま、少しの間、互いの目を見つめあっていた。
ややあって、サイが駆けつけてくると、アレクシアはトワリスの額を指で弾いた。

「筋金入りの馬鹿ね、貴女」

 呆れたように言って、立ち上がる。
助けてあげたのに心外だ、とでも言いたげな表情で、額を押さえるトワリスを見やると、アレクシアは、どこか安堵したように息を吐いたのだった。
 


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。